◆105.未来はトランスフォーム
「よし、それじゃまずは少し身体をあっためようぜ!」
ニカッと笑った悠夜がそう言って妃沙を連れて来たのは、ボウリングやカラオケ、ゲームセンターに映画館、小さいながらも室内遊園地まで併設された総合アミューズメントパークだ。
かなり大型なそれの設立に合わせて電車や道路が整えられるくらい、政府肝入りの施設として建設されたその場所は、当然のことながら若者を中心にかなりの人気スポットとなっている。
移動手段としては電車、バスという公共機関の他に、海に面した立地を利用した船という手段であったり、隣接したテレビ局用に作られたヘリでの移動というエンターテインメント性に溢れたものも存在するようだ。
そして今、妃沙は悠夜にこっちこっちと引っ張られ、大きなボウリング場へとやって来ていた。
「妃沙、ボウリングの経験は?」
「ございませんわ! けれど、一度やってみたいと思っていたのですわ!」
ここに来るまでに見せていたシリアスな表情は何処に消えたのかと思わず探しそうになる程にキラッキラの笑顔である。
だが、ボウリング場になど行ったら騒ぎになること必至だったし、ボールなど構えたらそれこそ通報されるに違いないという予感めいた確信があった前世では挑戦しようと思ったことすらなかったし、
この世界の姿であればそんな危惧はせずに出来そうではあったのだけれど、何故だか今まで機会に恵まれていなかったのである。
妃沙が行きたいと言えば知玲あたりは連れ出してくれそうなのだけれど……知玲の最高スコアは50。そう、最高スコアが50なのである。
夕季であった時代から何故だかボウリングだけは苦手であったと見え、見事にこの世界にもその弱点を引き継いでしまっているので、出来ればボウリングとは関わらずに一生を終えたいと思っているようだ。
そして妃沙も、この世界では前世で出来なかったことが色々出来すぎて、今の今までボウリングにまで手が回らなかった状態であったので初体験のそれを目の前にしてウキウキしている。
なお、この経験のおかげで妃沙が知玲にも行きましょう、なんてお誘いをすることがあり、上手く交わした知玲だったが、原因を作った悠夜に恨みごとを零す一幕があったのだが、それは余談である。
場所は、コーン、と、ピンが倒れる音が響く広い場内。
靴を借り、悠夜のアドバイスに従って自分に一番合っていそうなボールを持ち込み、悠夜と二人で座るアプローチ後ろの待機席で悠夜から簡単なルールの説明とアドバイスを受けている最中だ。
だが、悠夜が話している間も、話はちゃんと聞きながら『自分、早く投げたいッス』という空気がダダ漏れで、そんな様子を可愛く思ってしまう悠夜の説明はおざなりになりがちだ。
それもそのはず、今、二人の距離はごく至近距離で、お互いの吐息が相手にかかる程の距離なのだ。
ごく間近で想い人のキラキラした笑顔を見せつけられ、恋する高校生にドキドキするなという方が酷な状態……な、はず、なのだけれど。
「良いか、アプローチには一人で立て、隣が投げている時にはアプローチに上がるな、ファールラインは絶対に越えるな、スパットを良く見ろ!」
「はいコーチ! 腕は真っ直ぐ、押し出すように。スパットの真ん中を目安に、最初はカーブがかからないようにそっと押し出すように、ですわね!?」
「その通り! 良く出来た弟子を持って俺は嬉しいぞ!!」
……どうやら悠夜はボウリング経験が豊富で一家言を持っている人物だったようである。
いつもの、どちらかと言えばクールな悠夜の表情にアツい何かが浮かぶ。
そして『弟子』と称された水無瀬 妃沙──勝負ごとにおいてアツい彼女が発奮しないはずもなかった。
「フフフ……。ついに、わたくしの必殺技を披露する日が参りましたわ……」
ボウリング経験がないと言っていたのはどの口だと、莉仁あたりが一緒であればツッコミが入ったかもしれない。
だが今、この場にいるのはそんな妃沙を肯定的に見つめている、その髪と同様にアツい心の持ち主である悠夜しかいない。
そもそもが立っているピンを粛々と倒すだけの競技に必殺技などあるはずもない。むしろ、余計なことをするなという声すら聞こえそうな程である。
