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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
27/129

◇27.夜空と星【Side 知玲】

 

「おーい、知玲ィー!! 聞いたぞ聞いたぞ! お前のファンクラブ、解散したんだってな!」


 背後から走り寄って来た男子生徒がその勢いのままにガバッと知玲と肩を組み、楽しげな笑い声を響かせている。

 ここは鳳学園初等部、三年生の教室。

 朝の光を受けた、キラキラと輝く銀髪に水色の瞳を持つ彼の名は真乃(まの) 銀平(ぎんぺい)。知玲の数少ない友人である。

 迷惑そうな知玲とは裏腹に、楽しくて堪らない、と言った表情で銀平は大声でまくし立てていた。


「あの強固な結び付きのファンクラブが解散なんてビックリだな! お前が入学して来てから三年、あの縦ロール先輩が厳粛にどんな女子にもルールを守らせて来てたじゃん!?」


 興味津々といった様子で知玲に問い掛ける銀平に、知玲はハァ、と溜め息を吐いた。

 興味を持った事はとことんまで追及しなければ気が済まない彼の性分は、時に迷惑と感じる事はあったけれど、何処か彼の大切な婚約者・水無瀬 妃沙を思わせる所があり無碍には出来ないのである。

 そしてまた、日頃の努力の賜物で超人めいた能力を発揮し、かつ女子にモテている知玲の友人と言えるのは銀平だけであったので知玲としても有り難い存在なのは間違いがないのだ。

 もっとも、男子の友達の作り方など知玲は知らないし、剣道に学業にと鍛錬に忙しい身だ。そしてその他の余暇は全て妃沙と過ごすことに時間を費やしているので、その他大勢の男子生徒など、妃沙に手を出しさえしなければどうでも良かった。

 そんな彼の態度がまた男子生徒を遠ざけていたのだけれど……妃沙といい知玲といい、こと友達作りに関してはコミュ障なのではないかと疑わざるを得ない。



「ああ。先日、詠河(うたがわ)先輩からそんな報告は受けたよ。理由は言っていなかったけどな」



 先日、知玲ですらその髪型には注目せざるを得ない六年生の縦ロール先輩──詠河 美子(みこ)がやって来て言ったのだ、『ファンクラブを解散する事になりました』と。


「お前、理由知らないの!? ……まぁ、そりゃそうかー。ファンクラブの内部分裂なんて、知玲には関係ない事だしなー」

「内部分裂?」


 不穏な言葉に、知玲が怪訝な表情で銀平を見返すと、知らないのは当人ばかりってか、と、呟いて銀平が教えてくれた。


「なんでもさー、少し前に男子会員が入会して来たんだって。本人の希望でその存在は秘匿されてたから誰だかは知らないけど……。

 んで、ソイツがどうやら内部をグッチャグチャに引っ掻き回したらしいぜ。詠河先輩を籠絡し、女子を腐った道に突き落とし、甘い言葉を囁いて巧みに対立を深めて行ったんだと。

 おかげでファンクラブには幾つかの派閥が出来上がって不穏な雰囲気になるし、最初は諌めようとしてた詠河先輩も最後にはソイツに陥落してどうにもならなかったんだって」


 女の子は可愛いけど、そういうとこはこえーよなーと両腕を抱き抱え、わざとらしくブルリと身を震わせる銀平の言葉に、ああ、そういう事かと知玲は一人、納得した。

 先日、解散の報告を受けた際、彼女は頬を染めて言ったのだ、「これからは他の方の応援をする事になるやもしれません」と。

 もちろん知玲のことは末永く応援していますと言ってはくれたものの、どうやら彼女の心に誰かが棲み付いたのは確かなようで、その表情に悲壮感は全くなかったし、恋する乙女なその表情は、可愛いな、とすら思えるものだった。


