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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
5/129

◇5.おかえり。 【Side夕季】

 


「……龍之介……! ヤダっ、死なないで……!」



 自分に覆い被さり、顔といい身体といい、至る所から血を噴き出し続ける幼馴染。

 ブリーチされた金髪には今や所々に紅い血がこびり付き、他人から見れば怖いだけだと言うその瞳──けれども、自分に向けられたそれはどこまでも優しさに溢れていた、綺麗な琥珀色のその瞳は今、光を失い──焦点の合っていない瞳はそれなのに、自分が上げた声を認知し、優しく細められる。

 血に塗れた手が、そっと自分の頬に伸ばされ、そして軽く触れたかと思うと……



「……生きて……幸せに……ずっと、笑って……」



 囁く様に言ったかと思うと、触れられた手からガクっと力が抜け、地面に落ちる。

 彼の名前を只管に絶叫めいた声で呼び続ける少女。


「……ヤダッ、りゅうのすけっ! キミがいなきゃ、笑えないよっ!」


 何処か満足気に笑っているようにすら見える幼馴染。

 ──好きだった、大好きだった。

 不良(ヤンキー)だと言い張り……確かに目付きは鋭かったし、売られた喧嘩はすぐに買って倍返し、挑発にも簡単に乗る単細胞。

 けれど、彼が自分から喧嘩を売ったことなんかない。女子供には絶対に手を出さない。

 身体能力に恵まれた彼は、何故だか犯罪の目撃者になることが多くて、引っ手繰り犯を半殺しにしてしまったり、カツアゲの現場に遭遇して理不尽な要求をしていた奴らを容赦なく叩きのめしてしまったり。

 悪ぶった言葉や格好も、そうすれば悪意が自分に向くから。自分を犠牲にすることで、周囲を護ろうとするその優しい心根の現れなんだってこと、自分は良く知っている。

 そんな彼は……こんな時ですら、危険を顧みず自分を護ろうと駆け寄って来てくれ、今、その儚い命を散らそうと……その身体から熱を放出しようとしていて……。



「馬鹿っ! 龍之介のばかっっ! ……こんなの、頼んでないじゃんっ! キミがいなきゃ……意味ないじゃん……っ!」



 まだ何も言っていない。

 無理して悪ぶらなくても良いよ、とも。キミの優しさを知っている人はたくさんいるんだよ、とも、そして──大好きだ、とも。


「……キミが一番に幸せにならなきゃ、この世界はクソッタレだしっ! その側に……あたしもいたかったしっ!」


 絶叫しながら、冷たくなっていく龍之介を抱き締める夕季──蘇芳(すおう) 夕季(ゆき)の瞳からは、大粒の涙が次々に零れ落ち、龍之介の血に濡れた自らの頬を伝って行く。

 だが、そんな彼女の側で大きな爆発音が響き渡り……彼女がそちらを見るのと同時に、世界は閃光と高熱に包まれ……



 ──そうして、幼馴染に守られ、圧死こそ免れたものの、彼女もまた、その現世での命を儚く散らしたのである。




 ───◇──◆──◆──◇───




 ──そして気付けば、彼女は見た事もない美しい世界に倒れていた。



 ムワッと鼻を突く花の匂いに刺激され瞼を開けると、そこには名前も解らない花々が一面に咲き乱れていて、そして、彼女の身体に優しく覆いかぶさるかのように、綺麗な白い葉を付けた大きな樹が、太陽とも月とも違う光からそっと彼女を護るように枝を張り出している。



(──白い、葉っぱ……。光を受けてキラキラ輝いているみたい。キレー……)



