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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
14/129

◆14.友達第一号だぜ!

 


「アンタ面白いな! 何なのその口調!? 中世のお姫様か何かなワケ!?」



 波乱を含んだ自己紹介が終り、その日のHRは終了。

 この日の予定は入学式のみだった為に、新入生一同はその日は下校する事になったのだが……。

 妃沙(きさ)の前に座った彼女──(はるか) (あおい)がクルリと振り返り、椅子の背に顎を乗せた状態で妃沙に話掛けて来た。

 快活そうなその瞳は楽しげにキラキラと輝き、大きな口を開けて笑う様に、妃沙は思わず見とれてしまった。

 前世でも今世でも、そんな風に開けっ広げに大笑いする女子など、ほとんど関わった事がなかったから。


「……好きでこんな口調な訳ではありませんわ。これには深い事情があるのです……」


 折角話しかけてくれた彼女に対し、そんな他人行儀な口調でしか返せない自分を、口惜しく思う。

 まったく厄介な能力(スキル)を付与してくれたものだと悪態は付きながらも、恐らく前世そのままの口調では今の平穏は得られまいとは自覚している為に強くは反発出来ずにいるのだ。

 自分の容姿が、以前とは180度違った意味で周囲に衝撃を与えるらしいことは、さすがの妃沙も理解していた。

 前世では大和撫子めいた大人しめな黒髪の女性が着物の袂を軽く押さえながら静々と料理を提供してくれたり、お酌をしてくれる様こそ色っぽいと思っていた妃沙だけれど、現代日本に於いては小料理屋の女将くらいしかそんな事をしてくれる存在はいない。未成年であった前世でお酌をして貰うなどある筈もない。

 こよなく愛した時代劇の影響により、間違った理想を描いている残念な不良(ヤンキー)。それが妃沙の中の人──綾瀬 龍之介であった。


 だが、前世の口調のまま妃沙の姿で喋ったりしたら、さすがに違和感があるだろう事は妃沙も理解していた。

 何しろ今の姿はフランス人形めいた美少女なのだ、しかも年齢はまだ一ケタ。そんな彼女が、


「あ゛あ゛ン? テメェ、ナメてんのかコラァ!」


 ……なんて突然メンチを切ったりしたら、折角の美少女が台無しだ。ある意味それは、前世での姿で行うより余程衝撃を与える事が出来たとしてもだ、それはとても『らしくない』し、今の妃沙の目標は、前世では得られなかった健全な学生生活を楽しみ、努力もして、自らの手で幸せを手に入れる事なのである。

 その目標の為には、この能力(スキル)はある意味とても都合が良かった──時には斜め上の『変換』をしてくれるとしても。



「ヘぇ? でもまぁ、似合ってるよ、その口調。フランス人形が喋ってるみたいでさ」



 楽しげに笑いながら、葵が悪戯っぽく笑いながら、椅子の背に乗せた手の上でコテン、と首を傾げて妃沙を見やる。

 それはとても様になっていて格好良かった。


「……まぁ、努力で治るモノでもありませんしね。しっくり来るのが一番ですわ。わたくしも、遥様の外見とそのお話ぶりはとても似合っていると思いましてよ」


 そう、心からの称賛を込めて妃沙が言うと、葵は顔を顰め、ムズムズする、と呟きながら背中を掻き始める。


「……遥様、とか止めてくんない? 葵、で良いよ。アタシも……妃沙、で良い? アンタといると面白そうだからさ、友達になろうよ。

 アタシ、人を見る目は確かなんだ。妃沙、アンタ、お嬢様ぶってるけど内面はなんだか、アタシと近いような気がするだよね」


 プクク、と笑いながら妃沙を見つめる葵を前に、妃沙は少々戸惑っている。

 何しろ今でも、彼女は知玲(ちあき)の事は「ちあき」と呼んでいるつもりなのに、自動変換により「知玲様」と声が出てしまうのだ。

 とーちゃん、かーちゃんも同じ。「お父様、お母様」と発言されてしまう。そこに龍之介の意思は関係ない。

 ……だが、今ここで「葵様」などと発言してしまえば、折角友達になろう、と言ってくれた彼女が離れて行ってしまうに違いない。

 だから、妃沙は、あの大樹にお願いしてみた。


(──ヲイコラ、女神様とやら、この子は永く友達でいてくれそうな気がするんだ。この子だけで良い、呼び捨てんの許可してくれ!)


