◆24.目指せ、頂点!!
「充様、貴方が先頭を走ってチームのペースを作って下さいまし。貴方が末尾にいるなど、それこそ神様に申し開きが出来ない才能の無駄使いですわ。ペースメイク、そして道筋作り。貴方にしか出来ない仕事です。
最後尾はわたくしが努めますわね。相良様、三刀屋様、先日のレースで、わたくしの方が速い事は証明されましたけれど、容赦は致しませんわ。実力以上の力を発揮して頂きますから、そのつもりで臨んで下さいましね?」
フフ、と挑戦的な瞳で隆平と朋規を見つめて微笑んだ妃沙の表情は悪魔もかくやといった所か。
元々、中にいる人物の性格は酷く好戦的な気性なのである。そしてその心根を知玲によって大事に大事に護られている状況で、妃沙の本性が変わる筈もなかった。
その小学生とは思えない迫力に、葵ですら何も言えない様子である
もっとも、前世での壮絶な記憶を引き継ぎ、人格形成が出来上がっていた彼女に対抗できる小学生など、前世から見れば異世界と言わざるを得ないこの世界を探しても、知玲以外いよう筈もなかったのだけれど。
「荷物持ちなど、弱者のすることですわ。何処の百姓が将軍に自分の荷物を持たせると言うのです?
わたくしの持論を述べさせて頂けるのであれば、例えばわたくしにその役目を背負わそうとするのならば、わたくしより強い、速い、優秀だと実績を以て証明する必要があるのですわ」
ホーホホホ、と、悪役めいた高笑いを見せつける妃沙。
こりゃダメだわ、何を言っても引かねェわコイツ、と、葵が苦笑めいた笑いを浮かべて食べ終えた弁当箱に蓋をする。
一方の隆平と朋規は顔を青ざめさせており、擁護されているはずの充は、のちに彼らから受けることになるだろう暴力への恐怖でガクガクと肩を震わせている。
こうなったら仕方ない、とことん面倒みてやっか、と、葵は充を仲間認定し、彼女が勝手に作っている『チーム妃沙』の一員に充を引き入れる事にした。現在のメンバーは葵と知玲、そして補欠の大輔だけだ。妃沙を護るということ以外、特に活動のないチームだし、一人くらい増えても大丈夫だろ、と楽観的に構えている。
もっとも、葵にとって充はまだまだ補欠で、決して自分とは同列ではなかった。
「その並びには賛成だ。隆平、朋規、付いて来られなかったら妃沙の尻バットが炸裂するから覚悟してな!
こんな事もあろうかと、大輔から金属バットを借りて来たんだよね、アタシ……」
フフ、と意地悪く微笑んだ葵が、何処からともなく金属バットを取り出して妃沙に渡している。
何処から出したんだよソレと、隆平と朋規が驚愕の表情で呟きつつ自分を見ている事すら楽しくて仕方がない。
元々、隆平と朋規が充を良いように使っている事実はなんとなく察しており、面白くねェなと思っていた彼女だ。こんな絶好の機会を無駄にする事などないと言えた。
コイツらがヘタれたら存分に打ち込んでやりな、と妃沙を煽る葵に、妃沙はパチパチと拍手をして喜びを爆発させている。
「ステキ! 素敵ですわ、葵!! 丁度、長物が欲しいと思っていた所なんですのよ! なんでしょう、この阿吽の呼吸にも似た連携は!!」
まさにツウと言えばカア、愛してますわ、葵! と自分に抱き付き歓喜の感情を爆発させる妃沙に対し、そういうのは婚約者にやってやれよ、と思いつつも悪い気はしなかった。
そんなに素直にあの先輩に言葉を発してやる事が出来れば、嫉妬の念で苦労することはないだろうに、と思いつつ、あの完璧な先輩が嫉妬を全面に表わす様は面白いので、たまに遊んでやっても良いよな、と、意地の悪い想いも新たにする葵であった。
だがそんな彼女も少し離れた所でその様子を見ていた大輔の嫉妬めいた視線には気付く事がなかった。
彼女もまた、自分に向けられた感情には酷く鈍感であり、妃沙や知玲と似たり寄ったりという人物なのであった。
「ボクが先頭なんて……皆に迷惑を掛けてしまうから……」
絶句し、相変わらず顔を青褪めさせて呟く充。
