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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
34/129

【閑話】ワンコと縦ロール

ワンコもツンデレも大好物です(キリッ)

 

美子(ミコ)先輩! 一緒に帰りましょー!!」



 六年生の教室に、ニコニコと心底嬉しそうな微笑みを浮かべた充が訪れている。

 周囲の生徒は、最初こそ驚いたもののもう慣れたのか、ご主人様を出迎えるハチ公を見守るような優しい表情でそんな光景を見つめていた。

 だが、今日も今日とて見事な縦ロールを披露している、元『知玲様ファンクラブ』の会長、詠河(うたがわ) 美子(みこ)はもう取り巻きを連れる事はなく、それでも腕を組む癖だけはなかなか治らないようで、やや高圧的な雰囲気を纏いながら充の前にやって来た。


「……充くん、何度言えば解って貰えるのかしら? 貴方の目的は達した筈でしょう? これ以上私に付き纏うのはやめてくれない?」


 キッと充を睨みつける瞳だけれど、もはやその中に怒りの光は浮かんでいないことを充は知っている。

 ファンクラブの解散。それは、責任感の強い彼女にとっては身を切るような辛い出来事だっただろうけれど、充はそのフォローも忘れてはいないのだ。

 少しずつ、少しずつ彼女の心の中に浸食して行き、知玲より充だと彼女が思えるように誘導した。

 その過程で、充の方が美子に骨抜きになってしまったのは誤算だったけれど……目的を達し、図らずも『好きな人』まで得てしまった現状に、充は満足感しか抱いていないのである。


「今日も綺麗ですね、美子先輩! そんな心にもない事を言って……こんなに教室に人が少なくなるまで、ボクが来るのを待っていてくれたんでしょう?」


 クスリと微笑みながらタタッと美子の側に駆け寄り、その手を握る充。

 そう、今日彼は掃除当番の後、クラスの男子にサッカーに誘われてしまい、今の今まで妃沙や葵と一緒に校庭を駆けずり回っていたのだ。

 今日のチーム分けはまた大興奮で、妃沙、葵、充、大輔の四人に対して同じクラスや他のクラスの有志十一名という、ある意味メチャクチャな対戦だったのだけれど、何とか作戦を立ててイーブンの勝負をしていた所に妃沙の婚約者・東條 知玲がやって来て自分達のチームに加わり、形勢は一気に逆転した。

 足の速い充が先頭を走り、葵がそれをカバーし、敏捷性に長ける妃沙と目の良い大輔がすり抜けるルートを指示してくれる。

 そして最後尾では知玲が常に自分達へ作戦を飛ばしてくれていて、彼らは巧妙なパス回しとプロ選手も顔負けなドリブルを駆使して、自分達の倍以上の数の選手達に対して立派に立ち回り、勝利を収めてみせたのだ。


「ボクの雄姿、見ていてくれたんでしょ? そしてボクが来るのを期待してこんな時間まで残っていてくれた……違いますか?」


 上目使いで彼女を見上げれば、その頬にポッと紅を乗せてなお、プイ、と顔を背ける、最高に可愛い表情と出会う。


「……待ってなんかないわ! 今日の復習をしていただけよ!」


 つれないその言葉を聞き、あ~可愛い、と充は内心で悶えている。

 五つも年上で、有名企業の息女で魔力持ち。ちょっと釣り上がった瞳は意地の悪い印象を与えるし、今時、こんな縦ロールな髪型をして周囲に威圧感を与えようなんて人とはなかなか出会えない。

 最初こそ、妃沙の意趣返しの為に彼女に近づいた充だったけれど、接するうちにその言動は本心とはかけ離れた所にあるのだと知り、照れ隠しのようにツンケンとした言葉を発する彼女にいつしか夢中になってしまったのだ。

 どうやら自分はツンデレ属性だったらしい、と、姉に教え込まれた属性なるものが自分にも備わっていたことに少し驚いている。


「お待たせしてゴメンなさい、美子先輩。でもボクは先輩ともう少し一緒にいたいから、一緒に……帰りましょう?」


 手を取り、ね? と可愛らしく首を傾げてやれば、美子のその頬に乗る朱が濃くなるのが解る。

 サッカーの試合の最中、この教室から自分を見つめる視線をビシビシ感じていたし、素直になりたくてもなれない彼女の性格は知っているし、そんな所も可愛いと思ってしまうのだから仕方がない。

