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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第二部 【青春の協奏曲(コンチェルト)】
36/129

◆35.笑え、ロメス!

 

「新入生の皆さん、ようこそ鳳上(ほうじょう)学園、中等部へ!」


 マイクを通してそんな声が響き渡った瞬間、左右にセットされていたクラッカーがパンパン、と鳴り響き、新入生の頭上に掲げられたくす玉が割れ、中から「入学おめでとう」と書かれた垂れ幕と一緒に風船や紙テープ、キラキラとした金粉のようなものが降り注ぐ。

 美しいその光景に会場からワァッと歓声が上がった。


 そうして始まったオリエンテーション。

 舞台の上に見知った顔を見つけ、妃沙が「あら、知玲様」と呟いた。

 そう、今、舞台の上では袴を履き、竹刀を構えた知玲が他の剣道部員と一緒に並び立ち、一糸乱れぬ動きで竹刀を振り、足を捌き、見事な演武を披露しているのである。

 会場からは「知玲様ー!」という黄色い声が沸き上がるが、真剣な表情の知玲はそんな声が届いていないかのように竹刀を振り続けていた。

 中等部にはファンクラブこそないのだが、良家の子息にして成績優秀、尚且つ美形という彼はやはり目立っており、憧れる生徒は引きも切らないようである。

 特にここ数年、グンと身長が伸び、中学生には見えない程の落ち着きを見せている彼だ、騒ぐなという方が無理な話だ。


「知玲先輩、相変わらずすげー人気だな」

「そうですわね。あの方は竹刀を握っている時が一番素敵に見えますもの」


 珍しく惚気とも取れる言葉を呟く妃沙を少し意外に思う葵。

 初等部に入学した時からずっと妃沙に偏愛めいた執着をみせる知玲に対し、迷惑そうな素振りを見せるどころか、逆に慈愛に満ちた、けれど恋愛感情のまるで伴わない瞳を向けている妃沙の側にずっといたのだ。

 こと恋愛事情には疎いという自覚のある葵だけれど、さすがに知玲が妃沙に向けている感情の正体には気付いている。だが、当の妃沙にはまるで響いていない様子なので、少しだけ知玲に対して同情めいた感情すら抱くことがあるくらいだ。

 知玲の事は大切に思っている様子ではあるけれど、知玲と妃沙がお互いに抱く感情についてはまるで異なるものだと理解していたので、妃沙の言葉が少しだけ意外だったのである。


「けどまぁ、実際、格好良いもんな、知玲先輩。妃沙、あんな姿を見たらさすがにドキドキしたりするんじゃないの?」


 あんなに想われている相手に恋愛感情を抱かない妃沙を少しだけ不思議に思っていた葵が悪戯っぽい表情でそんな事を尋ねてみる。

 まぁ実際の所は葵にも恋愛感情の何たるかは全く理解出来ていないので、深い意味もなく興味本位で聞いてみただけだ。

 ところが妃沙は、その質問に答えることはなく、知玲のとある動きにカッと目を見開いて見入っている。


「……ハッ!? あの構えは北辰一刀流!? ああ、まるでその太刀捌きは若様のソレですわ……って今度は居合抜きの構えではないですか!? 知玲様ったら、いつの間にあんな技を……」


 興奮した様子で舞台を見つめる妃沙だが、呟くその言葉は残念としか言い様がない。恋愛の『れ』の字すらそこには含まれていないのが丸解りだ。

 しかも若様、だの印籠を持っていない方の剣術、だの、子連れのあの方、だのと、周囲にいる葵や大輔にはまるで理解不能な言葉を呟きながら舞台に見入っていて、声を掛けても無駄な様子である。


「解説の栗花落(つゆり)さん、翻訳を頼む」


 降参、と言った態で両手を上げ、葵が妃沙の反対隣に座っていた充に声を掛けると、充はクイ、と、かけてもいない眼鏡の位置を正す仕草をしながら言った。


「説明しよう! 知玲先輩の動きは、古代から伝わる『東珱七鬼神(とうえいななきしん)』が使用したとされる剣術を用いたもので、今、舞台で披露されている殺陣(たて)はその髄を極め……」

「……充、お前、本当に理解出来てる?」

「……ごめん葵ちゃん、ボクにもさっぱりわかんない」


 だよな、と、葵が苦笑を漏らして、隣の妃沙に視線を向ける。

 その表情は今、何かに夢中になっている幼児のそれのように、口を軽く開け、瞬きすら勿体ないと言わんばかりにもともと大きなその瞳を更に大きく見開いて舞台に見入っていた。

