◆69.マハリカごはん
妃沙を無事に捕獲した知玲は、妃沙の希望通りに演劇部の演目が開始される直前に葵の元へと彼女を送り届けた。
くれぐれも妃沙をよろしく、と彼女を託し、自分は剣道部と生徒会管轄の閉会式の準備があるから、とまた何処かへと去って行く。
忙しいのに悪いことしたな、と少しだけ反省している葵の横で、妃沙が何やら頬を膨らませて不機嫌な様子を見せていた。
「何かあったのか?」
心配そうに尋ねる葵に、妃沙は先程、苦労をして持ってきたハンカチを噛みしめて、キィィ、と悔しそうにしている。いつの時代のコントだよ、とツッコみたくなる程の悔しがりっぷりだ。
そして、まさかこんな事の為にわざわざハンカチを取りに行ったんじゃねぇよな、と、少しだけジト目になる葵だけれど、妃沙はそんな葵の様子にお構いなしに、今度は持っていたハンカチをクジャグシャに丸めている。
ハンカチに罪はないので、まさにご愁傷様、と言うより他ない。
「聞いて下さいまし、葵ッ! あのてんとう虫先輩ったら酷いのですわっ! いきなり人を壁に押し付けて舎弟になれだなんて仰るのですもの! 生徒会長だからって、こんな横暴、あってはならないことですわッ!」
注目度の高い演劇部の演目が始まる前の体育館。かなりの数の新入生が集まって来ており、周囲はザワザワとしてはいたけれど、良く通る妃沙のその声は目立ってしまっている。
それでなくとも注目度の高い人物なのだ、それが突然に咥えたり丸めたりといったハンカチ虐待を披露したかと思えば、叫ぶようにそんな事を言い出すので、彼女の友人達はギョッとしてしまう。
「てんとう虫先輩って……生徒会長じゃねーか! なんだよ、あの生徒会長、困ったことがあれば何でも尋ねて来てくれ、なんて人の良さそうなこと言ってたのに、そんな裏の顔が……」
眉を顰めて呟くようにそう言うのは葵。
彼女のその素直さは賞賛に値する長所であるのだけれど、この場合、妃沙と一緒になって怒るのは最善策ではない。
そしてまた、妃沙の言う言葉に少しだけ疑問を感じた充がまぁまぁ、と妃沙を宥めながら尋ねた。
「妃沙ちゃん、それってもしかして、壁に片手を突かれて囲い込まれて『俺の女になれよ』なんて言われ方……してない?」
「あら充様、良くお解りですわね! まったく失礼なお話ですわよねぇ、ほぼ初対面の年下の女性に対して手駒となって奉公しろなんて! 世も末ですわっ!」
相変わらず不満タラタラな妃沙だけれど、さすがの葵もこの言葉にはえ、と息を飲んだ。葵の隣の大輔など、もう既にブフッと噴き出している。
そして次の瞬間には、葵もブハハッと噴き出して腹を抱えて笑い始めた。釣られるようにして充もプクク、と笑いを噛み殺している。
三人の心は今『さすが水無瀬 妃沙!』という言葉に染められていた。
まったく、これだから妃沙は心配で面白くて、可愛くて。離れられるワケないよな、なんて、改めて強い友愛を感じていたのである。
「そーか、そーか。大変だったな、そりゃ……。それにしても天下の鳳上学園高等部の生徒会長も、妃沙にかかったらかたなしだな」
妃沙としては、一緒に怒ってくれると思っていた友人達が突然笑い出したので、思わず怒っていたことすら忘れ、首を傾げ、不思議そうな表情で彼らの反応を見守っている。
その解り易い唇は相変わらず尖らせたままであったので、完全に怒りを引っ込めた訳ではなさそうだけれど、今は友人達の反応の方に興味を引かれているようだ。
「まったくね。けどさ……葵ちゃん、大輔くん。今はまだ、知玲先輩の睨みが利いているから身の程知らずな生徒会長くらいしか接触して来てないけど……それでも、入学早々の生徒会長だよ?
