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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
107/129

◆104.スウィート☆キトゥン

 

「妃沙、俺との約束、覚えてるよな?」


 ある日の午後。

 文化祭が終わったこの鳳上(ほうじょう)学園には平和な日常が訪れていた。

 相変わらず、知玲や充の周囲にはあの可愛らしい萌菜(もな)という少女がお弁当を作ったとかクッキーを焼いたとか携帯を落としたとか理由を付けては出没して来てはいたけれど、その度に知玲や充は……


「お弁当は妃沙が作ったのしか食べられないっていう家の掟だから」と断固拒否の体勢で臨んだり

「役作りでダイエットしているから甘い物は事務所から止められてるんだ」と、シュン、と表情を曇らせる演技を見せつけたりして撃退していた。


 LIMEで送り付けられて来た情報によると、莉仁(りひと)も彼女の携帯を無くした攻撃を「今直ぐ鳴らすから確かめよう……ああ、番号は生徒情報にあるから解るよ」とその場で鳴らし、やたらとピロピロとした着信音がその場で流れて来て笑っちゃったよねーなんていう出来事があったりしたようだが、学園は概ね平和であった。


 そんな中での、冒頭の言葉である。


「……約束?」

「忘れたとは言わせねェ! 文化祭の研究発表に知玲の手を借りる事を了承するかわりに、二人でデートする約束をしただろ!?」


 文化祭で発表した『天空水晶』の反省と今後の展開について話しながら、ふと、そんな事を言う悠夜(ひさや)に、不思議な物を見るような表情でコテン、と首を傾げる妃沙に、悠夜はハァと大きく溜め息を吐いた。


「ああ、確かそんな話もありましたわね。けれど生徒会長、あの発表はやはり知玲様の助力があってこそのものですし、ここだけの話、理事長にも助言を頂いておりますのよ?」

「それはどうでも良いんだよ! そういう約束だっただろ!?」

「そうでしたかしら……? あ、作り過ぎてしまったサーモンアボカドのサンドイッチ、召し上がりません?」

「あ、はい、ゴチになります」


 そうして悠夜にサンドイッチを提供し、モグモグしている間に紅茶を淹れ、あまつさえ微笑んで食べる様を見守る様子はまるっきり新妻のそれだ。

 もっとも、そう感じるのは妃沙にガチ恋をしている悠夜なればこそだろうけれど、老若男女関係なく、美少女の手料理を食べ、目の前で振る舞われ、挙句の果てにそれが物凄く美味しいとあっては愛好も崩れるというものだ。

 天下の鳳上学園高等部の生徒会長の悠夜とて例外ではない。ましてや、彼はマジで恋をする五秒前なんて時間はとっくの昔に通り越して口説きの体勢に入っているのだ。


「もごにびびばいがぎごうぼ……」

「生徒会長、食べるか喋るかどちらかになさいまし、お行儀の悪い! ほら、口元にソースが付いていますわ!」


 そう言って白いハンカチで口元を拭ってやった妃沙の手を、悠夜は真面目な表情を浮かべてグッと握る。

 そして、もう片方の手で器用に紅茶を飲み込んで口の中の物を片付けると、改めて、という態で妃沙に向き直った。


「妃沙に何処に行きたいか聞こうかとも思ったんだけど、今回は俺にエスコートさせてくれないか? 少しは良いとこ見せないといけないしな。

 この美味しいサンドイッチの御礼に、完璧なデートコースを設定してみせる!」


 俺様とは言え、人の心の機微には聡くて気の利く超絶美形な生徒会長。しかも今、部室には二人きりで、至近距離で見つめ合っているという色っぽい状況である。

 自称・ヒロインであれば、この状況を見逃す筈もない。乙女ゲームであれば『イベント』が起きるには充分なシチュエーションなのである。

 だがしかし、その場にいた唯一の『女子』は、あろうことか中身に男でヤンキーの魂を宿した、外見ばかりがやたらとキラキラしい美少女なのであった。


「約束ですから、一緒に外出は致しますわ。けれど……エスコートされるばかりではつまりませんわね……そこで、生徒会長、こういうのはいかがです?」


 悪戯っぽく微笑んだ妃沙が、コソッと悠夜に耳打ちをする。

 その提案は、妃沙が莉仁との『フィールドワーク』で体験した、男女二人で出掛けるにあたっては有効な『設定』で、現実の二人の関係性を変化させるものではないと、軽率に提案したのだけれど。



「恋人設定、だって? 良いぜ、望む所だ」



 ……野獣の本能を引き出すには充分すぎるパワーワードであったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



 そして約束のその日。

 妃沙は何だかグチャグチャと文句を言っている知玲と莉仁に『オトコの約束だから!』と言って知玲を爆笑させ、莉仁から言葉を奪い、この日については一切の関わりを禁止していた。

 偶然を装って乱入して来たり、その姿を見かけることがあったら絶交する、と言って聞かせてあるのである。

 デートたるものがどんなものなのかは未だに研究中ではあるけれど、少なくとも『二人きりで出掛けたい』という悠夜の希望は叶えようとしたようだ。


 ただし、それでなくても大量に渡されている知玲特製の『気』の魔力が込められた珠が取りつけられたミサンガ──今日のそれはいつもよりあからさまに大きいようだ──を腕に嵌めている。