 口を半開きにしているその様は美少女にはあるまじきものだな、と思いつつも、楽しそうな妃沙の様子に思わず微笑んでしまう。

 そして舞台の上にいる彼もまた、妃沙のそんな嗜好を理解しているからこその演出なのだろう、と理解出来てしまうのだ。

 舞台上で繰り広げられている、いつのまにか演武から殺陣(たて)に変わってしまっている演目を見ながら、絶対アレ、剣道部ではやらないヤツだし、あれに憧れて入部して来る奴がいたらどーすんだ、と葵は思う。

 そして今日、妃沙に見て貰う為に、あの超人めいた先輩が周囲を説得し、練習し、今日に臨んでいるんじゃないかとも簡単に察する事が出来た。

 一人でも多くの部員を獲得する為に披露すべきオリエンーションを、自分の婚約者を楽しませる、というただそれだけの為に私物化するとは、東條知玲、侮りがたし、と、妃沙に感化されたのか時代劇めいた考え方をしてしまう自分を面白く思うのであった。



「……ああ!? あの下手(したて)からの斬り上げは『八丁堀』の得意技ですわ!?」



 相変わらず意味の解らない事を呟き続ける妃沙だけれど、妃沙が楽しそうならそれで良いかと、葵たちのみならず妃沙の周囲にいる新入生席の一部が何処かポヤンとした優しい雰囲気に包まれていたのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



 そうして舞台では合唱部と吹奏楽部とチアリーディング部の合作という、生演奏・生歌でのチアリーディングという見事な演目が披露されたり、男子生徒にも人気があるという料理部は「お昼ご飯までの繋ぎにどうぞ」と言いながら部員達で作ったというクッキーを配っていた。

 会場の装飾は美術部や華道部、司会運営は放送部というように、派手な演武や演技を披露することの出来ない文化部はこの会の設営そのものに関わっており、その出来栄えを見れば各文化部も素晴らしい活動をしている事が解るようになっている。


「この学園の部活動は本当に何処も華があって選ぶのが大変そうですわねぇ……」


 配られたクッキーをポリ、と齧りながら妃沙が呟いた。

 だが、彼女の周囲にいる友人達──葵はバスケ部、充は演劇部、大輔は野球部への入部を既に公言しており、入る部活を決めるという意味合いはないので気楽なものである。


「チアとかどーよ? 妃沙、毎年、運動会では大活躍だったじゃん!」

「そうそう、去年やった『新鮮組』だっけ? あれは格好良かったよね! 皆でお揃いの法被を着て木刀を振るやつ。いつものアイドルっぽい演出とは違った感じだったもん」

「ああ、ありゃ格好良かったな。妃沙の発案なんだっけ?」


 妃沙同様、ポリポリとクッキーを齧りながら相槌を打つ葵、充、大輔。

 なお、今はこれから始まる演劇部の準備の為に舞台に幕が下りており、少々の休憩時間を設けられていた。


「……あ、あの応援合戦の事はもう、忘れて頂きたいですわ……」


 引き攣りながら呟いた妃沙の瞳が、何処か遠くを見つめている。

 誤魔化すかのように掻き込んだクッキーが喉につまり「ウッ」となっていると、すかさず茶道部と思しき生徒が「どうぞ」とお茶を差し出してくれた。配慮の行き届いたことである。

 だが、飲み物が欲しかった妃沙は「ありがとうございます」とニッコリと微笑んでそれを受け取った。

 余談だが、妃沙達のクラスにお菓子やお茶を配る役目というのはそれぞれの部活でも熾烈な争奪戦が繰り広げられていたという事は在校生には有名な事実である。

 権利を勝ち取った部員達が少しでも長くその恩恵にあずかろうとするので、妃沙の周囲はやたらと手厚い待遇だったりゆっくりとした給仕を受けているのだが、彼らはそんなことは知る由もない。


 そして、妃沙が気まずそうに語る『あの応援合戦』とは、去年の運動会で披露したそれの事である。

 何故だか毎年応援団に入る事を熱望されてしまい、頼まれれば否とは言えない性分の妃沙だ、毎年のように色々な演目を披露していたのだけれど、去年は少し条件が異なった。

 曰く、最高学年である妃沙にプロデュースをして欲しい、と同じ組の団員達から熱望され、悩んだ挙句、前世で憧れていただんだら羽織をお揃いで着る事を思い付いたのだ。

『誠』とプリントするのはさすがに憚られたので無地で……と思っていたのだが、その提案は思いのほか団員にウケてしまい、背中が寂しいからお揃いの文字を入れようという事になり……


