◆64.キノコ戦争
「あー、笑ったらなんだか腹が減ったな。喉も渇いたし、また掻っ攫って来てしまったお詫びにランチでもどう? 入学のお祝いにお兄さんがご馳走するよ」
ひとしきり笑って満足したのか、再び車のエンジンを掛けながら莉仁がそんな事を言い始める。
そう言えば、そろそろ昼時かとふと気付いた妃沙だが、そんな事よりも彼の言葉の中には気になる言葉があった。
「サバ読んでんじゃねーよ。誰がお兄さんだ、誰が! オッサンだろーが!」
「ひっど!? あんまりイジめるとボクちん泣いちゃうお……」
「だからそれはもう止めろ! 禁止だ、禁止!!」
気心の知れた友人同士のような会話が交わされる車内。
妃沙としても、素の言葉がそのまま通じるというだけで何故こんなにも心を許してしまいそうになるのか不思議だったのだけれど、何故だか莉仁に対しては警戒心を抱くことが出来ないのだ。
まるで太陽の光のように明るく妃沙を照らし、いつの間にか心を優しく包み込んでくれるように自然な流れで繰り出される会話は本当に心地が良かったのである。
この世界に転生した時からずっと纏わりついて来た、自動変換なる『能力』。
立場も性別も変わってしまった現世の自分にとっては、確かにそれは好都合であり一番必要な能力であったのかもしれないけれど……。
(──俺の場合、きっと前世の記憶が強すぎるんだろうな。夕季はもうすっかり『知玲』に馴染んでいるみてェだし。それは……望むところ、ではあるんだけどな)
ここ数年の間に、知玲の中に『夕季』を感じる事はグッと少なくなり、今では妃沙も『東條 知玲』という一人の人間として認識せざるを得ない程、前世の幼馴染であった『蘇芳 夕季』の存在は小さくなっていた。
元婚約者で、嫉妬がちで、底抜けに優しい彼の姿は紛れもなく『東條 知玲』であり、前世の面影を探すことの方が難しくなって来ている。
それはきっと、知玲がこの世界の身体を心底から受け入れ、全うしているからなのだから、『今世』を堪能して欲しいと願う妃沙としても喜ぶべきことではあるのだけれど。
(──綾瀬 龍之介の役目は……終わったって、ことなのかもな……)
それを認めるのは、怖い。
だからこそ、『龍之介』の言葉を聞けるらしい莉仁の存在を無碍に出来ないのだ。彼だけが『龍之介のままで良いよ』と言ってくれるような気がするから。
それは現実逃避だという自覚はある。綾瀬 龍之介であれば、こんな胡散臭い相手に心の拠り所を求めるなんて絶対にしなかったに違いがないのだ。
けれど……水無瀬 妃沙となってはや十数年。自分はすっかり弱くなったのだなぁと、妃沙は少しだけ自分に失望してしまうのである。
「妃沙、何食べたいー? 俺、独り身で料理もしないから食事は外食ばかりなんだ。でも、そのお陰で美味い店は網羅しているからお姫様のご希望に叶うリストランテのチョイスには自信があるよ?」
突然に黙り込んでしまった妃沙の心情を知ってか知らずか、車を走らせながら莉仁がのほほんとそんな事を尋ねて来る。
妃沙よりずっと人生経験が豊富そうな彼の事だ、彼女の想いを正確に理解している訳ではないだろうけれど、何か思い悩んでいるらしいことは察していそうな気配が漂っている。
そして妃沙もまた、せっかく素の自分のままでいられるこの時間を大切にしたいと思ったので、ニカッと笑って言った。
「いきなり呼び捨てとかねぇだろ!? こっちは理事長サマに対して呼び捨てなんか出来ねェんだから不公平だろうが!」
「莉仁って呼んでくれて構わないぜ。と、言うか、むしろお願いしたいかな。俺は、生徒の中に紛れ込める程に距離感の近い理事長を目指してるから」
「オッサンな美形理事長相手に物怖じしない高校生なんかいるわけねーだろ!」
「オッサンって言うなぁーー!!」
ぷくっと頬を膨らませた莉仁は、わざとなのだろう、他の車の迷惑にならない程度の蛇行運転をしてみせる。
あぶねーから止めろ、と必死の形相で止める妃沙の表情さえ楽しげに受け止めながら、莉仁が何処かに向かって車を走らせるので、妃沙はスマホで知り合いと昼食を摂ることにした旨を両親に伝え、了承を得る事が出来たのであった。