その彼の手を両手でギュッと握り、妃沙がウルウルと瞳に涙すら浮かべて無言の訴えを充に送る。
妃沙にとってそれは「てめェにしか出来ない仕事を放棄すんのかよ!?」というガンつけだったのだが、前世とはまるで違った容姿は、全く違った印象を以て充に直撃した。
……想像してみて欲しい、絶世の美少女が自分を認めてくれており、自分の状況に疑問を抱いていた男子が一身にそのキラキラした瞳を受ける様を。
相手は学園のアイドルだ、あの完璧で美形な先輩すら大切にしている存在で、このレースで学年一位を取れたらガキ大将二人からは離別して舎弟になろうと決意している程の相手である。
そんな彼女の懇願を聞き届ける事が出来ない自分など、決して舎弟になどなれない。そんなのミジンコ以下じゃないかと、充は自分の弱い心を恥ずかしく思ってしまった。
そして、一方の隆平と朋規も、何故だか学園のヒエラルキートップである知玲、妃沙、そして葵に大輔という存在が充を異常に認めてしまい、その貧弱な体躯を理由にパシリに使うのは難しいなと感じていたのである。潮時か、と、フ、と大人びた苦笑を見せ、隆平が言った。
「……思いっ切り走れよ、充。妃沙ちゃんがそう言うなら、それは天使の願いだ。叶えられなかったら男が廃るぜ」
その言葉にウンウンと深く頷く朋規。
便利なパシリを手放す事は勿体ないとは思うけれど……別に彼らは根っからのガキ大将と腰巾着という訳ではなく、彼らなりに、友達のいない充に気を遣っての事だったのだ。実際、彼らが自分の側に充を置かなければ、気の弱い彼はどのグループにも属する事が出来ずに孤立していただろう。
確かに、どんな命令をしても手を出しても文句ひとつ言わずに付き従う充に対してやり過ぎた感はある。その事はこれから態度で改めて、機会があれば謝ろうとは思うのだ。
今は少し気恥ずかしくて、表立って口に出す事は出来ないけれど。
荷物など自分で持てば良い。そして、充を越える才能を発揮すれば、せっかく自分の名前を覚えてくれたこの美少女達に自分をアピールする事が出来るかもしれないと、少年らしい希望を抱いたのであった。
「……ただのガキ大将とその腰巾着ではなかったようですわね。貴方達のその心根、しかと受け止めましたわ」
ニコリと微笑んだ様は本物の天使も尻尾を巻いて逃げ出す程に神々しかった。
ポーッとする二人のガキ大将の様子を、葵は面白ろ可笑しく受け止め、満足気に笑っていた。
「よーし、んじゃ充、隆平、アタシ、朋規、妃沙って順番で行こう。隆平、充を鼓舞するのはお前に任せるよ。アタシらより付き合いが長いんだ、適任だろ? アタシは朋規を引っ張る。妃沙、手伝ってくれよな!
いいか充、全力で行け! お前に付いていけないヤツなんかこのチームにはいない。全力で学年一位を奪取するんだ、良いな!?」
……まず、学校の遠足というレクリエーションに対してここまで本気を出す生徒はいないし、順位など大した意味を持たないものではあったのだけれど。
全力を出してトップを取る、ということが彼らにとっては大切な事だったし、一位を取りたいという気持ちも嘘ではない。そして何より、誰かに負けるなど言語道断だと全員の意思が一つに固まった。
「目指せ、トップ!!」
妃沙が差し出したその手に、真っ先に手を重ねたのは葵──男子が直接妃沙の手に触れたという事実を出来るだけあの先輩に報告はしたくなかったのだ、正直、面倒臭いから。
そしてその手に隆平、朋規と手が重なり……最後に戸惑いながらも充の男子にしては華奢なその手が重ねられる。
「「「「「ファイ、オーーーー!!!!」」」」」
威勢の良い小学生達が、検討を誓って声を合わせた。それはそれは爽やかな光景であったけれど、果たしてそれは遠足に臨む学生達の掛け声として正しいものであったかどうかは定かではない。
───◇──◆──◆──◇───
(──最初の関門、筏は全力で走り抜ける! 組み木の山と丸太橋はバランス感覚が必要だけど、このメンバーなら心配する事もないだろう。