「……ま、あの背中の文字はちと恥ずかしかっただろうけどな。でも、応援自体はすっげー格好良かったぜ」


 ぷくく、と意地悪く笑いながら葵が茶化してくる程には、その記憶は皆の中に色濃く残っているようだ。

 その『愛』という文字に篭められた気恥ずかしさとは裏腹に。


「……もう、葵ったら。そろそろ勘弁して頂きたいですわ……と、ほら、皆さま、演劇部の演目が始まるようですわ!」


 ほらほら、と、彼らの注意を自分から舞台に向けようとする妃沙。

 もちろんそれは一時的な回避策でしかないのだけれど、中二病を患った過去というのは指摘されれば恥ずかしく、出来れば目を背けたいものなのである。

 そして周囲も、妃沙が心底から恥ずかしがっていて、あまり深く追及されるのを嫌がっているのを知っているので、視線を舞台に移した。

 演技派で有名なこの学園の演劇部の本気の演目なのだ、楽しみなのは事実なのだから。



「ロメスは爆笑した! 必ず、かの焼肉定食な王の前で笑わなければならぬと……!!」



 ナレーターの声が響き、舞台上に妃沙にとって『前世の世界』で言うところの中世ローマのような服装の主人公が走り出して来て、何やら腹を抱えて笑っている。


「……ああ、この世界は不幸だ、こんなに笑いに溢れていても不幸なのだ……! 心の底から笑うのではなく、無理矢理に引きずり出される笑い……そこに幸せなどあろうものか!」


 笑いながら涙を流し……けれどその涙は笑い過ぎたことによるものではなく、世を憂いている事が解るモノである。

 ちなみに、この世界には『歩けロメス』という文学作品があり、あらすじは前世でも良く知っている小説と良く似てはいるが、主人公は三千キロをひたすら歩き、王と友の元へと向かうという筋書きなのだ。

 彼を待つ王も友もとても気が長く、主人公を「いってらっしゃーい」と送り出し、長い月日を経て戻って来た主人公を「待ってたよー」と受け入れると言った物語であった。

 だから主人公のロメスに悲壮感などなく、この世界の作品は漫遊記というか、旅行記といった色合いが強かったと記憶している妃沙である。


「笑うロメスとはまた斬新な発想ですわね」


 妃沙のその呟きを、どこか決まりの悪い表情で充が拾う。


「……妃沙ちゃん、これ、姉さんの脚本だから……」


 察して、と口を噤む充。ああ、と周囲の友人たちも一瞬で理解を示した。

 充と交友関係を深めるようになってから、充の会話の節々だとか「お願い!」と手を合わされる理由の影にその姉の姿が時たまチラつくことがあったのだが、その正体が学生時代から評価の高かった作家『SHIZU』である事を知ったのは、実は最近の話だ。

 彼女の小説は妃沙はもちろん、若干脳筋気味の葵や大輔ですら読んだ事がある程、主に中高生に人気を博しているのである。

 だが、彼女の作品には一つ特徴があった。


「……と、いう事はつまり……」

「……推して知るべし……」


 ロメスが救わんとするのは友、ではなく恋人ということかと、周囲がジト目で舞台を見つめている。

 SHIZUの作品は確かに奥深く、時に切なく、かと思えば爆笑もさせてくれ、高尚過ぎず、さほど難しくもなく、けれども格調高いと中学生にも評判なのだ。

 だがその根底に流れるのは『薔薇色の世界』。つまりは女性の登場人物は押し並べて恋愛対象としての息をしていないのである。


 この世界は、何故だか男子の生まれる確率が多く、初等部のクラスではその比率は男子五割五分、女子四割五分と言ったところだっただろうか。

 だが、更に多額の費用がかかる中等部ともなるとその比率は六割四分を更に割ろうかという勢いで男子が多い。

 そんな世界だから『薔薇色の世界』も珍しい事ではないという認識ではあるのだが、もちろんそれは少数派の思考であり、偏見がないというだけで世間の殆どは男は女を、女は男に恋する性癖の持ち主である。


 けれども、女子が少ない世界だから男子は学生時代から優秀な女子を囲い込んでおこうという意識が働き、妃沙や葵のような女子は常に注目されているし、女子生徒達も自分を最も高く買ってくれる相手を見極めようというキツネとタヌキのばかし合いの様相があるのだけれど……妃沙や葵には関係のないことだ。

 妃沙には婚約者として知玲が君臨しているし、葵はまだ恋愛には興味がなく、一番側にいる大輔──彼もまた全国に多数のトレーニングジムを経営する大企業の二男だ──が目を光らせていては手など出ようはずない。

