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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
2/129

◆2.再会したのは良いけれど。

 

妃沙(きさ)……? 貴女、本当に大丈夫なの……?」


 突然『転生』だの『女神様』などという非現実的な言葉を叫び出した娘を、彼女の両親が心配そうに見つめている。

 控えていた医師でさえ、困惑に満ちた瞳でその様子を眺めていた。

 しかし、当の本人──綾瀬 龍之介、彼が陥った恐慌状態は未だ続いており、次々に不審な言葉をその可憐な唇から漏らしている。


「……何だと言うんですの!? このわたくしが女性に転生だなんて……そんなの有り得ませんわ……」


 勿論その言葉は、龍之介的には『何だっつーんだよ!? この俺が女に転生だなんて……ンなの有り得ねぇだろ……』という呟きであったが、自動変換という実に便利な──龍之介にとっては非常に厄介な能力(スキル)によってそんなお嬢様めいた言葉となって口から漏れる。

 水無瀬(みなせ) 妃沙(きさ)、この世界では未だ三歳の少女が、突然そんな大人びた口調で訳の解らない事を言い出した現実に、周囲も戸惑いを隠せずにいるようだ。


 ……と、そこにコンコン、と扉を叩く音が響いた。


「おじさん、おばさん、妃沙の意識が戻ったって本当ですか……?」


 おずおずと扉を開け、漆黒の髪に紫の瞳という、子どもながらに涼やかな美貌を持つ未だ幼い少年が入って来る。

 顰めた眉の下に憂慮の色を濃くした瞳を瞬かせながら、利発そうなその小さな顔をこちらに向けた、その時。



「……夕季(ゆき)……!」



 龍之介が絶叫した。

 彼には確かに見えたのだ、その少年にダブって、同じように心配そうにこちらを見ている幼馴染の夕季(ゆき)──蘇芳 夕季の姿が。

 最も、それは一瞬の事で、瞬きをした瞬間には夕季の幻影は消えてしまったけれど……その最期の時まで無事を案じていた幼馴染の姿を、彼が見間違う筈もない。

 だが、そんな叫びを聞き、入って来た少年の瞳が驚愕に見開かれ、その紫の大きな瞳がベッドの上にいる彼女──妃沙に固定された。



「……りゅう……の、すけ……?」



 呟くようにその名前を口にし、少年が凄い勢いでベッドに駆け寄って来る。そして──


「……ぐぇっ……!」


 再び押し潰された蛙のような響き放つ可憐な少女に構うことなく、その華奢な身体を少年にはあるまじき力で抱き締めた。


「……何度も申し上げましたでしょう!? 力加減は弁えて下さいましっ!」

「……良かった……! 逢いたかったよ、ずっと……ずっと待ってた……!」


 抱き締められているから見ることは出来なかったけれど……その肩口に落ちる熱い液体が涙であろうという事くらいは、龍之介にだって予想がつく。


(──ああ、そうだよ。周囲にはクールなエリートを気取ってたクセに、俺の前ではホント感情表現豊かなヤツだったよな、コイツ)


