◆42.伝説の魔法使い、再び!
そうして、妃沙と知玲の心に何かを残しながらも表面上はそれを見せる素振りすらなく、二人は普通にパークを満喫して行った。
大人数が乗れる舟形のアトラクションに並んでいた際は、丁度彼らの目前で切れてしまった列に周囲から落胆と歓喜の溜め息が漏れたり、
休憩しようと立ち寄ったカフェのような所でケーキを頬張る知玲とブラックコーヒーを堪能する妃沙の姿を目撃し、思わず二度見の為に脚を止める人が何人もいたり、
キャラクターを発見して喜色満面な笑顔でその着ぐるみと一緒に写真を撮る妃沙の姿を、偶然を装った周囲の人々が写メっていたりと……まぁ、気にすればきりがない程に色々あったのだけれど、妃沙も知玲もその状況には気付かずにパークを楽しんでいた。
元々が良い意味で『他人の目など気にしない』事に慣れていた二人。
『龍之介』は、いちいち気にしていたら生活に支障が出てしまう程に恐れられていて──それこそ買い物すら出来なくなる程だ──悪意以外の感情には疎くならざるを得なかったし、
『夕季』もまた、真実の龍之介の姿と周囲が見ている龍之介の姿の酷い乖離に気付いてからは、自分の信じる物だけが全てという意思を貫き通している。
だから、二人共『ちゃんと言葉にして伝えてくれる気持ち』しか信じないという面倒臭い性質を抱えており、今世もそれは根強く残っているようだ。
もっとも、それは自分に対して向けられる感情にだけ特化したものであり、他人の心の機微には敏感であるので決して傲慢な訳ではない。単純に自分に自信がないのだ。
だからちゃんと言ってくれないと信じられない、という、臆病な心の表れなのである。
だが今、二人のそんな性質は今、良い具合に作用していると言って良かった。
「知玲様、少し時間に余裕がありますし、少し早いですけれどメインパレード観覧の為の場所を確保しに行きませんか?
光と魔法を駆使したこのパークのパレードは絶対に見なければなりませんし、どうせなら一番良い場所で見たいですもの!」
あのショーの後、女子大生達に絡まれてからずっと手を繋いで移動する事が当たり前のようにその手を放す事がない二人。
二人の言い分としては「混んでいるからはぐれてはならない」というものなのだろうけれど、アトラクションの待ち時間ですら手を離さない事に果たして意味はあるのかどうか、議論の必要がありそうだ。
「……ん。そうだね、そろそろ良い場所の確保に動こうか。妃沙が一番楽しみにしていたパレードだもんね」
優しく微笑んで妃沙を見やれば、今日何回目だろう、妃沙の小振りな顔に満開の笑顔の花が咲く。
「ええ……! このメインパレードもまた、魔法を駆使してのものなのでしょう? 魔法の技術、使用方法……そんな所にも、もちろん興味はありますけれど……」
知玲様と一緒に見たいのですわ、と楽しそうに告げる妃沙が、キュッと知玲の手を握る手に力を込める。
そんな可愛い言葉にポッと頬を染めながら、このパークは妃沙の心にも魔法を掛けてくれたのかな、いつまでもこの魔法が解けなければ良いのに、なんて思いながら、知玲は言った。
「メインストリートより、穴場に行こうよ、妃沙。魔法が一番綺麗に見える場所なんだって」
こっち、こっちと妃沙を引っ張り、ここに来るに前にネットやガイドブックなどを使って一生懸命に探したその場所に妃沙を誘導する。
それは素敵ですわね、なんて言いながら楽しそうに隣を歩く妃沙。
お互いに、こんなに近くにいるのはこの場所にいるからだと言い聞かせているのだけれど、その意味合いはまるで違う。
自分の気持ちに気付き、爆発しそうになるそれを必死に抑えている知玲と、まだ心の何処かでこんなに側にいてはいけないとセーブしている妃沙。
けれど今は……今だけは。このパークの魔法のせい、ということにしようと考えている所は同じであった。
そうして辿り着いたその場所は、パレードまでまだ時間がある事もあり、人は少なく、それを良い事に彼らはキビキビと持参した二人用のレジャーシートを敷き、隣に並んで肩を寄せ合い座り込んでいる。
穴場とは言え、知る人ぞ知る場所なのだろう、周囲にはそうした人々の姿も見て取れた。
なお、繋がれた手は作業中こそ一旦離れたものの、座ったその瞬間に再び繋がれ、良く見れば恋人繋ぎのそれに変わっている。
