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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第二部 【青春の協奏曲(コンチェルト)】
42/129

◇41.意味を教えて?

 

「素晴らしかったですわ! ケニーにあんな生い立ちの秘密があったのは少し意外でしたけれど……。でも、生い立ちなど、幸せになるのには関係ないのですわね。

 わたくし、ケニーのことも、それからヒューグも益々好きになりましたわ!」


 キラキラとした喜色を浮かべて隣を歩く知玲に語りかける妃沙。

 そんな様子を周囲の人々がさりげなく……中には足を止めてガン見しながら眺めている。

 まぁ、これだけ可愛い妃沙が満面の笑顔を見せたらそうなるよな、と、軽く溜め息を吐きながら妃沙の手を取る知玲。

 テンションが上がっているのか、何の抵抗も見せず相変わらず「実はガライも良いヤツですわよねー! あの決闘シーンはとても迫力がありましたわ!」なんてニコニコと語り続けている。


「僕も楽しかったよ。さ、次に行こう、妃沙。予定はパンパンなんだからさ」

「そうですわね!」


 ニコニコと手を繋いで歩く二人。

 当初の知玲の目論見では、パークの中では周囲の人々も己が楽しむ事に夢中になるだろうから、そんなに注目を集める事はないだろうと思っていたのだけれど、どうやら自分は妃沙の魅力というのをやや過小評価していたみたいだな、と認識を改めた。

 けれど、こんな風に楽しそうに笑う妃沙を見る事が出来て自分も凄く嬉しいし、注目されてしまうのなら守れば良いだけの話だと思い直す。

 今はまだ中学生、これからますます可愛く、美しく成長して行くだろう妃沙を想像し、先が思いやられるな、と、思わず溜め息を吐いてしまうのは仕方がない。

 けれども、そんな彼女の側にずっといようと決意出来る自分の環境に、改めて感謝もしているのだ。

 何処か遠い場所で龍之介が転生していると解ったならどんな苦難を排してでも逢いに行っただろうけれど、さすがに世界を渡る事はできないから、こうして近くに転生してくれて心から良かったと改めて思う知玲。

 そんな慈愛に満ちた表情の知玲もまた、周囲の注目の的であった。だから実際の所、注目を集めていたのは妃沙だけではなく知玲のせいでもあるのだけれど、自分に向けられる感情に対する鈍さは知玲もまた妃沙と同類と言えた。


「あ、知玲様、少しここでお待ち頂けますか? 直ぐ戻りますわ!」


 そう言うが早いか、知玲の手を振り払い、止める間もなく傍らの店に駆けこんで行く妃沙。

 確かに、予定通り以上に行動出来ているし、時間に余裕はある。一時も離れたくないなんて言うつもりもないけれど、こんな人混みの中ではぐれてしまったらどうするんだと、知玲は少々慌てた。

 だが、風のように去ってしまった妃沙を追い掛けて人混みでもみくちゃにされるより、言われた通りにここで待っていた方がロスは少ないか、と思い直し、その場に留まる。

 妃沙はあれで予定通りの行動をする事に意義を見出す真面目な所があって、こんな風に衝動的に予定外の行動をすることは珍しいので、どうしたんだろうな、と顎に手を当てて物思いに耽っていた。


「……あの、お一人ですか?」


 すると、知玲の側に女性三人組が近寄って来て、そんな風に声を掛けて来た。

 見た所、大学生くらいだろうか。

 派手なメイクを施し、髪を巻き、丈の短いスカートや短パンを履いた女性達がシナを作って知玲を取り囲んでいる。


「……いえ、あの……連れを待っている所ですから」


 知玲とて、こんな風に声を掛けられる事は初めてでどう対処して良いか解らず、ややどもりながら返事をすると、女性達はきゃあ、と声を上げて手を叩き、より一層知玲に近寄って来た。


「連れって女の子? 良いなー、こんな素敵な男の子が一緒だなんて羨ましい!」

「でも、せっかくなら大勢の方が楽しいよ、絶対! ねぇ、私達と一緒に回らない?」

「私達、このパークには何度も来てて詳しいんだ。だから、ね?」


 矢継ぎ早にそう言われ、知玲は言葉を挟む事が出来ない。興奮した女性グループの対応など、前世では同じ性別であった知玲には経験がなかったし、今世でも学校では不可侵条約めいたものがあるのか、こんなに積極的に声を掛けられる事などなかったのだ。