 未だ朦朧とした意識の中でその幻想的な光景を見上げる彼女の頭の中に、女性とも男性とも言えるような不思議な声が響いて来た。



『よく来ました、小さきモノよ……』



 厳かに告げるその声は、何故だかとても夕季には心地良かった。


「……神……さま……? ああ、あたし、死んじゃったんだ……」


 呟いた夕季の頭の中で、くつくつと笑う声が響く。

 ……何なの、こんなシリアスな場面で笑うなんて、神様って相当意地が悪いんだな、と考えた夕季に、その声は静かに告げた。



『蘇芳 夕季さん。貴女、何やら深い後悔を残していませんか?』



 そう問われ、夕季はふと、考える。

 後悔なんかないと思っていた。

 自分はいつでも全力で物事に取り組んで来たし、優しい家族にも、友達にも恵まれていた。

 それは……確かに、突然の事故で命を散らした事は、少し残念にも思う。もうすぐ高校で最後の剣道の試合もあったし、それが終わったら後輩にきちんと引き継ぎをして、主将という面倒な立場から退いたら……


「……ああ、そうだ。あたし、まだ、龍之介に、伝えて……ない……」


 呟いた自分の瞳から、熱い物が流れるのが解った。

 その外見は怖がられていたけれど、心底悪い人間じゃない……どころか、とても優しい人間だという事が丸解りの自称・不良(ヤンキー)

 そんな彼に、幼馴染、という立場の自分だけが気兼ねなく話掛ける事が出来ていたことが、密かに自慢だった。

 誰よりも早く道場に行きたいからと、毎朝始発のバスで学校に向かい……少し距離があった為に、冬時なんかは日の出より早く家を出ていた自分。

 朝の弱い母親は弁当の用意をすることを諦め、現金、という味気ない物を握らされて学食や購買で昼食を賄っていた自分を見かねたのか、

 夜の仕事をしていた母親に変わり家事をこなしていた彼が、薄暗い時間から女が一人で出歩くんじゃねぇと言いながら、早朝から付き添い、弁当すら用意してくれるようになった。

 ──感謝の気持ちや、卵焼きが一番美味しいと思っていたことすら、自分は彼に伝えていないのではないか。



「……龍之介に……伝えたいです、神様……。あたし、本当は不器用で……大切な人に、未だ有り難うも、大好きも……言って……」



 そして、ふと、思い出す。自分の目の前で血を流し、力を失い、そしてその綺麗な瞳から光消えて行く様を。

 もし彼が、自分なんかを護ろうとしなければ、もしかしたら彼は今でも生きていたのではないか。

 そんな彼に、自分はまだ感謝の気持ちすら伝えていないのではないか。

 後悔だらけだ。こんな気持ちのまま、成仏するなんて……イヤだと、彼女は強く思った。

 そんな彼女の気持ちを察したのか、大樹から再び声が響く。



『蘇芳 夕季さん、彼と貴女があの時亡くなったのは、定められた運命の輪によるもの。貴女達のいた世界は私の管轄ではありませんし、全知全能たる私にもどうする事は出来ませんでした』


 ……自分で全知全能とか言っちゃうんだ。そういうのって、言わないから格好良いんじゃないかと思うんだけどな、と人知れずツッコミを入れる夕季の思考を無視し、言葉は続く。


『私はね、貴女の強い願いに惹かれたのですよ。私の管轄する世界になら、貴女も……彼も転生させる事が出来る。けれど、今と全て同じ、という訳には、流石にいきません』

「どうなるって言うの?」

『それは……バラしてしまったら面白くないでしょう?』


 再び響く、意地悪くすら感じる笑い声。

 けれど、もう一度チャンスを与える、という言葉は、今の夕季にとってはとても魅力的なものだった。

 ……例えこの存在が胡散臭くて、とても意地の悪い事を考えていようとも──もう一度、龍之介と逢えるのならば。そして今後こそ、この気持ちを伝える事が出来るのならば。



「……良いわ、神様。どんな状態でも良い。龍之介と、もう一度逢わせて」



 その瞳に決意を込め、姿なき姿を射抜くように見つめる夕季。

 そんな彼女を、ああ、やはり強い光を放つ魂というのは何とも美しいですね、と大樹から呟きが聞こえたのを最後に、夕季の意識は白い靄に包まれるように、朦朧として行く。



『……蘇芳 夕季さん、貴女にはノーヒントで降りて貰います。貴女の大切な存在(ヒト)、綾瀬 龍之介さんとは、必ず再会出来るでしょう。

 いつか来るその時まで……楽しませて下さいね、蘇芳 夕季さん』



 ──ああ、やっぱり神様って性格悪い、思いながら、それでも、龍之介とまた出会えるという約束に……確かに心を躍らせながら。

 蘇芳 夕季、彼女もまたこの時、二度目の死を迎えたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「元気な男の子ですよ! 奥様、おめでとうございます!」



