◇66.貴方の名前を。
「ただいま戻りました」
そう言って玄関に入ると、妃沙の母親がおかえりなさい、と出迎えてくれた。
本当は親に挨拶をするだとかなんだとか言ってここまで莉仁が送ろうとしていたのだけれど、激しい攻防の末、自宅の前で降ろして貰うことになんとか決着したのである。
その際にまた次の機会に、なんて言われたような気がするけれど、何で理事長が自分の親に挨拶をしたがるのか、その理由が妃沙には全く解っていなかった。
ただ、面倒臭ぇヤツに目を付けられて困ったな、程度にしか今はまだ考えていないようだ。
それに今日、この場に莉仁と一緒に帰って来るのはとてもマズいような気がしたのである。
「妃沙、知玲君が来ているわよ。貴女のお部屋で待ってもらっているわ」
のほほんとした笑顔で母親から告げられた言葉に、やっぱりな、と少しだけ溜息を吐く妃沙。
そう、ここに莉仁を来させる訳にいかなかった理由とは、高確率で自分の帰宅を待っているだろう知玲の存在を予感していたからである。
莉仁に掻っ攫われた時も今までに見たこともないような怖い表情をしていたし、『怒気』なんてものを無意識に放ってしまうほどに怒りを制御出来ていなかったのだ。
そのままあの場で固まっていたらどうしよう、なんて、少しだけ本気で心配していた妃沙だけれど、なんとか自宅までは戻って来たようである。
もっとも、それは知玲の自宅、ではなかったけれど。
「丁度良かったですわ。わたくしもお話しなければならないと思っていた所なのです。お母様、お気遣いはいりませんから、少しだけ、知玲様と二人にして頂けますか?」
解ったわ、と相変わらず微笑んだままの妃沙の母親。
だが、彼女だって突然に婚約を解消するという報告を受けて以来、何処か思いつめた表情の知玲のことは気に掛けていたのだ。
そしてそれを解消出来るのは自分の娘だけだということも理解している。
「お話が終わったら二人で居間へいらっしゃい。貴女はともかく、知玲君はお昼も食べていないでしょう? 何か用意しておくわ」
良い、必ずよ? と念押しされ、妃沙が了承の意思を示すと、母親は安心したように去って行った。
後に残された妃沙は、少しだけ気持ちが沈みそうになるのを隠し、自分の部屋へ向かったのだった。
「……知玲様……って、あら?」
自分の部屋に入るのに思い切りが必要な状況ってのもどうなんだよ、なんて心の中で悪態をつきつつ、妃沙が部屋は部屋に戻ったのだが、そこには誰の姿もなかった。
シンプル上等、とばかりに、余計な装飾を一切排した妃沙の部屋には今、見慣れた家具の他は何もなく、ただ、中庭に続く大きな窓だけが開かれて、掛かったカーテンをヒラヒラと揺らしている。
(──知玲があの場所に脱走するなんて珍しいってか……初めてじゃねぇか? 何だよ、また何か悩んでんのかよ、アイツ……)
そんな事を考える妃沙だけれど、その悩みとやらの原因の一端に自分がいるらしいことはさすがに把握しているので、ハァ、と溜息を吐いて中庭に向かう。
知玲からしてみれば、妃沙は悩みの一端どころかまるっと全部が妃沙のせいなのだけれど、妃沙には知ったことではない。
だが、妃沙にとってあの場所は悩んだり迷ったりした時に訪れると、不思議なくらい簡単にそれを解決してくれる場であったのだ。
初等部に上がる前、自分はこの身体に入るには相応しくないんじゃないかと人知れず悩んでいた時のこと。
初めて莉仁と出会った運動会の後、自分という存在について見つめ直したこと。
そしてそれを葵に救って貰い、現世を楽しもうと知玲と語り合ったこと。
その他にも、初めて葵と大喧嘩した日だとか、悪戯心を発揮しすぎて悪ふざけをし、いつもは温厚な母親に思いっ切り怒られた日だとか……確かに妃沙は、ここに来て心を鎮める事は多々あったけれど、知玲が妃沙に何も言わず、こんな所に来ることは初めてだったのだ。
だが、妃沙にとって居心地の良いその場所が、知玲の心を少しでも癒してくれれば良いな、なんて考えながら妃沙があの大樹の元に向かうと、案の定とでも言うべきか、そこに知玲の姿はない。
「東條 知玲さまー? そちらにいらっしゃいますのー?」
