◆40.ブラヴォーーッ!!
今回、少しだけ描写がピンク
妃沙と知玲が選んだのは、彼らが住む家から電車で一時間程度の場所にある大型のテーマパーク。
『魔法』という概念が存在するこの世界でもその力を持つ人は少なく、人々の憧れであった。
その為、このテーマパークでは魔力を持つ者を優先的に採用し、至る所にその力が注がれており、コンセプトに『魔法でチェンジ☆』を掲げている。
オリジナルキャラクター達が数十体、常に園内の何処かにおり、それらを探して写真を撮り、全てを探し出すことが出来たら一つだけ願いが叶うという伝説まで持つ程だ。
だが、もちろんそこは商業的な何かで秘匿されたキャラクターもおり、全てを集めるのは非常に難易度が高く設定されている。
それが「何度でも来たい」と思わせる要因の一つではあるけれど、建物一つ一つを取ってもエリア毎に設定された時代考証に基づいて設計されていて、その設定に基づいたアトラクション、従業員の制服と接客、雰囲気作りも完璧に仕上げっており、エリアを移動する度に異世界に踏み込むような感覚を来園者に抱かせるのである。
「知玲様、知玲様!! 早く、早く!! ホラ、行きますわよ!!」
テンション上がりまくりの妃沙に手を引っ張られ、未だ人の少ない園内を物凄い勢いで移動する二人。
彼らの作戦は「奥から攻める!」というもので、自分達の身体能力の高さを活かして園内を蹂躙するつもりなのだ。
ここに来る事は結構突然に決まったから作戦を練る時間はあまりなかったけれど、そこはもう、前世からの時間を考えれば付き合いの長い二人である、既に阿吽の呼吸の域だ。
「妃沙、こっちの方が近道だよ。こっち、こっち!」
知玲の頭には既に園内のマップは完璧にインプットされている。
自分を引っ張る妃沙を逆に自分に引き寄せ、裏道と言っても過言ではない道をひた走り、誰よりも早く目的のアトラクションの目の前に到達してみせた。
だが妃沙もまた、超人めいた活躍を見せてくれている。
「知玲様、これが何だか解りまして?」
悪戯っぽく笑いながら、アトラクションの乗り場までの道のりを歩きながらヒラヒラと二枚の紙切れを見せびらかす妃沙。
そう言えば、途中で妃沙が「知玲様、チケットをお貸し下さい……ちょっとお待ち下さいね!」と言いながら知玲のチケットを奪い、風の様に何処かに去り、あっと言う間に戻って来た事があったのを思い出す。
その時間は一分もかからない程であったので、予定された行動を阻害されたと知玲が残念に思う事もない程度の時間であった。
「プライオリティチケット?」
そうですわ、と、ドヤ顔の時の彼女のクセなのだろう、鼻の穴をフン、と拡げる美少女らしからぬ表情を見せる。
「人気のアトラクションに乗る時間が短縮されましたでしょう? これでもう一つ、乗るアトラクションを増やせますわね!」
すごいな、この娘、と、知玲は思わず周囲の目も憚らずアハハ、と声を出して笑ってしまった。
だってそうだろう、自分の全力ダッシュに付いて来たばかりか、その道筋を完璧に把握し、あまつさえ自分にすら出来なかったチケット奪取をやってのけたのだ。
人数分のそのチケットの入手には、人数分の入場券が必要だと熟知し、知玲のそれを借り受けて走り、自分の分すら用意するという男前な行動には少し嫉妬してしまいそうな程である。
「それじゃ、増やす一つは妃沙が選んで良いよ。最後に聞くから考えておいてね」
その言葉に、妃沙がフフ、と楽しそうな心からの微笑みを浮かべた。
「そうですか? 実はね、最後に乗りたい乗り物は決まっているのです」
「今、聞かない方が良い?」
そうですわね、楽しみにしていて下さいませ、と妃沙が告げた所で、二人は早くも最初のアトラクションの乗り場に到達してしまった。
入園直後に、超高速でこんな奥地にまで辿り着く客などそうはいない。
なので、この園内でも大人気のジェットコースターは今、知玲と妃沙のほぼ貸し切りで、最低重量を補う為に最後尾に従業員が乗る程であった。
「……妃沙……」
コソ、と囁いた知玲の言葉は発進するエンジンの音と風の音で掻き消されてしまう。