二人とも特に意識した事ではないのだけれど……今だけ。この場所にいる時間だけ、という意識の表れなのかもしれない。
「どんな『魔法』が見られるのか楽しみですわ! この『魔力』が役に立つ場面なんて、あまり想像出来ずにいますしね……」
何処か落ち込んだ様子の妃沙を、手を放しはしたものの今度はキュッとその肩を抱く知玲。
彼もまた、せっかく得た『魔力』のあまりの無意味さに悩んでいたことがあったのだ。けれど、妃沙にはそんな悩みは絶対に持って欲しくはなかった。
「それはさ、君が『特別』じゃないって事だよ。だから何も気にする事なく、学校もパークも楽しんで良いんだって神様が言ってくれてるんだと思う。
僕もね、君と同じ悩みを抱えていた事があって……けどね、ほとんどのスポーツの場に魔力を用いる事は禁止されていて、会場には魔力阻害の結界が張られているんだよ。
だから、魔力があろうとなかろうと、僕たちは周りの人と何も変わらないんだ。
僕だって、チートなのかなと思ったけど、あまりに役に立たないからビックリしたんだよ。けど……それで良かったなと、今は思う」
突然の知玲のそんな告白に、妃沙は瞳を見開いていた。
「……実力ではなく、魔力を活用しようと思っていた? 知玲様が……?」
そう言われるだろうな、と思っていた知玲が、フゥ、と溜息を吐く。前世での自分を良く知る妃沙ならば、その疑問は当然の事なのかもしれない。
龍之介ほどではないけれど、『夕季』もまた曲がったことやこずるい手段というのが嫌いだった。
前世での時間を含めれば、もう長いこと剣道に勤しんでいる身だ、その精神も身体に叩き込まれている。
だから、魔力なんてものを頼って自分の肉体に嘘を吐こうとしていたという事実に妃沙も驚いたのだろう。けれどもちろん、知玲にはそんな考えは毛頭ない。
「出来ない事、に安心したんだよ。僕も『実力』で闘いたかったからね」
その言葉を聞いて、妃沙が「なるほど」と安心したように微笑む。
ああ、自分の心情や選択は妃沙を失望させるものではなかったのだと、知玲は安堵した。
「このパークのように『人を楽しませること』に特化した魔力の使い方を模索したいと、ずっと思っていたのです。
だからこのショーで何かを得られれば良いなと思っていますのよ。わたくし、将来は自分のこの『魔力』を世の為人の為に役立てたいと思っているのですわ!」
妃沙のその言葉に、知玲は思わずその肩を抱く手に力を込めた。
……嫌だったのだ、自分は主に妃沙の為に使おうと思っている『魔力』を、妃沙は世間の為に使うと言う。
それは、自分と妃沙の出来の違いを見せつけられたようだし、妃沙が万人の『ヒーロー』になる事を認めてしまう事でもある。
「……駄目だよ、妃沙。君は……僕だけのヒーロー。言ったでしょ? 僕は君がいないと何も出来ないヘタレだから、ちゃんとサポートしてくれなきゃ……って」
コツン、と妃沙の肩に頭を乗せて呟く知玲の表情は、玩具を取られて拗ねる子どものようだ。
横目でそんな彼を見た妃沙は、思わずプッと噴いてしまう。
「わたくしも言いましたわよね、いい加減に『龍之介離れ』して下さい、と。まったく、手の掛かる幼馴染を持つと大変ですわ」
そしてあのクセ──片眉をピクリと上げて困ったように微笑む様に、知玲は何故か安心してフフ、と笑いが漏れる。
何だかんだ言いながらも、彼女がいつだって自分を救ってくれるのは、おそらく絶対に変わらないだろうな、と思うから。
そんな風にシリアスな雰囲気に包まれていた二人だが、突然、パーン! と破裂音がしてもうすっかり暗くなっていた夜空に花火が咲いた。
「始まりましたわ……!」
星でも落ちて来たのかと思うくらい、その大きな瞳をキラキラと輝かせて妃沙がそれを見つめている。
その隣で、知玲もまたとても楽しそうに空を見上げていた。
「この花火も何かの魔法が使われているのかな?」
「そうですわね、その可能性はありますけれど……知玲様、なんだかわたくし、魔法の遣い方を探るなんて野暮な事より純粋に楽しみたくなってしまいましたわ! 花火って、どんな時でも心が躍るものなのですわね!」
そうだね、と呟いて、知玲も魔法の事は一時忘れて花火に注目している。