すると、妃沙と一緒に成長してきたその大樹の、葉に包まれた一際大きな枝がガサリと揺れる。
だが、当の本人はバツが悪いのか拗ねているのか解らないが、顔を出すことも返事をする事もなかったので、妃沙は仕方ありませんわね、と呟いて靴を脱ぎ、制服のジャケットを脱ぎ、その幹に手を掛けてスルスルと登って行った。
良家のお嬢様の特技としてはいかがなものかと思うが、ここは妃沙のお気に入りの場所であり、特に何もなくてもたまにこうして木登りをして気分転換を図っていたので慣れたものである。
そして、登りきったそこには、案の定バツが悪そうに拗ねて唇を尖らせている知玲の姿があった。
普段ならこんな表情をするのは妃沙の方が多かっただけに、役割が逆になった今、どんな言葉を掛ければ良いのかを一番理解しているのは他でもない妃沙である。
「……まったく。良い年をしてやんちゃが過ぎますわ。お昼も食べず、ご自宅にも戻らず、こんな所で何をしておいでなのです?」
フゥ、と呆れたように溜め息を吐きながら、それでも知玲がこんな姿を見せてくれるのは自分だけなのだろうなという実感をくすぐったく思う。
そして、いつも完璧であろうと、格好良くあろうと努力を続けていた知玲が、こんな風に素を見せることになってしまった原因もまた、自分なんだろうな、とも。
「……知玲様、幼児返りですか?」
「違うわっ!」
妃沙のあんまりな言葉に、思わず口調の乱れる知玲。
だが妃沙は、そんな知玲を見つめながらアハハ、と心底から楽しそうに笑っていた。
「良かったですわ。お話をしに参りましたのに、口もきいて下さらないのではどうして良いか解りませんもの」
よいしょ、と呟き、妃沙が知玲の隣に腰掛ける。
まだ拗ねている様子の知玲だが、どうやら妃沙を拒否するつもりはまるでないどころか待っていてくれたような雰囲気すら漂っていて、妃沙はまた少し嬉しくなってしまうのだった。
「良い場所でしょう、ここは。空が近くに見えますし、お天気が良ければ東珱一の山も見えますのよ。そして……色々な負の感情を払拭したり、面倒臭い状況を改善する為の打開策すら教えてくれる、わたくしの一番のお気に入りの場所ですわ。
知玲様、この場所が貴方にもその効果を齎して下さったら本当に嬉しいですわ!」
そしたら二人で、またこうして木登りが出来ますものね、と真顔で言う妃沙に、背けている知玲の口からプッと笑いの漏れる音が聞こえる。
「いっそのこと、ここにツリーハウスでも設置します? そしたら妖怪が棲み付いてくれるかもしれませんわ! ねぇ、知玲様、それってとっても素敵な……」
妃沙のそんな阿呆な思い付きは、最後まで語ることが出来なかった。
──チュ、と音を立てて触れた知玲の唇が、彼女の口から言葉を奪ってしまったから。
───◇──◆──◆──◇───
至近距離で微笑んでいる知玲。
妃沙はまだ、自分に何が起きたのかを理解出来ていないのだけれど、図らずも短時間の間に二度も唇近辺に攻撃を受けた事だけは理解しているようだ。
その小さな白い手で唇の脇と唇を軽く押さえ、目を見開いて固まってしまっている。
それはごく自然な仕草であったので、知玲は彼女の指が『唇の脇』を押さえていることには気付いていないようだ。
だが、妃沙にとって二度目のキスは……これまた突然齎されたもので、ロマンチックのロの字もないものであった。
別にそれについてどうこう言うつもりはないのだけれど、彼女にだって心の準備というものがあるのだと、抗議を試みる。
「……ち、知玲様!? そういう事はせめて予告をしてからに……!?」
「へぇ? キスするよって宣言したらして良いんだ。それは良い事を聞いたな」
嗚呼、コイツは自分の知る夕季の魂を宿した東條 知玲という男だろうかと、妃沙は思わず目を見開いて知玲をガン見している。
挑戦的な瞳で自分を射抜くように見つめる彼の姿は、今まで感じた事のないような危険さと、そしてドキッとしてしまうような色気を放っていたのである。
世間一般的には莉仁と知玲を比べれば、多くの女性が莉仁の方が色っぽいと感じるのだろうけれど、妃沙にとって莉仁のアレは通報モノの悪戯でしかなく……だが知玲のそれは、確かに色っぽさを感じていたのであった。
