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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第二部 【青春の協奏曲(コンチェルト)】
39/129

◆38.俺を目掛けて打ってみろッ!

 

「ザ・ベストオブ1セットマッチ、玖波(くば)・水無瀬 トゥサーブプレイ!」


 審判の声が響き、妃沙の背後でボールを握った(ひじり)がパン、と良い音をさせてサーブを放った。

 ラケットを構えてコートを見据える妃沙の横を超高速で通過し、相手選手の前衛と後衛の間にバン、と落ちる。


15-0(フィティーン・ラブ)!」


 相手方のコートに立つ選手……男子テニス部部長の藤咲(ふじさき) (かい)と、新入生の女子生徒の二人がハッと息を飲むのが解る。

 特に女子生徒の方はあまりのサーブの鋭さに怯んでしまっているようで、キュッと眉を顰めていた。


「ドンマイ、これからこれから。後ろに俺がいるんだ、キミはこの雰囲気を楽しんでな!」


 カラッと笑った藤咲の口元にキラリと白い歯が光る。

 まったく、この世界の美形ってのは総じて白い歯をしてやがる、とワケの解らない方向に悪態を吐く妃沙。

 よし、自分も今日からホワイトニングに力を入れようと、これまたどうでも良い決意を新たにしている。試合中だというのに余裕なことだ。


「水無瀬、気を散らすな! 勝つんだろ!?」


 背後から、聖の叱責が飛んだ。


「集中していますわよ、玖波先輩! 先輩こそ、わたくしを気にしてコントロールを誤らないで下さいましね!」


 首だけ軽く後ろに向けてそんな事を言った妃沙に、聖はニヤリと笑いながら「ホント生意気だよね、君って」と呟き、ボールを構える。

 そして再びパーン! という良い音をさせて放ったその黄色いボールは、再び相手コートの藤咲の足元に打ち込まれ……


(ひじり)! 何度も同じコースが俺に通じると思うなよ!」


 振り抜いたそのラケットの真ん中にボールが吸い込まれて行く。

 だが、思いの外低い軌道で返されたそのボールの動きが、妃沙にはとても良く見えていた。

 左手に握ったラケットをその軌道に合わせ、飛んできたボールの重さに少し驚きながらもなお、負けてたまるかとばかりに前方に押し返してやる。

 短い軌道を描いたそれは、そのまま妃沙と同じく前衛にいた新入生の少女の足元にポン、と落ちて行った。


30-0(サーティー・ラブ)!」


 審判がそう告げた直後、ギャラリーからドッと歓声が上がった。

 なお、妃沙達の試合は一番最後に組まれており、男女合わせて4コートあるコートの中央で、今は一組だけ試合が行われていた。他のペアは全て試合を終え、今は観戦に集中しているようだ。

 そして何故だか同じグラウンドで練習をしていたと思しき他の運動部員も観戦に訪れており、ギャラリーの数は相当な数になっていた。


 だが、試合に集中する妃沙にはそんな事はどうでも良かった。

 彼女の場合、初等部から何故だか注目を集める事が多かったので単純に慣れてしまっただけなのかもしれないが、今、妃沙の耳には聖の指示とボールの弾む音しか聞こえていない程に集中することが出来ている。

 だが、試合慣れしている藤咲や聖、勝つことに異常な情熱を見せる妃沙はともかく、初めてのコートに立ち、こんな衆目の集まる場所で試合をすることになってしまった新入生にはたまったものではない。

 彼女はもはや泣きそうになりながら、その細い肩をブルブルと震わせている。


(──あー、ありゃ緊張しまくってんな。部長さんよ、フォローしてやれよ……)


 そう思った妃沙が後方に構える藤咲に目を向けると、彼は目の前の勝負に夢中な野生の獣のような瞳でこちらを見据えているだけで、ペアの新入生が震えていることには気付いていないようだ。

 脳筋かよ、と、呆れて溜め息を吐く妃沙。

 だが、ペアを組んだ相手がフォローをしないのなら、こちらが何か手を打つしかないだろう。妃沙と聖は『勝つ為に』このコートに立っているけれど、その勝利は相手が不完全な状況で得られても全く嬉しくはないのだ。