彼らの目の前で、前世でも見たような花火が次々に咲き乱れ、やがてキラキラのイルミネーションに飾られたフロート車が、次々と通り過ぎて行く。
車の上で踊りながら手を振るキャラクターたち、周囲で踊る、華やかな衣装のダンサーたち。
そんな光景は前世でも見たことのあるものだったのだけれど、以前と一つだけ違うのは、各車の隅に真っ黒な衣装を着て目立たないように立っている黒子の存在だ。
どうやら彼らが魔法を担当しているようで、指で何かを示したり、中にはステッキのような物を振る度にフロート車の周囲を光が彩ったり、ボン、と炎が上がったり、サァーっと水蒸気が立ち上ったりしていた。
そして、妃沙のお気に入りのキャラクター、ヒューグが乗る車が通過しようとしたその時、サァッと一陣の風が吹き抜け、ヒューグの周囲に金粉のような物を撒き散らしている。
だが、その風はやや強過ぎたようで、車の隅にいる黒子の顔を覆っている装束まで巻き上げてしまった。
その場に決して似つかわしくない、でっぷりと太ったその男の顔が晒された瞬間、妃沙は思わず叫んだ。
「百目鬼 ブラック!?」
……そう、彼はかつて妃沙が連行された屋敷で対峙したあの残念な魔法使い──百目鬼 ブラック、その人であった。
───◇──◆──◆──◇───
その叫びに、フロート車の上にいた男が驚愕の表情で妃沙を見た。
だがしかし、今の彼はあくまで黒子、決して目立ってはならないという教育がその身に叩き込まれている。
なので彼は慌てた様子で装束を正し、何でもなかったかのように車の上で蹲っていた。
「妃沙、あの黒子を知っているの?」
「ええ。以前に拉致られかけた事がありましたでしょう? その時に少々……」
今では全くと言って良い程存在を取り沙汰されることの無くなった猿渡 豪就。
一時は大企業の代表者であった彼の突然の交替劇に、世論もしばらくはああでもない、こうでもないと推論していたのだけれど、今ではすっかり忘れ去られている存在だ。
だが妃沙は、その強烈な不細工具合を思い出して思わず「うっ」と口元を覆う。彼女にとって猿渡の醜悪な面はそれ程までに悪い意味で印象に残っていたのである。
そして、その場で対峙した百目鬼 ブラック──彼との残念な魔法対決の事も良く覚えている。その時に披露してしまった『ボクっ娘妹キャラ』なる口調の恥ずかしさと共に。
あの事件以来、行方不明と言われていたが、こんな所で何をしてんだ、あのオッサン、と、ジト目でその様子を眺める妃沙。
「……まぁ、魔法は使えるみたいですし、貴重な人材だと言えなくはありませんけれど……少々残念と言わざるを得ないのですわ、あの方」
本当に残念な物を見る瞳で目の前を通り過ぎようとする百目鬼 ブラックを見送っている。
だが、火災の原因となったという自覚があるにも関わらず、あの場から逃げ出した百目鬼 ブラック、彼にも一応罪の意識はあるのだ。
何故だか屋敷の持ち主にして雇い主であった猿渡の記憶が曖昧で、出火原因は不明のままであったのでその身に捜査の手が及ぶことはなかったけれど、せっかく潜り込んだ条件の良いアルバイト先にその事が知られれば辞めることになってしまうかもしれない。
それはマズい、と彼は焦った。
コントロールを誤って装束を捲くり上げ、素顔を晒してしまった事だけでも減給モノの失態なのだ、過去の事件がバレたらクビになるのは間違いがない。
それに、百目鬼 ブラックなんて中二病めいた名を名乗り、調子に乗って恥ずかしい言い回しでブイブイ言わせていた過去の栄光は、彼にとってはもはや黒歴史でしかない。
今は少し魔法が使えるだけの『佐藤 剛』という名のただのオッサンであったので、自分の過去を知る妃沙の登場に激しく動揺してしまったのだ。
そして、その動揺は彼の拙い魔法技術に如実に現れた。
「……ってちょっと!? コントロールど下手ですかあの方!? ヒューグのマントに火がついているではないですか!」
焦ったように呟く妃沙。確かに、ヒューグが羽織っているマントの隅に火の粉が飛び移り、チロチロと燃え上がっているようだ。
だが、周囲の派手な光や音楽に目を取られ、周囲の人々はその事態に未だ気付いていないようである。
(──どうする!? ここで水でもぶっ放して鎮火するのは簡単だけど、それじゃ折角のショーが台無しになっちまうし……)
