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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
122/129

◆118.事件は現場で起きている。

 

「ただいま戻りました」


 葵との幸せなデートを終え、妃沙がそう言いながら家に入ると、応接間の方からあらあらオホホ、というご婦人たちの楽しそうな声が聞こえて来る。

 来客があることは明白だが、声から察するに妃沙の母親と話をしているのは知玲の母親のようだ。

 この世界に来てからいうもの、様々な場面で妃沙とも関わりのある人物であるし、ほんわかとした雰囲気の妃沙の母親とは似た部分があり、話を聞けば両家の夫婦は高校時代からの付き合いとのことである。

 昔は色々あったのよ、なんて思い出話をしそうになる母親を何度止めたことか、数えるのもバカバカしいほどだ。

 妃沙としては、もうすっかり『親』として認識している彼らの恋愛話を聞くのは照れ臭いので、出来れば遠慮したい案件なのである。

 知玲から聞く限りでは東條家も同じような状況であるようで、逃げる為にお互いを良く口実にしていたものだ。

 そう堅苦しい関係性ではないにせよ、この家にいるということは妃沙の母はホスト、知玲の母はゲストという立場であることには違いがないので、妃沙は来客用の笑顔を張り付け、応接間に向かった。



「ごきげんよう、おばさま。ようこそいらっしゃいました」

「やだぁ~妃沙ちゃん! お義母(かあ)様って呼んでぇ~?」



 溜め息を吐きたくなるのをグッと我慢し、張り付けた笑顔に蝋のコーティングを施したかのように表情を固める妃沙。

 知玲の母親は決して悪い人ではないのだが、とにかく妃沙が可愛くて仕方がないらしく、度々こうした言葉を投げ付けてくるのだ。

 実の娘である美陽(みはる)のことも溺愛しているようだけれど、ドライな性格で、中等部女子テニス部・部長の座は辞したとはいえ、妃沙よりずっと人望のある部長に成長した彼女は相談が引きも切らないらしく、毎日多忙なのだ。

 知玲は知玲で、深い愛情に感謝はしつつも、最優先は妃沙だと親にすら公言しているので彼女の相手をしてくれないらしく、ここ最近はこうして妃沙の母親とつるんで旅行やらグルメやらと出掛ける事が多いらしい。


「ちょっと!? 何度も言うけど、妃沙のママは私だけだからね!?」

「それはそうだけど、知玲のお嫁さんは妃沙ちゃんしか受け入れるつもりはないし……そうしたら私も妃沙ちゃんのママよね?」

「それはそうねぇ。あらヤダ! ってことは知玲君は私の息子になるわねぇ!?」

「そうよー! 早くそんな日が来ると良いわねぇー!」


 キャッキャウフフと楽しそうな母親たち。

 前世のままの自分であれば黙ってその場を立ち去る所であるのだけれど。


 今、自分の気持ちと向き合った妃沙にとって、その会話はこそばゆくて幸せに満ちたものだったので、クスリと微笑んでキッチンに向かう。

 確か、冷凍庫にアイスボックスクッキーの生地を寝かせておいたはずだと思い出し、彼女らに提供しようと思ったのである。

 匂いから察するに、テーブルに用意されているのはコーヒーではなく紅茶のようだ。

 コーヒーより繊細な味わいの飲み物を楽しんでいるのなら、ナッツを仕込んだバニラクッキーが合うかなと考え、それを提供しようとエプロンをした所で、知玲の母親から声がかかった。



「妃沙ちゃん、知玲は一緒ではないの? あの子ったら、突然にあの湖畔のホテルの経営者に連絡を取ってくれなんて言うものだから驚いたけど、妃沙ちゃんの為なんだって言うあの子の表情を見て、なんだか嬉しくなってしまったのよねぇ。

 未成年の子ども達だけで泊まりに行かせるなんて、私は少し甘すぎる自覚はあるのだけれど、でも、本当に嬉しかったのだもの」



 若くして結婚し子どもを授かったとはいえ、高校生の息子を持つ母親であるにも関わらず、悪戯っ子のように愛らしく微笑む様に、いつもの妃沙であればほっこりとしていたのだろうけれど。

 その時、彼女が言った言葉に感じた不穏な響きを、妃沙は聞き逃すことが出来なかった。


「……おばさま、わたくしは知玲様と一緒では……」


 言いかけて、いや待てよと自制する。

 知玲の性格から言って、親に嘘をついて妃沙と二人で外泊をしようなどしないはずだ。そんな事をしなくても、知玲との仲はほぼ親公認であるし、素直に二人で出掛けると言っても止められることはないだろう。