 恋愛とは、惚れた者負けなんだなと改めて充は思うのである。



「……そんなに言うなら、途中までなら……一緒に帰ってあげても良いけど?」



 顔を背け、唇を尖らせ、頬の紅を更に濃くしながら告げる彼女に、充は満面の笑顔を返す。



「はい、美子先輩! 一緒に帰りましょう!」



 そうして彼女の手……抵抗もなく握られ、最近では握り返してくれる事すらあるその、白い手を取る充。

 相変わらず顔は背けているけれど、その手は素直だなと、充は手にキュッと力を込める。

 あ~本当に可愛い可愛いと、内心の悶えを表に出さぬように『演技』をしながら。



 ───◇──◆──◆──◇───



 そうして季節は流れ、立春を越え、後は春を待つばかりとはいえ、寒い日が続くある日。


 この世界にも女子達が想いを寄せる男子の為に甘いお菓子を用意し、想いを伝えるイベントというのがあるようで、学校内は朝からソワソワとした雰囲気に包まれていた。

 もしかしたら漫画の中でしか見る事が出来なかった「下駄箱から大量に召喚されるお菓子」という光景を期待した妃沙が、靴を履き替える知玲の側でワクワクと見守っていたらしいのだが、どうやら事前に周囲に禁止令を出していたらしく、その中には靴が収まっていただけだったのだと朝一番でぶーたれた表情で妃沙が教えてくれた。

 ファンクラブが存続していれば、そのような統制はきっと美子の仕事だったのだろうな、と思いつつも、知玲がそんな細かい所にまで気が回るとは少し意外だな、とも思う。

 妃沙程ではないけれど、かの先輩もまた、この美少女しか目に入っていないようだから、ここぞばかりにぶつけられる好意の証にまでは気付かないだろうと思っていたのだ。


「知玲先輩がお触れを出したの?」

「いいえ。去年までの知玲様の惨状を見かねた銀平様が、知玲様は何も受け取らないし、下駄箱も机の中も禁止、登校時の置き逃げも禁止、と告げたそうですわ」


 シレッと答える妃沙に、ああ、やっぱり知玲はまだ片想いが継続しているんだな、と、少し同情めいた気持すら抱く充。

 自分の婚約者がモテる様に嫉妬をするどころか、楽しそうに観察するなんて知玲もいたたまれないだろうな、と、プクク、と少し意地の悪い笑いを漏らす。

 そして、真乃 銀平……彼が動いたのなら、その効果は覿面なのだろうな、とも思う。

 あの先輩とは、充に妃沙、銀平に知玲という、対象は違うけれども、現実に少しだけ疎い『友達』を抱える同志として心を通わせ、イザ、という時には相談し合う関係になっているのだ。

 そして、『心に決めた人』を持つ同志としても交流を深め、時々、相手に対する恋慕の情を訴え掛ける事の出来る唯一の存在にもなっている。


「まーそうだよね。置き逃げを禁止しないと、朝の通学路がお菓子だらけになっちゃうもんね」

「銀平様はその手腕を買われ、校内美化を担当する委員会や先生から直々に頼まれたそうですわ。なんでも去年までは酷い惨状だったのだとか……」


 ああそう言えば、と、充は姉から聞いた話を思い出す。

 当時一年生で、まだファンクラブといった女子生徒に対して制限を掛ける組織もなく、モテにモテまくっていた知玲。当然、バレンタイン当日は大混乱に陥っていた。

 女子生徒がお菓子を片手に校門から昇降口にまで、長い列を作っていたそうである。

 それでも、姉が言うには、その列に並ぶには『チケット』が必要だったそうで、「雫ちゃんも一口どう?」と話を向けられた時に確認した金額は小学生の払える範疇を遥かに超えていたらしい。

