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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
19/129

◆19.……嫉妬、だと!?

 

 それからというもの、妃沙(きさ)の周囲は少しだけ騒がしくなった。

 入学式当日にあれだけの大勝負を繰り広げ、なおかつ知玲(ちあき)の婚約者であるという事実も知れ渡ってしまっている。

 何もしなくてもその美貌が故に人目を引いてしまう妃沙なのだ、目立つなという方が無理というものである。


「水無瀬さーん!」

「妃沙ちゃーん!!」


 朝、知玲と共に登校すれば、周囲からそんな声が掛る。主にそれは男子生徒の声が多いようだ。

 だが、当の本人はそんな声を耳にしても何も思う所はないらしい。


「知玲様、もうすぐ学年ごとの遠足ですわねっ! 一年生は近場のフィールドアスレチックなのですって。わたくし、初めてだから楽しみですわー!」

「それも楽しそうだね。僕らは小さな遊園地らしいよ」

「まぁ! それも素敵ですわね! もし良い所でしたら、是非わたくしも連れて行って下さいまし!」

「フフ、そうだね。美陽も連れて家族で行こうね」


 ちあきさまー、きさちゃーん、と、度々掛けられる声をよそに、二人はそんな会話を楽しそうに交わしていた。

 ……妃沙だって、最初の頃は声を掛けられる理由が解らず、頬を染めて会釈くらいはしていたのだ。

 その様子が可憐だと益々ファンを増やす事になってしまい、知玲に注意を受けてからはなるべく気にしないようにしており、そんな生活を一か月も続ければ慣れるというもの。

 一方の知玲も、恒例の落し物拾いゲームは程々にする事にしたようである。大物については片手では拾えないからごめんね、と断るようになっていた。

 もっとも、知玲との唯一の触れ合いの時間である落し物ゲームを女生徒達が簡単に諦める筈もなく、今ではハンカチや、あら靴が脱げてしまって困りましたわと言った態で知玲の前に降臨している。

 彼女達の真意については知玲も深く考えていないため、度々妃沙との会話が止まる事もあるのだが、隣に立つ妃沙は「やれやれ」と困ったように微笑むだけで気にしている様子はなかった。


「おっはよ、妃沙! 今日も大人気だねぇ!」


 のんびりと歩く妃沙と知玲の背後から、葵が元気な声を上げて駆け寄って来た。その隣には「はよー!」と、今日も今日とて絆創膏だらけの大輔の笑顔もある。


「ごきげんよう、葵、大輔様。今日も良い天気ですわね」


 知玲に見せるのとは違う、キラキラとした笑顔を浮かべて妃沙がそう言うと、毎日の事ながらその挨拶がツボにハマるらしく、葵が腹を抱えて笑う。

 曰く、『ごきげんよう』なんて挨拶をする人物には初めて出会ったそうだ。

 だが、妃沙は「おっす葵!」と言っているつもりでも、勝手にそう変換される為、笑われた所でどうしようもない。

 そして葵の爆笑の理由も「似合いすぎ」というものらしいので、これも気にしないことにした。

 どう足掻いた所でこの自動変換はどうすることも出来ないのだ。

 葵が嫌悪感を抱くのなら、また女神様とやらに止めてくれと頼んでみようかと考えていた妃沙だったが、毎朝こうして楽しそうに笑ってくれるのでこれはこれで良いか、と受け入れているのである。


 ……と、まぁ、妃沙も知玲も平和な学園生活を送っているつもりなのだけれど、もちろん、全ての人に良い印象を与える事など出来ない訳で。

 学園のアイドルと言わしめた知玲の婚約者で、その隣を独占している妃沙の存在を面白くないと感じる存在もいたのである。

 そしてそれは、その日のホームルームで爆発したのだった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「ハイ、それでは四名から五名のグループを作って下さいねー。ここで作った班ごとにアスレチックの制覇タイムを競いますから、上位を狙う人はある程度の作戦は必要ですよー」