 群れた女性は面倒臭い。その性質は良く知っているのだけれど、前世でもその中に自分が入る事はなかった。どちらかというと、夕季は少人数の付き合いを好むタイプだったから。


「連れってさっき一緒にいた女の子でしょ? あの子もすっごい可愛かったよねー。お人形みたいな君達と一緒に回れたら私達も絶対楽しいし……良いでしょ?」


 ね? と知玲の腕を取ろうとする女性たち。

 いや、でも……と言い淀む知玲をよそに、じゃーあそこに行こうよ、あれを食べようよ、あそこで写真撮ろうよと、女性達の中で何やら計画が進んで行く。

 困ったな、と眉を顰める知玲の耳に、リン、と鈴の鳴るような可愛らしい、それでいて凛々しい声が聞こえて来た。



「あらまぁ、知玲様ったら大層おモテですこと! お姉さま方、そのお申し出、とても嬉しく思いますわ。お声掛け頂き有り難うございます」



 いつの間にか戻って来た妃沙が、不敵な微笑みを浮かべながら彼女達の中を突っ切り、知玲を背後に庇うようにして、あっという間に女性達と対峙している。


「キャー! この子も本当に可愛いね! ねね、私達と一緒に回ろうよ。嬉しく思ってくれているんでしょ?」


 知玲から引き離された事を少し面白くなく思っているのか、何処か含みのある笑顔を浮かべて中心に立っている女性が言う。

 だが、掛けられたその言葉に一切怯むことなく……そればかりか、挑戦的な色すらその瞳に浮かべた妃沙が言った。


「よろしくてよ? けれど、ご一緒頂くならこれからの行動はわたくし達に合わせて頂きますわ。

 わたくし達、全力でこのパークを回りきる為に分刻みのスケジュールを立てているのですけれど、果たして貴女達に付いて来られますかしら?

 言っておきますけれど、一分でも遅れたらその場でお別れしますわよ。わたくし、計画が乱されるのは何より嫌いなんですの。

 今、貴女達とお話をしている事で時間をロスしていますから、次に向かう予定のアトラクションまでは全速力で……そうですわね、五分後には列に並ばなければなりませんわ」


 ちなみに次の予定ってどこ? と問う女性に、妃沙はフフ、と悪戯っぽく微笑んで今いる場所から最も遠い場所にあるアトラクションの名を告げる。

 それは知玲と妃沙の予定とは違うものだったけれど、知玲は黙ってそのやり取りを聞いていた。


「あそこまで五分!? そんなの無理に決まってるじゃない!」

「わたくしと知玲様なら可能ですわ。無理だと仰るなら、ご一緒するのは難しいですわねぇ……残念ですけれど」


 そう言う訳で時間がありませんから失礼しますわ、と、知玲の手を取って物凄い勢いで走り出す妃沙。

 その方向は、先程彼女らに告げていたアトラクションの方向で、予定外の妃沙の行動に少々驚きながらも、妃沙と並走する知玲。

 その心は、なんだかとてもポカポカと温かかった。


「妃沙ー! 予定と違うけど何でー!?」

「効率を考えての事ですわ! それに、あの場から目標まで五分、達成出来れば計画を見直してもう少し有意義に回れるではないですか! ですから、全力で行きますわよ! 言ったからには達成出来なければ格好悪いでしょう?」


 何処かムッとした表情で走り続ける妃沙の様子に、思わずプッと吹いてしまう。

 彼女が嫉妬をしてくれたんだなんて思い上がるつもりはないけれど、少なくとも、女性に囲まれる自分を見、困っている様子の自分を救おうと駆け付けて来てくれたのは事実なのだから。


「……まったくキミは……。今世(いま)前世(むかし)も僕のヒーローだね」


 呟いたその言葉は、必死に走る妃沙の耳には届かなかったらしい。


「何か仰りまして!?」

「いや、早く行こう妃沙! 時間は限られているんでしょう?」


 そう言って、キュッと妃沙の手を握る手に力を込め、ギュン、とスピードを上げる知玲。

 望む所ですわ、と呟いた妃沙もまた、そのスピードに順応して速度を速める。


 人混みを掻い潜りながら掛ける二人の少年少女の姿は、朗らかな遊園地の光景とはそぐわない程に必死なものであったけれど、当の本人達の顔には、この日一番の笑顔が浮かんでいたのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「ところで妃沙、ショーの後何処かに行ってたけど、何処に行ってたの?」