 熱気に包まれた空気の中で、嬉々とした声が響き渡り、自分の身体をそっと優しく抱き上げる腕がある。


(──ちょっと、やめてよ! 良い年齢(とし)した女子高生の身体なんてそんなに簡単に抱きあげられるワケないんだからあぶなっ……)


 と、彼女は抗議の声を上げようとしたのだ。

 だがそれは「オギャー!」という元気の良い赤ん坊の声へと変換された。


「まぁ、本当に元気の良い男の子。お顔立ちも奥様に似て、とても愛らしいですよ」


 自分を抱き上げたその腕はそのまま、寝台に額に汗したまま横たわっている女性の元へと近付いて行く。


「……知玲(ちあき)……」

「まぁ、もうお名前はお決まりだったのですね。知玲くーん? ほら、お母様ですよー」


 そうしてそのまま、女性に自分を抱かせると……



「知玲、生まれて来てくれて、ありがとう」



 この時の女性の美しい涙を、自分は一生忘れる事はないだろう、と、夕季は思う。

 大切な子どもらしき存在の中に、自分という魂が入り込んでしまったのは誠に申し訳ないけれど……。

 転生させる、とあの大樹の神様は言っていた。

 自分の知る知識では、転生、というのは死んだ後に生まれ変わる、ということ。

 事故の記憶も確かにあり、大樹によって死を認められ、転生、という機会を得てこの世界にやってきた夕季。周囲を見渡せば、人々の外見が自分の知っている世界とは少し違う気がする。

 黒髪・黒目の人間が殆どだった日本しか知らない夕季にとり、紅い髪や緑の瞳といった容姿の人々が多々いる状況には少し、驚いた。

 幸いにして、現在、自分を抱き締めている母親と思しき女性は黒髪で──けれどその瞳はアメジストのような紫色。


 ……自分は、赤ん坊として転生した、それは認めよう。

 そして、大樹も言っていたではないか、元いた世界とは異なる世界に転生させる、と。

 だとすれば、このやたらと派手な瞳や髪の色はこの世界にとっては当たり前の事なのだろう。


 ……それにしても、だ。

 助産婦と思しき女性が、何か不穏な事を言ってはいなかったか、確か「元気な男の子(・・・)」とか何とか……。


「ああ、知玲……! 可愛い私の息子! 逢いたかったわ!」


 キュッと自分を抱き締め、涙を流す女性の腕の中で。



(──性別くらいはそのままで転生させてよ、神様ぁぁーーーー!!)



 オギャーーーー!!!! と、その日生まれた夕季の新たな身体──東條(とうじょう) 知玲(ちあき)が、その日一番の元気な泣き声を響かせたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



 そうしてその日から、夕季は知玲として、赤ん坊としての生活を開始した。

 それは彼女にとって、屈辱的とも言える日々だった。

 何しろ、自分の意思は泣き声と仕草でしか表現出来ず、しかも示しても度々違った解釈を成される。

 とりわけ高校生の意識を持つ夕季にとり屈辱的だったのは、(シモ)の世話だ。

 自分でトイレも行けないのだ、その場に出すしかないのも屈辱的ながら……その後の不快さを訴えようとすると泣き声に変わり、あらあら、と寄って来た女性にオムツを取り替えて貰わねばならない。

