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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
113/129

◆110.宣戦布告!

 

「妃沙ちゃん、ちょっとだけ萌菜(もな)に付き合ってくれない? 話があるの!」


 それからしばらくしたある日の午後のこと、教室で弁当を食べていた妃沙の机にドン、と両手を突き、可愛らしく頬を膨らませながら仁王立ちする美少女が現れた。


「ごきげんよう、河相(かわい)さん。今日も元気があってお可愛らしいですわね」

「ありがとう妃沙ちゃん……って違うの! そんなこと言われたって萌菜、騙されないんだからね!!」


 キョトン、と首を傾げる妃沙に対して、頬を膨らませたままズイ、と顔を近付ける萌菜。

 美少女が二人で顔を寄せ合う様はほのぼのとしたもので、また、片方の金髪ちゃんにはまるで危機感はなかったので平和そのものの様相だったのだけれど、

 詰め寄っている側のピンクブロンドの少女は自分の剣幕がまるっきり通じていないことに更に腹を立てているようで、一旦顔を離してツイ、とその細い人差し指を金髪ちゃん──妃沙の鼻の先に突き付ける。


「ちゃんと萌菜の話聞いてた!? 顔貸してって言ってるの!! 萌菜、もぉぉーー我慢出来ないんだからッ!!」

「お話するのはやぶさかではございませんけれど……今日は長江先輩はご一緒ではございませんのね」

「はぐらかさないで!! 三年生は今日、進路のオリエンテーションがあって、希望者はその後、大学見学に行ってるって、妃沙ちゃんだって知ってるでしょ!? 知玲先輩だって参加してるんだから!!」


 その言葉に、ああ、と妃沙が声を漏らす。

 部活を引退してからというもの、ことあるごとに妃沙と行動を共にしたがる知玲だが、今日は参加が義務付けられた学校行事がある為に朝から行動を別にしている。

 萌菜の護衛──長江 誠十郎(せいじゅうろう)も三年生である以上、そちらに参加しているのだろう。

 何故だか二人が一緒にいない事に対して妙な落ち着きのなさを感じている妃沙の横から、険しい声が聞こえて来た。



「場所を移さなきゃ出来ないような話なのか? 話ならここですりゃ良いじゃねぇか」



 妃沙の隣で弁当を食べていた葵が、警戒心を露わにして萌菜を厳しい表情で睨みつけている。

 ちなみに、普段は一緒に弁当を食べている大輔と充の二人は、大輔が今日はどうしても大盛カレーの気分だと言って連れ立ってカフェテリアに出向いている。

 更に言えば、突然言われたので弁当を持参しているはずの充もそのくらいは朝飯前だと大輔に付き合うことにしたようで、今頃は充の弁当をつつきながら二人でカレーを食べているに違いない。

 こういう時、女子の身体では付き合ってやれないのが残念だな、なんて妃沙は思っていた所だ。


「そうだよ! ここじゃ駄目だし妃沙ちゃんと二人きりで話がしたいの! 葵ちゃん怖いし、関係ない話だから黙ってて!」


 鋭い葵の視線を弾き返す程の視線を葵に送り、萌菜はそのまま妃沙に向き直る。

 だが、ただでさえ重篤な妃沙好き病を患っている葵だ、怖いだの関係ないだのと言われたくらいで要注意だと認識している萌菜と、大切な妃沙を二人きりにする訳にはいかないと、ギュ、と妃沙の腕を抱き込んだ。


「関係ないかどうかは話を聞いてみないと解らねェだろ。ここで話せないような物騒な内容なら妃沙には絶対には聞かせない。二人っきりにするなんてもってのほかだ」


 そう言い切る葵の表情はとても凛々しくて、妃沙などは緊迫した雰囲気にも関わらず思わず見惚れてしまった程だ。

 もっとも、切羽詰まった様子の萌菜でさえ『可愛らしい』で済ませてしまう妃沙だ、話とやらの内容は解らないけれど、どうしても周囲が感じている程の警戒心は抱けないのである。

 それに、知玲から彼女が『転生者』であるらしいという確たる証拠を聞いていたので、一度、二人でゆっくり話をしたいとすら思っていたところだ。

 自分の素姓を彼女に明かすつもりはないけれど、その話に及ぶなら確かに葵がいては踏み込めないし、何より、多くの教師が大学に向かう為に、一年生、二年生の午後の授業が休講になる今日、