 ひとしきり予定をこなした所で、妃沙と知玲は元から決めていた店舗で昼食を摂りながら、休憩と午後の予定の調整をしていた時、ふと、知玲がそんな事を尋ねる。

 あの女性達との一悶着がある前、妃沙が突然予定とは違う行動で一人でショップに掛け込んだ事を思い出したのだ。


「……ああ、それなら……」


 忘れていた、と言った様子で鞄からゴソゴソと小さな包みを取り出し、はい、と知玲に渡す妃沙。

 何て事ないと言いたげだけれど、その頬が仄かにピンク色に染まっているのを知玲は見逃さなかった。

 まぁ、指摘した所で話が進む訳ではなさそうなので、その可愛い表情は自分の中にしまっておく。


「……ストラップ?」


 中に入っていたのは、ケニー・ザ・キャットのストラップだ。邪魔にならない大きさで、けれど夢の国らしくキラキラした飾りで彩られている。


「僕にくれるの? 有り難う、妃沙。嬉しいけど……突然どうしたの?」


 不思議に思った知玲が尋ねると、妃沙は何処かバツが悪そうに視線を反らす。


「……べ、別に深い意味などありませんわ! ただ、あのショーがあまりに素敵だったから、テンションが上がってしまって、目に付いたから……」


 珍しく言い淀む妃沙の様子を、可愛いな、と優しく見つめる知玲。


「自分の分も買ったんでしょ? 妃沙はどのキャラクターにしたの?」


 その問いに、待ってました、と言わんぱかりに瞳をキラキラと輝かせて自分のスマホをズイ、と知玲に見せびらかす。

 その脇にはケニーの親、ヒューグのストラップが飾られていた。


「ヒューグ、ヒューグですわ、知玲様! ケニーに比べて種類は少なかったですけれど、この黒光りする素材に赤いスワロフスキーがヒューグらしいですわよね!

 わたくし、あのショーでますますヒューグのファンになってしまって。理想の男ですわ、ヒューグ……」


 そう言って愛しげにヒューグのストラップを撫でる妃沙。

 彼女の言う『理想の男』とは、今はまだ恋愛対象としてのそれではないだろうとは思いつつも、そうか、ヒューグか、と考えざるを得ない知玲。

 だがしかし、自分がヒューグを目指すには今まで築き上げた『東條 知玲』のキャラを根底から崩さなければならないし、自分に出来るかな、と本気で考えている。


「………………」

「……何か言って下さいませ、知玲様」

「……いや、ヒューグを見習って無口キャラになってみたんだけど……」

「貴方には無理ですわよ! それに、話が出来ないなんて寂しいから止めて下さいまし! 『理想の男』とは、そういう意味ではありませんわ!」


 話が出来ないのは寂しい。今、妃沙はそう言っただろうか?

 その言葉の破壊力に、知玲がポッと頬を染める。

 だが、案の定、妃沙の言葉に知玲の期待したような意味はないと見え、ポツリと呟くように、妃沙が言った。


「ヒューグのように……なりたいなと、思ったのです。無口でも気持ちを伝える事が出来る存在に。

 前世(むかし)よりわたくしは、だいぶ自分の気持ちを伝える事が出来るようにはなっていますけれど……」


 それでもやはり、『自動変換(スキル)』を通して告げられる言葉は、元の言葉とは違った響きで相手に届いてしまう事があるから。

 だから、無口でもちゃんと自分の気持ちを伝えられるヒューグは憧れなのだと、妃沙は言う。

 昔より少し感情が表情に乗るようになった妃沙。だから、気持ちを読み違えることなんてないと、知玲には自信がある。

 だからそんなの気にしなくて良いのにな、と考えながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべて妃沙に()いてみた。