 行動の自由もなく、何もかもを他人の世話にならなければ生きていけない自分という姿が、とても情けなかった。


 けれど、彼女は有り余るその時間を情報収集に充てた。

 自分の今の状況を知り、どんな状況であっても再会した幼馴染とスムーズな人間関係を築く為に。

 その時に少しでも有利な状況でいられるように、垂れ流されるテレビや人々の会話からこの世界の事や自分の立場について学ぼうと視線や聴覚を傾け続けた。

 ……幸いにして、時間は持て余す程にあったので。


 仮にも『全知全能』たる神様が自分と約束してくれたのだ、いつか必ず幼馴染で初恋の人の龍之介と出会わせてくれる、と。

 彼といつ、どんな状況で再会出来るのかは全く予想がつかない。

 男になって転生してしまった自分にとり、龍之介の性別が男であった場合は……前世と同じような気持ちで接して良いかどうか……。

 いや、自分が龍之介に対して恋心を抱いてしまうだろうことは想定の範囲内だ。

 だが、綾瀬龍之介──あの男は、「男が男に恋をする」事など有り得ないという古典的な考えの人間だし、きっと受け入れては貰えないだろう。

 だから、その場合は友達として、ずっと側に……。

 ああ、それも良いかもしれない。

 恋人や夫婦という関係は、互いに唯一のものだし、必ずそうなれるとも限らない。そしてその価値観の違いから、関係が崩れてしまうこともあるかもしれない。

 けれど、『友達』という立場ならば。

 彼が唯一の相手を見つけた時、多少の切なさは感じるかもしれないけれど……龍之介の側にずっといられるかもしれない。


(──それはそれで、良いかもしれないな──)


 表情、というのは赤ん坊でも動かせるようだ。

 幸せそうに微笑んだ息子を、側で見守っていた母親がそのぷくぷくとした頬を突きながら幸せそうに言った。


「あら、知玲、良い表情(かお)ね。何か良い事でもあったの?」


 キャッキャと笑みを零す息子を幸せそうに見つめるこの女性。

 ──彼女の事も、きちんと母親として慕って行こう。何しろ自分はもう、蘇芳 夕季ではなく、東條 知玲なのだ。

 腹を痛め、こんなにも愛情を注いでくれる彼女にも、愛情を返し、そして受けた恩は必ず返そう……そう、前世では、親孝行など出来なかったのだから。


「マー!」


 その指を軽く握って「ありがとう」と告げると、女性が破顔して抱き締めてくれた。

 その温もりをとても心地良く感じながら、夕季は龍之介と再会するその時まで、夕季、という名を封印しようと決め、

 この優しい人を悲しませる事がないように、きちんと『息子』として振る舞い……そして彼女を喜ばせる事が出来るように、出来の良い子どもであろうと誓ったのだった。



 ───◇──◆──◆──◇───



 そうしてこの世界──東珱(とうえい)という国の子どもとしての生活を開始した知玲。

 子どもの成長速度が速い世界とはいえ、中身は高校生、という子どもが『天才児』と呼ばれてしまうのは当たり前の事である。

 彼にとっても、そのような評価を得ていた方が過ごし易かったし、新たな知識を得る事も容易であったので、徐々に高まる周囲の評価や期待にも、むず痒さを覚えながらも期待される人物であろう、と努めた。

 息子の出来の良さを母親も喜んでくれたし、嬉しそうな彼女の表情(かお)を見る事が出来るのもまた、嬉しかった。


 そうして二年が経った頃、隣に面した屋敷で、昔から交流のあった水無瀬家に待望の第一子が誕生し、更にその一年後、東條家にも知玲の妹となる存在が生まれ、両家は新たな命の誕生に沸き立った。

