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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第二部 【青春の協奏曲(コンチェルト)】
57/129

◆55.冗談はよしこちゃん!?

 

「それじゃ、まずは君達の設定と撮りたいシーンの説明をするから良く聞いてね。その後、妃沙ちゃんと葵ちゃんは着替え、充くんはそのままで……少しだけ化粧と衣装を整えようか。

 岡っ引きの大輔君もそのままでオーケーだよ! 妃沙ちゃんと葵ちゃんの着替えには少し時間がかかりそうだから、その間に花魁道中のシーンを撮影するよ!」


 自己紹介を済ませた妃沙達に対し、チャキチャキと説明する様はさすが監督、と言った所か。

 説明された内容によると、どうやら妃沙には街娘に扮した女優さんのスタントを頼みたいらしい。


「殿様の愛娘なジャジャ馬が町で暴漢に襲われるんだ……と、言ってもこれは殿様が姫を連れ戻そうと派遣した役人なんだけどね、まだまだ町で遊びたい姫は必死で抵抗する。

 ここで真剣白刃取りなんてスゴいことをしちゃう訳だね。そしてその後、その光景を彼女が襲われているのだと勘違いした主人公がパカラッと馬でやって来て姫を掻っ攫って行くんだよ!

 葵ちゃんには妃沙ちゃんの護衛のくノ一(くのいち)をやって貰いたいんだ!」


 メイク担当のスタッフに化粧を施されながら、妃沙と葵が自分の役どころとだいたいの動きを聞いている。

 その間にも「やだぁ~、お肌キレーイ!」「若さってそれだけで最高のファンデーションよねぇ!」なんて歓声が上がっている──とても野太い声で。

 この現場のメイク担当は揃いもそろってオネェ様であるようだ。

 一方の充も、もともと借りて着ていた豪華な花魁衣装に更に装飾を施され、更に化粧を足されている。

 真っ白に塗られた顔面は確かに充のそれなのだけれど、鬘や化粧でまるで別人のような艶やかさに様変わりしていた。

 レンタル衣装屋のスタッフの腕も相当なものだが、このオネェ様たちの実力はハンパねーな、と、妃沙は人知れず舌を巻いている。


「妃沙ちゃんを掻っ攫う主人公もスタントマンさんだからね。そんなに危険はないはずなんだけど、なんだかヒロインの女優さんは馬に乗ってはいけない病にかかっていると言うんだよ……。

 そんな病があるなんて初めて聞いたし、それなら最初から言っておいて欲しかったところなんだけど、まぁ、主人公がヒロインをパカラッと馬で掻っ攫う演出は今日思い付いて、たまたま来ていた知り合いにスタントを頼んだ経緯があるから僕も強く言えなくてね」


 アハハ、と笑う監督にはまるで悪びれる様子はない。

 芸能界という場所がどんな所なのかは妃沙も知らないけれど、こんな風に突然予定が変わったら女優さんだって付き合いきれねぇよな、と少し同情してしまった程だ。

 けれど、元々の脚本がどんなものかは知らないが、今、監督が語った脚本にはワクワクする何かがある。

 それを演出するのがこの御厨(みくりや) 要次郎(ようじろう)ならなおさらだよなーと、妃沙は改めてそんな場に出くわす事の出来た幸運に感謝を捧げていた。


「なぁ、妃沙。なんか凄い事になっちゃったけど……ヤバ、楽しいな!」

「ええ、葵! こんな経験、望んでも決して出来ませんわよね!」


 ニコニコの笑顔でメイクを施される妃沙と葵。

 時代劇を体験しにやって来て、本物の時代映画を体験出来るなんて、本当に幸運としか言いようがない。

 確かに予定は狂ってしまったけれど、元々の予定よりはずっと有意義な時間になっているという実感があるし、乗りかかった船だ、こうなりゃ全力で楽しんでやろうと笑顔で見つめ合う二人。

 だがしかし、撮影班に残された時間は限られている。メイクを終えた二人はそのまま仮設テントへと連行され、衣装を着せかえられた。

 なお、もともと借りていた衣装はスタッフさんが責任を持って返してくれるという事だったので、妃沙達としても安心である。


 そして、妃沙と葵がそれぞれ宛がわれた衣装に着替えてテントから出て来ると、そこには妖艶な微笑みを浮かべた花魁の充がリーン、という鈴の音と共に高下駄を華麗に捌いて歩く姿があった。


