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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
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◆67.迷子の迷子の水無瀬さん

 

「ねーねー、何処行こうか?」

「私、料理部行きたいな!」

「あ、良いね。私も行きたーい!」


 ザワザワとそんな楽しげな声が周囲に満ちている。

 今日、鳳上(ほうじょう)学園高等部では一日を割いて、新入生に向けた部活動のオリエンテーションが行われていた。

 この学園では、部員五名以上、顧問教師がいること、そしてその内容が高校生に相応しいものであると承認されれば生徒達が自由に部活動を発足出来る事になっており、その数も相当なものになる。

 中等部にもあった定番の部活動はもちろんのこと、中には軽音部やファッション部といった若者に人気のありそうなものや、カレー部やライトノベル研究部、気象予報部なんていうマニアックなものまであり、体育館に集合した新入生に各部がプレゼンテーションをするとなるとかなりの時間がかかってしまう為に、この学園では新入生自らが気になる部活の元を訪れるというミニ文化祭といった形で部活紹介がされていた。

 新入生には事前に体育館の舞台のタイムスケジュール表が配られ、学園内の何処にどんな部活があるのかという地図も渡されているため、学園見学も同時に出来るという優れた行事である。

 高等部は魔力を持っていたり優秀な成績を残した生徒の為の奨学制度なども設けられ、自由な校風と高い進学率、そして生徒達の自発的な行動による優れた人間性の育成が可能という、とても人気のある学園であり、中等部からの繰り上がりの生徒の倍以上の数が新入生として入学してきており、全校生徒はそろそろ千に届くのではないかと言われている程に大きな学園なのであった。

 そして、予め初等部、中等部と英才教育がなされた生徒達に加え、外部から選りすぐられた優秀な生徒達を少しでも多く取り込まんとする各部の発表や展示にはとても気合が入っておりその発表や展示は素晴らしいものであったし、新入生達もまた、自分の興味のある部活を好きなように見学出来る機会というのは有り難いものであった。


「葵は何処をご覧になりたいのですか?」

「んー、アタシは高等部でもバスケって決めてるから模擬試合は観に行こうと思ってるけど、他は楽しそうなとこがあれば、って感じかな。だから、妃沙に付き合うぜ!」

「キャー葵、有り難うございます!」

「良いってことよ!」


 ギュッと葵の腕に飛び付く妃沙に、葵もまた満更ではない笑顔を浮かべている。

 毎度のことながら、イチャついている美少女二人の後ろでは、彼女達の保護者めいた表情の充と大輔がハァ、と溜め息を吐いていた。


「……ねぇ、大輔くん。ボクはたまにあの二人の事が心配になるよ。本当に大丈夫なのかなってさ……」


 ジト目で二人を見やりながら呟くようにそんな事を言う充。

 金茶色のクリクリの髪の毛は高校生になってもそのままなのだが、透き通るように白い肌や少し薄めの形のよい唇、桃色の瞳は少し垂れ気味のアーモンド形で、その華やかさは年々増しているように見える。

 身長こそ一般的な高校生程度だけれど、スラリと長い手足や細い腰には何処か品があり、実際、彼は今、俳優やモデルとしての活動を少しずつ始めており、世間の評価も日に日に高まっているのだ。

 だが、学生の本分は学業であり、部活動も学生のうちでしか出来ないからと、その露出度は今はあまり高くない。

 これは、学生の頃から仕事を頑張り過ぎて青春が満喫出来なかったと後悔している、この国では知らない者がいないほどに有名な女優・栗花落(つゆり) 那奈(なな)──充の母親からの助言という名のお達しであった。

 そして充も、学生時代は今しかないのだし、『彼女』の隣に自信を持って立つにはもっと成長しなくちゃ、とばかりに、何事にも真剣に取り組み続けている。

 だがこれは何もお付き合いをしている彼女の為というばかりではなく、彼の周囲の友人達が揃いも揃ってそんな人物達であるので、充にも少なからず影響を与えていたのかもしれない。


「あの二人のアレは今に始まったことじゃねーじゃん? 飽きもせずによくやるよ、とは思うけどな。二人とも幸せそうだし、別に良いんじゃねーの?」


 カラッと白い歯を覗かせて笑いながらそんな事を言うのは大輔。

 彼はもうすっかり背が伸びて充ですら見上げる必要があるくらいである。

 初等部からずっと野球一筋の彼は今、この地域では知らない者がいない程に有名な高校球児だ。

 ピッチャーとしての力量は初等部から既にその才能を開花させていた大輔なので、この地域ではピッチャーと言えば颯野(さつの) 大輔、と言わしめるほどに注目されていたのだが、中等部に入り、自らも運動部に入部した妃沙と野球で勝負する際には葵が投げてそれを大輔が打つ、という勝負を繰り広げていた葵が「大輔の可能性はもっとある!」と言い出したのだ。

