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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
115/129

◆111.譲れないもの

 

 鳳上(ほうじょう)学園高等部。

 優秀な生徒達が集うことにかけては国内有数の名門校に衝撃が走ったのは、妃沙が萌菜(もな)から宣戦布告を受けてから数日後のことであった。



「おい妃沙! 副会長に立候補者が立ったってどういうことだ!?」



 神妙な面持ちで生徒会室に集合している面々──知玲、妃沙、莉仁といった人物の元へ、生徒会長の久能(くのう) 悠夜(ひさや)が駆け込んで来る。

 妃沙としては、指名を受けたとは言え、我こそはと立候補する人物がいれば正々堂々と主張を交わし合い、どちらが相応しいかを生徒達に選んでもらうつもりであったし、

 先日のやりとりで彼女(・・)が立候補するかもしれないと予想し、知玲にもそのことは報告してあるので、今、彼らが神妙な面持ちで顔を突き合わせているのはそれが原因ではない。

 彼らは一様にチラリと悠夜に視線を向け、けれどすぐにお互いを牽制するように向き合い、視線に力を込める。



「ですから、理事長、知玲様! カレーライスの添え物は福神漬け! 古来よりこれは定まり切ったものではありませんか!」


 バン、と妃沙が机を叩いて主張すれば、その横で腕を組み、フン、と鼻を鳴らして妃沙と知玲に対して挑発的な微笑みを浮かべているのは理事長の結城(ゆうき) 莉仁(りひと)だ。


「これだからお子ちゃまは困るな。らっきょうのあの繊細な味わいが解らないなんて。あの白くツヤツヤとした姿と言い、シャキッとした歯ごたえといい、クセのある味といい、カレーにはらっきょうしかないだろう」

「さすがはオジサマ理事長、大人らしいツウな好みですわね!」

「おい妃沙、誰がオジサマだ!? それに全く褒められている気がしないぞ!」


 そんな事を言い合う妃沙と莉仁の横で、もう一人、険悪な雰囲気を纏っていた人物──現副会長の東條 知玲が近寄りがちな二人の間にさりげなく入り込んで距離を取らせつつ、主に莉仁に対して挑戦的な視線を送りハッと声を漏らした。


「まったく、前時代的な人間はこれだから困るんですよ。カレー単品では野菜が足りないでしょう。ピクルスを摂取することで効率良く栄養バランスも賄えるというのに、個人的な趣味に囚われてしまうとは残念ですね」


 片手に妃沙を抱き込み、莉仁から隠すようにして、不敵な笑みを浮かべたままそんな事を言い放つ知玲。

 だが、その言葉には莉仁はおろか、彼の腕の中にいる妃沙ですら頬を紅潮させて反論している。


「ピクルスでは酸っぱすぎてカレーの味を損なうではありませんか! 野菜を摂取したいのであれば、サラダを一緒に食べれば良い事ですわ!」

「そうだぞ、副会長! ピクルスごときで食物繊維が足りることはない上に味が変わってしまうのでは添え物としての役割を果たしていないだろう!」

「味で言うなららっきょうだってピクルスと良い勝負でしょう!? それに妃沙、福神漬けにも色々な種類があるのに、君が好むのは真っ赤なアレで、いかにも身体に悪そうじゃないか!!」


 侃々諤々の討論が交わされる室内。

 だが、新たにその場に加わった人物もまた、カレーの添え物には一家言を持つ人物であったのだ。



「何を言ってるんだ、お前たちは!? そういうことはパクチーを盛ってから言え!」



 途端に声を荒げる元から室内にいた三名。

 曰く、パクチーでは味が変わり過ぎるだの、苦手な人が多くて万人向けではないだの、俺は嫌いだだのと好き勝手絶頂に叫んでおり、もはや室内は収拾がつかない。

 そしてまた、その内容は、本日、学園に衝撃を齎した内容とは関係なさすぎるもので……言ってみればとても『どうでも良い話題』だ。

 だから、悠夜の後からその部屋にやって来た、淡い水色の髪を持つやたらと整った容姿の人物はその様子を見、腕組みをしながら入口に仁王立ちして黙って見守っていたのだけれど。