 まったく、坊ちゃんのフォローは手が掛るぜ、と一瞬だけ溜息を吐き、だが次の瞬間には凛とした声で相手コートの女生徒に声を掛けたのである。


「そこの女子! 周囲は貴女が負けるのを見に来ているのではありませんわ、どちらがどう勝つのか、それを楽しみに来ているのです」


 何やら相手コートに語りかけ出した妃沙の声を聞き、聖が打とうとしたボールを下げる。

 彼も相手の女子の様子は気になっていたので、妃沙が状況を打破しようとしているのを察し、暗黙の了解で試合の流れを少し止める事にした様子である。

 一年間、テニス部に所属していた聖は、今年から部長になった藤咲が脳筋であり、こんな時に細やかな心配りなど出来ない人物である事を良く知っていたのだ。

 彼とて、どうせ勝つなら万全な状態の相手と全力でぶつかり合いたかったのである。


「しっかりなさいまし! 何もせずに負ける事ほど口惜しい事はありませんわ! 貴女は初日からその口惜しさを味わいたいと仰るんですの!?

 わたくしだって、先程ラケットの握り方を教わった初心者ですわ。ですから貴女も藤咲先輩も、わたくしを狙えば良いのですわ!」


 何を言い出すんだ、という聖のツッコミはこの際聞かなかったことにする。

 それよりも今、妃沙がやるべきことは相手の女子選手の力を引き出してやることなのだ。

 本来であればそれは、部長でありペアでもある藤咲の仕事なのだけれど、彼は今『狙いは妃沙』というキーワードにのみ囚われ、瞳をギラギラさせている。誠に残念な部長である。


 だが、支援の声は以外な方向から飛んで来た。


「そうだよ、友芽(ゆめ)ちゃん! 相手の穴は妃沙ちゃんで間違いない! 阿呆なパートナーなんかアテにしないで自らの力で打ち勝つんだよ、それがテニスでしょう!?」


 良く通る声が響き、それを聞いた女生徒がブルッと身体を震わせた。

 声のした方向を見ると、声の主は女子テニス部部長・紫之宮(しのみや) (りん)であるようだ。

 彼女なりに、いたいけな新入生をこんな注目の試合に送り込む事になってしまった事に責任を感じているのだろう。

 そして、その効果は覿面で、女子生徒の瞳にキラリ、と光が灯るのを妃沙は確かに見て取った。


「もう大丈夫ですわ、玖波(くば)先輩、ゴー!」

「僕に指示するなんて百年早いよ、水無瀬。けどこれで良い試合になりそうだ!」


 そして再び、聖がボールを構え、サーブを放つ。

 ギャラリーから溜息が出る程に白熱した一戦は、今こうして始まったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「ゲーム 藤咲・宝生(ほうしょう)、ゲームカウント・シックスオール! タイブレーク! 藤咲・宝生、トゥ・サーブ」



 ゲーム開始当初、妃沙と聖のペアが圧倒的と思われた試合だが、思いの外良い動きを見せた宝生 友芽(ゆめ)というらしい女子生徒の活躍でタイブレークにまでもつれ込んでいた。

 男子テニス部の部長を務める藤咲もそれはそれは大活躍だったのだけれど……ペアを顧みない、相手に対してえげつない攻撃を見せる彼に、妃沙達のみならず周囲もドン引きであった。

 だがそんな状況にも負けず、藤咲の意図をいち早く感じ取り動いた新入生・宝生は立派なものである。

 しかし、やはりそこは妃沙と聖という、バケモノめいた相手二人を相手にするには少し、力不足であった。



「ゲームセット! アンドマッチウォン バイ、玖波・水無瀬! スコア イズ……」



 審判が、妃沙と聖のペアの勝利を告げる。周囲からは、見応えのある試合を披露した選手達に称賛の拍手が鳴りやまない。


「玖波先輩、有り難うございました。楽しかったですわ! けれど、わたくし、やはりダブルスには向きませんわね。度々先輩の足を引っ張ってしまい、申し訳ございませんでした」

「いや、僕も楽しかったよ。初めて藤咲先輩に勝てて感無量だけどさ……やっぱり僕も、ダブルスには向かないみたい。水無瀬、君もシングルに注力した方が良いと思うよ」


 ガシッ、と握手を交わす妃沙と聖。一方、相手方のコートでは「ドンマイ!」という藤咲の声と「もう二度と部長とはペアを組みたくないです」という声が聞こえている。

 そこに「そうだよねー! まったく(かい)はさ、相手選手だけじゃなく自分のペアすら顧みない脳筋なんだから! しっかりしてよ、部長(ブッチョ)サン!」と、妃沙や試合中に見せた声色とは違ったまた違った楽しそうな口調で藤咲の頭をバシバシと叩いている、女子テニス部部長・紫之宮 凛。