 果たしてそれは『お願い』と言って良いものかという疑問はさておき、彼女の脳裏に、再びあの大樹の声が『合点承知之助!』と響いて来る。

 ……どうやらその鼠小僧めいた返答は大樹のお気に召したらしい。

 自分を観察しているらしく、また口調に関してのお願いは割と柔軟に聞いてくれるらしいその存在に、ありがとよ、と心の中で妃沙は礼を返した。

 かの存在が今の自分を面白がっているのだろうことも、どんな願いも叶えてくれる訳ではないだろうことも何となく自覚していたし、彼女もまた、神様に頼って生きるなど言語道断だった。

 自分の道は自分で切り拓くのだ。そうでなければ人生はつまらない。

 大樹を模した存在も、そんな妃沙の心根を気に入っていて知玲よりも贔屓していたのだけれど……それは彼女には知る由もないことである。



「……葵。素敵なお名前ですわね」



 おお言えた、と人知れず感動する妃沙に対し、葵は面白くなさそうに言い捨てる。


「そーかぁ? 髪が赤いのに『アオい』なんて変だって昔から言われてんだけど?」


 ぷぅ、と頬を膨らませる葵。

 だが、妃沙の中身は元・不良(ヤンキー)だ。ヤンキーと言えばやたらと難しい漢字を格好付けて使うものだし、また彼女は時代劇をこよなく愛するやや時代錯誤な男子高校生であったのだ。

 前世ではまるで役に立たなかったその知識だが、どうやら葵に対しては気の利いた事が言えそうだと、妃沙は自慢げにフン、と鼻の穴を膨らます美少女らしからぬ表情で言った。



「『葵』と言う字には太陽に向かって育て、と言う願いが込められておりますのよ。貴女のその素敵な髪の毛の色とピッタリではないですか。とてもお似合いでしてよ?」



 そんな妃沙の言葉を聞き、最初は驚いて目を見開き、次にとても嬉しそうに破顔し……そして最後には「漢字博士かよーー!!」と爆笑する葵。

 その様子には、先程までの興味本位の「友達になろう」ではなく、長年の自分のコンプレックスを出会って早々打ち破ってくれた妃沙に対する友愛が込められている。

 親が願いを込めて付けてくれ、今まで自分の物として付き合って来た名前を否定する事なく、その意味を教え、似合っていると言ってくれるなど例え大人でもイチコロの言葉だ。

 しかも相手は立っているだけで見惚れてしまいそうな絶世の美少女。そんな彼女が『言われて嬉しい言葉』を言ってくれたとあっては、どんな人間でも白旗を上げて降参するだろう。


「……ありがと、妃沙。アタシも気に入ってんだ、この名前。だから……嬉しい」


 満開のその笑顔に、妃沙は思わずおおぅ、と息を飲む。

 男装の『麗人』と思ってしまう程の整った容姿なのだ、それが全力で笑ってくれたら、眩しくない筈もない。



「お友達、第一号ですわ、葵! これから、宜しくお願い致しますわ!」



 そう言って妃沙が右手を差し出せば。



「おう。こちらこそ、宜しく頼むぜ、妃沙」



 ニカッと笑った口元から除く白い歯に、キラリと陽光が反射する。

 ……オイオイ神様、こういうのはイケメンに対する演出だぜ、と人知れずツッコミは入れながらも……。

 おそらくその日の葵の笑顔を、この先ずっと忘れる事はないだろうな、と、妃沙は予感めいた確信を得ていたのだった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「おーい、葵ーー!! まだグラウンドに来ない気かよぉぉーー!!」