 そして知玲の母親は、やや早とちりな所のある人物であるので『妃沙の為』という言葉を勝手に『二人で行く』と解釈しているのだろう。事実とは異なるけれど、そう解釈されたことについては問題がない。

 問題は知玲が(・・・)戻って来ていない(・・・・・・・・)ということだ。

 ご存知の通り、件の湖畔のホテルに行ったのは妃沙と葵だ。同行は控えてもらったと葵が語っていた通り、旅行中は知玲はおろか莉仁もその他の人物達も気配はまるで感じなかった。

 と、いうことはつまり、妃沙が旅行に出た土曜日の午後から今に至るまで、知玲はここに戻って来ていないことになる。

 ……嫌な予感がした。



「え、ええ。知玲様はちょっと立ち寄りたい所がおありになるとかで、別行動で戻って来たのですわ。戻るまでが旅だと申しますのに、本当に失礼ですわよねぇ……!」



 親や、妃沙にすら何も言わずに知玲が家を空けることなどあり得ない。

 知玲の身に何かが起こったことは明白だけれど、現段階では確証はないし、言っても無駄に心配させるだけだと咄嗟に判断し、妃沙はわざとらしくオホホと笑いながらクッキーの提供を取りやめて簡単な挨拶をしてその場を辞した。

 何故だかとても胸騒ぎがして仕方がない。

 だが、今すべきは事実確認だと自分を鼓舞し、妃沙は急いで自室に戻り、知玲の携帯を呼び出してみる。


『ただいまお掛けになった番号は、電源が入っていない為、かかりません』


 無機質な女性の声が無情にそう告げる。



「……知玲様……!」



 もはや一刻の猶予もならないと、妃沙の直感が告げていた。

 そうして彼女は携帯電話だけを握り、家を飛び出したのだった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「おい莉仁(りひと)! 知玲を探せ!!」

「うっわ!? 何なのその唐突な命令口調!? 仮にも俺ってば理事長なんだけど!?」

「うるせぇ! 理事長なら尚のこと、生徒の安全を守りやがれよ!!」

「その為に仕事をしているんだろ!? 何だか解らないが事情を説明しろよ!」



 突然電話を寄越して来たかと思えば、休日返上で仕事をする莉仁の執務室に乱入し、いつになく焦った様子でそんな事を言う妃沙に対し、つい声が大きくなってしまったのはご愛敬ということにしてあげて頂きたい。

 妃沙の前ではおちゃらけたり残念な所を見せることの多い莉仁だけれど、巨大な学園の理事長ともなればその業務は暇などとは程遠い。

 ましてや彼は赴任する前から様々な改革を打ち出し、その為の根回しやら調整やら反対者の説得に支援者との打ち合わせと、とにかく人と関わることが多い立場である。

 妃沙からの電話を受けて調整したからこそ部屋には誰もいないが、突然に乱入されてしまえば必ず来訪者と鉢合わせになっていただろうし、想い人とは言え立場上は一般生徒である彼女が理事長室に怒鳴りこんで来たり、莉仁と親しげな様子を仕事の関係者に目撃されることは、実はあまり好ましくはないのだ。

 もちろん、妃沙と特別な関係であるという事を公表すれば問題はないはずなので、そうなれるようにと、目下努力を重ねている最中ではあるのだけれど。


「緊急事態なんだよ! 良いから長江先輩に連絡を取れ!」

「ちょっと待てよ、妃沙。一度落ち着け。さっき貰った電話で知玲君が家に戻っていないらしいことは解ったし探すのは当然として、何故そこに長江が出て来るんだよ?」

「だって長江先輩は抜け忍だろ!? 独自の捜査ルートがあるに違いないだろうが!」


 良いから早く、と、莉仁の襟首すら掴んで力説する妃沙。

 自分の感情には素直だし、他人に対して深い愛情を見せる彼女だけれど、どこか泰然としていて他人に対して一線を引いているような雰囲気を纏っていた彼女だけに、こんな風に態度を乱すことは実は珍しいのだ。

 ピンチな場面も人の悪意に触れることもあっただろうけれど、そんな時だからこそ冷静になるのだろう、というのが今まで見て来た水無瀬 妃沙という人物であったから。



「良いから落ち着け、妃沙! 取り乱した所で事態は好転しない。まずは情報収集をして状況を把握する。それから二人で出来る範囲で動きながら周囲にも働きかける。違うか?」