 もっとも、葵はそこらの男子より格好良い存在であるので、いかに大病院の息女といっても恋愛対象として見るには少々難アリの物件ではあったのだけれど。


「まぁなぁ……。友達の為に努力するってより、恋人の元に向かうって方がリアリティはあるよな」


 そんな事を呟く葵に、妃沙は不思議そうな表情で首を傾げて問う。


「そうでしょうか? わたくし的には恋人の替えはあるけれど友達の替えはないと思いますわ。ですから、元の設定の方がリアリティがあると思うのですけれど……」


 周囲でその呟きを聞いた、妃沙の友人たちを含めたクラスメイトの全員がその時、知玲に対して『ドンマイ!』と思ったに違いない。

 知玲の妃沙に対する偏愛っぷりは既に中等部でも有名であり、二人は婚約関係にあって相思相愛だと……知玲がそう、意図的に噂を流していたのだけれど、妃沙の言葉は、それを全否定するかのような破壊力を持っていたのだ。


「……妃沙、その言葉、絶対に知玲先輩には言ってやるなよ? ショックで舌を噛み切っても可笑しくないからな?」


 ポン、と妃沙の肩に手を置き、知玲に対する心遣いを見せる葵。その周囲では充、大輔といった面々のみならずクラスメイト達すらうんうん、と頷いている。

 急に一体化した周囲の反応の理由が解らず、妃沙がコテン、と首を傾げる様に周囲の温度がブワッと上がった。上目使いで首を傾げる美少女の破壊力に対抗出来る中学生など居はしない。


「葵、貴女が囚われているのならば、わたくしはルール違反だろうがなんだろうが、魔法を駆使して貴女の元に駆け付けますわ。濁流は飛び越しますし、山賊は証拠も残さずお還り頂きますわよ。

 もっとも、わたくしがロメスの立場であったならば貴女を身代わりにする事など決してないでしょうから物語が始まりませんけれどね」


 フフ、と微笑んで隣に座った葵の手を取り、その肩にコトリと頭を乗せる妃沙。

 初めてのお泊まり会以来、こうしたスキンシップや口説き文句めいた会話の多い妃沙と葵ではあるけれど、当の本人達が意図してやっていることではないのは少しでも彼女達を知る人間にはすぐに解る事だ。

 妃沙としても、男のまま転生したら葵と付き合いたいか、と言われれば答えは否である。葵に対しては純粋な友情しか感じていないのだ。

 だが、彼女にとっても葵にとっても、お互いは求め続けた『理想の友達』なのだ、同性の友達を作るのが少々下手であると言わざるを得ない彼女達にとっては唯一無二と言っても良い。


「……妃沙、アタシだって……!」

「……葵……!」


 ヒシ、と抱き合う少女二人の姿は確かに友情を描いた一遍としては麗しいものではあるのだけれど。



「妃沙ちゃん、葵ちゃん。君たちが見てないと解った瞬間から舞台の進行が止まってしまっているから、今は舞台に集中してあげてね?」



 有無を言わさぬ笑顔を浮かべ、存外強い力でギュン、ギュンと二人の乙女の視線を舞台に固定させる充。

「悪ィ」「申し訳ございません」と謝罪の言葉は言いながらも、繋いだその手は離す様子がない美少女二人。



(──ハァ。この様子、仕込まれてるカメラにはバッチリ映ってるんだろうな……例えばあの、偶然にしては無理のある、ボクらを斜め45°から観察出来る位置に取り付けられた紙テッシュの花とか?)



 ヘラっと笑い、その花に手を振ってやる充。

 途端のその花がブルリと揺れたのを確認し、姉の目がそこにあるのを確信した彼である。

 彼の七歳上の姉、栗花落(つゆり) (しずく)は有名作家であると共に無類のゴシップ好きであり、特に弟の充の周囲の人物……例えば妃沙や知玲、葵に大輔といった人物たちが『大好物』であった。

 そして、その映像や写真、充から聞き出した会話の内容などは、姉よりもずっとNL属性が強く、少女達をときめかせる小説を世に放つことに今は少しだけ夢中になっている彼の母・栗花落(つゆり) 那奈(なな)の手に『お小遣い』と引き換えに渡る事になっているのを、充は知っている。