これから先、どんな奴が近付いて来るか解らないし、知玲先輩も忙しそうだしさ。ボクらがもっとしっかりしなくちゃね」
充のその言葉に、ピッと葵と大輔の表情が引き締まり「ああ」と格好良く頷いた。
妃沙のイケメン守護騎士(しかも一名は麗人)軍団のその変化に、妃沙を以ってしてポッと頬を染めたくらいなのだから、周囲にいた生徒などひとたまりもない。
「葵様……!」
「大輔くん……!」
「嗚呼……みっきゅん……!!」
口々に推しの名前を呟き、ある者は心臓を押さえながら、ある者は恍惚とした表情で、そしてまたある者は生徒手帳に忍ばせているのだろう推しメンの写真に頬ずりをしながら溜め息を吐くのであった……男女の相違なく、一様に。
熱量の伴った周囲の雰囲気に妃沙は一瞬ブルリと背中を震わせたが、自分の側に居てくれる彼らの頼もしさを感じ、頬を綻ばせる。
あのてんとう虫先輩に言われた事は思い返すだけで腹が立って仕方がないけれど、取り合わなきゃ良いだけだと気持ちを入れ替えオリエンテーションを楽しむ事にしたのである。
「この演劇部は劇団並みの脚本に演出、本格的な衣装や圧倒的な演技力でこの国有数の演劇部なのですってね! 充様も入部なさるのでしょう? 楽しみですわね!」
どうやら気持ちを入れ替える事に成功した妃沙の周囲では、友人達が優しく微笑んでくれている。
本当は少し……高等部に入ってから、周囲との関係が少しずつ変わって行ってしまうそうで密かに怖かった妃沙なのだが、彼らと一緒にいる限り自分は自分だといつでも認識出来るだろうと温かい気持ちになっていたのであった。
「うん。ここからプロの劇団や芸能事務所にスカウトされたり、映画監督や脚本家になった先輩達もたくさんいるんだよ!
ボクはまだ自分の将来を決め切れてはいないけど、ここでの経験はきっとボクの未来に大きな影響を与えてくれそうな気がするから、この三年は芸能活動も控えめにして部活に打ち込んでみようかなって思ってるんだ」
瞳をキラキラさせて未来を語る充。
ああ、未来があるって良いなと、妃沙は少しだけ涙ぐみそうになり……
「クチュン!」
可愛いクシャミを漏らしてしまったことに少しだけ照れて頬を染め、慌てて持っていたクシャクシャのハンカチで鼻を押さえたのである。
「あーあ。こんなにクッシャクシャにしちまうから使い難いだろそれ? ほら……!」
そう言いながら少し乱暴に自分のハンカチで妃沙の顔を拭ってくれる葵。そしてそんな様子を優しく見守ってくれる……親友と言ってしまっても過言ではない程の信頼を寄せる大輔と充。
(──あー、幸せだなぁ……)
そんな優しい雰囲気に包まれてヘラッと微笑む妃沙。
年月を追う毎に少しだけ変わりつつあるもの……そして、変わらないもの。
そのどちらも大切にしながら、コイツらと一緒に未来を目指して行きてェな、なんてクサいことを考えてしまうくらいにはその時の妃沙は幸せで、そして否応なしに押し寄せてくる変化の波に飲み込まれて負けないようにしないとな、と決意を新たにしていたのであった。
───◇──◆──◆──◇───
演劇部の演目は名作ミュージカルをオマージュして創作されたというこの学園オリジナルの『サリー』という作品で、親も兄弟もいないけれども、強大な魔力を持ったサリーという少女が、時に周囲を助け、時に騙され、けれども結局は悪役すらも絆してしまいながら街を乗っ取ろうとするギャングに対して歌と魔法で対決していく、というものであった。
全編を公演するには時間も足りないということで、簡単な状況説明の後、クライマックスと大団円のフィナーレだけが上演されたのだが、
「有志の皆さんもご一緒に歌い、踊って下さい! と、言っても立候補などいないでしょうから、今から部員がお迎えに上がりますね!」
ハキハキと告げる主役の女優がそう告げ、衣装を身に纏った部員達が観客席に掛け込んで来て、妃沙と充をあっという間に連行してしまった。
充はともかく、歌も演技も踊りも全く自信がない妃沙は渋っていたのだけれど、
「大丈夫、ミュージカルはね、楽しそうに笑って適当に動いていたらそれっぽく見えるものだよ!」
キラキラとしたオーラを放つ主演女優にそう諭され、同様にして連れて来られた生徒達と共にバックで踊っていたのだが、充はなんとサリーのボーイフレンド役に大抜擢され、二人で華麗なダンスを披露している。
そうしているうちに妃沙もなんだか楽しくなり、満開の笑顔で踊るどころか