 久し振りに部活の休みが重なった葵と大輔は二人で出掛ける約束をしているはずだ。

 そんな彼女を自分の事情に巻き込む訳にはいかないと、妃沙がポンポン、と葵の腕を優しく叩いて解放させる。


「大丈夫ですわ、葵。わたくしも河相さんとお話したいと思っていたところですし、何やら大切なお話のようですから、わたくし一人でお伺いしますわ」

「でも……」


 尚も何か言い募ろうとする葵の額に、ピン、とソフトタッチのデコピンを送ってやる。

 自分を心底心配してくれている葵の気持ちは本当に嬉しいし、妃沙だって葵とは一緒にいたいのだけれど、今日はそうもいかない事情があるのだ。

 そしてまた、おそらくは斜め上を行くだろう彼女の話とやらは、葵を混乱させるだけだと思ったのである。

 なので妃沙は、慈愛に満ちた笑顔で葵を見やって言った。 


「今はもう、わたくしだけの守護騎士様ではないのですもの、たまには大輔様のお姫様にして差し上げなくては、わたくし、大輔様に嫌われてしまいますわ」


 でも、と更に何かを言いかけた葵の頭ポンポン、と優しく撫で、うっとりとするような微笑みを浮かべる妃沙。


「お話が済んだら必ず連絡しますから。こんなことで大輔様との約束を反故にしたら、わたくし、葵を軽蔑しましてよ?」


 そうして呆気に取られている萌菜を促し、教室を出て行く妃沙。

 呼び付けた側である萌菜が慌てた様子でその後を追うという、どちらが呼び出したのだか解らない状態で妃沙と萌菜が教室を後にすると、教室内が一瞬だけシン、と静まる。

 このクラスの人物達は妃沙に多大な信頼を抱いている上に、河相 萌菜という人物はその言動が怪しすぎることで有名だったので心配するのは無理もない。

 だが、その中でも妃沙を一番心配しているだろう彼女の親友──遥 葵が何もしないのにチャチャを入れて良いものかと誰もが手を出しあぐねている間に、美少女達は教室を後にしてしまったのである。


「……妃沙……」


 そして、捨てられた子犬のような切ない瞳で彼女達が出て行った教室の出口を見つめている葵に対しても、誰も声を掛けることが出来ずにいたようであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「それで? お話とは何ですの?」



 萌菜が、というよりは彼女の指示に従って先導した妃沙がやって来たのは視聴覚室だ。

 教材として映画を観たりする場合に使用する為に設置された部屋で、放課後は映画研究部が主に使っているのだが、優れた防音設備がなされた部屋なので生徒会役員も機密事項の協議を行う際に使っている。

 一クラスは入れるだろう席数があるのでとても広いのだが、今、妃沙と萌菜は最奥部のスクリーン前で向かい合って立っている。

 妃沙は淡々とした表情だっだけれど、対する萌菜は未だむくれており、ぷくっと片頬だけ膨らませるなんていう器用な表情の上に手に腰を当てて仁王立ちまでしているものだから、妃沙としてはたまったものではない。

 思わず目を反らして笑うのを堪え、空気をブチ壊さないようにする程度には彼女も成長しているようだ。


「知玲先輩から次期副会長に指名されたんだってね。何で? 何で妃沙ちゃんなの!? それって萌菜の役目じゃん! 妃沙ちゃん、どうして萌菜の邪魔ばっかりするの!?」


 瞳に涙すら浮かべながら自分を詰問する少女。

 女性や子どもは泣かせてはならない、もし泣いていたら全力でその原因を排除すべし、という心情を前世から引き継いでいる妃沙だけれど、何故だかその時の萌菜に対しては助けてあげたいとか守らなければという気持ちにならなかった。

 彼女が演技でそんな表情をしているのならまだしも、少なくとも妃沙の目には演技には見えなかったのに何故だろう、と不思議に思う妃沙の前で、萌菜の詰問は続く。


「萌菜、もう決めたの。逆ハールートは諦めてターゲットを絞ろうって。皆にモテモテになるはずだったのに本当に口惜しいけどね!

 でも萌菜、一番好きなの知玲先輩だったし、この世界でも一番優しくて格好良いのってやっぱり知玲先輩なんだもん!

