◆62.約束を果たしに来た男。
新章、高等部編のスタートです……!!
「葵ッ! 高等部も無事に同じクラスですわっ! 高等部もクラス替えはないと聞いておりますし、実に十二年に及ぶ同級生なんて今ではもう葵だけですもの……愛の力は偉大ですわね!」
「妃沙ッ! ホントだな! もはやアタシ達を引き裂くなんて誰にも出来ないに違いないぜっ!」
上品な色合いの臙脂色のジャケットに、紺地に赤と白の差し色が効いたプリーツスカートという真新しい制服に身を包み、ヒシ、と抱き合う美少女二人。
その光景はもはや日常風景であるので、彼女らを初等部から知っている生徒達は無反応であるのだけれど、高等部には外部の学校からやって来た生徒も多いのである。
そんな彼らにとっては、愛を確かめ合う美少女なんていう非日常を突然見せつけられ、どう反応して良いものかと戸惑っているようだ。
「妃沙ちゃん、葵ちゃん。さっきも言ったけど、高等部は外部から来た人も多いんだから今までの常識通りに行動するのは止めてね」
そんな二人の横で何処か黒さを伴う笑顔でそんな事を言っているのは、有名女優を母に持つ、栗花落 充だ。
今まで在籍していた中等部より格段に生徒が増え、その結果クラスも増えたというのに、彼も、それから葵の幼馴染である颯野 大輔も同じクラスに籍を置いていた。
その大輔は、充から少し離れた場所で二人の様子を呆れたように見守っている。
「良いじゃん、嬉しいんだからさ!」
瞳を細め、猫のように笑いながら紅い髪の美少女──遥 葵が相変わらず抱き締めたままの金髪の美少女、水無瀬 妃沙にスリスリと頬ずりをしている。
今までの二人の関係を知っている者から見ても、それは少し過剰な程の愛情表現であったのだけれど……もちろん、そこには深い理由もあったのだ。
「葵、そんなに警戒して頂かなくても大丈夫ですわ。自分の身くらい自分で守れますから」
葵の腕の中で苦笑している妃沙。
だが、葵は心配そうな表情を崩すことも妃沙を手放すこともなく、その場に立ち尽くしている。
「大丈夫。知玲様と無関係になる訳ではありませんわ。ただ少し、今までより距離を置いてお互いを見つめ直そうと話し合っただけのことです。実際、知玲様の心配性は以前より悪化しているくらいですのよ」
ハァ、と溜め息を吐きながら、ご覧下さいまし、と左腕に付けられたミサンガのようなものを掲げる妃沙。
水晶のような飾りが一つだけ取り付けられた美しい組み紐細工のそれは、ずっと妃沙の周囲にいた友人達も初めて見るものである。
「何それ?」
不思議そうにミサンガを眺めながら葵が問うと、ハァァ、とより一層深い溜め息を吐きながら妃沙が教えてくれた。
「この球には知玲様の『気』の魔力が込められているのですって。いざと言う時、引き千切って投げ付ければ相手や障害を吹き飛ばせる程の威力を込めてあるそうですわ。
もちろん使い切りですけれど……わたくし、これと同じものをイヤという程押し付けられているのです。高等部はわたくしのたちの事を良く知らない人も増えるし、人数も多いから警戒するに越した事はないのだと言って。
……まったく、これでは何の為に婚約を解消したのか解りませんわ」
本当に、アイツは全然解ってねぇよ、と嘆息する妃沙。
婚約者という縛りをなくし、彼にももっと広い視野を持ってもらい、自分以外の人間にも目を向けて幸せになる道を模索して欲しいと思ったから婚約解消なんていうセンセーショナルな決断を下したというのに、
これでは元の木阿弥どころか悪化してんじゃねぇか、と溜め息を吐きながらも、周囲からみれば何処か安心しているようにすら見える妃沙の表情に葵はクスッと微笑んだ。
妃沙から直々に知玲との婚約を解消した、と聞いた時は度肝を抜かれたし、それならば今まで以上に自分が気を張って妃沙を護らなければと決意した葵だけれど、
蓋を開けてみれば妃沙を溺愛する知玲と鈍チンな妃沙、という関係はまるで変わっていないどころか、婚約を解消した事で知玲の妃沙大好きオーラは全開で、側にいる、そういう感情には疎い葵ですら赤面する程だし、
妃沙に対する過保護っぷりも悪化しているのだ。