 誰がそのような事を考え、実行し、運営したのかは知らないが、その『チケット』は爆売れし、富を築いた生徒がいるという事実を重く見た学園側が、少女達を統制する組織として『ファンクラブ』の設置と運営を当時から目立っていた美子に打診した、というのが発端だと、充も把握している。

 元々は純粋な知玲のファンだったのだ、彼女もそれを二つ返事で引き受け、誇りを以て管理していたファンクラブだったけれど……


(──ま、一人の男子が好きって理由だけで集まった女の子の繋がりなんて脆いよね。ボクが少し『オハナシ』をしただけで崩れてしまうくらいに、さ)


 知玲がどんなに素敵な言葉を妃沙に囁いているか、多少の脚色を以て吹聴した事で発生した派閥は二つだ。

 一つは、知玲の幸せを喜び、その台詞を想像するだけで滾ることのできる『知玲×妃沙(チアキサ)』派。

 これは主に、少女漫画をこよなく愛し、いつか白馬の王子様が、なんていう可愛らしい願望を抱える女子達がハマってくれた。ファンクラブの多くはこのタイプであったと言っても良い。


 だがもう一つ、自分こそが知玲に相応しく、自分に対して甘い言葉を囁く知玲を妄想している女子、というのが少なからずいて。

 彼女達は本当に強敵であったと、当時を思い出して充が軽く溜め息を吐く。

 そんな彼女達に対し、充は「自分は知玲先輩を影ながらずっと慕っている健気な後輩だ」と言葉や態度で示して行き、彼女達の信頼と妄想を引き出して行った。

 知玲の相手は『女子』である自分だと信じている彼女達ではあったけれど、その対象が充という美少年にすげ変わった事で何やら姉と同じ、ほの暗い炎をその瞳に宿していったのである。

 充としても、知玲の事は先輩として本当に慕っているし、自分の大切な友達の妃沙を守って貰う存在として頼りにもしていたので、『慕っている』のは事実であるのだから被害はない。

 ただ、彼女達が『勝手に』その関係性に色を付けて見ているだけの話だ。


 そして、最後の関門、『ファンクラブ会長・詠河 美子』。

 彼女は本当に強敵だった。だからこそ、本気を出して誑かしにかかり……逆に充が絆されてしまう、という状況に陥っているのだけれど。

 彼女の場合、知玲を応援したい、という純粋な想いでその場に立っている唯一の人で、彼女を落とすには他の対象に目を向けさせるしかなく、最初はやむを得ずそこに自分を置いていたのだけれど……


(──今では、美子先輩が誰かを見つめるなんて、我慢が出来ないと思うくらい、ボクがハマってしまったけどね?)


 今の状況に至るには、それこそ充も全力で演技をしたし、策を弄した。

 けれど、縦ロール先輩は家柄が良いせいで、魑魅魍魎の跋扈する社交界も経験していたし、嘘など簡単に見抜かれてしまい、度々撃沈していたのだ。

 だから充は『演技』を止めて、彼女に真っ向から向かい合った結果……絆されるに、至る。


 最終通告のその場面を思い出し、充がポッと頬を染めていると、机を寄せて一緒に弁当を食べていた妃沙と葵が不思議そうな表情で充を見つめていた。


「充様? 何だか顔が赤いようですけれどお熱でもあるのではないですか? お辛いようでしたら保健室にお連れしますわよ」

「充も相当モテっかんなー! 両親は映画監督と有名女優、ねーちゃんは有名作家! 今まで騒がれなかった方が変だよな!」


 二人共美少女であるのに、この日のイベントには無頓着な様子であり、周囲の男子がガッカリと肩を落としている様子が哀れに見える。

 だがまぁ、充の目から見れば、この二人には定められた運命の相手がいる様子であるから、関係がないのも仕方がないか、とも思う。


「……あのねぇ、妃沙ちゃん、葵ちゃん。何度も言ってると思うけど、ボクには心に決めた人が……」


 そう反論しかけた充に、周囲から「充ーお呼びだぞー」と声がかかる。

 見れば、一度見たら忘れられないだろうその見事な縦ロールを従えて『彼女』が教室の入り口に立っていた。


「……み、ミコロール……! 今日こそ……!」


 呟いて彼女に駆け寄ろうとする妃沙を、光の速さで充が押さえる。


「ごめん、妃沙ちゃん! 今日だけは駄目! ボクに譲って!!」


 充の懇願を、こんな時ばかり察しの良い葵がニヤニヤと笑いながら見ており、「妃沙、人の恋路を邪魔するヤツぁ馬に蹴られて地獄行きって言うぜ? それよりさ……」と、妃沙が食いつきそうな話題を振ってくれ、瞳だけで行け、と充に指示を出してくれる。