「何やってんだ、お前達!! カレーの付け合わせなんか本人の自由だし今はどーーだって良いだろーがッ!! 何の為に集まった!? アアン!? 副会長選挙について話す為じゃねぇのかよ、この脳みそ幼児ども!!」



 見た目の割に沸点の低い次期生徒会長候補、玖波(くば) (ひじり)

 彼のあまりの剣幕に、室内にいた四名は肩を縮こまらせて「すみません」と平身低頭するしかなかったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「河相 萌菜、一年生。出馬理由は『萌菜の方が可愛いから!』……だ、そうだ」



 ハァ、と溜め息を吐いた莉仁が、手にした応募用紙らしい書類をバサリと机上に投げ出し、眼鏡を軽く上げて眉間の辺りを揉みしだいている。

 先ほどのカレーの付け合せ論争も、元はと言えば『副会長職に容姿なんてカレーにおけるらっきょうみたいな物だろう』と呟いた所から端を発しているのだが、さすがに知玲も妃沙もその論争を復活させるようなことはしなかった。

 ごく正論を掲げる聖のキレ芸はとてもとても怖かったと見え、悠夜ですら縮こまってしまったので、耐性のない知玲や妃沙などひとたまりもないだろう。

 もっとも、事はとてもセンシティブな問題であるので、いざ真面目な会合の場になったからには当たり前の態度ではあるのだけれど。


「理由としては酷く軽いと申しますか……」

「意味がねぇよなぁ。そんな理由で立候補して来るなんざ、厚顔無恥とはこのことだぜ。天下の鳳上学園の生徒会も、ずいぶんとナメられたもんだ」


 言葉を濁そうとする妃沙のフォローを遮り、悠夜が怒りを露にして机をドン、と叩く。

 その大きな音に妃沙はピクリと肩を揺らして驚いているけれど、他の面々は全く同感であると見え、したり顔で頷いていた。


「今回の選出方法は今年から試験的に始めたものだし、立候補は認めないことにして彼女の申し出を突き返す事も出来るが……妃沙、どうする?」


 重苦しい雰囲気の中、テーブルに肘をついた状態で両手を組み、眼鏡を光らせる莉仁の様子に、妃沙は前世で観たことのある何処かの司令めいたものを感じたのだけれど、とてもそんな事を言える雰囲気ではない。

 そしてまた、その理由はどうあれ、立候補したからには彼女なりの理想があって、どんな学園を目指そうというのかという純粋な興味もあったし、元から候補者が現れたらその判断は生徒達に委ねようと思っていたのだ、選挙になることについて、妃沙に否やはなかった。


「理事長、そんな横暴は許しませんわ。理由はどうあれ、立候補をして下さったのですもの、やる気だけはわたくしより上かもしれませんし、彼女の演説も聞いてみなければ不公平ですわ」


 それに、と、少し声を落として一瞬だけ知玲に視線を向ける妃沙。

 その些細な視線の意味に気が付いたのは、この場では莉仁と知玲だけだ。

 もしかしたら、その行為の意味には妃沙自身ですら気が付いていなかったのかもしれないけれど、彼女を想う男達にとっては重要な意味を持つものらしく、微笑みを浮かべたり苦虫を噛み潰したような表情のまま、妃沙の言葉を待っている。


「……純粋な想いというのは時に人の心を動かしますから、もしかしたら、わたくしよりも人心を掌握する可能性だってあると思うのです。

 もちろん、わたくしだって玖波先輩と共に頑張ろうと誓い合った身ですもの、決して負けまいという気概で臨みますけれど、もし、生徒の皆さまが彼女を選ぶのなら、わたくしは潔く身を引く覚悟ですわ。

 ですから皆様、曇りなき(まなこ)でわたくしと彼女を見比べ、演説を聞いて下さいまし。そして、どちらが副会長として相応しいかを御自身の意思で選んで頂きたいのです。

 知玲様、貴方とて例外ではありませんわ。幼馴染だとか元婚約者だとか、そのような柵を取り払って彼女の言葉を聞いて下さいね。きっと……一番に知玲様に聞いて欲しいはずの言葉だと思いますから」


 先程まで幸せそうに微笑んでいた知玲の顔色がサッと青くなる。

 そしてまた、その言葉を受けた莉仁や他の面々も、何やら不穏な空気を察して口を閉ざして二人の様子を見守る事しか出来ずにいるようだ。


「妃沙、それはどういう意味? あんな理由で立候補して来て、もしかしたらその能力(スキル)の影響で彼女が君を凌駕してしまったら、生徒会どころか……僕と君の関係まで変わるというの?」


 血相を変えて立ち上がり、不安を隠そうとしないまま妃沙の腕を掴んで問い正す知玲に、妃沙は優しく微笑んで言った。



「わたくしを誰だと思っているのです? 負ける事が何よりも嫌いなわたくしが……ましてや玖波先輩と共に頑張ろう誓い合った後でみすみす副会長職を譲るなどあり得ませんわ!