 目の前の少年が確かに夕季であると、何故だか彼には本能で理解(わか)った。

 自分を抱き締めたまま震えているその細い肩を──今では彼の方が余程華奢な身体ではあるが──ギュッと抱き締め返す。


「……泣いてはいけませんわ……。わたくしは、大丈夫……」


 傍から見れば可愛らしい少年少女の微笑ましい抱擁の光景だ。

 だが、周囲にとってその会話は意味不明であり、何故彼らが泣いているのかも全く解らない。

 周囲を置いてきぼりにして繰り広げられる感動劇場であったが……ふと、正気に戻った少年がその表情を利発そうな少年の物に戻し、妃沙の両親に向かいニコリと微笑む。


「……ああ、申し訳ありません、おじさん、おばさん。僕も妃沙がとても心配で……目が合った瞬間に、昔可愛がっていたテディベアのぬいぐるみの事を思い出してしまって」

「人をぬいぐるみ扱いしないで下さいましっ!」

「……妃沙、話がややこしくなるから、今は黙ろうか、後でちゃんと説明するから……ちょっと待っていて」


 有無を言わさぬ迫力で、彼の言葉を封じ込める少年。

 そんな様子に圧倒され、龍之介はぐっと言葉を飲んでしまう。


「何だか妃沙も混乱しているみたいですね。多分高熱の影響だと思うんですが……この場は少し僕に任せて頂けませんか? 多分この場は僕が一番適任だと思うんです」


 大人に対してもまた、有無を言わさぬ迫力を発揮する少年。

 そんな様子に、両親も医師も顔を見合わせ、だが結局は「少しだけですよ。何かあったらすぐに呼ぶのですよ」と、部屋を出て行った。


 そんな光景をありがとうございます、と笑顔で見送り、そしてその笑顔をふと消して……少年が少女に向き直る。

 その表情はとても真剣で、悲壮感にすら満ちていて──流石の龍之介も何も言う事が出来ず、ただ黙って握られるその手の感触を享受していた。



「さて……。龍之介、なんだよね? またまぁ、可愛らしい姿になっちゃって……。前世の姿なんか見る影もないじゃん」


 ククク、と意地の悪い笑みで自分を見つめる少年。


「てめェこら夕季、説明しやがれ!」


 ……中の人(龍之介)はそう言ったつもりの言葉。


「貴方ちょっと夕季様、説明して下さいまし!」


 ……外の人(妃沙)はそんな可憐な言葉を放つ。


 そんな様子を眺め……


「……ぶっ……。アハハハハ……! やばっ、龍之介、キミ、面白すぎっ!」


 先ほどまでの利発な少年の仮面をかなぐり捨てた少年が、大爆笑をかましたのだった。



 ───◇──◆──◆──◇───




「僕もさ、あの事故で死んじゃったんだよ。最も、僕の場合は圧死じゃなくて、あの直後に引火した爆発に巻き込まれての爆死だったけどね」


 笑いすら治めたものの、未だ瞳にはその名残の涙を浮かべ、少年が語り出す。

 少女のいるベッドの端に腰かけ、何処か遠くを見るような瞳に……龍之介は何故だか、夕季の面影を認めてしまう。

 姿形も……性別すら違うというのに。

 ああ、これは夕季なんだな、と、改めて彼は実感した。


「……じゃあ何ですの? わたくしが死んだのは無駄だったとでも仰いますの?」


 お前にだけは生きていて欲しかったのに。やっぱり神様なんかいねぇじゃねーか。

 そんな思いは言葉には出来なかった。

 ……自分の非力さを転生してまで実感することになり、彼はとても落ち込んでいたから。


「……いや……。あんな事故に巻き込まれて生き残るなんて無理だよ。君が守ってくれたおかげで圧死を免れた事が奇跡なんだ。

 それに……どうやら僕があの時死んだのも『定められた運命の輪によるもの』らしいよ。白い葉っぱの大樹(たいじゅ)さんが言ってた」

「貴方もあのなんちゃって神様と遭遇なさったんですの!?」

「……やば。自動変換の能力(スキル)、面白すぎるね……!」


 ククク、と、再び腹を抱えて笑い出す少年。

 そんな彼から、少女はぷぅっと頬を膨らませてぷいっと視線を反らす。

 だが少年は、そんな様子すらツボにハマったようで……そのまま暫く、笑いの渦に飲み込まれていた。


「……何なの、その可愛らしさ……! マジやばいんだけど!」

「笑ってないで説明して下さいな! わたくし、未だに状況が全く解っていないのですからっ!」


 全く、こんな不平等があるか! 自分の口調はまるっと変換されると言うのに、夕季のそれは殆ど前世の頃と変わらないじゃないか。

 龍之介はこの時、現代日本における女性の口調の男性化について、深く考えざるを得なかった。


「……ああ、ごめんごめん。けどさ、現代日本にだってそんな口調の女の子なんていなかったから、すっごい……違和感。そして中身は龍之介……」


 神様、やり過ぎじゃない? と、再び少年が笑いの渦に飲み込まれそうになるのを、少女はピン、とデコピンで止める事に成功した。


「……わたくしだって好きでこんな口調な訳じゃないんですのよ!? 良いから説明なさいませっ!」


 ヒーヒーと息を漏らしながらも、ようやく少年が笑いを治めて説明を開始する。

 ──その瞳には再び、笑いすぎたことによる涙が大量に浮かんでいたけれど。


「うん、僕も逢ったよ、白い葉っぱを称えた大樹の姿をした神様に。……申し訳ないけど、その時神様と何を話したのかは、今は秘密。

 とにかく僕は、神様にもう一度チャンスを貰ったんだ。そしてこの姿──東條(とうじょう) 知玲(ちあき)として、この世界に転生した」