「……オナカが空きましたでござるよ、莉仁殿。お連れ下さるお店、期待して奉り候」
「だからプペちゃん、突然豹変するの止めて!!」
ゆるゆるの蛇行運転がワザとではなく、莉仁の動揺を誘うことに成功した結果のそれなのだと悟り、妃沙がニタリと悪い微笑みを漏らしている。
けれど莉仁もまた、そんな妃沙の策略に乗せられてばかりではない、一人の大人なのであった。
「思いっ切り甘い物にしてやろうかな。実は甘党なんだ、俺」
「そんなランチを摂らせようってんなら今、この場で車から飛び降りんぞ!」
やめてやめて、と必死で妃沙を止める莉仁と、冗談だバーカ、とニカッと笑いながら告げる妃沙の姿には、お互いに本当に気負った所はない。
二人にとっては三度目という僅かな邂逅でありながら、本音を曝け出せる貴重な人材だなコイツは、と認識せざるを得ない程、その会話は楽しいものだったのであった。
───◇──◆──◆──◇───
そうして莉仁がしばらく車を走らせ、ここだよ、と言って車を止めたのは小高い丘の上にポツン、と建つ白い壁が印象的な一軒家。
特に駐車場がある訳でもないし、看板がある訳でもない。確かに住居というよりはメルヘンチックな佇まいは店なのかもしれない、という印象は与えるけれど、何も知らなければ入るのは躊躇われてしまうだろう。
「ここは知る人ぞ知るリストランテで、俺の一番のお気に入り。裏庭には海が一望出来る素敵な庭園があるから後で行こう。今は……ごめん、腹が減り過ぎてるからそっちが優先」
アハハ、と笑いながらどうぞ、と妃沙の手を取り車から降ろすと、そのまま自然な流れで腰に手を当ててエスコートを開始する莉仁。
正直なところ、知玲でこうしたお姫様扱いには慣れていたので、妃沙も抵抗なくそのエスコートを受け入れたのだけれど、当の莉仁は少し意外そうな表情で妃沙を見つめている。
「……慣れてるんだな」
「……まぁな」
この会話だけで何となくお互いの身の上の複雑さを感じ取れる辺り、二人共大人なのだと言っても良いかもしれない。
三十歳だと語っていた莉仁はもちろんのこと、前世からの経験を含めれば妃沙だって彼以上の……そして濃密な人生経験を送っているのだ、ちょっとやそっとのことでは動じない度胸は兼ね備えている。
そして、莉仁にとってはそんな妃沙の態度が激しくツボを突いてくれるものらしい。
莉仁には彼以外の人々が聞いている妃沙の言葉を聞く事は叶わないけれど、いかにもお嬢様然とした妃沙から放たれる言葉と言えばヤンキーであったり武士であったりするのだ、笑うなと言うほうが無理な話だ。
そのくせ、語られている言葉の内容は酷く真っ正直で、時々見せる大人びた表情にドキッとしてしまいそうになることすらある。
初恋はまだだなんて、誰にも言うつもりのなかった事を何故だか告白してしまうくらい、自分の何かを刺激して仕方のないこの少女。
初めて出会ったあの運動会の時からずっと、どうしても忘れられないこの少女のことをもっと知りたいと思ってしまうのは仕方がないな、と何処か満たされた気持ちでその細い腰を抱く莉仁の表情には、彼を知る者が見たら驚く程に優しい笑顔が自然と浮かんでいたのであった。
カラン、と透き通ったベルの音が鳴り響き、木製の半楕円型の可愛らしい扉が開くと、中からガーリックやトマトなどの、何とも食欲を刺激する香りが彼らの鼻腔を擽る。
「いらっしゃいませ」
柔らかい女性の声が二人を迎えてくれ、料理の匂いの中にごく自然に、ふわりと優しい花の香りが空気に乗る。
「翠桜さん、お久し振りです」
隣の莉仁が自分の腰を抱いたまま、出迎えてくれたのであろう女性に掛けているその声に複雑な感情が入り込んでいるのを感じ、妃沙がつい、と斜め上の莉仁を見上げると、その優しい瞳は自分ではなく、目の前の上品な女性に固定されていた。
知り合いなのだろうし、久し振り、と言っていたからそりゃまぁ当たり前かと、妃沙も目の前の女性に視線を向ける。
「……まぁ! 今日はずいぶん可愛らしいお連れ様と御一緒なのねぇ……! 考えてみれば、莉仁さんがここに誰かをお連れ下さるのも初めてではないかしら?