大した進化である、と、褒めてあげて頂きたい。
今、そういった感情に対してはアウストラロピテクス並みであった妃沙が、ようやくホモ族へと進化を果たしたのであった。
そういうワケでは……と、泡を食って知玲から身体を離そうとするので、こんな高い木の枝の上では至極危険な状態にある。
だから知玲は、そっと隣に座った妃沙の腰を抱き、自分に引き寄せたのであった。
「……ねぇ妃沙。僕は……君が好きだよ」
あの観覧車のゴンドラの中では言えなかった気持ち。
動揺している妃沙に対して伝えるのはズルいかもしれないな、と思いながら、知玲は言った。
ずっと言いたかった──前世からだなんてことは今は言わないけれど──その、大切な気持ちを。
「婚約を解消したって気持ちは変わらない。いや、それどころかより深くなったくらいだよ。
でもね、押しつけるつもりもないんだ。君には心から……いや、君の方から僕が欲しいって言わせなきゃ意味がない。そうじゃなきゃ……君を手に入れたことにはならないから」
向き合い、妃沙の白い頬を大切な宝物のように撫でながら、切羽詰まった表情でそんな事を言う知玲を、妃沙は黙って見上げる事しか出来なかった。
自分に対して嘘などつかないと信用している彼だけれど、今、語られているのは心の奥底の一番大切な気持ちで……一番強い気持ちなのだと、天下の鈍チンの妃沙にも伝わったのだ。
妃沙の恋愛についての感性は今、ホモ族からネアンダルタール人くらいにまでまた進化したようである。
そして、妃沙、とそっと囁いて自分を抱き締める知玲の腕に、確かに『異性』を感じていたのだけれど、まだそれは仄かなものであり、認めるのを怖がっている妃沙には気付かないフリが出来る程度のものであった。
「ち、知玲様……。わたくしだって知玲様の事は大好きですわよ! それこそ、前世からずっと側にいて下さったのですもの」
そんな言葉で知玲を喜ばせにかかる妃沙だけれど、泡を食ったような表情で言われてはムードもクソもない。
それに、そこに含まれる『好き』の意味は、知玲が求めるそれとは違うのだと妃沙が全身で語っていたので、知玲は少しがっかりして、引き続き妃沙を少しでもヒト族に近づけようとその額にピタリと自分の額を合わせて言った。
「大好き、かぁ……。それはとても嬉しい言葉だけどね。妃沙、それって葵さんや充くんや大輔くんにも言えてしまう言葉だよね?
僕が欲しい言葉にはもっと違った気持ちが必要なんだよ。今まで君が見ようとしなかった気持ちだ。
ねぇ、妃沙。何度でも言うよ、僕は君が好き。この言葉に込められている気持ち、今の君なら少しは理解が出来るんじゃないかな?」
額を合わせているので、その表情をしっかりと見つめる事は出来ないけれど、触れ合った部分に熱が篭っているのは解るし、間近で聞こえる、あー、とかうー、とかいう呻き声が肯定の声に聞こえてならない。
まったく、可愛くなっちゃって困るなと知玲はクスリと思わず微笑んでしまう。
おそらく今、自分が告げているのは、彼女が前世でも今世でも受けたことのない、生まれて初めての告白なんだろうなと考える知玲だけれど、言ってみれば彼だって過去も今もそんな経験をしたことはないし、これからもするつもりはない。
自分でも怖いくらい、知玲の中には妃沙が棲みついていて、その姿しか見えていなくて。
そしてその中に『龍之介』が存在している事は知っていてもなお、自分が恋しているのは『水無瀬 妃沙』なのだと、知玲は日々感じているのである。
「……わ、解りませんわっ! 知玲様がわたくしをお好きだということなんか、生まれる前から存じておりますものっ!」
なんという殺し文句だろうかと、知玲は思わず妃沙の額から額を外し、そのまま、うわぁー、と声を上げながら両手で自らの顔を覆う。
『お前が俺を好きな事なんか知ってるぜ』という言葉にはもちろん、深い意味なんかない、ないのだ、しっかりしろ知玲、と知玲が自分を鼓舞しているのを、やっと解放された妃沙はパタパタと手で風を送りながら見つめていた。