「……ヤバっ! アタシ、充の本気を初めて見たかも……」

「……美しいですわ、充様……」


 ホゥ、と溜め息を吐いてその姿に見惚れている二人だけれど、町娘に変身した妃沙もくノ一に扮した葵も相当に似合っている。

 特に妃沙は、元々ヒロインが身に着けていたやたらとキラキラとした着物を身に着け、ヒロインを演じる女優と同じ色の黒髪の(かつら)をつけていて、パッと見はまるで妃沙とは解らないながらも、あまりの似合いっぷりに、スタントとして顔を隠してしまうのは勿体ないのではないかというクオリティであった。


 けれども、今現在、カメラの前に立っている花魁役の充。彼のクオリティにはさすがの妃沙も敵うまい。


 何処でその技術を得たのかは知らないけれども、完璧な立ち居振る舞いで道中を歩く充の姿にはある種の威厳すら感じる程だ。

 ……と、そこでようやく充も妃沙達が自分を見つめているのに気が付いたのか、あえかな微笑みを浮かべて微かに首を傾げる仕草を披露する。

 充としては照れ隠しのつもりの微笑みと仕草なのだけれど、破壊力すら伴うその姿に妃沙と葵が思わずウッ、と声を詰まらせ、図らずも胸を押さえて蹲るという同じ行動を見せた。


「葵、アレを世に出してしまって良いものかどうか……わたくしには自信がありませんわ……」

「危険物なのは間違いねぇな……。けど今更どうにもならねぇよな……」


 そう、今更止めます、では済まない所まで撮影は進んでいたし、妃沙としてもそのつもりは全くない。

 ならば、と、妃沙は慌てて楽屋変わりのテントの中に駆け戻り、自分の荷物の中からスマホを取り出してあっと言う間に充の姿が一番良く見える場所に陣取る事に成功した。


「……充様、嗚呼充様……!! まさかこんな所で理想の花魁と出会えるなんて夢のようですわ……!」


 バシバシとその姿を写真に収める妃沙。もちろん、撮影の邪魔にならぬようにという配慮は忘れていない。

 そしてそんな妃沙の横では葵と、いつの間にかやって来た大輔も彼女と同様にバシバシと写真を撮っている。


「充ぅぅーー!! 抱いてェェーー!!」

「おい、大輔、お前いつの間にソッチに目覚めたの!? ああ、でも気持ちは解る……麗しいぜ、充ぅぅーー!!」


 大興奮の同級生に、やっと撮影が終わった充が「もう、みんないい加減にしてっ! は、恥ずかしいよっ!」と、白塗りの上からでも解る程に真っ赤に頬を染めるその姿は……


「……くっ! なんという視界の暴力……!」


 天下の鈍チン・妃沙をして思わず顔を背ける程のクオリティであった事を補足しておく。



 ───◇──◆──◆──◇───



 充が齎した興奮覚めやらぬまま、撮影は妃沙と葵の担当するシーンに移っていた。

 ちなみに、大輔は充の撮影より前に「てぇへんだ、てぇへんだ!」と十手を持って走るシーンの撮影をしたのだそうだ。

 何がどう『てぇへん』で、そのシーンがどのように使われるのかは映画を楽しみにしておいてね、と御厨監督から言われている。

 とにかく今、妃沙と葵はアクションシーンの為に詳しく動きを教え込まれ、殺陣を担当する役者とのリハーサルに余念がないのだが、もともとが人並み外れた身体能力を誇り、頭の出来も大変によろしい妃沙と葵だ、教えられた事はほぼ一発で身に付けたし、動きのキレも完璧で周囲から喝采を浴びる程であった。