「マハリカー!」
なんて意味不明の呪文を唱えながらサリーと充の周囲に光を飛ばすという魔法を用いた演出をオマケしてしまい、その後、演劇部員達に本気の勧誘を受けてしまったことは計算外であった。
「アッハッハ! 妃沙、ノリ良過ぎ! 充も完璧過ぎ! お前ら、演劇部員より目立ってたぞ!」
「まったくな!」
アハハ、と揃って笑い声を響かせながら、葵と大輔が彼らを迎えてくれた観客席で、妃沙と充は視線を合わせて「ちょっとやり過ぎましたわね……」「うん……」なんてバツの悪そうな表情である。
だが、過去に類を見ない出来栄えの舞台を観劇出来たと、周囲からは大好評であったのでよし、とすることにしたようだ。
そうして彼らはそんな風に、バスケ部の模擬試合では飛び入り参加した葵が大活躍をして現役選手のチームを打ち負かしてしまったり、野球部の模擬試合でもまた、飛び入り参加した大輔が打って投げての大活躍で大歓声を浴びたりしながら、オリエンテーションを楽しんでいた。
なお、妃沙の大本命である魔法研究部は閉会式の演出に総力を挙げて活動内容を披露する、という声明を出しており、日中のオリエンテーションには何も出していない。
生徒会役員であったり、兼部をしている生徒が多い為の措置ということだが、閉会式というほぼ全員が参加する場でその活動内容を発表するという、ある意味ジョーカー的な存在感を醸し出していたのであった。
そして今、彼らは中等部のそれとは全く違う、宮殿のような豪奢な内装が施されたカフェテリアで、「今日だけは新入生は何をどれだけ食べても無料!」という文句に釣られ、少し遅めの豪奢な昼食を摂っていた。
妃沙の前には白米を中心とした一汁三菜、但しそのおかずは目を見張るような豪華なものという献立。加えて、後で必ずコーヒーを持ってこようと企んでいる。
葵、充、大輔の前にも、思い思いの献立を所狭しと乗せたお盆が鎮座しており、ピュッフェ形式のこの学園のカフェテリアにワクワクし過ぎて好きな物満載になっているプレートにときめいている表情を全く隠せていない。
まるでお子様だな、と妃沙はフッとニヒルに微笑んだつもりだけれど、その妃沙の表情さえ期待に瞳をキラキラさせた子どものそれであった。
妃沙以外の人物も、ここぞとばかりに自分の好きなものを満載にして『自分流お子様ランチ』を完成させたようだ。
炭水化物をこよなく愛する葵は白米、焼きそば、お好み焼きに汁物はラーメンという、まさに炭水化物のオンパレードを前にキラキラと瞳を輝かせていたし、
野菜を好み、加えて最近はカレーライスにはまりまくっている大輔のプレートにはライスと大きなナンが載せられ、数種類のカレーと美味しそうなサラダが山盛りであったし、
肉を愛する充と来たら、大盛のライスの他は、目に付く肉という肉を片っ端から取って来ました、という程に唐揚げやらステーキやらハンバーグやら焼き豚やらが、それこそ山となって積まれていた。
「「「「いただきます!」」」」
元気に手を合わせ、食事を開始する元気な高校生達。
最初の食材を口にした途端に愛好が崩れ、フニャリとした笑顔を揃って披露した瞬間こそ、有名女優のスキャンダルもかくやといった量のカメラのフラッシュが瞬いたのだけれど、彼らは気にする様子はまるでない。
それぞれが自分が選んだ食材に夢中であり、ややあって友人達とそれを交換したりして食事を楽しんでいたのだけれど、そんな彼らの元ににこやかな笑顔を伴って知玲と銀平がやって来た。
なお、彼らが手にしたのは通常仕様のランチであり、この時、知玲は妃沙も大好きな銀ダラの西京焼きをメインにした定食、銀平はどうやら好みらしい大盛のパスタを手にしていた。
「あら、知玲様、その西京焼き、美味しそうですわね」
「食べる? はい、あーん」
やって来るなり甘い雰囲気を醸し出す二人に周囲は思わず目を反らす。婚約を解消した理由はそれぞれの親友から聞いてはいるのだが、以前よりずっと甘い雰囲気のそれには未だ慣れる事が出来ないのだ。
当たり前だ、婚約を解消したことで知玲のリミッターが外れ、完全に口説きモードに入っているのだから甘い雰囲気をダダ漏れさせているのは知玲の作戦なのである。
こうすることで妃沙にも気付いて欲しいな、という小さな狙いがあるのだけれど、残念なことに未だその作戦は功を成してはいないようだ。