「知玲様、何ですの!? 言いたい事は全部言って下さいと前世からァァァァーーーー!」
妃沙のツッコミも、発進したコースターの爆音と風の音にまた掻き消されてしまった。
自分の言葉がその音に消されることや、妃沙がそんなツッコミをして来ることなどお見通しだった知玲。
だからその時は一番伝えたかった気持ちではなくて、楽しいね、なんて解り切っている言葉を囁いた。
……けれど、いつかは妃沙にも自分をちゃんと意識して貰って、本当の気持ちを伝えたいな、なんて思いながら、知玲もコースターを満喫したのである。
───◇──◆──◆──◇───
「ヤバいですわ……遊園地、楽し過ぎますわね……!」
テンションが上がった妃沙はベレー帽子を取り去り、かわりにウサギの耳を模した飾りの付いたカチューシャを付けている。
お揃いにしましょうと言われたのだけれど、流石にこればかりは知玲も拒否をした。
ウサ耳が嫌だとか、ましてやお揃いがイヤだという訳では決してなかったのだけれど、上がったテンションに負けてしまう事を恐れたのである。
妃沙も自分も、こんなにテンションが高いのはこの場所に居るからだ、此処を出ればいつもの自分達に戻るのだから自重しろ、という知玲の自制心の現れである。
だがしかし、妃沙のウサ耳着用も阻止すれば良かったと、彼女に注がれる視線を感じる度に後悔することになってしまっていた。
家族、友人、そして恋人。それぞれ大切な人と一緒に来ているとは言え、ウサ耳美少女な妃沙が放つ破壊力など、あの運動会で知ってた筈じゃないかと自分を呪うのみだ。
「知玲様、あーん!」
その言葉に、条件反射のように知玲が口を開けると、その中に何やら甘いモノが放り込まれる。
カプリ、と咀嚼すれば、カリッとした外側とは裏腹に内部はふんわりとした優しい甘さの生地が舌に流れ込み、その最深部に添えられているのはチョコレートだろうか。
いつの間にか妃沙が購入していたチュロスに似たそのお菓子は『クロス』と命名されており、興味を惹かれて購入した妃沙が、まず知玲に毒味をさせることにしたようだ。
彼女は、どちらかというと甘い物よりも苦かったり辛かったりする味を好んでいて……それは今世も前世も変わらない嗜好のようだから。
「知玲様、美味しいですか?」
自分で買ったのに確かめる気もないのかよ、とは思いながらも「……ん」と肯定の為に首を縦に振ってやる。
甘さは仄かに感じさせる程度に抑えた外側の生地と苦みの効いた中身のチョコレートのマッチングは絶妙で、恐らく妃沙よりずっと甘い物が好きな知玲には大満足なお菓子であった。
そうですか、と、その縦に長いお菓子を両手で抱えて頬張る妃沙。
「……ちょっ、妃沙!? そのヴィジュアルはヤバいからこれは没収!」
その仕草が何かを彷彿とさせるピンク色な情景に見えてしまい、焦って妃沙からお菓子を没収する知玲。
妃沙としても、一口か二口食べれば充分な菓子だ、知玲が片づけてくれるのかと、有り難みすら持ってその菓子を知玲に渡している。
「……やはり甘過ぎますわね」
ペッ、と舌を出す妃沙。
止めてくれと、知玲のみならず周囲の男性陣全員が思った事だろう。
眼鏡を掛けた事で妃沙の大きな瞳はより強調されて魅力が際立ってしまっているし、またしてもペロリと舌を出して手に付いた砂糖を舐め、その白い手で口元を拭う仕草は破壊力抜群だ。
それでなくても目立つ妃沙が『ナガいモノ』を『口に含んで』その直後に『ペッと舌を出す』行動なんて、何処のAVだと思ってしまう程の衝撃である。
もっとも、AVなど見た事もなければ興味もない知玲にしてみれば、妃沙のその行動は「やたらとエロい」程度でしかなかったけれど、周囲の圧がヤバいのは肌で感じたのである。
「あー美味しいなァ!? 妃沙、これは僕が片付けるね!?」
そう言いながら妃沙から奪ったその問題のあるお菓子を、あっと言う間に食い尽くした。
自分が甘い物好きな性質で良かったと、心の底から『女神様』に感謝を捧げる知玲である。
「あら、知玲様がそんなにお好きならもう一本……」
呟きながら屋台にフラフラと立ち寄ろうとする妃沙。