「それで? 僕にケニーを選んでくれたのはなんで?」


 その問いに即座に返された言葉。

 その言葉を、知玲はずっと忘れる事なんか出来ないだろうなと、実感することになる。



「だって知玲様はヒーローですもの!」



 真っ直ぐに自分を見て、キラキラと幸せそうに微笑みながらそんな爆弾発言をする妃沙。

 ……もう、本当にその言葉の意味が解っているのかな、と、若干心配にもなるけれど……深い意味など期待していない。少なくとも、今は、まだ。


「それに……」


 だが、そんな知玲に告げられた言葉には、更に大きな爆弾が含まれていた。



「……親子なら、ずっと一緒にいても……可笑しくないから」



 頬を染め、ぷい、とそっぽを向く妃沙。


「ああ、この後の予定も詰まっていますし、待ち時間に飲める物も買って来ますわ! ついでに、お花を摘みに……」


 ちょっと失礼しますわね、と、自分と知玲の食べた物のトレーを纏めて立ち上がる妃沙。

 そして、鞄の中から取り出した財布に飾られたストラップは……シリル・ザ・キャットのそれであった。


「妃沙、それ……!?」


 問い掛けようとする知玲を余所に、妃沙はチャキチャキと行動して知玲の前から立ち去ってしまう。

 なるべく早く戻りますわ、なんて、なんでもないことのように告げながら。



「……あーもう……。何なの、妃沙。僕にケニーをくれるかと思えば憧れはヒューグでずっとケニーの側にいられるキャラだからとか……こっそり『恋人(シリル)』のストラップを付けるとかさ……。

 期待するなって方が無理だろう、まったく……」



 妃沙が席を外したその場で、ハァァ、と、幸せな色を含んだ溜め息を漏らし、頭を抱えて知玲はその場に蹲る。

 妃沙にとっては深い意味なんかないんだ、期待なんかするなと言い聞かせながらも、あの破壊力に抗うなんて、もう長いこと片想いをしている自分には無理だよな、と実感する。

 前世より少し、素直に自分の気持ちを伝える事が上手くなっている妃沙だけれど、知玲にとっては諸刃の剣であり、この気持ちを伝えるのをいつまで我慢出来るだろう、と知玲は一人で思い悩んでいた。

 けれど、少しずつではあるけれど、変化しつつある自分と妃沙の関係にドキドキと、ワクワクと……そして少しの不安を感じながら、片肘をついて頬を乗せ、楽しそうに行き交う外の人々を眺めている。

 この場にいる恋人達は、一体どんなやりとりを交わしてその場にたどり着いたのかな、なんて想像をしながら。



 一方で、知玲と離れてトイレの個室に掛け込んだ妃沙は、財布に付けたシリル・ザ・キャットのストラップを取ってしまおうか、と、手をやり……結局出来ずに、そっと手を下す。



「……深い意味なんかないですわ。女子は女子らしく、雌キャラクターのストラップを、と思っただけではないですか……」


 実際、シリル・ザ・キャットはフワフワとした白い耳にピンクのリボンを付けた可愛らしいキャラクターで、女性にとても人気のあるキャラクターである。

 だから、女子中学生の妃沙が持っていても怪しまれる事などないのだけれど、『龍之介』がこれを選び、持ち物に取り付ける事は決してなかった筈だと思うのだ。

 なのに……これを見た瞬間に、欲しいな、と、思ってしまって。

 意外とお転婆で言いたい事を言ったり、ケニーが大好きで他の女の子と喋るだけで嫉妬して拗ねてしまう所だとかは本当に可愛いな、とも思う。

 だからそう、自分がシリルが好きなだけで、ケニーの恋人であるという部分は関係ねぇと言い聞かせる妃沙。

 知玲にケニーにストラップを送ったのは、ヒューグの息子だからで、シリルは関係ないんだと、誰に対してでもない、自分に言い訳をしている事に気付く。


 けれど……女子大生と思しき女性達に知玲が囲まれていたあの時、ブワッと全身を駆け巡ったあの感情は何だったのか。

 何故、シリルのストラップを絶対に自分の持ち物に取り付けたいと思ってしまったのか。



(──悪ィ、夕季。答えはもう少し……保留にさせて貰うな。今はまだ……前世では出来なかった事を……中学では部活を満喫したいから)



 トイレの扉に背を預け、無機質な天井を見上げながらフゥ、と妃沙は溜め息をついた。

 今はまだ幼馴染のままでいたいのだと、自分を飲み込みそうになる感情と必死で闘いながら。



 けれども、その感情は決して嫌なものではなく、とても温かくて優しい気持ちになる事に気付いている妃沙であった。


◆今日の龍之介さんたち◆


龍「……なんかいつもと雰囲気ちがくね?」

知「これ、一応ラブコメらしいよ」

龍「!!??」

(気付いてなかったらしいが、あらすじに書いてあります。)


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