だが、知玲も打算だけでこんな甘い雰囲気を垂れ流している訳ではなく、好きな人の側にいる事が出来て嬉しいと言う素直な気持ちが溢れ出しているだけとも言えるので、二人が一緒にいればこんな空気が流れるのは必然であった。
「でも、卵焼きだけは妃沙の出汁巻きに叶わないな。妃沙、カフェテリアで食事をする時でも、卵焼きだけは作ってくれないかな? 卵焼きがないと、どうも身が締まらなくて……」
「お安い御用ですわよ、知玲様。卵焼きなら簡単に作れますもの」
「ありがと」
フフ、と微笑み合って食事を続ける二人は、本当に婚約を解消したのだろうかと疑ってしまう程である。
けれども、一般生徒ならいざ知らず、ずっと彼らの側でその動向を見守り、婚約を解消した理由についてもお互いを見直す為という説明を聞いていた友人達にとっては相変わらずなその関係は何処か安心出来るものであった。
二人の事は二人にしかどうこう出来ないけれど、出来る限りこの二人が幸せになれるように尽力していこう、と、妃沙と知玲を囲む友人達が穏やかに決意を新たにしていると、そこにその決意を揺るがすような人物が乱入して来たのである。
「生徒会役員がこぞって新入生の歓待とは良い心掛けだな! 俺達も混ぜてくれよ!」
やたらと良い声を響かせてやって来たのは赤い髪の王様──生徒会長・久能 悠夜。
彼はジュージューと良い音と香りを放つ鉄板の上に上質なステーキを乗せたプレートを持って彼らの前にやって来た。
見れば、その背後には玉子サンドとサラダ、良い香りを放つ紅茶を盆に載せた生徒会会計・玖波 聖と、相変わらず無表情で盆の上にたぬきそばを乗せた同じく生徒会会計・月島 咲絢が付き従っている。
「うぇぇーー!!??」
思わずそんな声を漏らしたのは銀平だ。
彼もまた、知玲の要請を受けて書記として生徒会に所属していたので、想い人にして婚約者である咲絢とは仕事上の交流はあったのだけれど、咲絢という人はその見た目通りの冷淡な女生徒であり、銀平がそれまでに培い、練習して来た甘い言葉などまるで通用しそうもなかったし、笑顔の一つすら見せた事がない程の鉄仮面であったのだ。
けれども、彼女と共に仕事をすればするほどその有能さは良く理解出来るようになったし、能面のような表情が崩れたらどんなに素敵だろうと、銀平は今までの自称・ナンパ師を脱却し、婚約者に対して誠実な男になろうと、キャラチェンジを宣言し、周囲を驚かせたのは記憶に新しい所だ。
だが、銀平がチャラ男であろうが誠実な男であろうが、咲絢を含めた周囲の女性陣にはまるで影響がなかった。
そのことについては銀平も嘆いていたのだけれど、唯一、彼の親友たる知玲だけは、やっと銀平が残念属性を卒業出来たことを喜んでいたのであった。
「さ、さ、ささささ咲絢!? こんな人が多い所で食事なんて、め、珍しいね?」
「……別に、深い意味はありません。会長のお呼びですから、仕方なく」
チラ、と銀平を一瞥しただけでさっさと席に座り、周囲には目もくれずフーフーと蕎麦に息を吹きかけながら食事を開始する咲絢。
彼女のこんな態度は別に銀平にだけではなく、会長である悠夜に対しても変わらないものである。
だが、会計としての彼女の能力は非常に長けており、コンピューター並みの正確さで数字の処理をしてくれるので悠夜としては重宝していたし、彼女もまた自分の特技を活かせる立場にいる事に不都合を感じるはずもなく、銀平が婚約者として紹介された事のある人、という認識はありながらも「ああ、そんなこともありましたっけ」という態で何事もなく日々の業務に従事しているのであった。
だが、ずっと焦がれていた相手と同じ仕事を共有出来る状況に銀平は動揺しながらも幸せを感じており、彼の心から幸せそうな表情は、知玲や妃沙といった周囲の友人達にも幸せのお裾分けをしているのである。
そうして、咲絢の前の席を銀平が陣取り、何やら幸せオーラを振りまいているのを横目に、妃沙は苦手認定をしてしまった会長の登場にピリ、と空気を凍らせる。
妃沙から話を聞いた一年生たちも同様に怖い表情を自分に向けているのを敏感に感じ取った悠夜は思わず仰け反ってしまった。
「おいおい……。そんなに怖い顔するなよ。さっきの事は謝るから……」
取り繕うようにそう言って、妃沙からは少し離れた場所に着席する悠夜。
相変わらず盆に載せた鉄板からは良い音と香りが漂っているが、今の悠夜にはそれどころではないらしい。
「……悠夜、まさか水無瀬に何かしたの?」
事情を知らない聖まで怖い顔を向けて来るので、悠夜はいよいよ孤立無援状態である。