「それじゃ、本番行くよー! 妃沙ちゃんの掻っ攫われるシーンは待ったなしの一発勝負だからヨロシクね!」


 監督がメガホンを握った所で、ああ、そう言えば、と妃沙が不思議に思っていた事を尋ねる。


「監督、そういえば主人公のスタントを担当される方はお見えになりませんの? 一応、わたくしの身を預ける訳ですし、ご挨拶をしておきたいのですけれど」


 妃沙のその言葉に、御厨が若干バツの悪そうな表情を浮かべた。

 どうやら何か深い事情があると見える。


「ごめんね、妃沙ちゃん。彼にも事情があってあまり表には出たくない立場なんだ。だから、キミ達との接触も最低限にしたいという本人の希望でね……。

 でも、彼の事は昔から知っているし、なんでもそつなく完璧にこなしてくれる男だから僕も心から信頼している人物なんだ。安心して彼に掻っ攫われてくれないかな?」


 充から、監督の取り扱いについては最大限に配慮すべし、と口を酸っぱくして言い聞かせられている妃沙。

 正直、不安は残ったけれど、監督がここまで信頼する人物なら大丈夫か、と妃沙は納得することにした。

 今自分が気にしなければならない事はつつがなくこの撮影を成功させる事なのだ。

 馬で掻っ攫われるシーンは真剣白刃取りを含んだ数々のアクションをこなした後に突然やって来た主人公に引っ張られ、馬に乗せられてその場を走り去るというものなので、妃沙にはあまり身体能力は求められていないのだ。


「畏まりました。監督がそこまで信頼なさる殿方なのですもの、お任せして問題ないですわよね。それよりアクションの方が心配なので、もう一度復習しておきますわ」


 ニコリと微笑む様に、御厨もホッと安心した表情を見せる。

 オイオイ、そんなスパイみてぇな危険人物をスタントとは言え映画になんか出して大丈夫なのかよ、と思いはするものの口には出さない。

 掻っ攫われることよりも、それ以前のアクションの方が妃沙にとっては重要な仕事なのだというのは違えようのない事実なのである。


「有り難う、妃沙ちゃん。けど、リハーサルですら君の動きは期待以上に完璧だから、後は気負わず撮影を楽しんでくれると嬉しいな」

「はい! 貴重な経験なのですもの、精一杯頑張りますわ!」


 よろしくね、と微笑んだ御厨の表情がスッと消え、『世界的映画監督』のそれに変わる。

 そして妃沙もまた、成り行きとは言え『プロ』の仕事に参加するのだから、ミーハーな気持ちは捨てようと、片眉をピクリと動かして真面目な表情になった。

 遊び感覚で参加しているつもりはないのだけれど、もう一度気合いを入れようとパン、と自分の頬を叩く。

 そうする事で気合いが注入される気がした。



「それじゃ行くよ……本番、よーい……アクション!」



 カチン、と御厨のカチンコが鳴る。

 途端に妃沙に向かって殺到してくる同心たち。監督の説明通り、彼らは妃沙扮するジャジャ馬姫を城に連れ戻そうとする役人達なのだけれど、中に一人だけ、殿様が溺愛する娘を亡き者にして衝撃を与えようという企みを持った刺客が紛れているのだ。

 その彼が白刃を煌めかせ、殺気を纏って妃沙に迫って来た。


「姫……御覚悟……!」


 ハッと振り向いた妃沙が両手でその刃をキャッチした。真剣白刃取り、大成功である。


(──ヒャッハー! 気っ持ちいいぜェェーー!!)