しかし、火が付いた妃沙を宥めることなど、それこそ前世から付き合いのある知玲にも出来ないことであるし、その知玲もここにはおらず、その相手は妃沙を煽る始末だ。
「良いぞ、妃沙! 場内の人間の度肝を抜いてやれ!」
サムズアップでレーンに向かう妃沙を送り出す悠夜。その姿はまるで熱血教師のようだ。
「……ご覧下さいまし、悠夜先輩。わたくしが考案した必殺技……!」
不敵に微笑んだ妃沙は、左手に持ったボールに舌舐めずりすらしそうな蠱惑的な表情で見やり、直ぐ様その視線をレーンの先に鎮座するピンに向ける。
バランスの悪いそれらを倒すだけ、というこの競技。
小柄で非力な妃沙に合わせて悠夜が選んだボールは、女性には少し重いだろうと思われる十二ポンドの紅い球。
もう少し軽い球でも、と一瞬考えた悠夜だったけれど、この十二ポンドの球の紅が己の髪の毛を思わせる真紅だったことと、妃沙が女性用に難色を示したことに端を発して決められたそれは、妃沙の腕の中でキラキラと輝いている。
「いきますわ……!」
手にしたボールにチュ、と音を立てて唇を当てないキスを落とすと、クォォーーと何処から出ているのか解らない息を吐き、彼女は叫ぶようにして言った。
「超回転・ブラックホールボーーーール!!!!」
声高に告げられる、どこぞの漫画にでも出て来そうな必殺技めいた声に、場内はシン、と静まり返り、ちょうど一人でレーンに立っていた金髪の美少女にギン、と注目が集まる。
だが当の本人はそんな視線など意に介した様子もなく、一心不乱に、ひたすらにレーンの奥のピンに刺すような視線を送っている。
そしてス、と脚を踏み出し、ボールを持った左手を大きく背後に大きく反らし、キッとレーンを見据えたまま右手で一番ピンを指差す。
その圧倒的なフォームにツッコむ声すら出ず、場内の人々はひたすらに彼女を見守っている。
「ウォォォォーーー!!」
美少女らしからぬ野太い声が響き渡り、レーンに落とされたボールからキュルキュルッと有り得ない音が鳴る。
そしてボールは何やら煙すら起こしながら、超高速で回転しながら一直線にレーンを走って行くではありませんか!!
「「行っけェェーー!!」」
妃沙と悠夜、そして場内の声がボールに乗る。
その声を一身に受け、キュルキュルと回転しながら、真っ赤なボールがレーンを走り……
──コロン、と、ガーターレーンに堕ちて行った。
───◇──◆──◆──◇───
「ブッワッハッハッ! 大見栄切ってアレとはなァ! 妃沙おまえ、ホント面白過ぎだぜ!」
「う、うるさいですわ、悠夜先輩! 初心者のわたくし相手に本気を出してボロ勝ちするなんていう人でなしのくせにッ!」
今、悠夜と妃沙は真剣ボウリング勝負を終えて手近にあったファストフード店で昼食を摂っている所だ。
妃沙はフィッシュバーガーとサラダにアイスコーヒー、悠夜はダブルのハンバーガーにナゲットにコーラといういかにも若者という組み合わせだが、好みの集結されたそれを二人は美味しそうに頬張りながら談笑している。
その表情は先ほどのボウリング対決でボロ負けした妃沙が頬を膨らませて不満げな表情であるのに対し、勝利を掻っ攫った悠夜は太陽のように明るい満面の笑みという、対象的なものであったけれど。
「だから最初に言っただろ? 初心者にカーブボールなんて投げられる訳ねぇんだから出来るだけ回転させないように優しく投げろって」
「ですから一投目以降はそうして真っ直ぐに投げたからこそ悠夜先輩とも良い勝負が出来たのではありませんか! いつまでも一投目のことを引き摺るのはよろしくなくてよッ!」
「良い勝負、ねぇ。ダブルスコアをそう呼ぶとは、この国は随分とお前に甘いんだな」
ぷくく、と悪戯っぽく笑う悠夜と対照的に、ぷぅ、と頬を膨らませて恥ずかしそうに頬を染めながらそっぽを向くのは、恥ずかしさを隠す時に見せる妃沙の癖なので本人に意図するところはない。
だが、周囲の……特に彼女に恋する男達にとって、その仕草は破壊力抜群だ。
何しろ、それでなくても容姿の整っている妃沙が『頬を膨らませる』という子どもじみたことをした上に『その頬に朱が乗っている』ことにナニかを期待させ、その上強がり全開な台詞付きとあっては恋する男達は一溜まりもない。
