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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
28/129

◆28.雲・童・塊!!

……腕組……

 

 そうして季節は巡り、季節は秋になっていた。


 妃沙はと言えば、もうすっかり再びの初等部生活を満喫しているようである。

 毎日のように葵や大輔、男子達と校庭を走り回り、楽しそうな彼女の周囲には少しずつではあるが女子生徒も集うようになり、今ではすっかり葵と共にクラスの中心人物となっていた。

 前世では出来ずにいた学生生活を精一杯楽しむ妃沙を知玲は優しく見守っている。

 度々やりすぎて擦り傷を作ったり男子との触れ合いに拗ねてしまった彼に怒られたりする事もあったけれど、穏やかで優しい時間が流れていた、ある日のこと。



「はーい、皆さん。今日は来月に開催される運動会の種目決めを行いまーす」



 運動会、という単語に、妃沙、葵、充と言った勝負ごとに熱い人物達の瞳にギラリ、と炎が灯る。

 そして、そんな彼らに感化されてしまったクラスメイト達もまた、


「天使に勝利をぉぉーー!!」

「葵様と共に勝ち取るのよぉぉーー!!」

「みっきゅんの笑顔を我らにィィーー!!」


 ……とまぁ各々にアツくなっており、一人、教壇に取り残された形の担任教師・浅野 匠が皆さん元気で素晴らしいですねぇと、のほほんと笑っていた。

 だが、騒いだままでは決まる物も決まらないので、パンパン、と手を叩くと、教室内は一斉に静まる。

 こういう所は実に素直で可愛らしい小学生なのだ。


「運動会は全体種目と個人競技に分かれていますー。全体種目は玉入れが一年生の種目ですねー。その他に、今から黒板に書く種目の選手を皆で決めて下さーい」


 そう言って、担任教師が黒板にカツカツと文字を書いて行く様を生徒達は真剣な表情で見守っている。

 どの競技に誰を出せば確実なのか、クラスメイトの力量を思い出しながら各自で考えているようだ。


「男女一名ずつの組別対抗リレーの代表は葵と充様で決まりですわね」

「ああ。パワー勝負になりそうな組別綱引きは男子中心だな。人選は隆平と朋規を中心に任せるとするか……って、組分けってどうなるんだ? 他の学年と共闘するなら、アタシ達だけが頑張っても仕方ないんじゃねぇの?」


 ヒソヒソと妃沙と話していた葵だが、シュバッと手を上げて「せんせー、しつもーん!」と声を上げると、担任教師が振り返って「どうぞ、遥さん」と質問を許可する。


「組分けってどうなってんの? 一年から六年までのクラスを縦割にして、同じ組がチームになる感じ?」


 優勝を目指すなら組分けは重要な問題だ。

 この学園は各学年に三クラスずつあり、そのクラス分けは完全にランダムなのでどの学年のどのクラスが同じ組になっても有利・不利は特にない筈なのであるが、今年度は特に、一年の妃沙達のクラスと三年の知玲が在籍するクラスにお祭り好きでスポーツが得意な生徒が集まっている印象があるのだ。

 他のクラスにもそういう生徒はいるのかもしれないが、妃沙と知玲という中心人物を擁したこの二クラスには日頃から学年を越えて交流があり、試合をしたりする事も多かったので、どうせなら実力を知る生徒の多いクラスと同じチームになりたいと思うのは人情であろう。