 ……まったく、この察しの良さがあれば『彼』も嫉妬したり悩んだりすることなく、もっと平穏な日々を過ごせそうなのに自分には無頓着なんだから、と、充は微笑みながら溜め息を吐いた。

 妃沙にしても葵にしても、自分の事よりも他人を大切にしてしまうから、時にその『大切な人』に誤解されてしまい、苦労する事になっているのにな、と。


 だが今、充にとって大切なのは『友達』よりも、珍しくこの教室までやって来てくれた『彼女』である。


「美子先輩! 来てくれてとっても嬉しいです! ボクにご用なんて珍しいですね!」


 周囲から見れば耳に尻尾といった『萌えアイテム』すら顕現しそうな程に嬉しさを爆発させて充が美子の元に向かうと、彼女は今まで見た中で一番、顔を真っ赤にしてこう言ったのだ。



「……放課後、校庭裏。来なかったらすぐ帰るつもりだけどね!? 待たないけどね!? でも……渡したいものが、あるから……」



 用事はそれだけよ、と、プイ、と顔を背ける彼女を、充は呆然と見送る事しか出来なかった。

 ……今、彼女は何と言った? 放課後、裏庭で待っていると言わなかったか? バレンタインの、この日に……?



「絶対行きます、美子先輩! 最後の授業が終わったらすぐに駆け付けますから……待っていて下さいね!!」



 そんなの聞こえてないわ、といった態で、美子は周囲を付き飛ばしながら、一刻も速く立ち去らなければ死んでしまうといった様子で廊下を駆け抜けて行った。

 そんな様子を見つめながら、充は幸せに満ちた微笑みをその愛らしい顔に乗せ、余りの嬉しさに片手でニヤける口を押さえて隠すのがやっとであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「美子先輩! お待ちしてました!!」



 ……結果、充はその俊足を無駄に発揮し、授業が終わると共に教室を飛び出してここに来ていた。

 呼び出した本人より先に到着するのはどうなのか、と思わないでもなかったが、逸る心を押さえることなど、彼には出来なかったのである。

 そんな充の前には、やや居心地の悪いような居住まいの縦ロール先輩。

 当たり前だ、呼び出した相手に先を越されるなど、心の準備も出来なければどう話を振って良いものか解らないし、相手がこんなに期待に満ちた瞳を自分に向けていては、用事など見透かされているのが丸解りである。


「……速いのね」

「ハイ! 美子先輩を待たせる訳にはいきませんから!!」


 そう、と呟きながら、カサ、と音を立てて持っていた物を背後に隠す美子の様子を、充は実に幸せそうな瞳で見つめている。

 対する美子は、ああ恥ずかしい、こんな筈ではなかったのに、と、内心で悪態をつきながら、周囲に対してバレンタインなど関係ないわ、と余裕をかましていたが為にここに来るのが遅れた事を酷く後悔していた。

 彼女の描いていたシナリオは、校庭裏で待つ彼女の元に充がやって来て、「余ったからあげるわ」とチョコを……余ったにしてはやけに気合いの入った中身と包装のそのチョコを渡す事だったのだ。

 だが今、充は自分より先に約束の場所に来ていて、期待に満ちた瞳で自分を見つめている。


 ……ええい、ままよ、と、美子は手に持ったソレを、ズイ、と充に突き付けた。


「……余ったから差し上げるわ! 貴方には色々言いたい事もあるけれど……感謝も、しているのですから」


 嘘ではない。

『知玲様ファンクラブ』が解散に至った事はとても残念だし、責任も感じているのだけれど、会員の誰もがその解散を納得して受け入れているのだ。

 その言い分は「知玲様が幸せなら私も幸せ」という至極真っ当なモノから「チア×ミツよ!」「ミツ×チアの素晴らしさが解らないの!?」というワケの解らない諍いまで色々あったのだけれど……。