だが、そんな彼に対して助け舟を出したのは──意外なことに知玲であった。
「悠夜、さっきは僕の幼馴染がお世話になったようだね。別に舎弟にしたいなんて思ってないんだって事は僕が説明しておいたから大丈夫だよ。
……けど悠夜、天下の鳳上学園の生徒会長が一生徒を贔屓するなんて沽券にかかわるから、次からは気を付けてね」
ニッコリと微笑みながら、妃沙に対しては「彼の言葉はそういう意味ではない」という説明をし、しっかりと悠夜に対しても釘を刺す話術はさすが、といったところか。
そして今、彼は副会長として悠夜を支える立場にあるので、注意をするのは当たり前ですよ、という態であることも含め、不自然なところは何処にもない。
……実際のところ、知玲の内情は敵対心がグツグツと滾っており、浮かべたその笑顔が怖い、と感じているのは妃沙だけではなかった。
「……へぇ? 知玲がそんな態度を見せるなんて珍しいな。そんなに俺の態度が気に食わなかった?」
ジュ、と良い音を立てて優雅に鉄板の上から切り取ったステーキを口にしながら悠夜が不敵な笑顔で知玲を見やる。
彼が妃沙を気に入っているのはどうやら本気らしいと察しながら……まぁ、ポッと出のコイツなんか相手じゃないか、と、余裕の微笑みを見せる知玲。
「妃沙を舎弟にだなんて……理事長でもきっと無理だと思うよ」
「なんでだよ?」
「僕がいるから、ね」
その会話の意味を、正しく理解出来たのはこの場にいた何名であろうか。
少なくとも天下の鈍チン・妃沙にはそのままの言葉にしか聞こえていなかったし、葵も同様だ。大輔はおそらく半分くらいは理解したかもしれないけれど、創作系の才能に溢れた家族を持つ充には、その会話はもっと深い意味を感じさせるものであった。
今、知玲は、妃沙を恋人にすることなんかあの格好良い理事長でも無理だと宣言したし、その理由は自分がいるからだ、と言ったのである。
(──うわァァー!! 知玲先輩、ヤバい格好良い!!)
思わず頬に手を当ててポッと顔を紅くする充。
元々、大切な人をひたすらに護る存在として知玲を尊敬していた充だけれど、生徒会長はおろか、突然現れて薔薇の花束と紅い外国車で妃沙を掻っ攫って行った理事長ですら相手ではないと言い切った知玲の格好良さには背筋が震える程である。
……だが、本当に残念なことに、当の本人には全く通じていなかったのである。
「当たり前ではないですか。理事長はとても残念な方ですし、てんとう虫先輩も丁稚奉公を強要するのは止めた方がよろしくてよ?」
満足そうに自分のプレートの食事を堪能しながら……そして、余程気に入ったのか、知玲が見ていないと察するや否や、彼の皿に載っている西京焼きも時々拝借しながら食事を楽しむ妃沙。
そんな彼女に毒気を抜かれたのか、一年生達はお互いのプレートから思い思いにおかずを交換しながら食事を楽しんでおり、妃沙にメインを奪われた事に気付いた知玲は「ああ!?」と叫びながら今まで見せたことのなかった絶望のオーラを纏っている。
「……妃沙、僕のおかずが……あらかたなくなっているんだけど?」
「一年生は何をどれだけ食べても無料だそうですし、おかわりを持って参りましょうか?」
「助かります。けど、僕の料理を勝手に食べた事に対する謝罪を要求します!」
「……卵焼き一週間、毎日味変で手を打ちません?」
「……乗った! 愛情込み込みでお願いします!」
そんなバカップルな会話を聞き、通常営業であることに安心した妃沙の友人達。
苦虫を噛んだような苦悶の表情の悠夜と、くっだらね、とでも言いたげな無関心な聖。
一方の銀平と咲絢はギクシャクしながらも面と向かっての食事を楽しんでいる様子であり、彼らのやりとりに注意を割いている余裕はないようだ。
……だが、生徒会役員勢揃いなその一角が目立たない筈もなく。
そんな彼らに注目していたのはその場にいたほぼ全員と言っても良いくらいで──あの、面倒臭い女生徒も、そこには含まれていたのであった。
◆今日の龍之介さん◆
龍「毎日味変か……。ネタ切れになりそうだな」
知「大丈夫でしょ。甘いのしょっぱいの、明太子入りにほうれん草チーズ、ツナを入れてバターで焼いたのも美味しかったよ」
龍「……良く覚えてんな」
知「君が作ってくれた物を忘れる訳ないよ」(ニッコリ)
一同「(胸やけ)」
莉「妃沙、俺は甘くない派!」
悠「俺は甘い派!」
龍「……だから……?」
莉&悠「「一刀両断ンンーー!!」