 初めて成功したこの技に、妃沙は大興奮だ。

 もちろんそれは相手が自分に合わせてくれたからに他ならないのだけれど、見た目的にはそんなことは関係ない筈だし、そんな事は妃沙とて百も承知だ。

 だが、この技の素晴らしい所はこれだけではない。

 受け止めたその刃にグググ、と力を込めると、なんとパリン、と良い音をさせて刀が折れた。

 元々柔らかい素材で造られた模造刀に予め傷が入れられていた為に、妃沙的には大した力も入れず折る事が出来たのだが、現実的には確かに有り得ねぇだろな、と少し苦笑する。

 だが、真剣白刃取りの真骨頂はピンチをチャンスに替える所にあるのだ。

 今、妃沙に斬りかかって来た刺客は驚愕に目を見開いている。そしてその迫真の演技をカメラが妃沙の背後から撮影しているはずだ。


「……何者だ、キサマ!?」

「ただの街娘……ですわっ!」


 叫んだ妃沙の手の間から、折れた白刃がカラン、という音をさせて落ちる。

 もちろんこの台詞は後で主演女優によって吹き替えされる予定なので、声を出しても大丈夫というお墨付きはもらっていた。


 そして、突然凶行に及び、その計画が失敗に終わった下手人の周囲を、正しく姫を護ろうと役人達が刀を抜いて刺客を取り囲んだ。

 二本目の刀を抜いた刺客は排水の陣でそんな彼らと相対し、また、天下人の令嬢を弑するなんていう計画に刺客が一人なんていう事もなく、「者ども、出会えェェーー!」と叫んだ彼の周囲には仲間と思しき悪人面が数名躍り出て来たのだ。

 ここからは時代劇ならではの敵味方入り乱れての殺陣となる。きっとここには、派手な音楽が載せられるに違いがない。

 小太刀を持った妃沙、そしてその護衛である葵扮するくノ一が短刀を煌めかせて彼らの間を駆け、銀色の疾風(かぜ)のように刀を煌めかせる度、彼らより一回りは大きい悪役達が大袈裟なアクションで倒れて行く。

 もちろん峰打ちであるし、例え当ったとしても傷一つ付けることなどできない程のなまくらな模造刀なので、それは全て悪役達のずば抜けた演技によるものだ。

 だが、まるで自分達が悪漢を倒したかのような錯覚を抱かせるそのプロの技に、中学生達が興奮しない筈もない。

 途中で一瞬だけ葵と目があったのだけれど、彼女もまた楽しそうに……けれど表情は完璧に戦うくノ一のそれで大人達の間をすばしっこく駆け抜けている。


(──葵だけに良いトコ持ってかれてたまるかよっ!)


 変な所で負けず嫌いを発揮した妃沙が、小太刀を持つ手にギュッと力を込め、その瞳に獰猛な光すら浮かべて周囲を見渡した。

 前世の眼力はこんな所で再来したと見え、周囲の大人達が一瞬怯むが、そこはプロ、自分の職務を全うすべく決められたアクションをこなしていた。


 そして暫く、妃沙達は打ち合わせ通りに殺陣をこなしていたのだけれど……



「乗れっ!」



 涼やかな声がして、奥から白馬に乗った人物が妃沙に迫り、あっと言う間に妃沙を引っ張り上げて混乱したその場を駆け抜けて行く。

 いかに小柄で軽いとは言え、人間一人を簡単に引っ張り上げる膂力も、片手で手綱を操作する技術もピカイチであり、妃沙は何の問題もなく白馬に乗った人物の背後に納まり、その身体に抱き付いた。

 ……今回のスタントはここで終わりだ。後は馬から降りて監督のチェックを受け、オーケーが出れば修学旅行の続きを楽しむだけ。

 その筈だったのだが……



「はい、カット、オーケー! ……ってええェェーー!? 君達、何処まで行くのォォーー!!??」



 カムバーック! と叫ぶ御厨の声を余所に、白馬はそのまま園内を駆け抜けて行く。



「……って、ええェェーー!!?? 若様、お戯れをぉぉーー!! 冗談はよしこちゃんですわァァーー!!」



 妃沙の絶叫が空しく周囲に響き渡った。

 その、残念過ぎる最後の言葉を聞き……


「ね、葵ちゃん、妃沙ちゃんって本当に中学生? なんだか僕と同年代の気配すら感じるんだけど……」

「監督、たまにアタシもワケがわからなくなる時があるんだけど……そのはず、です……」


 たぶん、と小さく呟いた葵の言葉には監督の言葉を否定するだけの力はまるでなかった。

 緊急を要する事態であるというのに、場の緊張感を粉々に破壊してしまうのはさすがの妃沙クオリティ、といったところか。



 ──だがしかし、この時、妃沙は正しくこの人物に掻っ攫われてしまったのであった。


◆今日の龍之介さん◆


龍「キミの名は?」

謎「待て、次回」

龍「間手地(まてじ) 甲斐(かい)? ……変わった名前だな」

謎「…………」


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