 家柄と、目立つ容姿というだけで、敬愛する知玲の為にと彼女らの統率を任され、少しでも憧れの知玲の役に立てば、という考えだけで『会長』なんていう立場に立った自分には理解がすることが難しい会員達。

 だが、縛るのではなく、自由に行動させ、それでいて世間一般の『自重』を学ばせよ、という学園の指示には納得したし、目の前の彼もそれを更に解り易く説明してくれた。

 それどころか、解散後も彼はこんな可愛くない自分に纏わりついてくれ、トキメく言葉をくれたりする。



「私は、今年で卒業だから……。充くん、貴方には感謝しています。それだけよ!? 感謝の気持ちだけ! 深い意味はないのだから……」



 真っ赤な顔でそう言い放ち、手に持ったやや大きな箱を充の前に突き出す美子。

 その様子を、世界で一番幸せそうな表情で見つめながら……ややあって、箱を大事に受け取ると、充は言った。



「その綺麗な手に傷を作ってしまうくらい……頑張ってくれたんですね、美子先輩。嬉しい……」



 そして彼は、箱どころか、チョコを切り刻む際に作ってしまった切り傷の保護をする為に貼った絆創膏だらけの彼女の手を愛おしそうに撫でる。



「……感動で泣きそうです、美子先輩。今すぐ貴女に……御礼を言いたい所、ではあるんですけど」



 そう言って美子の手を取り、グッと引き寄せると、その涙に濡れた瞳で彼女を見上げながら、充は言った。



「……来月、この学園の卒業式はホワイトデーだから。同じ時間、この場所で貴女を待っています、美子先輩。その時にはちゃんと最高の御礼をしますから!」



 キュッ、と、握られた手に力が籠もる。

 最近では日に日に自分の教室に迎えに来てくれ、一緒に帰ろう、なんて言ってくれる可愛い後輩……そう、彼はただの後輩だ、特別な感情などないのだと否定しようとする美子だが、自分を見上げる、キラキラと光る大きなその桃色の瞳に射すくめられ、ドキ、と心臓が高鳴るのは止める事が出来ない。


「美子先輩、お菓子、本当に有り難うございます! 本当にこんなに嬉しい事なんてないよ……大事に……ちゃんと一人で食べますから!」


 本当に有り難う、と告げながら、輝かんばかりの笑顔を残してその場を去って行く充の姿に、美子は見惚れてしまって何も言う事が出来なかった。

 ただ……彼に握られた手が、やたらと熱い気がして、もう片方の手でそっと撫でる。けれど……撫でたその手も熱く火照っているようで。

 ドキ、ドキ……と、走った後のように高鳴る心臓の音が、煩い、黙りなさい、と思うのに……何故だろう、それは心地良くすら、あって。


「……ただの『感謝』をあんなに喜んでくれるなんて……あの子、本当にワンコっぽいわね」


 可愛い、と、ポツリと呟いてしまった自分の言葉に、ハッとなる。

 周囲に誰もいなかった事を確認すると、フ、と溜め息を吐き……そして未だに激しい動きを止めようとしない心臓に戸惑いながら、いつまでもその少年が去って行った方向を見つめているのだった。


 今の今まで、素の自分に対してこんな風に屈託のない笑顔や好意を剥けてくれる存在などいなかったし……そしてそれは、自分をとても幸せにしてくれるものなのだな、と実感しながら。


「……年も違うし……飽きるまで付き合ってあげないことも……ないわよ」


誰に言うでもなく呟く美子の表情は、とても幸せそうな恋する乙女のそれだったのだけれど……それを知る人物がいないことは、少し残念であるかもしれない。


◆今日の龍之介さん◆


龍「そのチョコ、あの縦ロールの中に仕込まれてたのか?」

充「そんなワケないでしょ!!」

龍「(´・ω・`)」


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