 もっとも、大輔が投手として才能を開花させたのは、葵との勝負の中で彼女の投げるフォームやコントロールに憧れてそれを模倣した結果であるので、今の大輔があるのはほぼ葵のお陰であると言っても良い。

 だが、やたらと身体能力と観察眼に優れた美少女達がこぞって大輔の改革を始めたのだ。

 名付けて「目指せ、二刀流プロジェクト」。

 彼女らの主張によると、投げて守り、打って攻める選手をこの目で見たいし、大輔ならそれが可能だというものらしく、充もまたそんな大輔が見たいな、と思い、アドバイザーを買って出た結果、大輔は今、投げては超高校級のスピードとコントロールを持つ大投手、打っては打率三割四分、得意技はホームラン、加えて脚も速いという超人めいた選手となっており、プロ入りは確実と見られていたのだが、当の大輔は早々から「俺、大学には行くし。プロになるかどうかはその後考える」と宣言し、周囲を驚かせたのは記憶に新しい所だ。


「大輔くん、ボクが心配してるのはあの二人がどうこうなることじゃないよ。二人にそんなつもりがないのは世界中が知ってることで、無意識であんなラブラブオーラを発揮出来るのは凄いな、とは思うけどさ……。

 ……ねぇ、大輔くん、いつまでもこのままで良いの?」


 真剣な瞳で大輔を見据えながら、そんなことを問う充に、大輔は相変わらずカラッと笑って言った。


「葵が幸せならそれで良いんじゃねーの? それに……俺にも決めてる事があるしな」


 爽やかに微笑みながら、けれど確かにその顔に決意を込めた男の表情を乗せる大輔。


「え、何なに? 水くさいじゃん! ボクにも教えてよ!」

「バーカ! こういうのは、誰にも頼らずに一人でやり切るから格好良いんだろ?」


 良いじゃん教えてよ、今度な、アハハーというイチャつくバカップルの様相を見せ始める大輔と充。長年の付き合いがあり、問題児な友人について二人で作戦会議をする事も多々あり、その際にお互いの状況を話したりしていたので今では大輔と充もまた、妃沙と葵を越えた所で親友という関係を築きつつあったのである。

 だが今、そんな二人を、前を歩いていた筈の美少女二人が不思議そうな表情で見つめていた。


「……葵、アレ、どう思います?」

「仕方ねーじゃん。充の色気は、妃沙もあの京都で思い知っただろ? 大輔が当てられても仕方ねーよ……」

「葵ッ! 貴女にはわたくしがおりますわっ!」

「妃沙! 好き!」


 再びヒシッと抱き合う美少女二人を前にして、図らずも今年度の注目度が抜群に高い二人の男子生徒は声を合わせて言ったのだ。



「「(ボク)達をダシにしてイチャつくな、百合ップル!!」」



 そんな言葉を聞いた妃沙は、わざとらしく両手に拳を作って頬に当て──どうやら笑いを隠そうとしいう無意味なまでの作戦であるようだ──これまたわざとらしく眉を顰め。

 葵は葵で「ナントイウコトデショウ!」と、こちらも目を見開いて片手を口に当て──片手であったので為に全く笑いは噛み殺せていないけれど──二人を見つめている。


「妃沙、妃沙! 大変! SHIZU先生に連絡を……!」

「いえいえ、葵、この証拠写真を保存する事が先ですわ! 突然の事で録音は間に合いませんでしたけれど……」


 あわあわと本気で手にした携帯で、今では物凄く世間の注目度の高い新進気鋭のライトノベル作家・SHIZUに連絡を取ろうとする二人を、もう親友と言っても良いだろう程の年月と交流を重ねて来た男子二人が慌てて止める。