 普段の彼女であれば、冷静な声を掛けてやれば落ち着くはずだ。

 本当は誰よりも冷静に周囲を観察している彼女のことだ、こう言ってやればきっと……という莉仁の思惑は見事に裏切られた。



「ンな事言ってる場合かよ!? 人ひとりが……知玲が行方不明なのに落ち着いてオハナシなんかしてられる余裕はねーんだよ! 知玲に何かあったら俺は……!」



 何かを言いかけ、ぐっと言葉を飲む妃沙。さすがに気付いたばかりの気持ちを吐露するのは躊躇われると見える。

 だが、その言葉を聞かされた莉仁は、妃沙が自分の気持ちと真正面から向き合って何かに気が付いたことを一番最初に知っており、自分にとって都合の悪いそれからは全力で目を反らしている最中の人物だ。

 一人の生徒として、前期の生徒会役員として……そして恋敵(ライバル)として接して来たあの美貌の少年がピンチらしい、ということは充分に理解した上で、少しだけ意地の悪い気持ちが芽生えても仕方のないことである。



「何かあったらどうだって言うんだよ? ねぇ妃沙、君は少し、俺に対して残酷過ぎるよね。ちゃんと気持ちを伝えたのにろくに返事もないし、その上、恋敵(ライバル)を救えって? 何の見返りもなく?」



 監視カメラすら切った個室に二人きり。

 ぐっと距離を寄せ、ごく至近距離で野獣めいた表情を浮かべながらそんな事を言う莉仁を、妃沙はキッと鋭い視線で見返した。

 本当は彼女だって、こんな風に莉仁に助けを求めるのは卑怯だということは理解しているのだ。だが、彼の持つ理事長という立場と、大人の判断力や機動力は妃沙にはないものだ。

 特に、学園で起きた事件に知玲が巻き込まれている可能性が高い以上、莉仁の持つ情報源は絶対に活用したいものなのである。

 闇雲に走り廻ったら偶然に悪役と遭遇して相手が実情をペラペラと喋ってくれ、事件があっという間に解決するなんて、魔法という概念のあるこの世界でだって映画やテレビドラマの中だけだ。



「無条件が不服か? 良いぜ、それなら俺に出来る事なら何でも……それこそ一生、お前の言う事を聞いてやるよ。今は一刻を争うんだ。知玲が……あいつは絶対に幸せにならなきゃいけないんだ、今度こそ、絶対に」



 ただの高校生という自分の立場をこんなにも苦々しく思った事があっただろうか。

 しかも、前世の自分であれはその力を以て無理矢理にでもこじ開けることが出来たかもしれない扉すら、非力な女子高生という身体にある今は満足に出来ない。

 ……だが、口惜しがるのは後にしようと、妃沙が瞳に涙を浮かべてキッと莉仁を見やる。



「……ハァ、叶わないなぁ、君には。

 生徒の危機に動かない理事長がいる訳ないだろう? でも……そうだな、せっかく妃沙がそう言ってくれるなら、もう一度だけ、二人きりで俺の話を真剣に聞いくれないか?

 そしてちゃんと考えて欲しい。ついでにその時に『妃沙』じゃない()の名前を教えてくれ。条件はそれだけだ。悪い取引じゃないだろう?」



 ニヤリと笑ってそんな事を告げる莉仁に、妃沙の心もフッと軽くなって行く。

 確かに、悪い取引ではないどころか、妃沙には何の不都合もない。莉仁にはいつか、本当の自分の事を話したいと思っていたから。



「オーケー、手を打つぜ。だから……頼む。一緒に知玲を探してくれ!」



 もちろんだよ、と差し出された莉仁の大きな手を握り返す。

 節くれだった美しい男のその手は、とても妃沙を安心させてくれる温もりに満ちていたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「知玲君は土曜日から帰ってないんだったな。あの日の放課後、彼とは生徒会室で会ったんだ」