「別に良いんじゃない? ファンクラブだなんて申し訳なく思ってたくらいだよ。どんなに好意を寄せて貰っても、僕にはどうする事も出来ないんだから」


 クスリと微笑みすら返してそんな事を言う知玲に、銀平はチッ、と舌打ちをして忌々しげに知玲に睨みつけている。

 だがその表情は多くの男子生徒が見せるものと違い、友愛のこもったものであったので知玲も重く受け止めずにいた。

 自分に対して歯に衣着せぬ物言いで何でも言ってくれるのは彼だけであったし、そしてそれは彼の友情の表れだという事も、今では知玲にも良く解っていたから。


 最初こそ一悶着あったのだ。知玲も銀平も目立つ存在であったし、銀平はまた喧嘩っ早い側面もあったから、学園に入学して間もなく、敵意を剥き出しにした銀平から勝負を持ち掛けられたのである。

 けれど、運動が得意な銀平に対して、知玲はその時は未だ、自分が優れた身体能力を持っている事に自信がなかったので、妃沙のように真っ向から勝負を受ける事が出来なかった。

 だから彼が言い出した勝負に対して『学業も含めた勝負なら受けて立っても良いよ』という条件を出した上で受けたのである。

 本当はそんな勝負は面倒臭かったし、受けるつもりもなかったのだけれど、当時の銀平はどうにもしつこくて、そうでもしないといつまでも付きまとわれ、絡まれそうな雰囲気だったのだ。

 そして、妃沙ほどではないにせよ、とても負けず嫌いな一面もある知玲。受けたからには勝つつもりでいたのである。

 前世の記憶を持つ知玲だ、初等部一年生の学業などまるで問題にならない。だから、学業の勝負には自信あった。

 血気盛んな銀平がそれで良いぜ、と勝負が始まり、テストの点数、短距離走のタイム、給食早食い勝負などの十番勝負がなされたのだけれど、結果は知玲の圧勝であった。唯一、給食の早食いだけは銀平に持って行かれた以外は全て知玲の勝利だったのである。

 この時初めて自分の身体の身体能力の高さを実感したので、結果的には知玲にも有意義な勝負であった。

 そして、全ての勝負が終わった時、銀平はカラッと笑って言ったのだ。


『お前、すげェな! 頭が良くて運動が出来て顔も良いとか、完璧な勝ち組なのに、こんな俺との勝負にも手を抜かないとこ、ヤバい面白い!』


 友達になろうぜ、と差し出された手を握り返して以来、銀平との友情は続いている。

 その単純で正義感に溢れ、真っ直ぐな心根は少しだけ妃沙に似てるな、と思わせる所があり、知玲としても心おきなく言いたい事を言える唯一の相手となっていた。

 その彼が今、噛み付きそうな獣のような表情で自分を見返している。


「……なんだよ、銀。何か問題でも?」


 少し威圧を込めて言葉を発してやると、銀平はチッ、と忌々しげに再び舌打ちをして言った。


「モテる男は余裕だよな! ファンクラブだなんて頼んだって出来るモンじゃねぇんだぞ!? それが解散したってのに何その余裕!? お前には妃沙ちゃんがいればそれで良いワケ!?」

「当たり前だろ。婚約者なんだから」


 間髪を入れずにそう返した知玲に対し、銀平はクッソーと拳を握って何かに耐えているようである。


「……ああ、運命は本当に残酷だ……! あの純真な天使がこんなイヤミな男の婚約者だなんて……!」


 妃沙の何処が純真な天使だ、中身はヤンキーだぞ、と知玲は内心でツッコむも、今の彼女が周囲にそう見えてしまうのは仕方がないか、と嘆息する。

 確かに外見が人目を惹いてしまうのは諦めなければならないけれど……どうやら最近、妃沙の馬鹿げた純粋さはプラスの効果を生んでしまうようで、天使、と称されているのを知玲も知っていた。

 前世でも見た目が怖かっただけで、その心はとても優しくて純粋で曲がった事が大嫌いなだけだった龍之介。

 年を追う毎に世の中の歪曲された事実や理不尽な現実に触れる事が多くなっていったから、それに反抗するうちにヤンキーと評されるようになってしまっていたけれど、彼自身は単に世の不条理に抗っていただけだ。