 自分に向けられた恋情には疎くとも、他人の観察には長けている妃沙である、その声色の違いから凛の気持ちを……何となく察してしまって。

 そして今、ペアを組んで勝利を収めた聖に対して掛ける言葉が見つからず、黙り込んでしまう。



「……活躍しても無理かー」



 自嘲気味に呟く聖。その表情には何処か諦めの色が浮かんでいる。

 だが、『水無瀬 妃沙』という人間は、やたらとアツい心を持っていてそれを言葉にする事を厭わない、やや中二病を患った人物である。

 彼女は今、一時でもペアを組み、勝利を収め、歓喜に打ち震えても良い時間だと言うのに何処か寂しそうな聖をなんとか元気にしてやりたいと思っていた。

 だが、気持ちはあっても上手い言葉が見つからない。こと人付き合いに関してはこの世界に転生してから本格的に学び始めたと言っても過言ではないのだ、そう簡単に慰める事など出来はしない。

 そして、年頃にある女子としては、美形の先輩に対して抱く感情が『憧れ』ではなく『友達』めいたである事は誠に残念、と言わざるを得ない。

 けれども、先輩とはいえ、実年齢で言えば妃沙にとって彼もまた弟分なのだから当然といえば当然かもしれない。

 しかも、妃沙が聖に恋心を抱いたところで、聖の心は別人にあり、その恋は悲しい結末にしかならないので、彼女の鈍さはこの際幸運であったかもしれなかった。


「紫之宮先輩、本当に素敵な方ですわね」


 結局、言うべき言葉が見つからず、笑顔でそう告げた妃沙に、聖はそうなんだよなー、と、何処か嬉しそうに微笑んで呟いた。

 瞳は相変わらず寂しげに……それでもとても優しく、楽しそうに談笑している凛と藤咲に向けられている。


「凛先輩って、すごく責任感の強い人なんだ。

 強豪と言われているこの学園のテニス部を心から大切にしていてさ。去年、僕が入部した時から、女子だけじゃなく男子部員の面倒も纏めて見ちゃうような姉御肌でね。

 テニスの腕前は、藤咲先輩と違って『天才』と言われる程ではないけど……それだって、すごく、すごく努力をしてる。

 朝練だって、誰よりも早く来て、道具の手入れをして、皆が来る前にウォーミングアップして……。

 でも、そんな所は部員に見せまいとしている、本当に尊敬出来る人だよ。自分で言うのもアレだけど、性格に少々難アリな僕のことだって、ちゃんと皆に溶け込めるようにフォローしてくれるしさ」


 話を聞きながら、何となく凛は夕季に似てる所があるかもしれないな、と思う。

 だから、そんな彼女の事を大切に思う聖の気持ちは、少しだけ理解出来るような気がするのだ。

 龍之介にとって、夕季は大切な幼馴染で、唯一と言っても良い程に素の自分を良く知ってくれている人だけれど、別に夕季が幼馴染じゃなくたって、志を強く持って努力を続ける相手を応援したいと思うのは人として当たり前の事だろうな、と思うから。