 けれど……彼女には彼女なりの想いと理想と夢があることも忘れて欲しくない。それだけのことですわ」



 ニコリと微笑んだ妃沙の表情はとても明るくて、室内の人々は彼女の決意を前向きに捉えたし、彼女の理想や演説内容についてもっと聞きたいと、積極的に質問を投げかける。

 妃沙もまた、穏やかな雰囲気でそれに答えていて、時たまアドバイスを要求したりしてその会合を楽しんでいる様子ではあったのだけれど。



「……理事長、貴方に協力を要請するのはとても不本意なのですが……妃沙、何か隠してますよね」

「河相 萌菜に呼び出されて二人っきりで視聴覚室に行ったという報告が上がってるな。防犯カメラからその内容を復元することも出来るけど……タダで、とは言えないな」

「……クッソ……。次のイベントは妃沙のエスコートを理事長に譲ります。それで充分でしょう?」

「良いだろう。思いっ切りロマンチックなイベントをエスコートさせて貰うよ」



 くつくつと笑う莉仁と苦虫を噛み潰したような表情の知玲。


 奇しくも直前に二人が浮かべていた表情は、まるっきり逆となって二人の秀麗な顔に浮かんでいたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「あ、車、ここで止めて貰えるかな? 今日はここから妃沙と歩いて帰るよ」



 そう言って知玲が車を止めたのは、家までゆっくり歩いてあと三十分くらいの場所にある繁華街の一角。

 キョトンと首を傾げる妃沙に悪戯っぽい微笑みを送り、ちょっと寄り道をしようなんて言いながら妃沙を車から追い出すようにして降ろすと、自分もあっという間に外に降り立ってその隣に立つ。


「知玲様、何かご用でもおありなのですか?」

「うーん、用と言えば用かな。こうして二人で街を歩くのも久し振りだし、前世(むかし)みたいなちょっとジャンクな食べ物が恋しくなっちゃってさ。家には連絡しておいたから付き合ってよ」


 その手回しの良さには思わず舌を巻く程だけれど、知玲がこうして前世(むかし)を懐かしむ時は何かに悩んでいる時だと、妃沙は正確に理解している。

 そして、その原因の多くが自分に関わる事である、ということも。


「……まったく。仕方ありませんわね。知玲様、いつまでこうしてわたくしに甘えるおつもりなのですか?」

「一生、かな」


 フフ、と楽しそうな微笑みを漏らす知玲の表情は、妃沙も見慣れているもので……けれども彼女はまた、その表情をたくさん見守る事が出来る『今世(いま)』に満足している自分にも気が付いている。

 そして自然な流れで知玲に取られる手も、その隣を歩くことも……いつしか当たり前に見上げることに慣れてしまっていることも、妃沙にとっては安らぎであると心の底から思ってもいるのだけれど。