 前世では一人っ子であった知玲にとり、自分の妹もそれはそれは可愛かったのだが、隣の家で生まれた少女──水無瀬 妃沙の存在はまた格別だった。

 金髪碧眼という、この世界にあってもとても目立つ髪と瞳を持ち、美しく成長する事が約束された、人形めいた愛らしさ。

 その桃色の頬をツン、と突いてやると、キャッキャッと声を上げて笑う彼女に、知玲はとても心を惹かれていった。

 成長するにつけ、妃沙も知玲に懐いてくれ、「ちあきしゃま!」と纏わりついてくる、甘く優しい匂いに包まれた少女。

 可愛いなぁ、と、心から思う。

 その時の知玲は既に、夕季、という前世の記憶はありながらも、今の自分の立場を強く認識しており、そしてその考えも男児寄りになりつつある。

 男として振る舞っているのだ……それは当たり前のことと言えた。

 そして、彼女が気付いた事がもう一つ。


「妃沙、今日も僕に会いに来てくれたの? 本当に可愛いね、君は」


 自分が発するこの言葉。

 何度も実験したことだから解るが、この時、自分が「私に会いに来てくれたの? 本当に可愛いね、貴女は」と言おうとしても、上記のような言葉に変換されるのだ。

 元の口調はもう少し砕けた感じだったと思うのだが、この世界で発する言葉は、どうも少女漫画のヒーローのようにこまっしゃくれた、気障なものに『変換』されるらしい。

 そして、夕季はその事実を神様の仕業であると断定していた。

 意地の悪い神様はあの時言ったではないか、貴女にはノーヒントで降りて貰います、と。

 だからこの世界の事は自ら学ぶしかなかったし、こんな能力(スキル)が自動搭載されているなんて知らなかったから、最初こそ驚いたけれど、今ではもう慣れ過ぎて、自らそんな口調で話しているのではないかと思うくらいだ。

 だが、もし、あの幼馴染がこの世界にやって来て、こんな能力(スキル)を使うことになったとしたら……。


(──龍之介が遭遇したらパニクってどうなっちゃうか解らないね)


 混乱に陥る幼馴染を想像し、その様に思わずプッと噴き出すと、毎日のように遊びに来て、自分に纏わりついてくれている妃沙が不思議そうな表情でコテン、と首を傾げている。


「ちあきしゃま、何が楽しいのでしゅか?」

「……妃沙が来てくれて嬉しいんだ。さ、今日は何をしようか?」

「ご本をよんでー! きさ、ちあきしゃまが聞かせてくれるおはなしが一番しゅきっ!」


 自分に纏わりついてくる愛らしい少女の温もりにそっと微笑みを落とす。

 勿論、龍之介の事を忘れた訳ではないけれど──日に日に、この素直で愛らしい少女の存在が、自分の中で段々大きくなっていっている事を、認めざるを得なかった。


(──これも、この身体の性別に引き摺られた結果なんだろうけど……でも仕方ないよね、妃沙、こんなに可愛いんだもん。気にするなって方が無理だしっ!)


 そうして彼が妃沙に読み聞かせをしてやっていると、高確率で彼の妹の美陽(みはる)もやって来て「きさばっかりズルい!」と彼女の反対側に陣取り、その読み聞かせに参加する。

 けれど、未だ幼い彼女達は毎回ほぼ同じタイミングで眠りに落ち、それが解っている為に知玲もベッドの上で読み聞かせをしているのだ。

 並んで寝ている、二人の美少女達に布団を掛けてやりながら……たまに妃沙の頬をプクっと突くくらいの役得を幸せに感じていたものだ。



 ──その妃沙が、突然の高熱に倒れ、意識も戻らずもう三日も寝たままだという報せを受けたのは、彼がこの世界に生まれて五年、妃沙が生まれて三年が経った頃のこと。

 心配で堪らなくて、何度も妃沙に付き添ってやりたいと懇願したのだけれど、原因も解らぬままの病人の側に幼い子どもを……それも、東條家の跡取りである自分を向かわせる訳にはいかないと、両家から駄目出しされていた。

 彼の生まれた東條家は、この国では昔からの華族の流れを汲む旧家で、その家系の中には何人もの政治家を輩出しており、政治・経済界に影響力を持つ家であった。

 幼い頃から天才児との評価を得て将来を期待されている知玲。そして、彼にはもう一つ、期待されている類い稀なる才能があった。


『魔法』と呼ばれるその力。


 前世ではファンタジー小説の中でしか存在しなかった力が、この世界には存在していた。

 もっとも、魔物もなく、戦争をしている訳でもないこの国では、燃料も何もない所で火を起こしたり、水を出したり、自らの膂力や脚力を一時的に上昇させたり、といった便利な物である、という程度の威力しかなかったけれど。

 だが、この魔法は生まれつき魔力を持っている人間にしか使えないもので、彼には生まれつき、大きな魔力が内包されていた。そして彼の知る限りでは、妃沙も同等の力を持っている。