「やめてやめて! 姉さん本気にするから! 美子(みこ)に嫌われちゃう!」

「俺の爽やかなイメージを壊すの止めてくれぇー!!」


 本気の叫びが炸裂し、その優れた瞬発力を発揮して親友の手からスマホを奪い取る事に成功した男子二人。

 だがしかし、手にしたそのスマホの画面には、LIMEに送る直前のメッセージが残っており、それは二人共同じ言葉だったのだ。



『いつもありがと。』



 彼らの反応を予想した上でわざと残したメッセージ。

 そのあざといとすら言える作戦に、男子二人は完全にノックアウトされ……特に大輔のハートには甚大な被害を及ぼしたようである。

 だが、作戦が成功したと見て悪戯っぽく微笑んでいる美少女二人には「降参!」と両手を上げざるを得なかった。


 合流し、アハハ、と同時に笑い合いながら今後について相談する四人の美男美女の集団に、高等部から入学して来た生徒達は圧倒されるより他ない。

 だがその中にあり、フワフワなピンクブロンドが印象的な、妃沙をも上回るのではないかという程の美貌を誇る女生徒だけは……苦々しく唇を噛みながら、その光景を見つめていたのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「あら、わたくしとした事が……鞄の中にハンカチを忘れて来てしまいましたわ。一分で戻って参りますから、皆様、ゆっくりと先に行っていて下さいまし」



 妃沙がそんな声を挙げ、即座に踵を返して教室へと物凄い勢いで走って行く。

 今、彼らはこれから体育館で行われる演劇部の演目を見ようと移動していたのだが、ポケットの中を漁っていた妃沙が突然そんな事を言い出したのであった。

 別にハンカチの一枚くらいなくても大丈夫なんじゃないかと思ってはいけない。妃沙はこの時期、花粉症でクシャミを連発する事が多々あるのだ。

 前世であれば豪快なクシャミのあと「チクショー!」なんてオヤジも真っ青や言葉を追加する事もあったし、それを良く夕季に「オヤジくさい」と咎められていたのだけれど、龍之介がそんな気の抜けたクシャミを披露するのは夕季の前でだけである、ということは、当の本人よりも夕季が理解しており、彼女の密かな優越感ととなっていたのだが、それはあくまで過去のことである。


 この世界に転生してからこっち、『可愛らしい女子生徒の所作』というのを知玲によって教育されていた妃沙は、「クシャミをするならハンカチは必須」と言い聞かせられているのだ。

 最初こそ面倒臭いと思っていた妃沙だけれど、女の身となり、周囲の女子達を観察してみれば、なるほど、女子というのはそうしたクシャミをする人物が多かった。

 なお、彼女の一番近くにいる『女子』である葵には、花粉も風邪菌もコショウですら近寄れないらしく、長い付き合いであるにも関わらず彼女のクシャミを聞いた事がない……というのはどうでも良い話である。

 とにかく今、妃沙はこの時期の自分にとって必須アイテムであるハンカチを忘れて来てしまった事に気付いて慌てて教室に駆け戻って行ったのだ。

 もちろん、アタシのを貸すよ、という葵の声など届いていない。思い込んだら一直線な性格は高等部でも相変わらずなようである。


「妃沙ー! まだ時間はあるからゆっくりで良いからなー!」


 そんな葵の声だけは聞こえたと見え、軽く振り返ってサムズアップは返していたけれど、やたらと目立つ彼女を野放しにするのは、友人一同、とても不安であった。


「牛歩で行くぞ」

「「御意」」


 葵の号令に右手を心臓に当てて応える従者二人。

 少し離れてしまっているとはいえ、妃沙の脚ならすぐに合流出来る筈ということは理解(わか)るのだけれど、とにかく水無瀬 妃沙という人間はトラブルを呼び込むのが上手すぎる人物なのだ。

 婚約を解消した後も知玲とは車通学をしているのようなので痴漢や変質者という輩との遭遇はないようなのだけれど、たまに時間を合わせて皆で飯でも行こうぜ、となれば高確率でそんな人物と出会う事になる。

 一目彼女を見ただけで疾しい欲望を抱いてしまい、社会人としての地位を脅かしかねない行動をとってしまう大人達には、逆に同情してしまいそうな程だ。

 追跡、突撃未遂は当たり前、中には変態お馴染みの全裸コートなんて人物も現れる始末である。

 彼らにとっても……そしておそらく、当の妃沙にとってもギャグでしかない行動を見せつけてくれる人々は面白く、遭遇すれば笑い話でその後の会合が盛り上がる程度の効果しかないのだけれど、生徒も教師もその数がドンと増え、何処にどんな人物が潜んでいるか解らないこの状況で妃沙を一人にするのはとても不安だったのだけれど、妃沙の勢いは誰にも止められなかったし、セキュリティーのしっかりしている学園内では、さほど警戒しなくても良いよ、と、妃沙親衛隊の隊長・東條 知玲からも言われていたので、ゆっくり歩いて妃沙が速く自分達と合流できるように調整しようとした彼らであるが、残念なことに、彼らもまたこの学園では人気者であることを自覚していなかったのである。