 時にその手段が過激過ぎ、また、そのおっかない容姿から武勇伝が悪い意味で尾鰭を付けて広まってしまっていただけで、今世(いま)前世(むかし)も、妃沙の心は少しも変わっていない。

 ひたむきに優しくて純粋なその心根を今の姿で発揮してしまったら、天使、と言われても仕方がないよな、と納得してしまうのだ。

 もちろん面白くは思わないけれど、決して元には戻れないし、龍之介のそんな所が一番好きだったのだから、変わってしまうのも絶対に嫌なのだ。もはやそれは諦めるしかない。

 前世なら彼の心根を正しく理解しているのは自分だけだったのに、今世(いま)は本当に大変だなと、もう一度深く溜め息を吐く。


「何を言われたって、妃沙は僕の婚約者だからな。誰も入る余地なんかないぞ」


 ギロリ、と鋭い視線を送ってやるけれど、彼は決して妃沙をそういう対象として見ていない事はないのは知っている。

 彼にもまた、他校に婚約者と定められた相手がいるのだ。

 銀平の実家は旧くから続く華道の家元で、婚約者はその流れを汲む流派の一族の次女だという話だ。

 彼らは知玲と妃沙と違い、幼馴染という関係ではなく、顔合わせの時に一度逢った事があるだけだと言う。

 そのたった一度の邂逅の際、着物を着て現れたその少女は人形のように整った顔をしていて、自分に対してはおろか、周囲に対しても一度も表情を崩す事がなく、幼かりし頃の銀平は反感すら抱いたそうなのだが、顔合わせの最後、美しく咲いた桜の木の元で、ヒラヒラと花びらが散る様に目をやり、フ、と微かに微笑んだのを見た瞬間に完全に心を持って行かれたのだという。

 そんな彼女に対して誠実でいて、再会した時には自分に向かって微笑んで貰えるような男になっていようと努力しているのだと、いつだったか語ってくれた事があったのだけれど。

 ……その方法は少し──いやかなり間違った方向に向かっているのではないかと、知玲は少し心配しているのである。



「神様は不平等だ!! 妃沙ちゃん以外にはまるで興味のないお前がモテモテで、モテまくりたい俺には誰も見向きもしないなんて……!!」



 拳を握り、クゥゥ、と悔しそうに溜め息を漏らして語る銀平。

 彼だって、黙っていれば美少年といって差し支えのない容姿なのだ。知玲の黒髪と対照的なその銀髪を揶揄して、二人でいると『夜空と星』と囁かれている事も知っている。

 だが銀平は、いかんせん性格が残念過ぎた。

 女子と見れば誰彼構わず甘い言葉を吐き、触れようとするその姿にはまるで本気が伴っていないのが丸解りで、周囲から『チャラ男』という評価を受けても仕方がないのである。

 もっとも、隣にいる知玲が『本気でもないのにそんな事を言うんじゃない』と彼を諌め、ごめんね、と爽やかな微笑みを向けるので、銀平のマイナス評価はそのまま知玲のプラスの評価に変わっており、彼の悪評は半分近く知玲のせいであるのだけれど、当の本人達がその事実を知らずにいるのは幸運な事かもしれなかった。


「誠実な人間が好意的に受け入れられるのは当たり前の事だろ。妃沙にしか興味がないからこそ、安心して向けられる好意だってあるだろうし」


 毎度の事であるので相手にするのも馬鹿らしい、と言った様子で知玲が席に座り、荷物を机の中にしまい、ペンケースからシャーペンを取り出してカチカチと音を立てる。

 ああ、昨夜は芯を使い切った所で寝たんだっけ、と呟きながら芯を取り出しシャーペンの中に入れる様子を銀平が眉を顰めて睨みつけているので、何? と問い掛けると、彼はバン、と知玲の机を両手で叩き、これまた毎度の事ながら大声で叫んだ。