いい加減に、自分が放つ「好き」という言葉の破壊力を認識して貰わなきゃな、と、ハァァ、と深い溜め息を吐きながら考え、そして気持ちを落ち着かせる為、脳内で素数を数え始める有様の知玲。
恋愛は惚れた者が負けだとはよく言われる事ではあるけれど、彼女は深く考えもせずに人を誑かしにかかるのだから始末に負えないし、本当に危険だな、と改めて認識するのであった。
突然に恋敵として登場したあの理事長にこんな発言をしたらきっとひとたまりもないだろうから、折りを見て注意しておこうと思った知玲だけれど……ご存知の通り、それはもう既に手遅れである。
「……良いよ、妃沙。あくまで無自覚を貫くなら理解させてあげるまでだし、『待て』の約束は終わったからね、僕はもう……待たない。
その上、これからは本気で君を口説きにいかなきゃならない立場だしさ。ずっと我慢してたんだ、毎日でも言うからね。君が好きだよ、妃沙」
そう言って、離したばかりのその額にチュ、とキスを落とす知玲。
そんな彼の隣で「だから! そういう行為は前もって予告を、と、あれほど……!」と騒いでいる妃沙だけれど、ふとその声が止まり知玲から身体を離し、けれども彼の手をギュッと握ったまま俯いた。
「……知玲様、その言葉は、そのお気持ちは……『知玲様』のものですよね? 『夕季様』はもう……何処にもいらっしゃらないの、でしょうか……?」
その大きな瞳に、今にも零れそうな程の涙を浮かべる妃沙。
そんな彼女の表情を向けられ、ああ、きっと不安だったのだなと理解する知玲だけれど……生憎、彼女の欲しい返事は出来そうになかった。
彼の中にはもう『夕季』としての意識は殆どなかったし、妃沙を好き、という気持ちのその先には、もっと激しくて生々しい生理的衝動を感じる事すらあったのだ。
けれど、自分が前世からの幼馴染で、彼女の本当の姿を知っているのだというアドバンテージは、決して手放すまいと思っている。
だから……ズルいな、と思いながらも、優しく微笑んで妃沙をそっと抱き締め、その心臓に耳を当てさせて言ったのだ。
「『夕季』はここにいるよ。そして今、僕と完全に同調してる。僕は夕季だ……でも、知玲だ。君が望むならどっちにもなれるお得物件だよ、妃沙。
君が恋愛に対して臆病なのはきっと、精神と身体の性別が違うからだよね。でも僕なら、君と同じ悩みを共有しながら、一緒に『今世』の自分の気持ちに寄り添うことが出来る。
だから、怖がらないで一緒に考えようよ。妃沙も龍之介も……僕にはどっちも選べないくらい大切だから。そのままで良いんだよ」
知玲のその言葉に、悲しそうにしていた妃沙の瞳に光が戻った。
知玲よりもずっと前世の意識が強い妃沙にとっては、『龍之介』の存在を肯定して貰えることが一番の自信に繋がるのだ。
だからこそ、素の言葉を聞いてくれているらしい莉仁にも心を開いてしまっているのである。
けれど目の前のこの異性は、そのままで良いと言ってくれるばかりか、時には自分の本当の名前すら呼んでくれる唯一の存在で……この人の幸せは自分が守るのだと誓った相手だ。
彼の幸せが何処に向かっているのかという問題には少しだけ目を反らしつつ、己に課した使命には忠実であろう、と、妃沙の表情がピッと引き締まる。
「理解りましたわ、知玲様。貴方の護衛としての任務、全うしてみせますわ!」
「どうしてそうなるの!!??」
今までの甘い雰囲気を返せと知玲が叫ぶ。
だが、妃沙の残念な脳みそは今再びホモ族へと退化し、知玲の一世一代の告白をすっ飛ばして「やっぱ夕季を守ってやらなきゃ!」という終着点に達してしまったようであった。
「どうしてって……。少しだけ立場は変わりましたけれど、わたくしは生まれる前から貴方を守ると決めているのですわ? 夕季様がそこにいらっしゃるなら、その任務は全うせねばならないものではないですか」
それにねぇ、と、瞳を輝かせて悪戯っぽく微笑みながら尖らせた自分の唇にトントン、と人差し指を当てる妃沙の表情は可愛いけれど……知玲は嫌な予感しかしなかった。
「わたくし、気付いてしまったのですわ! 今の知玲様とわたくしの立場って、この世界で拝見した映画、『貴方の名前を。』の主人公二人に酷似しているのだと!!」