「困った方ですわね、まったく……。わたくしなどいなくても、一人で何でも出来るはずですのに! 自立なさい、自立を!」


 そんな憎まれ口めいた言葉を吐いてしまうのはご愛敬だ。

 そして知玲も、そんな彼女の本心を正しく理解しているので幸せで仕方がないのだ。

 龍之介のこうした言葉は本心で……俺なんかの側にいてくれるなという、まさしく拒絶の言葉だったから、気付かないフリをしていたのだけれど。

 妃沙ときたら、それはただの憎まれ口で、その心の奥底には深い愛情と……本当は前世から構って欲しかったんだという本心が見え隠れしているのだ。

 それでなくても愛らしい容姿の彼女の精一杯の可愛い虚言を、愛しく思うなという方が無理な話だ。


「僕が一人で何でも出来る人間じゃないことは妃沙が一番良く知っているでしょう? 取り繕うことは上手くなったけどさ、ヘタレだし、我が儘だし……弱虫だよ、本当は」


 困ったように笑うその表情は、前世では見た事がなかったな、と見つめていると、不意に屈んだ知玲が妃沙の耳元に口を寄せて言った。


「……そんなに見つめられたら期待に応えてキスしたくなっちゃうけど……良いの?」

「何をおっしゃるのですかッ! まったく貴方という方は油断も隙もないッ!」


 トン、と軽く肩を押してやれば、アハハと楽しそうに笑う知玲の顔が遠ざかって行く。

 その様子を少しだけ──1ym(ヨクトメートル)くらいな!──残念に思いながらも、表面上はそんな素振りは見せないようにと取り繕う妃沙だけれど……当然、知玲にはお見通しだ。

 けれど、彼女のそれに深い意味などない、期待するなと、長年言い聞かせて生きて来た知玲のスルースキルもまた、妃沙と同等レベルで頑強なものであるらしい。


「ま、そういうことにしておいてあげるよ。さ、今日は何を食べようか? 理事長とは回転寿司で悠夜はファストフードだったっけね」

「……良く覚えていらっしゃいますわね……」

「当たり前でしょ。恋敵(ライバル)よりは前を走らなきゃ。僕はさぁ……自分が有利だとか、考えないことにしてるんだ」


 フフ、と微笑みながら、握られた手にキュッと力が籠もるのを感じ取る。

 その手は今の自分の手よりずっと大きくて……ああ、そう言えば前世での自分は、こんな風に夕季(ゆき)の手を優しく握った事があったか、なんて考える。

 たぶん……なかったのだ。前世の自分(りゅうのすけ)であった時代は、極限まで他人との交流を避けていて……相手が夕季でも、その体温を感じてしまうと弱くなってしまうような気がしていたから。

 だが、そんな妃沙の心情を知ってか知らずか、相変わらず楽しそうに微笑みながら、知玲は言葉を続ける。


以前(まえ)にも言ったと思うけど、僕は君自身の意思で僕の側にいたいって思って欲しいと願ってる。縛り付けたり、重荷を背負わせたりはさ……この世界では絶対にしたくないからね。

 君が僕の側にいたいって思えるようになるには、僕はまだまだ弱いし経験も……いや、何もかも足りないと思うけど、でも、それは君と一緒に成長して行ければ良いと思ってるから、焦ってはいないんだけどね」


 そこで言葉を止め、立ち止まり、いつになく真剣な表情で自分を見つめる瞳から目を反らすことなど、妃沙には出来ようはずもなかった。



「……妃沙。君が何を思っているのか、僕には解らないよ。だけど、僕の気持ちを疑う事だけはしないで。僕の心は真っ直ぐに……ずっと以前から、君だけに向かってる。それだけは絶対に信じていてね」



 思わず頷かざるを得ない程に強い光を宿した瞳に射抜かれて、けれどもそれは決して嫌な感情ではないことにも、妃沙は気付いている。

 だが、あまりにも悲壮な表情の知玲に対して何を言うべきかと悩んでいるうちに、あっという間に通常営業に戻った知玲は妃沙の手を引いて繁華街を歩き出した。


「ラーメンなんかどう? 今ならサービスで餃子も付けるよ!」

「良いですわね! けれど、わたくしはラーメンだけで精いっぱいですから、知玲様の餃子を一つだけ分けて下さいまし!」

「あーんしてあげようか?」

「余計なお世話ですわっ!」


 アハハ、と笑う知玲の横顔は、何だか妃沙の知らない人のようで……けれども確かに知玲で。



 ──副会長という、知玲が全うしたその役職を、どうしても自分が引き継ぎたいなと、妃沙は決意を新たにしたのであった。


◆今日の龍之介さん◆


龍「ほうれん草にクリームコロッケ!」

知「トマトアスパラにスクランブルエッグ!」

莉「カレーはやっぱりチキンカレー! それにチーズが最強だ!!」

悠「若者は肉を食え! カツがなきゃ始まるらねぇだろ!!」

聖「てめェら、いい加減にカレーから離れろッ! 食べたくなるだろ!!」

一同「(´・ω・`)……?」


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