ターザンは……振り子の要領なら少し体重のあるリュウとトモが有利かな。ヤツらでスピードを稼いで妃沙ちゃんの分をカバーして……)
戦士の光を宿した先頭に立つ充の瞳は、自分が走り抜けるルートが見えている様子であった。
時は昼食後のレース直前、全学年が同時にスタートする訳にはいかないので、三回に分けてスタートすることに決まった、そのスタート地点。
学年に三クラス、各クラス六班が組まれた状態であったので、スタート地点には今、三十名程の小学生が集結していた。
グルリと周囲を見渡せば、自分たちと同等程度の力量を発揮しそうな生徒は数少ない。そして背後に控えるチームメンバーも闘気を全開にしてスタートの声を待っている。
ましてや彼らはクラスの選抜メンバーで、脚の速さはともかく、こと『闘う』という事に関しては一切の妥協を許さない戦闘集団だ。
隆平、朋規という二人が、決して意地悪な気持ちから自分をコキ使っていたのではなく、気が弱くて何処にも属せない自分を気遣ってくれていたのだという事は理解している。そして、ガキ大将である隆平の配下にいたからこそ、他の生徒達から余計なイジメを受けずにいられた事も。
けれど充は、小学校入学を機にそんな自分から脱却したいと思っていたのだ。
自分の理想とする男像は、ドカンと構えてどんな状況でも笑って受け止めるおおらかな男性であったので、それには到底及ばない事は理解していたのだけれど、今、憧れの美少女と共に闘い、ましてやその美少女が自分を認めてくれ、先頭を任せてもらっている状態に一人の少年が発奮しない筈もなかった。
「……行くよ、みんな」
静かに告げる充。背後のチームメンバーは言葉もなく頷いただけだけれど……その気迫は、確かに彼の背中に伝わって来た。
「ヨーイ、スタート!!」
スタートを告げる、教員の声。
彼ら以外はのほほんとした雰囲気を纏った中で、殺気とも言える雰囲気を纏った一陣の風がその公園内を吹き抜けようとしていた。
「筏はなるべく最速で駆け抜けて! 体重を残したらタイムロスだ!」
カッカッカ、と、後に続く彼らが走る道筋を残すように軽快に池の上の筏を走り抜ける充。
「隆平、お前が一番重い! シクって大きく揺らしたらアタシらにも影響するんだから慎重に行けッ! けどスピードは落とすんじゃねぇぞ! 妃沙、朋規の後は大変だろうけど頼んだぞ!」
充の指示に葵がチョイ足しをして彼らに注意を促す。
もちろんスタートダッシュは大成功しており、彼らと同じレースに入れられてしまった哀れな生徒達とは既に数メートルの距離が開いていた。
「風、右方向! 皆様、多少体重を右に寄せて下さいまし! 筏が左に揺れておりますわ!」
最後尾を走る妃沙の瞳には、走るルートのみならず風の流れすら見えている様子である。
……何処の戦闘民族だと、ツッコまざるを得ない。
「了解! リュウ、トモ、調整はアタシと妃沙がする。お前らは気にせずトップスピードで走り切れ!」
もはや名前すら省略するようになった葵が、妃沙の助言を受けて指示を飛ばし、カカカッと筏を駆け抜ける。
その隆平と朋規もまた、充と葵の後に続いて筏を駆け抜けた。
(──フム。あまり褒められた作戦ではありませんけれど、少し、筏を揺らしておきましょうか)
最後尾の妃沙は、朋規の後でスピード的には少し余裕があったので、次の筏に飛び移るその瞬間、大きくジャンプをして池に浮かぶ筏を揺らすという軽い細工を施して行く。
もっとも、軽量である妃沙がそんな細工をしたところで大した効果は出なかったけれど、初めてのフィールドアスレチックで揺れる筏の上を走り抜けるというのは一般的な小学生には酷くバランス感覚を揺るがすものであったと見え、あたふたとその揺れに苦戦しているようだ。
「妃沙、ナイス!」
振り返った葵がグッ、とサムズアップしてくれたので、妃沙も満足気にグッと親指を立てた。
(──ヤッベ、楽しィィーー!!)