「お前は全然解ってないぜ、知玲!! 女子って生物は、男の甘い言葉で花にも蝶にもなれるんだ! そこに女子がいるのに口説かない、それは失礼な事なんだぞ!?」



 元の性別は女子である知玲だ、男の甘い言葉で女が変身する事がないなんて、恐らく銀平より良く知っている。

 富や権力、そして美貌を兼ね備えた大人の男性なら、あるいは言葉一つで女性を昇華させる事も出来るかもしれないけれど、あいにくと自分は前世でも今世でもそんな存在と出会った事はなかった。

 ましてや、自分を輝かせるのは自分の努力のみという、真っ直ぐな気性の知玲だ、他人の言葉に感化されて人が変わる事などないと思っている。


 今日の服装は可愛いね、だの、リボンが良く似合っているよ、といった褒め言葉から始まり、この出会いは運命(デスティニー)だの君と円舞曲(ワルツ)を、だなんていう中二病めいた甘い言葉を振り撒き続ける銀平。

 時にその言葉は面白すぎて笑いを噛み殺すのが大変なほどであるのだが、それは将来、再び婚約者と出会った時に最高の言葉をプレゼントしようといういじらしい努力だと知っているから、友人とはいえ他人である知玲がどうこう言うつもりはない。

 前世で伝えられなかった事を後悔しているこの恋心を、今世では少しだけ積極的に伝えようと思っている知玲だ。素直に言葉を伝える練習だと聞かされては咎める事など出来るはずもない。

 そのあてずっぽうな作戦は如何なものかと思う事は多々あるけれど、今のところ、銀平の言葉を本気に捉えるような単純な女子は現れていないし、自分が側にいる限り出来るだけフォローはしてやろうと知玲は考えている。


「ハイハイ。応援してますよー銀さま。頑張れ、頑張れ」


 予習をしたいから今日はここまで、とヒラヒラと手を振る知玲。

 そんな彼に銀平は相変わらずギャーギャーと何か言い募っているけれど、既に集中している知玲の耳には届いていない。

 初等部の授業とはいえ、この学園のレベルはとても高いものだ、手を抜いていてはとてもではないが良い成績など残せない。

 何でも出来る格好良い自分で居続けること。それが、あの鈍感な幼馴染で婚約者な少女に対して、いつかプラスに働く事があるかもしれない。格好悪いよりは格好良い方が良い印象を与える事が出来るだろうことは、星が夜空でしか輝けないのと同等なくらい当たり前の事なのだから。



「……本当に何にでも全力投球だな、お前は。そんなに妃沙ちゃんが好きかよ?」



 そんな彼の目の前で、銀平が呆れたように微笑みながら片手に顎を乗せている。

 妃沙、という単語に少しだけ反応を見せた知玲が、満面の微笑みを浮かべて言った。



「……ああ。世界で一番大切だよ」



 幸せそうなその笑顔に当てられ、周囲の女子達がヨロリとよろめいている。

 そして、その笑顔を真っ向から受け取った銀平は、「降参!」と両手を掲げ、自分もまた鞄の中からノートを取り出して知玲の前に広げた。


「何でも出来るに越した事はねぇよな。あのさ、ここの問題、答えは解るんだけど理屈って言うか……なんだか理論にモヤっとしてて……」

「ああ、ここは当て嵌める公式の選択を理解していないとそうなるな。そもそも、大前提としてここがこうなる事を理解していないと行き詰るんだよ」

「おぉ、なるほど。ここがこうなるからこっちがこうなるんだな!」

「そうそう。この数値の理由が納得出来ないとモヤッとしちゃうよな」


 そうして、予習と復習を開始する男子二人。その様は勉学に励む小学生の健気な姿で、整った容姿の二人が顔を寄せ合って真剣に勉学に励む様子は見目麗しいものであった。

 そしてそんな二人に感化されるように、周囲の生徒もまた己のノートに目をやり、勉強を開始する。



 知玲と銀平、二人はトラブルメーカーであると共に、クラスのペースメーカーという役割も担っているのであった。


◇今日の銀平さん◇


「あの出会いは運命(デスティニー)輪舞曲(ロンド)踊って運命の女性(アモーレ・ミオ)!」


「…………!!!!」(龍之介の腹筋に甚大なダメージ!」


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