 妃沙達のクラスの担任・浅野 匠がのほほんとした様子でそんな事を告げると、生徒達は歓声を上げて思い思いに動き出した。


「葵! 聞きまして!? 勝負事ですわよ! このクラスで一番を取らなければなりませんわ!」

「おう、妃沙、その通りだ! どんな勝負だってアタシが負けるなんて有り得ねぇかんな!!」


 当然のようにタッグを組む妃沙と葵。

 だが、一グループは男子・女子関わらず四名から五名で組むようにと言われている。

 残りのメンバーをどうするか、と勝負に賭ける二人の負けず嫌いが獰猛な視線を教室に向けていると、またしても担任教師ののほほんとした声が掛った。


「……とは言っても賞品はありませんから気楽に参加して下さいねー。クラスの親睦を深めるのが目的ですから、勝ち負けは二の次ですよー。

 ちなみに、女子だけのチームはマイナス五秒、男子のみのチームはプラス五秒、混成チームはプラマイゼロでスタートしますからねー」


 勝ち負けは気にするなと言いながら男女差のハンデも決められているあたり、クラスのヒエラルキーを決めるには大切なイベントとなりそうだ。

 もちろん、根っからの負けず嫌いの妃沙と葵に負けるつもりなど毛頭なかったけれど、どうやらメンバー選びも大切な要素となりそうである。

 ハンデを狙って女子のみで結成するか、はたまた自分達の足を引っ張らない優秀な男子生徒を引き入れるか……。

 会話はなくとも、妃沙も葵も頭の中は今やそれで一杯であった。


「優勝ラインのタイムは存じ上げませんけれど、最初からハンデを頂ける女子チームもアリですわね」

「ああ。問題は、アタシ達に着いて来られる女子がいるかどうかだけどな……」


 二人はもはや獲物を狙うハンターの目で教室内をグルリと見回している。

 こと勝負事に限っては、一切の妥協を許さない、それがこの二人なのであった。

 今や教室では、勝負に興味を示さない仲良し女子グループや、元からの知り合いなのだろう男女混成チーム、ヤンチャそうな男子のみのチームが幾つか出来上がっており、早めの判断が求められていた。

 もちろん、クラスはおろか学園内でも目立つ存在の妃沙や葵と同じグループになりたいと思っている生徒は多い。

 だが、妃沙は主に男子に、葵は主に女子に人気であり、その逆の性別の生徒には少々煙たがられている現実があった。

 妃沙も葵も、そんな事はどうでも良い事ではあるのだけれど、二人でつるむ事が多く、その他の生徒との交流が未だ少ない二人にとっては、こういう時は少々不利なのだ。



「葵さん一人なら、私達のグループに入って欲しいな」



 ……と、そんな二人の側に、スッと数名の女生徒が近寄って来た。

 ハァ!? と、妃沙と葵が胡乱気な瞳を向けると、そこには紫の長い髪を高い位置でポニーテールに纏めた快活そうな少女が、自信ありげに腕を組んで好戦的な微笑みを浮かべている。

 その背後にはリーダーと思しき女子と同様に気の強そうな瞳の女生徒が三人、紫の髪の少女と同様に好戦的な表情で妃沙と葵を見つめていた。


「……アンタ、誰?」


 自分一人なら入れてやっても良いと言われた葵が、面白くなさそうに彼女達に問い掛けた。

 一方の妃沙は、自分が弾かれた理由は単に人数の問題なのだろうと考え、少女達を上から下まで値踏みするように観察する。

 もし葵と同じグループになった時、彼女達が葵の足を引っ張ったら困るな、と思ったのである。


(──脚、良し。ありゃスプリンターの脚だな、走り込んで良い筋肉が付いてらぁ。後ろの三人は取り巻きって所だろうが……うん、右からテニス、レスリング、もう一人は陸上だな、多分長距離。

 葵には敵わねェがそれなりに良い成果を出せるだろう。けど、チームワークが少々心配って所だな……)


 前世ではスポーツは見る物であった妃沙。故に、時代小説やお気に入りの漫画を読むこと以外の空いた時間は、あらゆるスポーツをテレビやDVDで見る事に費やして来た。

 もっとも、彼の観点は試合の結果よりも、戦術や一人一人の選手の肉体……特に筋肉が何処に付いているか、という観察をする事に注がれていたので、一般的にスターと呼ばれた選手にはあまり興味はなかった。