「性別が変わってしまったというのに、貴方は随分その姿に馴染んでらっしゃるのね」

「……うん、まぁそうだね。僕が転生したのは五年前──赤ん坊の頃からこの姿だし。今ではこの言葉も、自動変換の能力(スキル)なのか地なのか解らないくらいだよ」


 フフッと少年──知玲、と言うらしい彼が微笑んだ。

 その慈愛に満ちた優しい表情に、龍之介ですら何故だかドキッとしてしまう。

 子どもとは言え整ったその顔立ちで微笑まれてしまえば、心がざわめかない人間などいないと思う。


「もう一度、龍之介に逢える日を僕はずっと待ってたんだ。神様と、それだけは絶対に叶えて貰う約束をしたからね。

 ……まさかこんなに可愛くなって僕の身近に現れるとは思ってなかったけど……」

「夕季様、ちょっと、笑ってばかりでは話が進みませんから先をお願いしますわ」


 再び笑いの渦に身を落とそうとする相手に、龍之介はチョップをお見舞いしてあげた。

 もっとも、非力な少女の手から放たれるそれは、撫でる程度の威力しか持たなかったけれど。


「……ああ、ごめん、龍之介。夕季、という名前は出来れば封印して欲しいかな。二人だけの時は良いんだけど……でもさ、僕たちはもう、夕季と龍之介には戻れない。

 僕はもう知玲、という男の子だし、君だって妃沙、いう女の子……ぷくく……おんなのこ、に転生した訳だし……」

「笑いすぎですわよっ!」

「……ククク……。ごめんってば、殴られても痛くはないけどやめてね? とにかく、いざって時にボロが出ないように、前世の名前は封印した方が楽に生きられるから。

 ……これはね、五年間、この世界で生きた僕からの助言。僕もこれからは君を妃沙、と呼ぶから、僕の事は知玲、と呼んで。

 ……大丈夫。中身が龍之介だってことは、充分に理解したから。悪いようにはしないよ。今度は、僕が妃沙を守る」



 ──元には戻れない。

 それは、心の奥底では理解しているように思う。

 けれど未だ、龍之介は認めたくなかった。

 現代日本に於いて、男女差はほぼ無きに等しいものではあるけれど……彼は『女は男が守るもの』という考えに囚われている、古風な人間であったから。

 そんな自分が非力な女性として転生し……しかも、一番守りたかった相手が男になっており、自分を守るなんていう男前な台詞を、自分に寄越しているなんて。



(──面白くねェ。百歩譲って自分が女になったってことは認めてやっても良いが……俺が夕季に守られる? 冗談じゃねぇっ!)



 嫌だと思う事に対する音速の反応速度は、転生しても尚そのまま活かされているようである。

 彼はこの時、前世で自分が男らしいと思っている表情で夕季を見やり──けれども、実際には金髪碧眼の美少女が、その人形めいた顔に決意を込め、上目遣いで少年を見つめる、という、周囲からみればとても心ときめく状態になってしまっている。

 だが、そんな事は彼には知る由もなったし、とにかく彼は、見た目上はそんな可憐な表情で、言った。



「嫌ですわ! 守られるだけの立場になんて、わたくしはなりませんっ! 女の身体だって、強くなる事は出来る筈ですもの。

 戻れないのであれば、わたくしは自分を磨いて、強くなって……夕季様、貴方を守れる存在に、なってみせますわっ!」



 可憐な少女が、そんな男前な台詞を放つ。

 対する知玲は、一瞬キョトン、と表情を消した後──破顔して再び爆笑の渦に飲み込まれた。


「……アハハハハ……! その真っ直ぐな心意気、まさしく龍之介だよね!

 ……ああ、やっぱり君は本当に龍之介なんだ……逢いたかったよ、本当に。

 例え姿が変わっても……逢えて良かった、龍之介」

「……夕季様……。貴方こそ、全く変わっていないですわ……」


(──ああ、本当に変わってねぇよ、夕季、お前は。こんなとんでもない状況を一人で受け止めて来た強さも……俺の前では泣いたり笑ったりする素直な所もな)


 龍之介の、最期の願い。

 幼馴染の蘇芳 夕季を守り切る事は、出来なかった。

 けれども、彼女はこうして意思を残してそして……自分の前に元気な姿を現してくれた。

 もう、それでだけで充分だと、龍之介は思う。彼が守りたかったのは、夕季の肉体ではなく……あくまでその魂なのだから。

 心を壊されることなく、今、彼女は生きてくれている。それだけで充分だ。例え姿は変わっても、その心根はずっと──彼の大切な幼馴染のままなのだから。


(──良かった、本当に──)


 心から安心した彼の瞳から、一粒の涙が浮かんで落ちる。

 見れば、少年の姿をした夕季の瞳からもまた、涙が浮かんで……そして零れ落ちた。

 そうして二人は、互いの思いを伝え合うかのように、どちらからともなく──お互いを抱き締め合い、その温もりをしっかりと感じ、『生きている』事を確かめ合った。



 こうしてこの時より、綾瀬 龍之介という男子高校生は──水無瀬 妃沙という一人の美少女となり。

 蘇芳 夕季という女子高生は──東條 知玲という美少年として生きる事を誓ったのだ。



 ──龍之介と夕季、という名前は、この時から、互いの心の奥底の一番大切な場所へとそっと仕舞っておくことになったのである。


◆今日の龍之介さん◆


「人をぬいぐるみ扱いすんじゃねぇっ!」


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