 確か、母の次回作は元気な女の子の初恋がテーマだったっけな、と思い出し、なるほど、姉がセットしたと思われる隠しカメラは主に葵を映し出しているように見える。

 その探究心があればこその人気作家なのは間違いがないけれど、少しはTPOにも気を遣って欲しいものだと、充は軽く溜息を吐く。


 そんな彼の思惑に関係なく、クライマックスに向かって盛り上がりを見せる舞台を、紛うことなき期待に満ちた瞳で見入る妃沙と葵の様子に、彼女達の興味を舞台に戻すことに安心した充がフ、と何処か達観した瞳で見つめていた。

 だが、そんな彼女らの様子を、充とは違った意味で注目している人物がいた。


「……葵、まさか妃沙のこと……」

「イヤ、ねーから!!」


 大輔の呟きに、家族にすら見せた事がない素が思わず出そうになってしまった充である。

 ……まったく、自分の周囲の人物は、何処から何処まで鈍いのだろうかと心配になってしまう程だ。

 だがしかし、彼らはこと『恋愛』に対しては無機物並みの鈍さを見せるのだけれど、決して人の心の機微に疎い我が儘で傲慢な人物ではないから困ってしまうな、と思うのだ。

 そして、大輔が『覚醒』するのはごく間近だろうという予感すらあり、このグループにいる事の出来る幸せを噛みしめている。

 姉や母だけではなく、自分や周囲の友人達のことをとても気にかけてくれている『心に決めたあの人』も、年頃の乙女らしく、そういった恋愛話には瞳をキラキラさせて聞いてくれるから。

 今度はどんな話をしようかな、なんて、少しだけ彼女の事を思い出し、充の表情にも幸せそうな微笑が浮かんだ。



「ああロメス、わたしを殴れ! 一瞬でも君を疑うなど……私は自分が恥ずかしい……!」



 舞台では、主人公のロメスが無事に都に辿り着き、彼の親友と対峙している場面が演じられている。

 充の知る限り、ここからはあからさまな『薔薇臭』が流れる筈で……



「何を言う、わたしこそ君を一瞬でも疑った! 君が自分を恥じるのならば、わたしもそうだ、セディスよ……!」



 おや、と、充が思う間もなく、物語は非常に原作に忠実な友情物語として進行して行く。

 どうやら「新入生」の彼らに対し、姉なりに配慮したらしいと充は安心した。薔薇色の世界など「入学おめでとう」という催しには似つかわしくないと、さすがに姉も学習したのだなと、充が胸を撫で下ろしたその時。



「ロメス……! 私を助ける為に努力し続けてくれたキミに心を砕くなという方が無理な話だ……!」

「嗚呼セディス……! 俺がこの使命を全うする事が出来たのは君という支えがあってこそなのだ……!」



 あちゃー、と充が片手で顔を覆った。これが姉の脚本なんだよなーと、彼女の性癖を良く知る充は再びジト目になる。

 確かに直接的には何も言っていないし、二人の熱い友情だと言っても誰も反論はしないだろうけれど……。

 だが、どうだ。その素質のある女子達の瞳には仄暗い炎が灯ってしまっており、そうなればもはや、充にはどうする事も出来ない。

 この沼はとても深い。出来ることならば、そこに足を踏み入れてしまった少女達が、出来るだけ浅い場所に留まってくれることを祈るばかりである。



「やはり友情こそ至高ですわ葵……! わたくし、この演目に非常に感動しましてよ!!」

「そうだな、妃沙! 好き!!」


 再び抱き合う少女二人。

 どうやら純粋(たんじゅん)な彼女らには今の光景は麗しい友情の物語として映ったようである。


「……だから舞台、見てやれよ。可哀想だろ?」


 大輔のそのツッコミは、至極当然であり、バツが悪そうに舞台に視線を戻す鳳上のアリストロメリアと称される少女二人はだが、相変わらず手を繋いだままであった。

 そんな二人の様子を、充はもちろんのこと、ずっと女子の友達が欲しいと願っていた葵がそれを得られたことを喜びながらも、何処か複雑な表情で大輔が見つめている。


 そして、彼らを映し出していた隠しカメラから拾われた映像を見た雫が「百合も捨てがたいわよねぇ……」とホゥ、と溜息を吐いている様を充は自宅で見かけてしまったのだが、深入りすると面倒臭いことになりそうだったので放置することにしたのである。

 しかしその結果、『アリアが聴こえる』というシリーズの女子高を舞台にした姉の新作小説が世に放たれたのだが……そのモデルが誰であるのかは、知る人ぞ知る事実であった。


◆今日の龍之介さん◆


「だから、百合じゃねぇって何度言わせる気だてめェ!!

 ……って、え? 俺がモデルの小説が……?」(悪い気はしないようだ)

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