思わずガクーッと肩を落とす知玲。
それはそうだろう、一世一代の告白をし、一生懸命甘い雰囲気を創り、キスまで交わしたこの場において、それを受けた彼女の反応が『まるで映画のようですわ!』である。
確かに、この世界には『貴方の名前を。』というタイトルのアニメ映画があって、前世で大ヒットしていたアニメ映画と良く似た男女の入れ替わりを題材にした素晴らしい映画であり、その強面に似つかわしくない程にテレビや漫画や映画というものをこよなく愛していた龍之介は前世でのあの作品も大好きであった。
この世界でその内容に酷似した映画が公開されると解った日には夜中だと言うのに知玲の部屋に乱入して来て、ベッドに入りかけていた知玲の肩をブンブンと掴んで「公開初日の初回に絶対行きましょう!」と力説していたし、それを観た日と来たら一日中その感想を喋り続けるので、さすがの知玲も疲れた、という感想しか抱けないものであったりと……知玲にとっては残念な記憶しかない二つの映画なのだ。
しかし、妃沙は今、瞳をキラキラさせ、あの映画に準えるのであれば、わたくしは修道女ということになりますかしら? などと楽しそうにキャッキャと語り続けている。
……嗚呼、女神様、この可愛くも残念極まりない僕の大切な人を少しだけ黙らせて下さい、と知玲が心の中で願ったその時。
『合点承知之助!』
と、今ではすっかり懐かしくなってしまったあの声……しかも知玲がこの世界で聴くのは初めてなその声が聞こえて来た。
驚く知玲の前で、突然に妃沙の声が聞こえなくなり、そんな自分の変化にビックリしたのか、妃沙が口を開けたまま周囲をキョロキョロを見渡している。
知玲もまた、突然のその変化に驚きはしたのだけれど、この効果はそう長くないのだと素早く判断し、心の中で女神様に感謝を捧げ、大きく開いたままの残念な妃沙の口を丁寧に閉ざしてやり……
「……あの映画のラストシーンは、こんな感じだったよね、妃沙」
彼女の頬に両手を添えてクイ、と自分に向かせ、この世界での映画の主人公よろしく優しく微笑んだ。
「ここで君を待ってたよ」
そう言って瞳を閉じ……妃沙の小さな唇に、再びキスを落としたのである。
「なァァーー!!?? 知玲様、そういう行為は予告をして下さいとお願いしたばかりではないですかァー!?」
「何を言ってるの、妃沙。映画に準えただけじゃない」
女神様、効果が短かすぎですとは思いながらも、予想通り過ぎる妃沙の反応に、ぷくく、と悪戯っぽく微笑む知玲は満足感でいっぱいだ。
だが、そんな彼に対して妃沙はもう、顔を真っ赤にしていっぱいいっぱいの態である。
前回のそれより真っ赤になっている妃沙の表情を見て、効いてる効いてるとほくそ笑む知玲。
彼女が鈍チンだなんて、それこそ前世から知っていたことだ。ならば、スキンシップを増やし、直接的な言葉を囁き、理解らせてやるまでだ。
婚約を解消したことで彼女の周囲に害虫が増えることなんか想定の範囲内なのだ。
正直、理事長がその害虫になるだなんて、さすがの知玲も予想していなかった事態だけれど、なるほど、自分の愛する妃沙はあんな上物すら引き寄せてしまうのだな、と、何処か自慢げな気持ちすら抱く知玲であった。
負けてなるものか。
せっかく妃沙の一番近くに居て、ちゃんと気持ちを伝えられる立場におり、今までの努力で妃沙に対して恥ずかしい自分ではないのだと思う事が出来ているのだ。
前世から合わせれば、もう三十年以上も想い続けた人だ、絶対に誰にも渡さない、と知玲は決意を新たにするのであった。
──東條 知玲、十七歳。前世から拗らせた初恋が、その相手に対して矢のように放たれようとしていた。
◆今日の龍之介さん◆
知(真面目な顔で)「キミに二度目の、恋をする」
龍「あ゛? お前まで頭沸いたか?」
知「フフ。僕のキャッチコピーだって。なかなかサマになってたでしょ?」
龍「……お、おぅ……」
莉「何この扱いの違い!?」
龍「あ゛!? 莉仁てめェ、出番ねぇのにしゃしゃり出て来んじゃねェ!」
莉「俺の扱い……(´・ω・`)」