「止めて。絶対に止めてね、妃沙!? ほらほら、そろそろ次に行かないとスケジュールに差し障るよ!」
そう言って次のアトラクションに誘導しようと試みる知玲。
幸運なことに、次に行こうと予定しているアトラクションは舞台を使用したショーで、公演時間は間近に迫っていた。
「知玲様!? これは全力ダッシュが必要ですわよ!」
どうやら妃沙の興味をそちらに向ける事には成功したようだ。
「そ。だから走るよ、僕が、ね」
妃沙を抱きかかえ、園内を暴走する知玲の姿は後に、都市伝説の一部として園内に語り継がれることになったのである。
もっとも、当の本人は煩悩を打ち消す為にした行動に過ぎなく……その時の少年の心情については触れないであげて頂きたい。
───◇──◆──◆──◇───
知玲の活躍もあり、予定していた公演には間に合い、なんとか席を確保する事に成功した二人。
二百人程度が入れると思われるホールは既に満席で、二人は一番後ろの隅の方の席で肩を寄せ合って座っていた。
やや狭い構造なので、隣に座る相手の温もりが伝わる程に近い。
「主要キャラクターの誕生から今までの軌跡をミュージカルで公演するのでしたっけ?」
「そ。三十分くらいに纏められているらしいけど、歌やダンスがこのパーク内でも一番評価が高いんだ。クライマックスは魔法を使った派手な演出がされるそうだよ」
ほぇぇ、と口を開けて、妃沙が関心したように声を漏らす。
「正直、魔法が使えると言っても一般生活には全くと言って良い程便利な事などありませんものね。このような所で役立たせているのですわねぇ」
そんな感想を漏らした所で、室内がパッと暗くなる。いよいよ始まるようだ。
妃沙も知玲も、期待に満ちた表情で舞台に注目している。
「ボクが生まれたその日は、雨が降っていた」
キャラクターっぽい声のナレーションが告げる。
パッ、と舞台の中央にだけスポットライトが当たり、このパークの主要キャラクターであるケニー・ザ・キャットという名の猫を模したキャラクターのミニマム版が白い布に包まれて雨に打たれ、泣いていた。
生まれた、と言っていたその言葉と光景に乖離を感じ、妃沙はコテン、と首を傾げた。
いつも明るく笑っているケニー・ザ・キャットだけれど、何やらその生い立ちには幸せなだけではない事情があるらしいと、より一層舞台に興味を抱く。
すると、舞台ではそのケニーに近付いた大きなライオンを模したキャラクター、ケニーの親という設定のヒューグがその側に立ち、そっとケニーを抱き上げた。
無口なくせにたまに喋ればどこまでも口が悪く、けれども『息子』に深い愛情を注いでいるのが丸解りのこのヒューグが、実は妃沙はこのパークのキャラクターの中で一番好きだった。
泣き続けるケニーを観客からも良く見えるように掲げ、ヒューグが突然歌い出す。何の脈絡もないが、さすがミュージカルである。
「息子と呼ぼう、お前を! 今からお前は俺の息子! 雨の中で出会ったこの奇跡、俺は生涯忘れない~!」
さすがに夢と希望を与えるテーマパークなので、ケニーが捨て猫であったという事実は表立っては語られないけれど、その生い立ちは中々にハードなようである。
そして、ヒューグという親に出会えた事に、観客がほっと胸を撫で下ろす音すら聞こえそうだ。
「……良かったですわね、ケニー……」
開始三分で心を奪われてしまった妃沙が、思わず隣に座っていた知玲の手をキュッと握り、呟く。
「……ヒューグは良い奴だしね。これからきっと幸せになるね」
握られたその手を、知玲がキュッと握り返す。
優しい妃沙のことだから、ケニーの壮絶な生い立ちに心を寄せてしまうのは当然のことだ。
……まぁ相手はキャラクターであり、これは創作なのだが、どんなことにも……それこそ観劇にも全力な妃沙には関係ないらしい。
そして、そんな彼らをよそに、舞台上では物語が進行して行く。
友達と出会い、後に恋人となるシリル・ザ・キャットと出会い、成長して行くケニー。
それを見守る妃沙は先程からずっと知玲の手を握りっ放しであり、物語が動く度にギュッと力が籠り、時にそれは痛いくらいであったのだけれど、知玲は幸せな気持ちで享受していた。