それにしてもまぁ……まぁ……! 本当に可愛くて、お人形さんのようね……!」
漂う香りからして、イタリアンを提供する店なのだろうと察することが出来る店には不釣り合いな、和服姿の初老のその女性。
上品に口元に手を当てながらコロコロと笑う様はチャーミングですらあり、その柔らかな雰囲気には初対面の妃沙でさえ警戒心を解いてしまいそうになる程だ。
「今日はパスタかもしれないって気がしてな。これから口説こうっていうレディを案内するなら、この店の雰囲気とパスタは効果的だろ?」
あらあら、まぁまぁと相変わらず楽しそうに笑う女性。
「相変わらず鼻が利くこと。それじゃ、いつものお席で少しお待ちになってね。なるべく早く、可愛いお人形さんの心を溶かす料理を用意するわ」
そう言って背を向ける女性に「腹が減り過ぎたから早く頼むよ」なんて言いながら、莉仁が相変わらず妃沙の腰を抱いて店の中を移動する。
そうしてやって来たのは、柔らかい日差しの差し込む個室。良くみれば、視界の先には海が見えるようだ。
真っ白なテーブルクロスの掛けられたやや大きめの丸いテーブルに、深緑色のビロードの貼られた座り心地の良さそうな猫脚の椅子が二脚。木製のフレームには繊細な彫刻がなされており、質の良いアンティークである事が一目で解る。
テーブルの中央には陽の光を受けてキラキラと輝くガラスの一輪挿しが飾られ、そこにはあの女性が挿したとは思い難い、気障ったらしい真っ赤な薔薇の花が活けられていた。
「気障な店だなぁ……。さすが王様」
ぷくく、と妃沙が笑いを漏らしている。
家族でも友人でもない、良く知りもしない大人なな男性とこんな密室に二人きりだというのにまったく緊張感のないことだ。
先程の女性と莉仁の間に何か因縁めいたものは感じているのだが、そんなことは自分には関係ない、とばかりにスッパリと忘れ去ることにしたようだ。まことに男前なことである。
普通のラブコメであれば、ここは『さっきの女性は誰? 貴方の憧れの女性なの?』『いや、今のボクはキミに夢中さ』なんて会話になるべきところであるのだが、
いかんせん妃沙はそんな感性を持ち合わせた普通の主人公ではないので、漏らす感想や態度もまた残念なものであった。
「店っていうか……実家みたいなものだな。そしてここは俺の部屋。食事をする為だけの……な。翠桜さんは俺の母親だし」
そう言いながら、莉仁はいらっしゃいませ、と慇懃に礼をした給仕が持って来た水差しを受け取り、備え付けられていたこれまた繊細な細工の施されているグラスに水を注いでコトン、と妃沙の前に置いた。
キラキラを光を放つそれは、ただのグラスと水だというのにとても綺麗に見え、妃沙は思わずクシャリと微笑んでしまう。
「食事をする為だけの部屋に気障な車に乗ってわざわざ来るのかよ!? どんだけ坊ちゃんなんだか……。ただの一般人たるワタクシには解りませんことよ」
ハァ、と溜め息を吐き、けれども言葉にしたような嫌悪感はまるでない。むしろ、目の前の王様の一面を知ることが出来て嬉しいくらいだ。
彼とは確かに今日が三度目の邂逅だけれど、一緒にいて楽だし危険な感じもしない。妃沙にとっては相手はオッサンだけれども、龍之介にとっては年下の弟分なのだ、警戒心など抱こうはずもないし、何故だか良く解らないけれど彼が自分に対して絶対に危害を加えない存在であることは理解出来てしまうのである。
知玲にすら危険を感じることがあった妃沙にとり、その隣はとても居心地が良くて、まるで葵という親友と一緒にいる時のようにリラックスしてしまうのであった。
そんな妃沙に対し、莉仁も何処か諦めたような、それでいて楽しそうな表情で微笑んでいる。
「一人で食べる為に料理をするなんて非効率だと思ったんだよ。お陰さまで金はあるしな、それなら栄養バランスを考えて好きな物を食べた方が精神的にも楽だ。
この店は、今日はイタリアンだけど、和食もフレンチも、中華やデザートだって出してくれる。しかも味はピカイチで一汁一菜、主食と副食のバランスも完璧だ。
ちょっと遠いのは難点だけど、たまに来れば栄養補給が出来るからな。俺は普段は食事を栄養ドリンクなんかで済ませてしまうこともあるから、重宝してるんだよ」