どうやら婚約の解消は知玲を解放するどころかますます妃沙に縛り付ける効果しかなかったようだけれど、葵はまた、婚約者という立場を潔く投げ捨てた知玲の男らしさを、妃沙を護る同胞として格好良いなと思ったし
そうする事で二人の関係が真の意味で深まれば良いな、なんて思っているのである。
葵を含めた妃沙信者──充、大輔ともそれは同じ意見で、知玲にとっては心強い味方なのであった。
「カッケーな、それ! 何なに、それを投げ付けたら障害物を吹っ飛ばせるとか……どこの戦闘民族の必殺技だよ!」
アハハ、と大きな声で笑う葵。
彼女もまた、自分の役割をしっかりと認識しているのだ。
妃沙の側にいて、危険から守る。そして、落ち込んだり悩みに耽りそうな時はこうやって笑い飛ばして妃沙に笑顔を取り戻させる。
鍛錬を重ねているとは言え、もう女子の身体になりつつある葵は、腕力やスピードで妃沙を外界の脅威から守ることは難しくなって来ているのだ。
だから、そういった直接的な保護は、今は充や大輔に頼る他ないのだけれど……それでも、妃沙が友達として一番に心を寄せているのは未だに自分であると、少しだけ誇らしげな気持ちを抱いている葵である。
「……少しだけ、吹っ飛ばす光景を見てみたいとは思うのですけれど……知玲様の本気が込められた魔法なんて……嗚呼恐ろしい!」
ブルリ、と両手で自分の身体を抱き締めながら、悪戯っぽく笑い、妃沙が言う。
その表情に悲壮なものが浮かんでいない事に、葵も、充も大輔も安堵しながら、確かにこえーな、なんて言いながらカラッと笑い飛ばすのだった。
婚約解消、なんて、一人の高等部一年生が経験することが珍しい経験をした妃沙の周囲の人々は、名目上の関係は変わっても内情は全く変わっていない様に、何処か安心すらしたのである。
そして妃沙もまた、突然に婚約を解消したい、なんて言い出した自分を受け入れてくれた知玲との関係が劇的に変わってしまわなかった事に胸を撫でおろしていたのであった。
───◇──◆──◆──◇───
「祝辞、並びに生徒会役員紹介──在校生代表・生徒会長、久能 悠夜」
はい、とバリトンヴォイスが場内に響き渡り、赤い髪の長身の美丈夫がスッと立ち上がる。
同時に、在校生の席から何名かが立ち上がり、王様のような貫禄を持って舞台に向かう赤髪の王様に追随するようにして壇上に向かって行った。
どうやらこの高等部の生徒会役員らしいのだが、その過半数が良く知る人物であった事に、妃沙はもちろん周囲に座っていた葵や充、大輔もヒュッと息を飲んでいる。
だが、そんな彼らに構うことなく、派手な頭髪を持つ美形集団──生徒会役員達が壇上に上がり、その中央に立つ赤髪の生徒が腰が砕けそうな程の良い声で言った。
「新入生の皆さん、入学おめでとう! 自分はこの鳳上学園高等部で今期の生徒会長を務めさせて貰っている久能 悠夜という。新入生諸君、何か困った事があれば遠慮なく尋ねて欲しい。
いつでも歓迎するぜ、カワイ子ちゃんなら直のことな」
色っぽくウィンクすらかましながら壇上の生徒がそんな事を言うと、席に座った新入生、在校生に関わらず、主に女子がキャッ、と声を漏らした。
確かにそんな気障な挨拶をした赤い髪の先輩は立派な体格であったし、良い声だ。そして美形でも……あるのだと思うのだが、妃沙にはその良さがイマイチ解っていなかった。
相変わらず、外見などと入れ物に過ぎないという考えであるし、ましてや相手は男なのでどんなに見た目が良かろうと興味は薄いのである。
「……なぁ、妃沙、あの人、妃沙の最後の大会に玖波先輩と一緒に来てた人じゃねぇか?」
コソッと尋ねて来た葵の言葉に、ああ、そう言えば、と、妃沙がようやく思い出す。
「ああ、そういえばあの時のてんとう虫さんですわね。確か、玖波先輩の御親戚だとか。あの方が生徒会長なんですのねぇ……」
良く知りもしないそんな生徒会長より、妃沙の視線はそれ以外の役員に釘付けである。
何しろそこには彼女が最も良く知る人物──東條 知玲が涼やかな微笑みを浮かべて立っていたのだから。
「俺達は君達新入生を心から歓迎するぜ! ……というより、俺が生徒会長になってから初めて迎える君らを待っていた!