決して彼がザッヘル=マゾッホの小説を愛好している訳ではない、という事だけは彼の名誉の為に記載しておく。
そして、舞台上ではケニーの最大のライバル、犬を模したキャラクターのガライと出会い、対決していた。
「ああ~ガライ! キミがボクを認めてくれないのは何故なのか~!」
「ネコに我らが負ける訳には行かぬ~! お前に勝って彼女は私が幸せにするのだ~!」
緊迫感の漂う音楽に乗せて、キャラクター達が歌い、踊る。
知玲の手を握る妃沙の手にも、グッと力が籠った。
「……頑張れ、ケニー!」
妃沙が小さく呟いたのに、知玲も黙って頷いている。
彼もまた、ショーに引きこまれているようである。
舞台上では、ケニーとガライが白熱した闘いを繰り広げている。
だが、ケニーが渾身の力で放ったストレートな拳がガライの顎を打ち抜き……ガライはその場に倒れた。
「……私の負けだ、ケニー!」
「今回はボクの勝ちのようだが……キミという存在がいるからこそボクは輝ける! 友よ……!」
抱き合う二人。そんな光景に、妃沙は少しだけ胡乱気な瞳になる。
「……知玲様、この脚本に充様のお姉様のSHIZUは関わっておりませんわよね……?」
「……ない筈だけどね、どうだろうね……。ボクらも毒されているって事なのかな……」
そこに生まれた筈の友情を通り越して、その背景に生まれ出でたナニかを妄想してしまう癖は、SHIZUに毒されているからに違いがないのだけれど。
夢に満ちたこの場所でその妄想に浸り切るのは流石に何かが違う気がして、妃沙も知玲もそれ以上、他言はしなかった。
ショー事態はストーリーと言い音楽と言い歌と言いダンスと言い、素晴らしい物なのだ、腐った妄想などしなかったと、彼らは自分に言い聞かせる。
「家族、友……そして恋人……! ボクが得る事が出来た幸せを、お客様にもお分け出来ますように……!」
観客席に差し伸べたケニーの手からキラキラとした粒子が観客席に撒かれ、同時に背後から圧倒的な質量の光が観客席に降り注いだ。
「……ライトニングの上位、『SUN』の応用でしょうか……。術者が未熟なのか、かすかに熱も載っていますわね」
「いや……ワザと、だろうね。そして『SUN』だけじゃない、風と水の何かの魔法もミックスして使っているようだ」
『魔法』という力の存在を感知した途端、彼らが解説者めいた会話になってしまうのは許して頂きたい。
この世界で魔力をどのように有効に使うかは、彼ら二人にとっては人生の課題と言っても過言ではない程に重大な問題なのだ。
せっかく存在するのにあまり表舞台でその力を活用している場面にはお目にかかれないので、このような機会に直面すると、つい分析してしまうのだ。
自分達が持つ『魔力』の使い方を知りたい、というのは妃沙も知玲も同じ気持ちであったし、何かにつけて意見を交わし合っているのである。
だがもちろん、舞台上で笑顔を振り撒くキャラクターたちには関係がない。
そして舞台は、ケニーが勝利を称える仲間たち、傍らに恋人となったシリル・ザ・キャットを伴い、歌い、踊っていた。
いつしかヒューグやガライもその輪に加わり、楽しそうにダンスを披露している。いわゆる大団円である。
「ブラボー、ケニーーーー!!!!」
興奮した妃沙が、立ち上がって賛辞の拍手を送っている。
それに感化したかのように観客達のほぼ全員が立ち上がり、盛大な拍手を舞台のキャラクター達に送っていた。
夢を壊さない為に『中の人』という表記は避けるけれども、その日、舞台に立っていた彼らにとって、この日の公演は忘れられない公演となったそうである。
真っ先に立ち上がり、自分達を賛美してくれた眼鏡のその少女の存在は、劇団員の中で『女神』と呼ばれ、その噂は尾鰭を付けながら団員達に広まって行ったのだけれど……
妃沙には関係のない事なので、そういう事があった、という事だけ触れておく。
◆今日の龍之介さん◆
「……ちょっ!? 知玲!? 人を小脇に抱えて走るの止めろッ!」(必死な形相の知玲には聞こえていないようだ)