 今世では、妃沙の周囲にはそんな人物がたくさんいて……葵も、充も大輔も、自分の掲げる目標の為に一生懸命でキラキラしている。

 けれどやっぱり、知玲の努力は、一番側で見ていることもあって、群を抜いているよな、なんて改めて実感する妃沙だ。


「藤咲先輩は本当に直情型で、良い意味でも悪い意味でも真っ直ぐだからね、時々暴走しそうになっちゃうんだけど、そんなところも凛先輩がしっかりフォローしていてさ。

 だから男子テニス部の部員達も、藤咲先輩より凛先輩の方が部長らしいよな、なんて言われてるくらいなんだよ」


 物思いに耽りながら黙って話しを聞いていた妃沙だが、突然、聖がハッと息を呑んでバツの悪そうな表情で顔を顰める。


「……今日会ったばかりの君に何言ってるんだろ、僕ってば……。初めて藤咲先輩に勝てて、ちょっとテンション上がっちゃったかな」


 忘れて、とそっぽを向いて呟くその様は、まるで小さな子どものようで、可愛いな、なんて、口にしたら絶対に怒られそうな事を思ってしまう。

 だが仄かに染まった頬が赤いのは、きっと夕陽のせいだけではないに違いない。


「紫之宮先輩をそんな風に尊敬出来る玖波先輩も、とても素敵な方だと思いますわ。ご一緒できて本当に有意義でしたわ!」


 ニカッと笑って告げたその言葉に、少しだけ意外そうな表情で聖が妃沙を見返す。


「ふーん。君って、他人に興味がない僕ですら知っている程の有名人なんだけど、なんかちょっと意外だな。もっと高飛車で我が儘な女だと思ってた」

「なんですか、それは。漫画の世界ではあるまいし」

「だって君、その口調でしょ? 縦ロールじゃないのが意外なくらいだよ」

「誤ったイメージはお捨て下さいましっ!」


 アハハ、と爽やかに笑う聖の表情に、妃沙は少しだけ安心した。

 どうやら彼が抱えている闇、というか叶わなそうな想いは根が深くて、いつかその心が深く傷つく事もあるかもしれない。

 けれど、人はそうやって成長して行くんだろうな、とも思うのだ。

 いつか自分も、なんて想像は……今はまだ、出来ない。

 彼が抱える『特別な感情』については、まだ深く考えたくないというか……考えたとしても理解出来ないだろうと思っているので、今は目を背けているのである。

 いつまでもそうしていられるとは思っていないし、考えたくないと思っていても、ある日突然生まれてしまうものなんじゃないかと、さすがの妃沙も漠然と理解はしていたのだけれど。


 中学生というこの時期は、確かに『恋愛』に目を向けても可笑しくない年代ではあるし、淡い初恋なんてものが生まれるのもこの年代だったりするのだろうけれど、まだ今は、部活動や学生らしい行事といったごく一般的な学生生活を楽しみたいのだ。

 まだまだ『恋』よりもやりたい事があるだろ、と、その単語を心の奥底にしまって蓋をする事にした。



 けれど、『恋』という単語を思った時にチラリと頭を過ぎった顔があった事に少しだけ驚き……だがそれは、蓋をした心の箱の中に、そっとしまわれてしまったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「見たぞー妃沙、昨日の試合! 妃沙とペア組んでたのって玖波先輩だろ? またまぁ、目立つ存在と関わっちゃって……。ホント、トラブルに自ら飛び込んで行くよな、妃沙って」



 心底楽しい、と言った笑顔でラーメンを啜りながら葵が言った。

 翌日の昼休み。妃沙はいつものメンバーとカフェテラスで昼食を摂っている。

 なお、知玲は今日、剣道部の交流会だとかで、カフェテリアにはいるものの別の場所で食事をしていた。

 なんでも今年の剣道部は近年稀に見る数の新入生を獲得したそうで、新入生を幾つかのグループに分けて昼休みに親交を深めるのだそうだ。

 女子部員が多いのは知玲の影響だろ、まー頑張れ、と、プククとほくそ笑む妃沙である。


「玖波先輩って有名人なんですの?」


 この日の妃沙は親子丼をチョイスしていた。質の良い鶏肉に少し甘めの出汁を染み込み、それらを卵が優しく包み込んで良い感じに仕上がっている。

 そして、妃沙のその問いに答えてくれたのは、対面の席でトンカツ定食を頬張っていた充だ。

 どうでも良い事だが、充は昼食に肉を選ぶ事が多く、尚且つその食べるスピードは尋常でない。ちゃんと噛めよと、密かに心配しているくらいである。


「ボクも見たよー昨日の試合! 凄かったねぇ……! 玖波先輩は一年の頃からレギュラー張ってるすごい選手なんだよ。けど、全部の試合に全力投球ってワケじゃないから、玖波先輩の本気の試合を見られてラッキーだったな。

 それに、藤咲先輩もそうだけど、藤咲先輩とペアを組んでた宝生さんも有望株だって話だよ。そんな二人に即席のペアで打ち勝つなんて、さすが妃沙ちゃん!」


 喋りながらトンカツを咀嚼し、すぐさま消えていく様を、妃沙は何処か手品を見ている気持ちで見守っている。

 何処かにトリックはないかと注目しているのだが、どうやらそんなことはなく、ただ単に充の超絶技巧のなせる技であるようだ。


「玖波先輩っていや、『ナインホールディングス』の全ての問題解決を担う弁護団の代表の息子だよな。俺も昨日の試合は観戦したけど、その地位にあってあの美形、その上あのテニスの技量なら玖波先輩も相当モテるんだろうなー」