 家柄とこの力のせいで、危険な目に遭ったこともあるし、妃沙にも気を付けて欲しいと思っていた矢先のことだ。


 勿論、その突然の高熱が何らかの意図によるものだという断定は出来ない。けれど、日本、という人を信じ切るには少々不便な世界で生きた経験を持つ彼にとり、

 何か事件が起きると、悪意というものを疑ってしまうのはもはや条件反射と言っても良いものになってしまっていた。


 心配で心配で、それこそ夜も眠れない程に心配していた彼の元に、妃沙の回復の報が届いた。

 直ぐ様彼女の家に向かい、ベッドから起き上がって両親に抱き締められている妃沙を見た時の衝撃は、一生忘れないだろう。



 ──彼女の姿にダブって、恋焦がれた幼馴染……綾瀬 龍之介の姿が見えたのだから。



 その幻影はすぐに消えてしまったけれど、五年もの間、龍之介の転生を信じて待っていた夕季が、その姿を見間違える筈もなかった。

 そして、『妃沙』も自分を見て言ったのだ──「夕季!」と。



 ああ逢えた、と心から実感した。それも、日に日にその存在が大きくなっていた妃沙の中に転生して。

 思わず駆け寄って抱き締めてしまったのは、仕方のないことだと思う。

 だって自分は本当に、一日も早く逢いたかったのだ、龍之介に。五年も……待った。それが、こんなに身近にやって来てくれて、我慢するなという方が無理だ。

 力加減が出来ず、強く抱き締めた腕の中で、妃沙が「ぐぇっ!」と言う、今まで妃沙が漏らしたことのない、やや下品な呻き声がするけれど、気にしている余裕はない。

 次の瞬間に彼女が呟いた言葉も、その時は龍之介に逢えた事に夢中で気が付かなかったのだけれど……


「……何度も申し上げましたでしょう!? 力加減は弁えて下さいましっ!」


 ……後になって考えれば、今まで妃沙がそんな事を言ったことはないし、自分もこんな風に妃沙を力強く抱き締めた事などなかった。

 そして龍之介にしては妙なその言い回し。


 だがその時は、やっと龍之介に逢えた事が嬉しくて……混乱する彼女と、彼女の両親を宥めすかし、やっと二人きりになることに成功した彼は、その心根が全く変わっていなかった事に人知れず感動していた。


 そして、龍之介と再会したら真っ先にやろうと決めていた『契約』と『婚約』についての宣言を彼──いや、もう彼女と呼ぶべき存在に、行った。

 半ば強引ではあったけれど……知識は蓄えたとは言え、未だ五歳児で社会的地位や物理的な力、経済力等なんてものを持たない自分が妃沙を護るには、それしか思い付かなかったから。

 そして、心から大切に思っていた妃沙ならば、相手に取って不足はないというか……これ以上ない存在であると言って良かったし。



(──おかえり、龍之介。今度はあたしが、キミを絶対に護るからね)



 柔らかい妃沙の身体を抱き締め、感動に打ち震える知玲の腕の中で。

 頬を染め、超絶に愛らしい表情で、前世のままの性格を披露し続ける彼女(・・)に再度出会えた事に、彼女はやっと神様に感謝する気持ちになったものだ。

 ──性別を取り替えるなんていう意地の悪い事はしてくれたけれど、神様は確かに自分の側に龍之介を転生させてくれた。それも、こんなに可愛い姿、というオマケ付きで。



(──フフ、これから賑やかになりそう。楽しくなって来たな)



 未だにギャーギャーと騒ぐ妃沙を抱き締めながら、これからの事に想いを馳せ、知玲は少し、意地の悪い微笑みをその秀麗な顔に乗せるのだった。


◆今日の龍之介さん◆


「……何度も言ってんだろ!? 力加減は弁えろってっ!」


……今回これしか台詞がなかった……。


お読み頂いた方、有り難うございます。とても嬉しいです! ブクマもとても嬉しいです……!

来週より週三回、月・水・金の投稿となります。

今後もコイツらを見守って頂ければ幸いです。宜しくお願いします!




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