 美少女二人が、生まれたばかりの友情に微笑み合っている教室に、そんな元気な声が響いて来たのはそんな時だ。


「……大輔。お前は相変わらず空気を読むって事をしねぇよなぁ……」


 忌々しげに呟いた葵の側に、茶髪の少年が駆け寄って来る。その顔には無数の絆創膏が貼られていた。


「勝ち逃げは許さねぇっていつも言ってんだろ!? 昨日はお前の得意なバスケだったから仕方ねぇけど……今日はホームラン対決だかんな! 俺が勝ぁつ!!」


 ガシッと葵の肩を掴み、真剣な表情でそんな事を言う少年の瞳には葵しか見えていないようだ。

 少年らしい褐色の肌と健康的な肢体、良く通るその声に、妃沙は少し圧倒されてしまう。


「少しトーンを落とせ。妃沙がビビってんだろ? ……まったくお前は、勝負の事しか考えてねぇのかよ。

 大体、何したってお前がアタシに敵うワケないだろ!? 元々の素質からして違うっつーの!」


 ハァ、と溜め息を吐いてその手を振り払う葵。

 その発言に、少年もやっと葵の前で固まっている妃沙の存在に気が付いたようだ。


「……うぉっ!? 何このフランス人形!? 葵、お前、人形遊びする趣味あったっけ!?」


 少年らしいその様子に、妃沙がフフ、と笑いを漏らせば。


「うぉぉーー!!?? 人形が笑ったァァーー!!??」


 ズザザ、と、推定三メートル程も後ずさる少年。

 そしてそのまま「南無阿弥陀仏、アーメン、オンサツノソワカ……」と宗教もクソもない呟きを漏らす。

 仏教とキリスト教はまだ解る。オンサツノソワカって何だ、真言ですらねぇぞ、と妃沙は思わず内心でツッコミを入れてしまう。


「おぉい!? 絶世の美少女に対する反応がソレかよ!? だからオマエは残念だって言われんだよっ!」


 葵の怒号が教室内に響き渡った。

 大輔、とやらの意味不明な祈りの言葉は、彼女には意味をなさないようである。


「……だっておまえ……。生き人形だなんて呪いの対象でしかねぇだろ!?」

「良く見ろ、大輔。この美少女ちゃんは人形じゃねーよ! 確かにフランス人形みたいに可愛いけど……この()は水無瀬 妃沙。今さっき、アタシの友達になったんだよ!」


 これから先、そんな態度取ったらシめるからな、と、ドスの利いた声を漏らす葵。

 それは前世では、とても馴染み深かった脅しとメンチと有無を言わさぬ絶対命令を相手に齎すものであった。

 だが、大輔、と呼ばれた少年はそれでも妃沙に対して何か悪霊めいたものを感じているようだ。


「……こんな人形みたいな超絶美少女がおまえの友達……!? アホかおまえ、脅迫すんのもいい加減にしろとあれだけ……」

「してねぇよ!!」


 葵の鉄拳が見事に大輔の顎下にキマった。見事なまでのアッパーカットである。


「お見事ですわぁー、葵ィィーー!!」


 ……それは、思わず妃沙が拍手を送ってしまった程の、見事な決め技であった。



「……ああ、ごめんな、妃沙。コイツは颯野(さつの) 大輔。一応アタシの幼馴染。馬鹿で失礼だけど悪いヤツじゃないから、嫌わないでやってな」



 見事なアッパーをキめられ、その場に倒れこんでいる大輔の身体を、その長い脚でツンツンと突きながら申し訳なさそうに葵が言う。


「……いえあの、わたくしは全く気にしておりませんけれど……大丈夫ですの? その方……。何かピクピクしていますわよ……?」

「あー、だいじょぶだいじょぶ! こんな事で壊れるくらいのヤワなヤツじゃねぇよ。なんつったって、今までアタシの攻撃を受け続けて来たんだからさ」


 アハハ、と快活に笑う葵の様子には、悪びれる様子は全くない。

 小学生女子の力とは言え、顎は人体の急所の一つ。あれだけ綺麗に入ったアッパーを食らって本当に大丈夫なものかと、妃沙は少し心配になる。

 ……ところが、葵の言う通り、大輔とやらは頑強な肉体をお持ちのようで、イテテ、と顎を摩りながらその場で起き上がるではないか。

 その様はゾンビかキョンシーかといった態だ。



「……不死身ですの、この方……?」

「アタシの鍛錬の賜物だな! 感謝しろよ、大輔!」



 再び響く、葵の快活な笑い声。そこには幼馴染であるという彼への親しみと信頼感が溢れている。

 その様子は前世での自分と夕季の姿を見ているようで、何だか懐かしみさえ感じてしまう妃沙だ。


「……ったく、力加減は弁えろっていつも言ってんだろ……」


 顔を顰めながら葵に不満を言う大輔。

 その姿に、妃沙は思わず「解りますわ!」と呟き、その肩にポン、と手を載せた。

 幼馴染の攻撃を食らい、その患部をさすりながら文句を言う事しか出来ないその姿は……前世での龍之介の姿と酷く似ていたから。


「はぁ? なんでオジョーサマなお前に理解出来るんだよ?」

「男子たるもの、女子の攻撃は甘んじて受け止めるのが美徳というものですものねぇ。どんな世界でもそれは普遍の真理なのですわっ!」


 まったく、世の女子と来たらそんな優しさも美学も理解しないのですから男子も大変ですわよねぇ、解ります、解りますとも、と、妃沙は両手を使って大輔を全力で励ましにかかった。

 今、妃沙の中には前世でのほろ苦い思い出──夕季にボディーブローをキめられたり今の大輔と同じようにアッパーをキめられた思い出が去来していた。

 自分には考えるより先に手を出すなとか散々説教していたのに、自分はどうなんだと文句を言えば、あたしが手を出すのは龍之介だけだもんっ! と胸を張られたものである。

 ……そこに込められた「キミは特別だから」という想いに鈍感な彼が気付くことは、ついに死ぬまでなかったけれど。


「大輔様、貴方様の心意気、とても立派だと思いますわっ!」


 両手を握り、妃沙より少し背の高い大輔をキラキラとした尊敬の瞳で見上げる妃沙。

 突然表れた絶世の美少女から、ワケの解らない理解と尊敬を示された大輔は、もはや顔を真っ赤にして何も言う事が出来ずにいる。


 そして、そんな二人の様子をポカン、と眺めていた葵だったが……



「アッハッハ! 何なの、妃沙アンタ! 面白すぎるでしょ! 大輔、顔真っ赤だよ? そんな表情(かお)、初めて見た……!」



 腹を抱えて爆笑していた。



 昼下がりの教室には、今や彼らしか残っておらず。

 一人は爆笑、一人は赤面して絶句、そしてもう一人はキラキラと瞳を輝かせているという三者三様のその光景は……他人が見れば酷く理解のし難い光景であったと言えよう。


◆今日の龍之介さん◆


「まったく、世の女どもと来たらそんな優しさも美学も理解しねぇから男も大変だよな、解る、解るぜ!」


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