満面の笑顔を浮かべた妃沙の表情は前を走るチームメイトは見る事が叶わなかったけれど、折り返し地点を過ぎ、丸太橋を渡っていた前レースの生徒達は偶然にも目の当たりにしてしまっていた。その結果……
「アーーーーッ!!!!」
脚を踏み外した哀れな男子生徒が脚の間に思いっ切り丸太を挟み込むこととなり、引力は無残にもその股間を直撃したのである。
……誠に同情を禁じ得ない事態であった。
───◇──◆──◆──◇───
「楽しかったですわね、葵。わたくし、大満足ですわ……」
帰りのバスの中、全力を出し切って満足気な妃沙が隣に座った葵の肩にコテンと頭を乗せ、ポヤポヤとした幸せな表情で呟いている。
今回のレースの結果は、後日の学年通信で知らされるという事ではあったけれど、結果がどうであれ、全力を出し切った彼らは至極満足気な表情であった。
バスの中は、存分にフィールドアスレチックを堪能して軽い倦怠感と大いなる満足感に包まれた優しい雰囲気である。小学生達は妃沙と同様にウトウトとしていた。
正直、葵も少し眠かったのだけれど、興奮状態であり、妃沙に頼られている状況でそれを表に出す気もなかった。男前なことである。
「……わたくしねぇ、こんな風に友達と全力を出し切って協力して何かを目指す、という事にずっと憧れていた気がしますの。
わたくしを異常だと思わず受け入れて下さり、好ましく受け止めて共に勝利を目指して下さる葵……貴女は最高ですわ。出会えてわたくし……本当に幸せ……」
フニャリと微笑んだ妃沙の表情には、男子生徒のみならず女子生徒までドキリとしてしまった程だ。
知玲のファンという、決して妃沙に対して好意的な感情を抱いていない生徒達ですらその幸せそうな表情には愛好を崩してしまう。
眠る寸前の子猫のように無垢で、そして隣の少女を信頼し切っている安堵の表情に幸せな気持ちになってしまうのは、未だ人生経験の浅い小学生に抗え、というのは無理な話であるようだ。
当の妃沙は何も考えておらず、ただ眠いだけで色気とも言える魅力を全開にさせてしまっていたのだけれど。
「……妃沙。アタシもアンタと友達になれて、毎日が凄く楽しいよ。
アタシこそ、なかなか真剣勝負をしてくれる相手に恵まれなかったんだ。協力してトップを目指すなんて、夢のまた夢だったよ。
それがさ……同じ女子で、アタシ並みに負けん気が強い友達が出来るなんて、正直、期待してなかったんだ。小学校に入ったからって、勝負の相手は大輔くらいだろうと思ってたよ」
こと運動に関しては、負けたくないと思っている自分。だから努力は欠かさなかったし、これからも妥協するつもりはない。
けれど、いつしかそれは特異性を際立たせてしまっていて、勝負にならないから、と男子からは敬遠され、女子からは憧れという感情を向けられ、勝負からは遠ざかられてしまっていた。
そんな自分が、あの入学式の日、黙っていたら絶対に友達になる事がないだろうお嬢様めいたこの金髪の少女と、友達にならなければならないと強く思ったのだ。
『普通の女子ですわ』と言い切ったあの自己紹介で、ああ、きっとコイツ普通じゃねぇんだろうなと思ったから。
そして、『普通』ではない自分なら、きっとコイツと一緒にいても許されるんじゃないかと思ってしまったから。
「葵、貴女は本当に格好良くて素敵。見た目もそうですけれど……その心根が女のわたくしをも惹き付けて止まないのですわ。……貴女はほんとうに、かっこよくて……だいすきですわ……あおい……」
クゥ、と、妃沙の可憐な唇から吐息が漏れる。
いつもキラキラとした光を放つその大きな碧眼は閉じられ、幸せそうな寝顔がそこにあるだけだ。
けれど葵は、入学当初は手負いの獣のように張りつめていた妃沙が、今ではこんなに丸くなり、絶対の信頼を自分に向けてくれている事に感動すら覚えていた。
「アタシも……大好き。きさ……」
全力を出し切ったレースの後。程良く揺れるバスの中で、小学校一年生に眠るなと言う方が無理な話。
葵もまた、自分の肩にもたれかかった妃沙の頭に自分のそれを乗せ、スゥ、と安らかな寝息を漏らしたのである。
「……なぁ、写メって良いかな?」
「ばっか、そんなの東條先輩にバレたら物理的に消されんぞ」
「……けど、売れんじゃねぇかな、この写真……」
側に座った男子生徒が携帯を片手に葛藤しているのをよそに。
「……美しい光景ね……。まるで歌劇団……!」
「窓から差し掛る夕陽のコントラストが最高だわ!」
「……これをネタに知玲様とお近づきになれるかしら……」
グフフ、と、少女達は携帯でバシバシと写真を取っている。
日本とは違う世界と言えど、良く似た世界ではやはり、女子の方が現実的で遠慮のない一面を見せるようであった。
◆今日の龍之介さん◆
「……百合じゃねぇからな!?」