知玲が厳重に管理したくなるのも解るな、なんて、何処か達観した感想を抱きつつ、悠夜は相変わらず腹を抱えて笑っている。
「才能があるのは認めるよ。初めてであのスコアなら筋は良いぜ。その気になればプロにもなれるかもしれねぇが……超回転・ブラックホールボールは封印しておいた方が良いかもな」
「プロになどなりませんし、二度とその技名は言わないで頂けます!? わたくしの黒歴史の頂点なのですわッ!」
興奮し過ぎて暑くなったのか、パタパタと手で風を送りながら妃沙がチュウ、とコーヒーを啜る様に、悠夜の口角がニッと上がる。
悪戯っ子のような、それでいて色気に満ちたその表情をたまたま目にしてしまった通行人の女性が、持っていたトレーをボトン、と落とした為に周囲はちょっとした騒ぎになっているが、当人達は何処吹く風だ。
「……お前なら、きっとどんなことでも、本気で臨んだらすげぇ結果を出しちまうんだろうな。けど『何でも出来る』ことが果たして幸せなのかは……甚だ疑問だな」
ふと表情を真面目なものに戻して妃沙を見つめながらそんなことを呟く悠夜の様子に、妃沙はおや、と視線を戻す。
そうして紡がれる悠夜の、珍しい弱音めいた言葉を黙って聞いていた。
「どんなことも普通以上には出来る。特に努力も必要ねェ。何事も必要なのは要領だ、取り組んだ瞬間に上手くこなすコツが解るから、勉強もスポーツも……恋愛ですら、上手くやってきたつもりなんだけどな……。
いざ、今年で高等部を卒業って時期になって将来の自分の夢とか希望とかを考えた時、俺には何もねぇなってさ……悩んでんだ、これでも」
フ、と自嘲気味に微笑んだ悠夜は、そのまま頬杖を吐いて窓の外に視線を向ける。
本来の彼なら女子とのデート……しかも相手は本命だ、何の作戦もなく弱音を吐いたり、彼女から視線を反らすことなんて行為はあまり褒められたものではないし、決して表に出すことはなかっただろう。
けれど、水無瀬 妃沙、彼女のその大きな碧眼に見つめられれば、どんな相手もたちどころに自分の本音を晒してしまうのではないかという程に澄んだ美しい瞳をしていた──あくまで見た目だけは。
その実態は元ヤンの男子であるので、その心根まで純粋無垢であるとは決して言い切れないのが残念なところだ。
だが彼女は、見た目に反して濃い人生経験を積んでいるので包容力だけはやたらとあり、悩み多き思春期の少年が、つい悩みを吐露してしまうのも無理はないのかもしれない。
「……フフ」
そんな彼女の口から漏れた、優しげな笑い声。
思わず、あ、と声を出して、自分が年下の少女に愚痴めいたことを言ってしまったことに気付く悠夜だが、口から出てしまった言葉を取り戻すことは出来ない。
こうなりゃヤケだとでも思ったのか、そのまま僅かに頬を染めて言葉を紡いだ。
「高校生で先の先まで見据えて生きてる奴なんてのも少ないと思うけど、自分の夢だの希望だのに向かって努力してる奴を見てると、少しだけ……羨ましいなと思っちまうな。
俺には久能家の跡継ぎとして敷かれたレールがあって、その上を走ることに今まで何の疑問も抱いてなかったけど……いざそれが目の前にあると『本当にこれで良いのか』なんて考える普通の男だよ、俺は」
幻滅したか? と心配そうに想い人に視線を向ける。
と、そこには、楽しそうに両手で頬杖をつき、真っ直ぐに自分を見つめるとびっきりの美少女の笑顔があった。
「幻滅? とんでもありませんわ! 悠夜先輩のような方がいたって普通の感覚をお持ちであることが嬉しいくらいですのに。
そして何より、取り繕わずに御自身の気持ちを教えて下さることが本当に嬉しいですわ。わたくしも……少しだけ、他人様から色眼鏡で見られてしまう存在のようですしね」
少しだけ愚痴めいた言葉とは裏腹に、妃沙の表情はとても明るくて楽しそうですらある。
『真実の自分』のままではいられないことには、それこそ前世から慣れている妃沙だけれど、この世界ではそれがプラスの作用に働いていることは自覚している。
けれど、あまりの評価の高さに中身との乖離を感じることもままあって、そんな彼女だからこそ、周囲の評価と自己評価の違いに悩む様や、それでも周囲からの期待に応えようと努力する知人達には深い共感を覚えてしまうのだ。