新入生諸君、この学園は素晴らしいぜ……! 設備、教師の質、生徒達の熱、そして何より可愛い子が多い!! これは他のどの学園にも自慢出来るアドバンテージだ!」
ヒョ、と、妃沙の口から変な音が漏れる。
今まで、彼女の中では知玲の親友・真乃 銀平がクサい台詞大明神として君臨していたのだけれど、かの王様はこんな公の場で、マイクを通して臆面もなくそんな事を言い放ったのだ。
銀平の中二病めいたポエムもツボに来るが、確か彼は、出会った際に西洋の王子様もビックリな台詞と態度で手の甲にキスを落とすなんて演劇めいた痴態を晒してくれた相手ではなかっただろうか。
「あんな言葉を素の表情のまま、こんな公の場で言える方がいらっしゃるんですのねぇ……」
ほぇぇ、と残念な溜め息を漏らす妃沙。普通の女子であればここはドッキンコな場面であるはずなのだけれど、鈍チン妃沙は健在のようである。
そんな彼女の様子を見せ付けられ、周囲はプクク、と笑いを堪えるのに必死なのだけれど、当然、舞台上ではそんな彼らに構っている訳には行かず、挨拶が進行していた。
「それでは、新入生の諸君に、この学園を引っ張って行く役員達を紹介しよう」
そう言って、スタンドにセットされていたマイクを手に持ち、赤髪の王様が舞台の下手から順に紹介して行く。
「会計・月島 咲絢」
肩に手を置かれ、無表情ではあるけれども、長く伸ばした黒髪を垂らしながらチョコン、とスレンダーな女生徒が頭を下げた。
聞き覚えのあるその名前に、妃沙がおや、と声を漏らす。
「あら、月島 咲絢様って確か……」
「真乃先輩の婚約者様、だね」
長く続く銀平の真摯な想いを知る妃沙と充が驚きの声を上げる。
そう、彼女こそ、幼い頃に一度出会ったきりであるという、銀平の想い人にして婚約者であった。
「お綺麗な方ですわね」
妃沙が思わず口にしてしまった程、彼女は怜悧な美貌を誇っていた。
あくまで遠目でからであるのでその造詣は詳しく見えなかったけれど、妃沙が西洋人形だとすれば、彼女は日本人形のような神秘的な美しさを放っていたのである。
だが、表情を崩す事のないその様は、銀平から聞いた通り、誰にも表情を崩す事がないという彼女の性分が今でも継続されていることを証明するかのようだ。
多くの人々の注目を集めているのに、全く動じないどころか眉一つ動かさずに立っている様に、何処か冷え冷えとしたものを感じるほどである。
妃沙が彼女に注目していると、舞台上では次の役員紹介に移って行った。
「同じく、会計・玖波 聖」
そう紹介され、現生徒会において唯一の二年生である聖がペコリと頭を下げると、周囲からの拍手が若干大きくなった。
テニス部で聖の事は良く知っていた妃沙だけれど、彼が生徒会なんていう面倒臭くも目立つ役職に就いているのは少し意外であった。
「玖波先輩、生徒会なんてご興味がなさそうでしたのに……。確かに優秀な方ですし、テニス部も良く纏めて下さっておりましたし、生徒会役員として遜色ないのは解りますけれど、少し意外ですわね」
「妃沙ちゃん、この学園の生徒会は会長と副会長以外はその二人が指名した生徒が担うものらしいよ。玖波先輩は久能会長の親戚だから、任命されてしまったんじゃないかな?」
今日入学したばかりだいうのに、やたらと学園事情に詳しい充が教えてくれ、ああ、と納得した妃沙。
確か、半年前の生徒会役員選挙に出馬することにしたよ、と報告してくれた知玲からそんな事を聞いた気がする。
その時、知玲は最初から副会長を狙う、と言っていたように記憶している。
この学園の選挙は、一番得票数の多い候補者が会長、次点が副会長を担うのだという話だった。
そして知玲は、自分は矢面に立つよりは支える方が得意だからと、一番人気の候補者を早々に見極め、彼を支えて行く事でこの学園を盛り立てて行くのだというスピーチで当初の予定通り副会長の座を射止めた筈だ。