クッと唇を噛んで対応策を模索する妃沙の耳元で、知玲がそっと囁いた。
「……妃沙、風と微量の水をヒューグの周囲に出せる? 霧のイメージで」
その問いかけに、妃沙はコクンと頷いた。だが、霧程度であの炎を消せるだろうか、と少し不安にも思う。
ましてや自分は水の属性の扱いは得意ではないのだ。それならば炎を消し去る方が有益なんじゃないかと思うのだけれど、そんな妃沙の思惑を理解しているのか、知玲が楽しそうに言った。
「どうせなら僕たちの魔法でパレードに少し彩りを添えようよ。君の霧を、僕が光と冷気で覆うから」
「……ダイヤモンドダスト!」
そ、ほら早くと急かされて、妃沙がその手に魔力を篭めるとヒューグの周囲に小さな霧の渦が発生した。
そして、その隣では知玲もまた同じように魔力を篭めている。
「いけ……!」
小さく呟いた知玲の手から魔力が放たれると、ヒューグを覆っていた霧の渦はキラキラとした氷の粒子となり、マントに飛び火していた火を鎮火して、光の柱のように立ち昇り、やがて上空へと消えて行った。
美しいその演出に、周囲からワッと歓声が上がる。
予定していなかった魔法に包まれたヒューグはしばらくの間その動きが止まってしまっていたのだけれど、だがそこはプロ、何事もなかったかのように再び踊り、周囲に手を振っていた。
「さすが知玲様! ただ炎を消すだけではなくて、こんな演出まで瞬時に考えてしまうなんて……」
ホゥ、と上空に消えた粒子を見つめながら、うっとりと妃沙が呟く。
その様子を満足気に眺めながら、知玲は悪戯っぽく微笑んで、妃沙の耳元でコソッと囁いた。
「……少しは君のヒーローに近づけたかな?」
そんなの、とっくに……と言いかけた妃沙だけれど、トクン、と鳴った胸の鼓動に遮られて言葉を飲み込んだ。
……まだだ。まだ自分は、守られるより守る立場でいたいのだ。
守られる事に慣れてしまうのは、まだ妃沙には少し怖かった。自分の中の何かが変わってしまうような気がして。
「……ま、まだまだですわねっ! 確かにあの演出は綺麗でしたけれどね! わたくしがいなければ出来なかった演出ですしね!」
何故だか顔が熱い。きっと紅潮しているだろうと、妃沙はぷい、とそっぽを向く。
なんだかドキドキするのは、周囲に内緒で放った魔法が上手く行ったからで、急に魔力を使ったから心臓がドキドキしているに違いないと自分に言い聞かせる。
だが、そんな妃沙の隣で、知玲はアハハ、と楽しそうに笑っている。
「まだまだかぁ……。ねぇ妃沙、何処を目指せば君のヒーローになれるんだろうね? まさかこの世界の覇権を取れなんてことまで言ったりする?」
「言う訳がないでしょう!? 何処の中二病患者ですか、それは!?」
知玲の言葉に、思わず顔をそちらに向ける。そこにあったのは酷く真面目な表情だった。
「……覇権を取れば良いなら……本気で目指すよ、僕は」
そう言ってキュッと握られる手もまた、顔と同様に熱い。
もう少し冷静に魔法が使えるようにならないとな、なんてどうでも良い事を考えながら、握られていない方の手でパタパタと顔に風を送るけれど、なかなかどうして、熱は引いてくれそうにない。
暑いですわねー今日は、そろそろ夏に近付いていますしねーなんて呟きながら自分の方を見ようともしない妃沙に、知玲はフッと俯いて微笑んだ。
このパークに散りばめられた魔法は少しだけ、彼の鈍感な幼馴染に大切なことを教えてくれたようだから。
「……ところで妃沙、覇権ってどうやって取れば良いと思う?」
「知りませんわよっ! と、言うかそんなの無理に決まっているでしょう!?」
そりゃそうか、と声を上げて笑う知玲。そして二人はそのままパレードを満喫した。
もっとも、何故だかドキドキしてしまっていた妃沙は、全力で集中することが出来ずにいたのだけれど。
◆今日の龍之介さん◆
「百目鬼 ブラックについては十話を参照してくれよなッ!
……って爽やかに何言わせてんだよ、久し振り過ぎて俺も忘れてたぞ!?」
(ピラッ、と履歴書らしき物が落ちる。「佐藤 剛、35歳、独身……」どうやらブラックのもののようだ)
「……もうすぐ賢者か……ってお前も人の事言えない!? よし、そこで歯ァ食いしばれ!」