 だが、妃沙達は一年二組で知玲は三年三組。縦割でチーム分けをするのであれば離れてしまうことになる。


「運動会のチームは、毎年代表者がくじ引きで決める事になってるんですよー。放課後にくじ引きをして貰いますから、この代表者も決めておいて下さいねー」


 その瞬間、クラス中の視線が妃沙に集まる。

 クラスの代表という目立つ立場に立つのなら、彼女のようなスターが一番適任だろうと思ったようだ。


「妃沙、くじ引きは任せたよ。知玲先輩のクラスとの共闘を勝ち取って来てくれ!」

「頑張りますわ、葵!」


 何故自分が暗黙の了解で代表になってしまったのかは良く解っていないが、任せる、と言われれば張り切るのが妃沙という人間だ。

 責任は重大だぜ、ポフポフと頬を軽く叩く可愛らしい仕草に男子達はポヤッと見惚れているけれど、当の妃沙にはそんな様子はまるで見えていないようである。


「それでは、個人種目を決めて行きますよー。出たい種目がある人は立候補して下さいねー」


 ニコニコと告げる担任教師。

 だが生徒達の眼差しは真剣そのもので、その後、誰がどの種目に出るべきかと侃々諤々と意見が交わされ、全ての代表が決まった時には、クラス中が円陣を組んでいた。



「絶対優勝ぉぉぉぉーーーー!!!!」



 良く通る葵の声に、全員の鬨の声が響き渡る。


(──初等部の運動会なんていう些細な行事にこんなに真剣になれるなんて、このクラスの生徒達は本当に素直で可愛いですねぇ)


 円陣の外に取り残された担任教師は、ニコニコしながらその様子を眺めていたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



 放課後。組み分けが行われるという教室に、妃沙は葵と充に付き添われて向かっていた。

 付き添いなど必要ないと言ったのだけれど、葵は真っ先に結果を知りたいからと言い、充は一番弟子としては当然だと言って聞かなかったので教室まで一緒に行こうということになったのである。

 そして、そんなやり取りを行っていた為に少し時間をロスしたようで、教室に着いた時には既に他のクラスの生徒は大方揃っているようだった。


「それでは、行って参りますわ!」

「頑張ってね、妃沙ちゃん!」

「頼んだぞー!」


 付き添いの二人とそんな挨拶を交わし、妃沙がガラッと扉を開けると、途端に室内の視線が自分に集まるのを感じる。

 一瞬驚きはしたものの、教室の中に知った顔を見出し、妃沙が満面の笑みで手を振り、トテトテとその人物に走り寄るのを、周囲の男子生徒は「おっふ……」と呟きを漏らして眺めていた。



「知玲様! 知玲様もチーム分けのくじ引きにいらしてたのですわね!」

「うん。クラスの総意だと押し付けられてしまったよ。まぁ、妃沙もそうじゃないかなぁと思ったしさ。どうせ一緒に帰るんだし、同じ待つならここにいても同じでしょ」

「そうでしたのね。わたくしたちのクラスは、是非とも知玲様のクラスと同じチームになりたいから頼むぞと申しつかっておりますのよ」

「アハハ。僕のクラスも同じ。必ず一年二組を勝ち取って来いってプレッシャーを掛けられているよ」



 当たり前のように隣の席を引き、妃沙を座らせる知玲。妃沙もまた、何の疑問も抱いていない様子で惹かれたその椅子にポスン、と納まった。

 放課後の柔らかい光の中で、穏やかな微笑みを浮かべて談笑する美少女と美少年の姿は一枚の宗教画のようですらあり、周囲の生徒はすっかり見惚れてしまっている。

 二人が婚約者だという事はもはやこの学園で知らない人間はいない程に有名な事実だったので、親しげな様子の二人に疑問を抱く生徒はいないのだけれど、それでも親密な二人を目の当たりにしてしまえば自分の付け入る隙がまるでない事を突き付けられるようで、フゥ、と溜め息を吐く生徒も少なくはなかった。


「出場種目は決めたんでしょう? 妃沙は何に出るの?」

「わたくしは玉入れと借り物競走と応援団ですわ! 何でも、わたくしが応援すると士気が上がるから是非にとクラスメイトの総意で選ばれてしまいましたの!」


 ンフーと、妃沙が得意気に顔を紅潮させて知玲に語っている。

 楽しそうに瞳をキラキラと輝かせて語る様は、見慣れている筈の知玲ですら見惚れてしまいそうな程だ。


「そう。初めての運動会だもんね。楽しい思い出が出来ると良いね、妃沙」


 ポンポンと頭を撫でると、妃沙の顔に笑顔の花が咲く。クシャリと崩れたその笑顔は幸せに溢れており、知玲は心から彼女がこんな風に幸せを満喫出来ている今の環境に感謝を捧げていた。


(──本当に良かったね、龍之介。もう誰にも怖がられる事なんかないんだよ。誰かの為に自分を犠牲にしたり、自ら幸せを手放そうとしたりしなくて良いんだ。

 性別こそ変わってしまったけど、龍之介のこんな笑顔が見られるなら、トンデモ転生も悪くないね)