 解りやすい花形スターや白熱の試合運びより、戦術を駆使して勝ちを捥ぎ取った試合や、地味だが確かな力を持つ選手というのが、彼の心を最も刺激したものである。

 それ故に、突然現れた少女達に対し、筋肉の付き具合等から得意競技を理解したのだけれど……まぁ、彼女達は今、何故だかとても解り易くユニフォームを着ていたので、筋肉具合を観察せずとも解ったかもしれなかった。


「私は小鳥遊(たかなし) 雛子(ひなこ)。後ろの彼女達は私の友人で、それぞれ競技の為に日々鍛錬を重ねている私の運動仲間だよ。

 ご覧の通り、私達は四人でグループを組む事にしたからあと一人しか入れないんだけど……葵さん、良ければどうですか? 私達と一緒なら優勝を狙えるよ?」


 自信満々の表情で雛子と名乗った少女が葵に懇願めいた瞳を送り、その後ろの少女達が蔑むような瞳で妃沙を見ていた。

 普通の少女であれば、面白く思う筈もない。一緒に頑張ろうと誓い合った葵だけを誘うような言動を、見せつけるかのように示しているのだから。

 だがしかし、妃沙は『普通の少女』ではなかった。



「あら、素敵。確かに貴女達は鍛えていらっしゃるようですわ。葵の仲間としては合格ラインでしてよ……まぁ、わたくしには及びませんけれど?」



 別に妃沙は、何かの運動をして鍛えている訳ではないし、小学校一年生としては標準的な筋肉しか付いていない事は理解している。

 ことスポーツに関しては、決して魔力を使うまいと誓っている公平主義な妃沙だ、全く伸びない身長や、知玲と一緒に稽古をしても全く付かない筋肉にガッカリはしている。

 けれど、彼女は諦めず、想像力を駆使して『ベスト』を常に模索しているのである。

 それは別にスポーツに限った事ではない。勉強でも情操教育でも『ベスト』を出そうと努力しているのだ。

 そして彼女の目指す『ベスト』は小学生のそれではない。前世で生きていた高校生のそれですらない。自分が見た『プロ』のそれを目指しているのである。少し鍛えた程度の小学生など、相手ではなかった。

 けれど、そう思ったからと言って素直に口にしてしまう辺りが、妃沙の残念さを物語っている。



「勝負にはチームワークも必要じゃない。特に今回は、全員のタイムの合計で順位を決めるんでしょ?

 ……申し訳ないけど、私、水無瀬さんとは一緒に頑張ろうと思える自信がないの。男子に媚を売る事しか出来ない人に何が出来るの?

 ちょっと可愛いからって調子に乗らない事ね。学園のアイドル・知玲様を一人占めしたばかりか、葵さんにもベタベタして……!」



 憤怒の表情で、雛子と名乗る少女が妃沙を睨みつけた。

 そんな表情を受けた妃沙は……



「……ちょっとだけ葵と二人で話をさせて頂けます!? すぐ戻って参りますわ!!」



 そう言って、困惑する葵の腕を取り、教室の外へと飛び出して行ったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「……何だ妃沙、どうした!?」



 ハァハァと息を切らしている様子の妃沙を心配そうに見やり、葵がポフンと肩に手を置いた。

 だが、興奮した様子で目を見開いた妃沙は、葵の胸倉を掴んでグラグラと物凄い力で彼女を揺らした。



「……嫉妬、嫉妬ですわ、葵! ……ど、ど、どうしましょう葵!? わたくし、初等部の女子から嫉妬の念をぶつけられましたわ!?」



 え、と未だ妃沙のテンションに付いて行けていない葵が困惑した表情で妃沙を見やる。

 けれど彼女は今、前世・今世の中でも初めて受ける『女子からの嫉妬』という漫画の中でしか見た事のない感情を自分に向けられ、だいぶ興奮していた。


「えと……自分がハブられた事とか敵意を剥き出しにされてる事じゃなくて、気にする所はそこなの?」

「ええ……ええ!! 嫉妬などという可愛らしい感情を小学生の女子が向けてくれましたわ! どうしましょう……わたくし、愛でるべきか受けて立つべきか悩んでおります!」


 一般的な同年代の男子以上の活躍をしてしまう自分が、女子からは憧れを、男子からは嫉妬を引き出してしまう状況をさんざん経験している葵だ、彼女達が妃沙に対して良い感情を持っておらず、自分と妃沙を引き離そうと今回のような提案をして来た事くらい理解している。