 妃沙ちゃんは莉仁様ルートにも、悠夜先輩ルートにもまだ進める余地があるじゃない! 聖先輩ルートなんかこれからだし! だから、知玲先輩は萌菜に譲ってよ! 萌菜、知玲先輩ルートだけは絶対に譲りたくないの!!」


 相変わらず訳の解らない発言には頭痛すらしそうな程だ。

 だが、わざわざこうして防音設備の整った室内に二人きりでやって来ているのだ、彼女が『転生者』であるということと、もう一つ、妃沙には確かめたいことがあったのである。


「河相さん、貴女の言う『ルート』なるものがわたくしには全く理解が出来ないのですけれど……その、なんでしたっけ、マジックワルツ?」

「マジシャンズ・ハーモニー!!」

「……ああ、そんな名前でしたわね……。その、マジシャンズ・ハーモニーというのは何なのですか? 攻略対象だのルートだのという貴女のお言葉も、わたくしにはちんぷんかんぷんですわ。

 それこそ、北海道と沖縄の場所が一日で入れ変わってしまうくらいの有り得なさと申しますか……」

「何言ってるの、妃沙ちゃん。そんな難しいこと言ってごまかそうとしたって無駄だからね! 北海道と沖縄の位置が変わるなんてあるワケないでしょ!!」


 興奮状態にある彼女は、今、妃沙の口から出た『この国には(・・・・・)存在しない土地(・・・・・・・)』の名前が出たことに何も疑問を抱いていないようだ。

 以前も知玲が『スカイツリー』というワードを知っていた彼女に対して、転生者に間違いないと確信を深めたという話は聞いていたのだけれど、なるほど、彼女はどうやら『日本人』であった過去を持つと見える。

 これは知玲とも相談すべきかと一人思い悩む妃沙をよそに、萌菜の口調はますます強さを増して行く。


「マジシャンズ・ハーモニーでは萌菜はヒロインなの! それで攻略対象者と仲良くなって、恋に落ちて幸せになるのが萌菜のお仕事なの! なのに……どうして邪魔するの、妃沙ちゃん!?

 妃沙ちゃんなんて、ただのライバルキャラでしかなかったじゃん! そりゃ、確かに一番手強いライバルキャラだったけど、それでも萌菜がステータスを上げればみんな萌菜に優しく微笑んで好きだよって言ってくれるはずなのに……!」


 興奮し、ますます何を言っているのか解らなくなって来ている萌菜。

 彼女の脳内では筋の通ったことなのだろうけれど、あいにくと妃沙はそのマジシャンズ・ハーモニーとやらを全く知らないし、彼女が転生して来たからといって無条件で特別な存在になどなれるはずもない。

 どうやら転生者であるだけではなく、以前に知玲と仮説として話をしていたように、()の世界でやり込んでいた乙女ゲームの中に転生するという経験をしているようだ。そしてまた、自分も知玲も彼女の中ではその登場人物のようである。

 だが、話の内容から想像するに、河相 萌菜という美少女はとても勿体ない生き方をしているのではないかと思い至り、妃沙はフゥ、と溜め息を吐いた。


「……河相さん」


 こんな時、妃沙を支配するのは『龍之介』の意識の方が強くなる。だから、やたらと低い声が出てしまうのはご愛敬だ。

 そしてその迫力は、興奮状態にある萌菜をも黙らせるほどに圧倒的なオーラを放っていたのである。



「貴女がこの世界をどう思おうと、どう過ごそうと勝手ですけれど……この世界はゲームの中ではなく『現実』なのだと認識なさった方が貴女の為なのではございませんか?

 貴女が誰を想おうと、誰から想われようと、それは相手の方の真実の気持ちに訴えかけるものなのですもの、ゲームだから、とか、ヒロインだから、とかいう理由で上手く行くことなど、ありはしませんわ」