 優しい笑顔で妃沙を見守るその様子は慈愛に満ちており、知玲のそんな表情を、妃沙もまた優しい気持ちで受け止めていた。


(──夕季。あの事故でトラウマを抱えたまま転生するんじゃなくてさ……こんな風に笑える環境にお前を転生させてくれたこと、あの女神様とやらに感謝しなくちゃな)


 見つめ合い、微笑み合う二人。

 いつの間にか入って来ていた教師ですら、そんな二人に見惚れて声を掛けられずにいるようだ。

 だが、当の本人達はそんな様子に気づかぬまま、楽しそうに談笑を続けていた。


「知玲様は何の種目に出場されますの?」

「僕は全体種目の綱引きと組別対抗リレーと、妃沙と同じ応援団だよ。妃沙、応援団ってね、同じチームになった各学年の生徒が一緒になってパフォーマンスをするんだって」

「そうなんですのね! わたくしのクラスはリレーは葵と充様が代表ですわ! 知玲様と同じチームになれたなら、リレーも有利ですし応援団も楽しそうですわね!」

「うん。せっかくだから、僕も妃沙と一緒に楽しみたいな」


 そうして再び妃沙の頭を優しく撫でる知玲。

 そんな様子を見ていた周囲の生徒は、何故だかこの二人のクラスを引き離してはならないという謎の使命感に駆られてしまい、イカサマが嫌いであろう二人の為に、視線だけで密約が交わされ、くじを引かずして知玲と妃沙のクラスが同じチームになる事は決定事項となったのである。

 教師も共犯であった為、放課後の談合は実しやかに密やかに執り行われたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



 そして、翌日。妃沙は同じく応援団に参加することになった充と共に、めでたく知玲とも同じチームとなった『空組』の応援団の初会合の場へと向かっていた。

 ちなみに、運動会では一年から六年まで、三クラスが『星組』『雪組』『空組』に分かれて優勝を争うシステムとなっており、先日のくじ引きで学年のどのクラスがどのチームに所属するのかが決められた。

 クラスメイトから知玲のクラスとの共闘を勝ち取って来い、との期待を背負っていたので緊張はしたのだが、妃沙も知玲も無事に同じチームの札を手にする事が出来たのである。そこには他の代表者達、果ては教師まで加担した操作があったのだけれど、彼らには知る由もない。

 そして、一クラスから応援団に参加する生徒は男女問わず二名と決められており、妃沙のクラスからは彼女と充が参加することになったのであった。


「充様、応援団は、チームの全員が一丸となってパフォーマンスをするのですって。そして、そのテーマは毎年団員が自由に決めるそうですわ」

「そうなんだー! なんだか楽しそうだね。初めてだから解らないけど、皆が頑張れるようなテーマに決まると良いね」


 手を繋ぎ、ニコニコと微笑み合いながら学園内を移動する妃沙と充。

 すれ違う生徒達はそんな二人をとても優しく見守っており、その様子はまるで初めてお使いをする子どもを見守る人々といった態である。愛くるしい少年少女が手を繋いで歩いている姿は、それを目撃した人物に優しい気持ちを抱かせるのに充分な魅力があった。

 なお、葵が一緒にいる時はそうでもないのだが、彼女が他の用事や勝負に巻き込まれて充と二人でいる時は、まるで守護騎士のように妃沙に寄り添い、移動する際はこうして手を繋ぐ事が多い。

 充曰く『葵ちゃんほど腕に自信がないから、一番側にいて目を光らせていないと!』とのこと。

 最初こそ知玲の嫉妬の対象となり、その洗礼を真っ向から受けた充であったが、妃沙に向ける感情は主君に対するそれであり、恋愛の対象は別にいるのだと知玲に必死に説明し、めでたく守護騎士の座を射止めたという事実は、実は妃沙は知らずにいる。

 もっとも、妃沙にとって充は憧れのスプリンター様であり友達であるので、こんな風に手を繋ぐ事には何の疑問も抱いていない様子であった。


「頑張りましょうね、充様」


 ニコリと微笑む妃沙の純粋な眼差しを真っ向から受け止めた充は、ポッと頬を染める。

 知玲に説明した通り、『心に決めた人』は別にいるのだけれど、妃沙が放つ笑顔の破壊力に動揺しない人間なんて、この学園内にそうはいないだろう。

 何しろ彼女は美少女だ、それこそ黙って立っているだけで注目を集めてしまう程の。

 それ故に人々から憧れや嫉妬、もっと複雑な感情を向けられる事が多いのに、自分に向けられる感情には酷く鈍感なこの『友達』を守らなくちゃ、と充はキュッと握ったその手に力を込めた。