 ところが、どうだ。

 日に日にその負けず嫌いで純粋な心根に惹かれているこの少女は、その悪意すら楽しげに受け止めているではないか。

 ……正直、『葵さん一人なら』と言われた時点で、ないわぁ~と声を掛けて来た少女達を軽蔑してしまいそうだった自分をよそに、嫉妬の念をぶつけられた当の本人はこのザマだ。

 コイツの思考回路はホント理解出来ねぇよな、と、葵は思わず笑ってしまう。


「アッハッハ! 馬っ鹿じゃねーの、妃沙! あんなの、知玲先輩の婚約者で美少女のアンタに対する当て付けじゃん。真剣に受け取るなよ、笑い飛ばせよぉー!!」


 笑いながらも、やっぱコイツ好きだ、飽きねェなと実感する葵。

 何処の世界に嫉妬心を剥き出しにして窮地に陥れようとして来る相手に対して好感を抱く小学生がいると言うのだ。

 自分も相当数の嫉妬の感情を受けて来たから解る。嫉妬というのは面倒臭くて遺恨を残すし、綺麗サッパリ消す事が難しい感情の一つだ。

 かく言う自分も、大輔のそれを利用して勝負を挑ませ続けている自覚はある。

 近い将来、立派に鍛え上げた大輔と女の身である自分が勝負にならない事態になってしまうだろうことを予感しているから、大輔の三倍もトレーニングしているのだ。自分が負けない限り、大輔はいつまでも挑んでくるだろうから。

 そして、この学園で初めて出会ったこの友達は、負かす事は簡単でも、それ以上の何かを自分に与えてくれる最高の友達だと自覚していて、そんな彼女が自分の嫌いな『嫉妬』を面白可笑しく受け止めていることに感動すら覚えていた。



「葵、嫉妬というのは相手を同等程度と認めているから出来る事ですのよ!? このわたくしがただの小学生だと、彼女達は言ってくれたのですわ!」



 興奮した様子の妃沙が両手に拳を握って力説している。

 その子犬の様に無垢な表情やキラキラと輝く瞳は、とても庇護欲をそそられる愛らしいものであった。

 婚約者、婚約者と、あの超人めいた先輩がやたらとその立場を主張して来るのも解る気がする。

 主張せずにはいられないのだ。コイツは自分のものだと言いふらさなければ、何処かの誰かに掻っ攫われてしまうかもしれない。

 クールに見えるあの先輩は、相当コイツの事を気に入ってるんだなぁ、と葵は改めて可笑しく思う。


「……あのね、妃沙。そんな感情これからいくらでもアンタにぶつけられるよ。時にはそれで嫌な気持ちになることがあるかもしれない。

 けどアタシは、アンタと楽しい思い出を創りたいと思ってる。だから……どんなチームであれ、アタシだけなんて言って来る相手に尻尾を振るつもりはないよ。

 いざとなれば二人だけで、前代未聞のタイムを叩き出してやれば良いんだ。妃沙となら不可能じゃないし、その方がよっぽど楽しいよ!」


 アタシの為を思うなら離れようなんて思うなと、葵がギュッと妃沙の手を握る。

 妃沙にとって、初めて同級生から向けられた嫉妬の感情は可愛らしいという他に何とも表現の出来ないものであったけれど……確かに、葵と別チームになるなど考えられないことだ。

 葵と二人、というのは四人か五人と定められたルールから言えば認められず、折角の良いタイムが無効にされてしまう可能性もあるのだから、きちんとメンバーは揃えようとは思うけれど。



「……そうですわね、あの方達があまりに可愛らしくて本題を忘れておりましたわ。葵、必ずトップを取りましょう。その為にはわたくし、手段を選びませんわ」

「うん。ただの遠足とかレクリエーションとか、アタシ達には関係ないよね。勝つ事、それが全てだ!」



 こうして負けず嫌いの超人少女が決意を新たにしてタッグを組んだ。

 それはただの遠足のレクリエーションに臨む小学生の姿ではなかったし、『葵だけ』と声を掛けて来た彼女達にとっては残念な結果が生まれた会談だったのである。


◆今日の龍之介さん◆


「愛でるべきか受けて立つべきか……それが問題だ」(大真面目)

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