剣道と勉学で精一杯のはずなのに何故? と尋ねた妃沙に、当時、まだ婚約者の立場にいた知玲は甘い微笑みを浮かべながら言ったものである。
「君を護る為の権力が欲しかったから」
そんな理由で立候補するなんて失礼だぞ、やるからにはしっかり役目を果たせ、と頬を抓りながら説教をした妃沙に、知玲が嬉しそうに微笑んでいたのはつい昨日の事のようだ。
「今期の役員は一癖も二癖もありそうな方々ばかりですわねぇ……」
続いて紹介された、書記の真乃 銀平、副会長に東條 知玲。そして会長の久能 悠夜と、いずれの人物も優秀ではありそうだけれどクセの強い人物であるといっても過言ではない。
ましてや、悠夜、咲絢を除いた役員は妃沙の良く知る人物であり、その性格は彼女も良く知っていた。
まったく、この学園の生徒会は厄介者揃いだと、妃沙は人知れず溜め息を吐いたのだが、そう評された彼らからみればそれは盛大なブーメランである。
舞台の上では、一通りの役員紹介が済み、会長はマイクを元のスタンドに戻して再び演台の前に立ち、その良い声を響かせていた。
「そして……新入生諸君、今期からは理事長も代替わりしている。
我々生徒会の顧問にしてこの学園が誇る部活動、魔法研究部のアドバイザーでもある理事長を紹介しよう!」
舞台上の生徒会長がそう告げると、来賓席のからスク、と一人の青年が立ち上がった。
その姿を見て、妃沙があ、と思わず声を漏らす。
けれども、当然の事ながらその彼を知る人物などこの場には殆どいなかった。
銀縁のフレームを光らせ、仕立ての良さそうなスーツに身を包んだその青年は、周囲の注目を物ともせずに壇上へと歩いて行く。
いかにも値が張りますよ、と主張していそうな先端の尖った茶色い靴が、コツ、コツ、と式場を歩く音にすら圧倒されてしまいそうだ。
そうしてシン、と静まり返った会場内を威風堂々と移動する青年がやがて、今まで赤髪の男子生徒が立っていた演台の前に堂々と立つと、ぐるりと周囲を見渡してマイクに手を添えた。
「新入生の皆さん、入学おめでとう。私は今期から理事長の重責を担う事になった、結城 莉仁と言う。
皆さんと同じく新入生だ。互いに協力し合い、この学園を高みに導いて行こう!」
盛大な拍手を浴びながら濃い藍色の髪を揺らし、やたらと似合う銀縁眼鏡はそのままに、甘い微笑みを垂れ流すその青年。
遠くて良く見えないけれど、眼鏡の奥のその瞳は妖しいほどに美しい金色をしていた筈だ。
最近会ったのは修学旅行での七鬼神村だったので、眼鏡はしていなかったし、髪形もヅラを被っていたので今とはまるで様相は違うけれども、妃沙がその顔を忘れるはずもない。
つい昨日だって意味不明なLIMEを送り付けて来た張本人だ。
何をどう好きになろうと勝手にしやがれよ、と返信した妃沙に「嬉しいお」なんてハートの絵文字を付けて返して来て、また妃沙の腹筋に甚大な被害を及ぼした危険人物である。
突然に、思いも寄らない場所でその姿を目撃してしまった妃沙は、うっかり立ち上がって叫んでしまった。
「ロワ様貴方ーー!!」
当然、これ以上ない程に目立っている。
だが、そんな彼女を目に止め、壇上の新理事長──妃沙をして絶世の美男子だと見惚れる程の美貌を誇る青年、結城 莉仁は真っ直ぐに妃沙を見つめ、マイクを通してこう言った。
「よろしく、プペちゃん」
──彼らの三度目の邂逅は、こうしてあっけなく成されたのであった。
◆今日の龍之介さん◆
龍「やい、コラ! 間手地さんよォ!」
間「……ってイヤ待って!? 次回でちゃんと名乗るから待って!? ……ってあとがきでまで間手地扱いやめて!?」
龍「もったいぶったお前が悪いんだろ」
間「……ぐぅの音も出ないよ、プペちゃん……」
龍「俺にその呼び名は止めろ。シめんぞ」
間「ボクちん大活躍の第三章、お楽しみくださーい!」(焦ったようにサムズアップ)