彼女の周囲──親の期待や周囲が求める自分でいようと努力する葵であったり、周囲からの期待通りの結果を出そうと野球道を邁進する大輔だったり、評価の高い家族に引けを取らぬよう、そして愛する人に認め続けて貰えるようと努力を重ねる充であったり……
そして、東條 知玲。
彼こそ努力の権化だと、妃沙は思っている。
彼の存在こそ前世から知っているし、転生前から努力を惜しまない存在であったし、そんな相手を守りたいと、ずっと思っていた妃沙だけれど、知玲として生まれ、出会ってからの彼の努力はそれこそ血も滲むようなものだ。
持って生まれた才能に驕ることなく常にそれを磨き、得られる知識は逃さぬよう、出来る努力はすべてしようとでもしているのではないかという程に、知玲はとにかくひたむきに努力をしている。
それが何の為なのかは……少しだけ聞くのが怖くて、けれども察せざるを得ない、その理由。
妃沙は努力をする人間に対しては須らく応援しようと思っているし、自分もそんな彼らに負けないように自分を磨こうと思っている。
だから、特に文化祭から関わる事が多くなったこの生徒会長が、口では『努力なんかしなくても何でもそれなりに出来る』なんて言いながら、そうなるまでには相当の努力を重ねて来たのだろうことや、
本当は必死な自分の姿を誰にも見せたくないと思っている、強がりな『弟分』なのだという認識なのだ。
故に、そんな彼が想いを吐露してくれることは自分への信頼の証だと捉えており、そんな風に懐いてくれる弟分を、可愛いな、なんて思ってしまう性分なのである。
彼女に恋をする悠夜にとっては良い迷惑であることこの上ない。
だが、そんな彼女から掛けられた言葉を、悠夜はこの後ずっと、大切に胸の中に仕舞い込むことになる。
「結果を気にしているのは自分だけ。周囲はその過程を見ておりましてよ。自分の思う結果を得られたその時に周囲が祝福してくれるのは、そこに至るまでの貴方の努力が素晴らしいからですわ。
自分の未来について決め付けてしまうことはないと思いますわ。何歳になろうと、自分の可能性は永遠に探求できるのですもの、それこそ悠夜先輩が生きておられる限り。
レールが敷かれているのなら、そこに走らせる車両に御自身の色を付けたら良いのです」
フフ、と微笑みながらそんなことを言う彼女の姿は、本当に二つも年下の後輩なのだろうか、と、悠夜は一瞬だけ胡乱げな表情になるのだけれど。
「時に、悠夜先輩! 走る車両の最高峰と言えば新幹線ですけれど、わたくし、かねてより新幹線を真っ黒く装飾し、ライトの部分だけ真っ赤に光らせたら格好良いに違いないと思っておりますのよ!」
「ハァァーー!!?? 妃沙お前、今までのシリアスな雰囲気とか何だと思ってんだよ!? せっかく惚れ直してたっつーのに!!」
「嗚呼、紫に黄色のラインもよきですわねぇ……! 走ると黄色のラインがこう、空気中にスッと残像のように残って……!」
「人の話を聞けッ! 俺の告白をサラっと流すな!!」
もはや、走る電車がトランスフォームして巨大なロボにでもなりそうな幻想を語る美少女と。
恋心を深めた美青年が対面の美少女の両肩をガシガシと揺さぶりながら決死の形相で叫んでいるその様は、当然目立ってしまっており。
「キャーキャー! 『俺の未来』イベント、キタァァーー!! ねーねー、誠くん、妃沙ちゃんったら順調に悠夜先輩ルートに乗ってるよぉー! これなら知玲先輩ルートは大丈夫かもぉー!!」
「……そうか。ほら、萌菜、早く食べないと三つ目のショコラパイが冷めてしまうぞ」
やたらと甲高い声で叫ぶ少女と、それとは反対に渋すぎる声で甘い言葉を垂れ流す大男、というカップルも周囲の注目を集めていたのであった。
◆今日の龍之介さん◆
龍「おお神よ! この私に苦手をお与えになるとはなんという所業……!」
悠「そんなに大袈裟に取り繕ったってお前のスコアは変わらないからな!? ひでぇなこりゃ……」
龍「おお神よ! いつまでも仮初の勝利に酔う愚かな民に粛清を……!」
悠「負け惜しみもいい加減にしろ! そんなに俺に勝ちたいなら、今度手取り足取り教えてやるから……」
龍「キャー! 悠夜先輩のえっちぃーー!!」
悠「ばっ!? 急に豹変するな! 違う、違うんです皆さん……!!」