「知玲と二人で? 何してやがったんだ!?」

「そう怖い顔するな。悠夜や(ひじり)君も一緒だよ。充君も……その他にも何人もいたし、その場では話をしただけで特に何も変わったことはなかったんだから」


 怖い顔を近付け、でも、と尚も追及しようする妃沙の小さな鼻に、チュッ、と音を立てて唇を当てる莉仁。

 キスというほど色っぽいものではないけれど、妃沙を怯ませるには充分な効果があったようだ。


「……なっ!? 莉仁、てめぇ、今の状況が解って……」

「解ってるよ。生徒のピンチだ、君より危機感はあるさ。でも妃沙、少し落ち着かないと冷静な判断が出来ないだろう? 頭に血が上った状態で騒いだって良いことは一つもない。君まで危機に陥るだけだ」


 ニコリと安心させるように微笑み、大人の余裕を見せつける莉仁に、妃沙はフゥ、と息を吐いた。

 知玲の事は確かに心配だ、だが、莉仁の言うことにも一理ある……ばかりか正論でしかない。

 前世の自分であれば、自分の危険を顧みず危険に飛び込んで、それで相手が助かればそれで良いという考えがあったように思う。

 別にそれは自己犠牲とか、慈愛の心だとかそういう大層なものではなく、ただ単純に自分の価値というものが自分の中で酷く低かっただけなのだと理解している。

 まぁ、我慢がきかなくて突っ走ってしまっただけ、という説もあるけれども、結果としては同じことだ。

 だが今は、自分という存在を、前世よりは大切にしようと思っている。

 それは自分を甘やかすことではなく、自分が傷付けば傷付く人間がいる、ということを理解した結果であり、彼女的には大いなる成長でもある。

 妃沙にとってその感覚はこそばゆくて少しだけ重いものではあるのだが、決して嫌なものでも邪魔なものでもないのだ。



「……その通りだな。悪ィ。ちと焦ってたみたいだ。けど莉仁、頭では解ってても……知玲が今、何処でどんな目に遭ってるのかって考えると……身体が勝手に走り出しそうになるんだよ。どうしちまったんだ、俺は……」



 強く拳を握り、口をギュッと噛む彼女の可憐な唇に血が滲む。

 そんな様子を、莉仁はフゥ、と呆れた様子で溜め息を吐き、肩を竦めて言った。



「……教えてやらないよ。それは人から教わるものじゃないし……そんな顔してもダメ。ほら、手を解いて、唇も切れてる。今は知玲君の行方を捜すのが最優先だ。言っただろう? 理事長として、事態は看過できない」



 そう言いながら、莉仁がデスク上のPCモニターに真剣な表情で向かいながらなにやら操作している。

 眼鏡にモニターの光がチラチラと反射している様を、妃沙は黙って見ている事しか出来ずにいた。

 思えば、こんな風に真面目に仕事に取り組む莉仁の姿を見るのは初めてかもしれねぇな、なんて、どうでも良い事を考えて気を紛らわせながら。


「……あった。この映像が最後だ。妃沙」


 人差し指でクイクイと自分を呼び付ける仕草もやたらと様になっていて、なんだか腹正しいを通り越して関心してしまいそうな程だ。

 だが、彼がそう言うからには何かの手がかりがあるのだろう。

 逸る気持ちを抑えて莉仁の隣に立つと、画面には連れ立って歩く知玲と長江の姿が映し出されている。場所はどうやら生徒会室から少し離れた廊下のようだ。

 二人の男子生徒は何事かを話しながら歩き、やがて画面から消えて行く。


「さすが長江だな。カメラの位置を良く知ってる。映っているのはこれだけだ」

「……収穫があっただけ上等だ。最後にいた場所はこの学園で、長江先輩が絡んでるのは間違いねぇんだな? 莉仁、長江とコンタクトを取れ! 俺は校内に手がかりがないか探して来る!」


 そう言い残すと、妃沙は風のようにその場を駆け去った。



「ちょっ!? おい、妃沙……あーあ、まったく……。結局俺の話なんか聞く気、さらさらないじゃないか……」



 後に残された莉仁は、ブツブツ言いながらも、それでも表情は真剣なままPCに向かい再び操作を始めた。

 彼の心情は今、妃沙のそれよりもっと複雑なものだったのだけれど……知玲を心配する気持ちもまた、紛れもない真実なのであった。


◆今日の龍之介さん◆


龍「解ったぞ! 犯人はオマエだ!!」

莉「何故解った!?」

龍「フフフ……。犯人は現場に多くの痕跡を残して行ったのだ。まずはこの……」

莉「ハッ! そ、それはァ!?」

知「……楽しそうだね、お二人さん……?」(冷気が渦巻いている)

龍&莉「……ごめんなさい! 調子に乗りましたぁー!!」(深く頭を下げる)


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