「うん。ボク達の応援がチームの皆の力になれるようにしないとね。ボクらが優勝しないなんて有り得ないもんね!」


 その通りですわ! と再び破顔する妃沙。

 いい加減にして欲しい、とは少し思う。妃沙が笑う度に、周囲の……主に男子生徒は足を止め、その顔を遠慮する様子もなく凝視しているのだ。

 けれども、やっぱり妃沙に一番似合うのは笑顔だと思うし、彼女には何も気にすることなく、幸せそうに笑っていて欲しい、と思うのも本心だ。

 強くならなくちゃな、と実感するのはこんな時だ。

 体力をつける、とか喧嘩が強くなる、という物理的な問題よりも、妃沙をどんな悪意からも護れる精神的な強さを、自分は身に付けなければならないと思う。

 そうでなければ、自分を救ってくれた彼女や、心に決めた『あの人』を護ることなど決して出来ないのだから。


「応援も全力で行こうね、妃沙ちゃん!」

「もちろんですわ、充様!」


 ガシッと両手を握り合い、見つめ合う妃沙と充。



「きっさちゃーーん! 会いたかったよぉぉーーーー!!」



 同じ教室に用があるとみえる第三の人物が大声でそんな事を叫びながら、二人に突撃し、その勢いのまま妃沙にギュウウと抱き付いて来た。

 妃沙の経験上、こんな台詞と行動を自分にぶつけて来る人物はただ一人だ。


「今日も本当に可愛いね、妃沙ちゃん! 何だか甘い匂いもするし、お菓子の国の妖精さんが紛れ込んで来てしまったのかな?」


 そんな甘い言葉を吐きながらギュウギュウと自分を抱きしめる人物の腕の中で、妃沙はハァと溜息を吐いた。


「……銀平様。銀平様も応援団でしたのね。わたくしもお会い出来て嬉しいですけれど、背後の危険物が爆発して周囲に迷惑を掛けてしまいそうなのでそろそろ離して頂けますか?」



 知玲の数少ない友達、真乃(まの) 銀平。

 人懐っこい彼の事は、知玲を通して妃沙も知っている。そして、スキンシップが激しく、女子が言われたらドキッとしてしまうような言葉を平気で垂れ流す人物であるということも。

 今の妃沙も女子ではあるのだが、彼女にとってはトキメキというより『女子はこんな台詞を喜ぶのか』という研究対象であり、クッサい台詞製造機として尊敬すべき先輩の一人であった。

 だが、銀平の甘言は女子に対しては総じて無効であるし、そんな研究をして、妃沙が甘い言葉を吐いたところで銀平とは違った意味での影響を周囲に与えてしまうに違いない。


「……銀平。妃沙に触るな、減る」


 氷のような絶対零度の怒りを爆発させながら、ベリッと妃沙から銀平を引き剥がしたのはもちろん、彼女の婚約者様──知玲である。


「減るかよぉぉーー!! お前、妃沙ちゃんが氷か何かだと思ってるワケ!? 俺のアツい気持ちで溶けちゃうような脆い存在だとでも!?」

「減るし汚れるんだよ。妃沙に近づくな、バイキンが。馬鹿が移ったらどうするんだ」

「ひっど!? お前、親友に対してその物言いはないだろ!?」

「誰が親友だ、病原菌。……あ、充君、こんにちは。今日も妃沙の護衛をありがとね」


 ギャーギャーと騒ぐ銀平、それを冷たくいなす知玲。それは妃沙にとっても見慣れた光景であったし、充も慣れているので「知玲先輩、こんにちはー」と笑顔で挨拶を交わしている。

 けれど、妃沙にとって銀平という存在は、研究対象という側面以上に、自分には出来ない、知玲の素の表情を引き出せる唯一の存在であると認識しているのだ。

 前世でも、知玲は誰にでも優しかったし、友達と呼べる存在はたくさん居たのだけれど……何処か、一線を引いている様子を感じていて。

 それは、自分が引いていた線とは違う。ここから先に入って来るなという規制線ではなかったので、周囲の人間はその線に気付く事すらなく容易に夕季の側に近寄って行けるものなのだけれど、夕季は、龍之介以外の人間には素の自分を見せる事はなかったのだ。