 野菜炒め定食を頬張りながらそんな呟きを漏らすのは大輔。

 なお、これもどうでも良い事なのだけれど、肉食の充よりもずっとお肉大好き! という風貌の大輔は野菜をこよなく愛する男であり、この野菜炒め定食が一番のお気に入りのようである。


「ナインホールディングス? アパレルと美容業界に君臨するあのどデカい会社?」

「葵、お前知らねーのかよ、ちょっとは女子として興味を持てよ……」


 ハァ、と溜め息を吐きながら大輔が教えてくれたナインホールディングスとそれに関わる玖波家の関係。

 オトナの世界の事なのでその場にいた人物達が全て理解出来たとは言い難いし、説明する大輔──彼の家が経営するジムなどの企業は協力関係にあるらしい──もまた、完璧に理解している訳ではなさそうだけれど、大輔曰く、特許や版権といった部分を管理し、世界に目を向けてその権利を害しようとする企業や団体に対して注意喚起・警告、時には訴訟を取りまとめているのが玖波家であるらしい。

 それ以外にも普通の弁護士の仕事もしているし、所属しているのは敏腕で有名な弁護士が多い事で有名であるとか。


「でも妃沙、気を付けろよ? そんな凄い先輩と関わっちまって、また目立ってるぞ、お前。

 玖波先輩は『氷の男』なんて言われてるくらい、感情を表に出すことが少ない人らしいけど、隠れファンはそこそこいるって話だぜ。

 お前には知玲先輩もずっと引っ付いてるし、先輩達に憧れる女子も面倒臭そうだけど、それ以上に東條家、玖波家と関わりのある……今や『世界のMINASE』の息女なんだから用心するに越したことはないんだからな」


 啜ったラーメンの汁ともやしの欠片が口元についたまま心配そうにそんな事を言う葵の頬を紙ナプキンで拭き取ってやりながら優しく微笑む妃沙。

 こんな風に心配してくれる親友の姿が本当に愛おしくて、葵と話していると、つい顔が緩んでしまうのである。

 そして、葵の語った『世界のMINASE』とは、優秀すぎる彼女の父親やその部下達が打ち出した医療・建築・流通を網羅した水無瀬家が扱う事業領域であり、その出来栄えや研究結果はもはや歴史を替えると言われている程であるのだが、未だなんの地位も力もない妃沙にはその全てを把握することは難しく、また彼女の両親も今はまだ家のことより自分の生活を楽しむことに注力しろと言ってくれているので、有り難くそうさせてもらっているのだ。


「わたくしは大丈夫ですわ。取るに足らない一学生に過ぎませんし、自分の身は自分で守れますもの」


 ニコリと微笑んでセットの味噌汁を上品な仕草で咀嚼する妃沙。

 だが、その発言に一同は思った。「お前が普通だったらこの世界は異常だ」と。

 そして……一年生たちに紛れて昼食のナポリタンを食べていた人物が今、耐え切れずカフェテリア内に響き渡る声で叫んだのだった。



「お前たちーー!!?? 華道家元の息子にして見目麗しく、クールでハイソな俺を無視するの、やめてくれるーー!!??」



 ああ、そういえばいたっけな、程度の視線を向ける妃沙、葵、充に大輔。そしてまた、たとえそれが真実であったとしても、自分でそれを言っちゃうのがこの先輩の残念な所だよな、と溜め息を漏らしている。

 そして遠くの剣道部の交流会の場から同じような視線を送り、彼ら同様に溜め息を吐いている知玲。どうやら知玲にまでその声は聞こえているようだ。


「あんまり蔑ろにすると俺、泣いちゃうけど!?」

「そうしたら捨て置くだけですわね」


 妃沙のあんまりな言葉に、自称・稀代のナンパ師、真乃(まの) 銀平はワッと机に突っ伏し、本気の涙を流したのであった。

 ドンマイ、銀平。強く生きろ。


◆今日の龍之介さん◆


「金髪縦ロールのテニス選手……? 何処かで聞いたことがあるような……?」(ヒラヒラと蝶が舞っている)



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