「遥 葵さん! 私、ずっと貴女のファンで……!」

颯野(さつの)君っ! ずっと応援してますー!」

「みっきゅん……ああ、みっきゅん……!!」


 黄色い声と、一部野太い声が彼らを包む事になってしまった。

 水無瀬 妃沙という、天使めいた存在は神格化されており、学園内においては近付き難い者として認識されており、特にエスカレーター式でこの高等部に入学した生徒にとっては、知玲というストッパーの存在が未だ色濃く認識されていて、その包囲網を突破して近付いたら凄惨な報復がある、という噂が彼らを止めていたのだが、今、妃沙というストッパーを失って苦労することになってしまったのは、皮肉なことに妃沙よりも彼らの方なのであった。


「え、ちょっ、まっ……!」


 そんな、言葉にならない言葉をなんとか発した葵を筆頭に、焦った彼らは実行していた牛歩を止めざるを得なかった。

 特に、少ないとは言え芸能活動をしている充への突撃は多いようであるが、彼らの中でもピカ一で素早い彼である、素早くその場を乗り切ろうと走り出し、身体能力に優れる葵と大輔もそれに追随した結果、

 かなりの数の生徒達が校舎から体育館へ爆走するという事態になってしまっていた。


「いつも応援ありがとう! でも、学園では一生徒としての生活を楽しみたいから、こういうのは止めてくれると嬉しいな!」


 額に汗を浮かべながらキラッと王子様然とした充の言葉に「はいィィーー!!」と返事を返した声は若干野太い声の方が目立っていたというのは噂である、と充は信じる事にしたのだが、

 とにかくそんな事情で、彼らは後続の妃沙を大きく引き離して早々に体育館に到着することになってしまったのである。



「妃沙、大丈夫かな……。アイツあれで方向音痴だろ?」

「ものっすごい方向音痴だね、妃沙ちゃんは。けど……ボクらが迎えに行ったらまた混乱しちゃいそうだし……」



 どうしよう、と、この場における妃沙親衛隊の葵に視線を向ける大輔と充。

 そして、そんな視線を受けた葵もまた、激しく消耗しており──何しろ、ずっとベッタリだったので妃沙というリミッターが外れた自分の状況というのは、今、初めて体験したのだ──少し焦った声で言った。



「大王様(知玲先輩)に報告する。あの人なら、妃沙の現在位置は把握してると思うから……」



 そう言って、手にしたLIMEで、一番連絡してはいけない人物に今の状況を伝える葵。

 その連絡を受け即座に動いた知玲は、妃沙のもう一つの残念な属性を深く理解してはいなかった。




 ハッ、ハッと、ハンカチを片手に、物凄いスピードで校内を走る妃沙。

 その位置は体育館とは真逆の方向であった──そう、水無瀬 妃沙、友人達の理解通り、彼女は極度の方向音痴だったのである。


「葵ィィーー!!」


 不安そうに親友の名前を呼ぶ妃沙。

 彼女の手には、もちろん事前に配られた校内の地図も握られているのだが……とにかく広い学園なのだ、その配置図は地図の様相で描かれている。

 そして妃沙は、地図を読めない人物にありがちな行動を素で行っていた。


「こっちが北だと思いますのに……目印が全く見えませんわ!?」


 握った彼女の手の中の地図は、上下が逆であった。

 地図を見るのが苦手な人にありがちな「地図をクルクル回す」を発動した結果の、二分の一の賭けに敗れた結果である。

 その為、彼女は今、体育館とは真逆の方向に疾走を開始し、なまじ脚が速い為に目的地との距離をグングンと拡げてしまっていたのであった。

 そして、地図では有り得ない位置に行き止まりを見つけ、その場に立ち尽くす妃沙。



「葵ィィーー!!?? わたくし、迷子になってしまったようですわァァーー!!??」



 残念な美少女が、周囲に人もいない、部屋もない場所で大絶叫したのであった。

 地図は正しく読みましょう。


◆今日の龍之介さん◆


龍「地図なんか読めなくても勘でなんとかなるだろ!」

知「……普段は良すぎるくらい運が良いくせに、地図に関しては必ず二択の選択を外すよね、前世(むかし)から……」(溜め息)

龍「……(何も言えないらしい)」

一同「……(察し)」

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