 現実を見て今を全うして幸せになれと、その願いを込めた妃沙の言葉。

 だが、人の意見を聞く事をすっかり放棄してしまっている自称・ヒロインは相変わらず怒りを込めた瞳で妃沙を睨みつけている。


「そんなこと言って、萌菜を知玲先輩から遠ざけようとしたって無駄なんだからね! 萌菜、もう決めたの。どうせルート通りに行かないなら……萌菜が妃沙ちゃんになるよ。

 悪役になろうがお邪魔キャラだろうが……絶対に知玲先輩ルートだけは死守してみせるから! この可愛い顔と完璧なスタイルで、知玲先輩に好きになって貰うんだから!!」


 泣きながらそんな事を言い放つ萌菜。

 相変わらず言っている意味はまるで解らないけれど、以前にも感じた狂気めいたものは何処か強くなっているようだ。

 そしてまた、涙を流す女子を相手に強い言葉を続ける事が出来ない妃沙に対し、萌菜は再び言葉を続ける。


「マジシャンズ・ハーモニーはね、萌菜が唯一完全攻略出来なかったゲームなの。色んな乙女ゲームをやり尽くした萌菜ですら、みっきゅんを攻略するのに時間がかかって……。

 でも頑張って頑張って、あの日、朝までかかってやっと逆ハールート目前だったの! なのに突然、目の前がパーンってなって今の萌菜になっちゃってたの!

 逆ハールートが終わったら本命の知玲先輩ルートをゆっくり攻略しようとしてたのに……出来なくて、口惜しくて口惜しくて……そしたら萌菜になってた。神様がチャンスをくれたんだって思って当然でしょ!?」


 えーと、ますます何を言っているか解りませんわ、という言葉も、何故だか真剣な萌菜を前に口に出す事が出来ない妃沙。

 なるほど、前世で彼女がそのゲームにハマり、転生したこの世界がゲームの世界に酷似しているらしいということは真実なのだろうということは何となく理解した。

 ……だが、それだけだ。

 妃沙にとってこの世界は現実で、人生を全うすべく生まれ変わり、関わった人々の幸せを守りたいと前世より強く願っている世界だ。

 そんな世界をゲームだの何だのと言われては混乱するし……少しだけ、面白くはない。


「だから、無条件で知玲様が河相さんを好きになるとでも思っていらっしゃるのですか? それは……あまりに知玲様に失礼なのではありませんか? この世界はゲームではないのです、知玲様には知玲様の心が宿っているのですよ?」

「そんなワケない! だって実際にゲーム通りのイベントがいっぱい起きてるんだもん! ちゃんと選択肢通りに行動すれば知玲先輩だってきっと萌菜を好きになるはずなんだもん!」


 そう言い切る彼女から感じるのは……もはや狂気だ。

 だが妃沙には、何故だかその中に純情めいたものも感じてしまっていて……それがこんなにもイライラさせているのだということに気付かずにいる。


「……とにかく! 妃沙ちゃんがヒロインルートを通るなら、萌菜は悪役ルートで知玲先輩を必ず落とすから! お助けキャラも良い感じに動いてくれるし……あとちょっとなんだから!」


 お助けキャラとは何だと問おうとする妃沙の眼前に、萌菜の白い指が突き付けられる。


「宣戦布告、したからね!」


 そう言い捨てると、バタバタと妃沙の前から駆け去って部屋を出て行く自称・ヒロイン。

 その勢いに、妃沙は何も言う事が出来なかったのだけれど……。



「……知玲様が、お好きなのですわね、あの方……」



 今までにもそんな存在と対面した経験がない訳ではなかったし、彼女のそれは果たして本気なのかどうか怪しいところではあったけれど、とにかくにも一人の少女が自分の身近な人間への想いを口にした。

 そしてそれは自分を恋敵(ライバル)として認識する人物の顕現であり、ゲームだのルートだのといった言葉の中にも、彼女の本気を感じ取った妃沙。



 ──こんな時、自分がどのように対応したら良いのか彼女にはまるで解らずにおり、そしてまた、普段なら真っ先に相談している身近な存在に相談することが出来ないという現実に、少なからず心がざわついていたのである。


◆今日の龍之介さん◆


龍「乙女ゲームってアレだろ? お助けキャラの力を借りて女王を目指すっていう……」

萌「マジハーは違うよ! 自分を磨いて攻略対象者とラブラブするゲームだって言ったでしょ!?」

龍「じゃあアレか。潰れそうな部活を横暴な先輩をかわしながらズンバラリーンって魔法を使うっていう……」

萌「そんなの聞いた事もないよ!? ズンバラリーンって何!?」

龍「えーと、じゃあアレか? 命が宿る人形を創って成長させるっていう……」

知「……どうでも良いけど、次回はまた幕間だってさ。主人公はヒロインちゃんらしいよ?」

龍&萌「!!??」


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