 本当の彼女は感情表現が豊かですぐ手も出る人物だというのに、周囲に対しては穏やかな微笑みを浮かべ、優しく、冷静でクールという評価が殆どであった。

 そんな『演技』は世間を渡り歩くには必要であったのだろうし、それが彼女の強さであり、弱さであって、その弱さを知る唯一の人間が自分であることに優越感以上に心配を感じていたのだ。なんでヤンキーの俺にしか素を見せねぇんだよ、と。

 自分をそこまで信頼してくれているのは嬉しかったけれど、自分に近寄れば近寄るほど、信頼してくれればくれるほど、距離を置かなければならない生活を前世では送っていた妃沙である。他人を遠ざけることの難しさ、切なさ、虚無感は誰よりも知っているのだ。

 だから、知玲にも自分以外に心を許せる相手が出来れば良いなと思っていたところに、銀平に対してはその線が引かれていないと感じ、何故だか自分には良い所ばかりを見せようとしている知玲が唯一、実は腹黒いのだという本性を曝け出せていることが理解出来ているのである。

 それはきっと、心から信頼出来る『友達』と出会えたからなんだろうな、と、知玲と銀平のやりとりを見る度に、妃沙は嬉しくなってしまうのだ。

 自分に友達が出来ることもそれは嬉しいのだけれど、やはり彼女の内面はまだ『龍之介』のそれで、知玲──夕季がこの世界で幸せになる様を見る方が嬉しいのだ。


「銀平様。これからも知玲様を宜しくお願いしますわね」


 慈愛の微笑みを浮かべる妃沙。その姿は整った容姿と相まってまるで聖母のようですらある。

 その彼女の笑顔を真っ向から受け取った銀平が、え、と声を漏らし、慌てた様子で知玲の腕を取り、内緒話が聞こえない距離まで彼を引っ張って行く。


「……オイ、なんだあの天使は!? お前のおかーちゃんか何かか!?」

「黙れピロリ菌。妃沙は僕の一番の理解者なんだよ。婚約者なんだから当然だろ?」

「さっきから俺の価値がダダ下がりだな!? 何なの、お前ら!? 前世から約束された恋人同士とかそんな感じなワケ!?」


 その銀平の問いに、知玲は女子が見れば鼻血を吹いて倒れてしまいそうな、小学生にはあるまじき色気を伴った幸せそうな笑顔を放ち、言った。



「これからそうなる予定だよ」



 幸いにも、その爆弾じみた知玲の笑顔は銀平しか見ておらず、知玲はそのまま少し離れた所で一人は楽しそうに、一人は心配そうに見守っていた後輩の元へ歩み寄って行った。


「妃沙、充君。そろそろ時間だから教室に入ろうか」

「知玲様、何故だか銀平様が固まっているように見えるのですけれど……あれは大丈夫なのですか?」

「気にすることはないよ、妃沙。僕の側にいたいというのなら、あれくらい耐えられなきゃねぇ? 充君、君なら解るよね?」

「ハイ、知玲先輩! ボディーガードたるもの、対象のどんな言葉や表情や態度にも動揺してはいけないと思います!」

「その通り。君は本当に優秀だね。今度、銀平にもその心得を教えてやってくれるかい?」

「ボクに出来る事ならなんでも!!」


 そんな事を言い合いながら、妃沙を片手に抱いた知玲が教室に入り、その後を充が追う。

 そして、知玲の全開の『妃沙大好きオーラ』をまともに食らった銀平は、彼らが教室に入ってからたっぷり三分、その場で立ち尽くしていたのだが……



「……知玲ィィーー!! 頼むからそういうのは鈍感な天使ちゃんだけに発揮してくれェェーー!! 俺には刺激が強すぎるぞ!!」



 涙ながらに教室の扉を開け、ところが既に会議は開始していた為に、無駄に周囲の注目を集める事になってしまった銀平が、会議後に知玲に向かい悪態を吐いたのは余談である。


◆今日の龍之介さん◆


「……お菓子の国の……妖精さん……」(相変わらず腹筋に甚大なダメージ!)

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