コク、と水を飲みながら、何処か自虐的にそんな事を語る莉仁に、妃沙はまた少しだけ親近感を覚える。
自分の為だけの食事の用意など煩わしいだけだ。だから前世でも、食事を栄養ドリンクで済ませることは多々あった。
けれど、幼馴染と摂る昼食だけは一日の全てのエネルギーを摂取すべく、だからこそ美味しくしようと心を砕いていたのだ。
そんな前世での自分の姿と莉仁が……何故だか重なるような気がした。
「まぁな。ヤル気の出ねぇ朝と、後は寝るだけの夕食なんかテキトーでも、一番エネルギーを消費する昼食は栄養バランスを考えて、せっかくなら美味しく食いてぇよな!」
解るぜ、とニカッ笑った妃沙の笑顔が、莉仁にはとても眩しく映る。
実年齢と精神年齢という違いこそあれ、二人はほぼ同年代なのだ、しかも独り身で心を寄せる相手がごく一部のみ、という荒れた環境で生きていた二人。
その思考回路が酷く似ているから、コイツの側は心地良いのだと理解するのは一瞬であった。
「難しいことは……また追々話すよ。今日のところは、本当に腹が減ったしなー! ここの料理が美味いことは保障するから安心して楽しんでよ」
ね、プペちゃん、と悪戯っぽく莉仁が微笑む。
そんな瞳を受けて、妃沙もまた心が温かくなったのが理解った。
「……自分で料理するくらいだから、味にはうるさいぜ?」
「上等。味の解らない子をここに案内したと解ったら翠桜さんに怒られちまうよ」
ニヤリと微笑み、カチン、とグラスを打ち交わし合う二人の様子は、まるで長い付き合いのある戦友の様な様相である。
一方は理事長、そして一方はその学園に通う一生徒という関係ではあるけれど、この場に於いて二人は全く対等な立場の一人の人間同士として存在していたのである。
それは妃沙にとっても莉仁にとっても、とても心地の良い空間なのであった。
───◇──◆──◆──◇───
「フンギのアラビアータ、お待たせしました」
入口で迎えてくれた女性が、襷で袖を抑え、白いエプロンを纏うという服装に姿を変え、ワゴンを押して来る。
その上にはホカホカと湯気を上げるパスタと、新鮮な野菜が美しく盛り付けられたサラダにといかにも美味しそうなバケットが乗っていた。
お腹が空いていた妃沙は思わずゴク、と喉を鳴らしてしまった程であるのだけれど、そのメニューを聞き、対面の莉仁はハァァ!? と今までに聞いたことのない非難を纏った声を上げる。
「フンギってなんだよ!? 俺のキノコ嫌いは翠桜さんも知ってくれてるだろ!?」
「ええ、そうね、存じ上げているわ。『形が格好悪い』という意味の解らない理由で莉仁さんは絶対に口にしてくれなかったけれど、良い大人がみっともないとずっと思っていたのよ」
そう言って、料理を運んで来た女性は悪戯っぽく微笑みながら、乗せて来た料理を二人の前に提供しながら説明してくれる。
「私が吟味した国産の美味しいキノコ数種と、世界でも最高の評価を得ているマッシュルーム、香り付けに最高級のトリュフを乗せているのよ。
莉仁さん、私の料理を数々食べてくれている貴方ですもの、その腕は信用してくれているでしょうし、お人形ちゃん、香りだけでも、このパスタは美味しいって理解して頂けない?」
そう告げる女性の表情は凛としていて、母の威厳を感じさせるものである。
妃沙としては、生のトマトが少し苦手という以外、特に食べ物に対する苦手意識はなかったし、提供されたパスタの香りは食欲を刺激しまくるのだ、御託は良いから早く食わせろ、と二人に切羽詰まった視線を送るのだけれど、当の二人には効果はないようだ。
「莉仁さん、私はね、完璧な貴方に好き嫌いがあるのは何か違うんじゃないかってずっと思ってたの。だから、貴方がこの店に女性を連れて来たのならそれは本気だから、絶対にキノコを提供しようとしていたのよ。
貴方なら、女性に自分の格好悪い所を見せたりしないでしょう?」
母の威厳だろうか、そんな事を言いながらニヤリと微笑む女性に、莉仁は一瞬だけ動揺の色が浮かんだきり、あとは余裕シャクシャクな表情である。
妃沙に弱みを晒されるとか、弱点を他人に知られることには何の意味も感じていないという態だ。
「なら、妃沙の皿にキノコを移すだけだしぃー? 妃沙たん、キノコ好きだおね! ボクちんのキノコ、全部おねーたんにあげう!」
「待て、待て!! 口調に動揺が出まくってんだろ!? 莉仁てめェ、自分の美形っぷりを少しは把握した上で言葉を発しやがれよ!」
莉仁以外でこの場に在籍する女性──莉仁が翠桜さんと呼んでいた女性を意識しても尚、素の言葉を吐く妃沙。
けれども翠桜さんとやらにはきっと「口調に動揺が出ておりますわ! 莉仁様、ご自分の容姿をよく把握なさって下さいまし」なんていう言葉に聞こえているに違いない。
莉仁もまた、妃沙の自動変換のスキルは理解しており、愛くるしい女子高生から放たれるヤンキーな男口調というギャップにはいい加減慣れて来たのと、それ以上に苦手なものを提供されたことに動揺しており、アハハと、乾いた笑いを漏らす。
「美味い物を食べるのに、俺や妃沙の事情なんかどうでも良いよな! キノコが苦手なのはさぁ、この整った容姿が生んだ弊害で、男のアレをさぁ……」
「待て、待て! 俺はお前の夜の事情なんかちっとも知りたくないし食事の場でそんな生々しい告白をするなんて不謹慎だろうが!」
「おや、意外とウブだね、妃沙たん? 俺もその気はないけど、その趣向のある男子達には俺ってウケるらしくて……」
「無駄に美形だからだ! 理事長が今みたいな下ネタ言ってみろ、学園が崩壊すんぞ!」
真面目な表情で莉仁を諌める妃沙。
そんな彼女の言葉を、莉仁は至極真面目な症状で聞いており、その言葉が終わった瞬間に妃沙の小さな手を握って言ったのだ。
「……好きになっても良いって言ってくれたしな。なんか、君に本気でハマりそう」
「腹を斬れ、ロリコン」
真面目な表情でそんな言葉を交わし合う二人に、料理を運んで来てくれた翠桜さんなる女性は圧倒されるでもなく、提供し終わったワゴンの前であらあらまぁまぁと楽しそうに口に手を当てている。
だが、当の本人である妃沙と莉仁にぱそんなことはまるで関係がなく、意見を戦わせていたのだが、いい加減に料理が冷めるから良い加減にしろ、と、翠桜さんの冷たい声が響いた所で、妃沙も莉仁もハッと息を飲んで本来の目的を全うする事にしたようであった。
「「いただきます」」
育ちの良い二人である。図らずも両手を合わせて食事に感謝を捧げ、心の底から美味しく食事を頂いており……
「一番嫌いなのはシイタケだからこれは妃沙にあげる……おや、ベーコンが苦手で避けてるなら貰ってあげるね」
「……バッ!? フザけんな、楽しみに取っておいたヤツだろ!?」
「んじゃ、それはシイタケを堪能してくれ。いただきまーす!」
「アーーッ!! 莉仁てめェェーー!!」
……ここが個室で良かったと、相変わらず給仕としてこの部屋に待機していた翠桜さんも他の従業員も感じざるを得ない。
だが、そんな言葉を受けた莉仁はまた、この世の幸せをここに集結したかのような幸せな微笑みを浮かべ、妃沙に言ったのである。
「……好きになって、良かった」
「キノコをかよ?」
その言葉を受けても、少しもポッとしない妃沙という存在が莉仁の興味を刺激しない筈もない。
そして妃沙はまた、提供されたトマトとガーリックの香りに夢中で、莉仁の呟きなどどうでも良い程に、目の前のパスタを堪能したかっただけであった。
「うめェェーー!!」
そう叫ぶ彼女の姿を、莉仁はおろか翠桜さんとやらも優しく見守り、莉仁は自分の分のパスタを堪能することに集中したようだ。
相変わらず妃沙の目を盗んでシイタケやシメジといったキノコを妃沙の皿に移そうとして妃沙や翠桜さんに咎められ、プクッと頬を膨らまして「可愛くねぇからヤメロ」と引ッ叩かれる理事長という図は、今後の影響を鑑み、拡散しないであげて頂きたい。くれぐれも。
◆今日の龍之介さん◆
龍「オイ、莉仁! キノコにはビタミンやミネラルが豊富なんだぞ! 好き嫌いしないで食え!!」
莉「……あーん、してくれたら食べる……」
龍「おーそうかわかった。絶対食えよ……!?」(皿いっぱいの山盛りキノコ(生)登場)
莉「ゴメン、ゴメンナサイ! 普通に無理! ムリですごめん!!!!」(遠方30m先からの大声)
龍「……ンなことさせっかよ。なっさけねーの!」(爆笑)