 当日は絶対に近寄らないと、念書まで書かされた知玲は、それでも心配だ、不安だと妃沙の持ち物に何やら細工をしたり、こうして想いの丈を込めたアクセサリーを用意していた。

 その上、妃沙の魅力を一番理解している知玲のコーディネートは完璧だったのである。

 悠夜をますます燃え上がらせてしまうかな、という不安はあれど、もはやライフワークと化している妃沙を着飾ることについては我慢が出来なかったらしい。

 何しろ、黙って送り出しなどしたら妃沙はそれこそジャージで出掛けようとするに違いないのだ。相変わらずオシャレに関してはとことん興味のない美少女である。



「……妃沙お前……俺を煽ってる?」



 待ち合わせの場所に、悠夜より先に立っていた妃沙。

 悠夜が約束の時間より少し遅れたのは、もちろん彼が遅れてやって来たからではなく、その場に立っていた美少女に目を奪われて呆然と立ち尽くしていたからだ。


「生徒会長、おはようございます。わたくし……可笑しいですか?」


 不安げに自らの衣服を気にする美少女。

 その日、妃沙が着ていたのは、ふんわりとした袖の肘の辺りをリボンで絞り、その先を拡げた形のグレーのギンガムチェックのシャツにフワッとしたシルエットが印象的な黒いサロペットだ。

 少し伸びた金髪は低い位置でツインテールに結び、遊園地デート以来、知玲の萌えポイントとなっている白いベレー帽を被っている。

 元々の造詣がかなり整っていて、小柄とはいえ抜群のスタイルを誇り、その上、片想いをしているという自覚のある相手のそんな姿に、数々の少女と浮名を流して来たモテ男とは言え悶えないはずもない。

 可愛いと口にするのは簡単だし、今までの彼なら虚飾で彩った言葉で相手を喜ばせていたのだろうけれど……それすらさせない程の破壊力を、この日のデート相手は放っていたのである。



「……悠夜。今日は恋人設定なんだろ? そう呼べよ」

「ひさや……先輩」



 やっと発した言葉に返された言葉は『残念』としか言い様がない。

 けれども、妃沙本人は『ひさや』と発言したつもりのその言葉は見事に『先輩』という呼称を取って付けた。

 女神様の意思とやらがどんなものかは妃沙には理解しようもないけれど……どうやら悠夜はそう呼ばれることが運命づけられた相手のようである。

 だが、そんな事情を知らない悠夜は、一瞬だけ肩を落とし……けれど次の瞬間には見事に復活してニヒルに微笑み、妃沙の小振りな顎をクイ、と取って言ったのである。



「その口調を乱させる程に俺を意識させることが出来るかが勝負ってワケか? 燃えるなぁ」

「女神様のご意思ですからねぇ……どうでしょうね?」



 そう告げる妃沙の言葉は紛れもない事実であるし、深い意味はないのだけれど。

 恋する相手が不敵に(・・・)微笑み告げた挑戦的な言葉──あくまで妃沙にとっては現実的な事実であるのだけれど──は悠夜を煽る効果しかなかったようだ。



「黙って俺について来な。夢を見させてやるよ」



 ニヒルに微笑んでそう告げる赤い髪の美形の言葉は、たまたま観光にやって来ていた周囲の女性達からキャッと声が漏れるほどの破壊力であった。

 残念なことに、一番意識させたい相手からは「まだ眠くありませんわ!」なんて頓珍漢な返答しか得られなかったけれど、それすら悠夜には面白くて仕方がないらしい。

 アハハ、と笑ってズイ、と妃沙に腕を差し出せば、いい加減にエスコート自体には慣れて来ている妃沙がス、とその腕を取る。


「今日は楽しく過ごそうな、子猫ちゃん(キトゥン)?」

「そのような言葉をサラっと囁ける才能は少し羨ましいですわ……」


 ゆっくり教えてやるぜ、なんて楽しそうに言いながら歩き出した悠夜の隣で、妃沙も自然と笑顔になる。

 こうして再び──妃沙にとっては相手を変えて──仮初の恋人達のデートは始まった、のだけれど。




「キャーキャー!! 悠夜先輩、次の台詞は萌菜にゆってぇ……!!」


 少し離れたところでは、ピンクブロンドの髪を、今日はハーフアップにし、白い襟付きのふんわりとしたデザインの赤みがかったブラウン系グレンチェックのワンピースを着た美少女が興奮した様子で声を上げていた。

 ──出歯亀禁止令が届いていなかった自称・ヒロイン、河相(かわい) 萌菜(もな)である。

 今ではすっかり彼女の護衛に徹している大男を従えた彼女は、偶然にもこの場に遊びに来ていたようだ。

 そして妃沙と悠夜の姿を見つけ、ドキドキの台詞を言われた妃沙本人より顔を赤らめ、その大き過ぎるお胸様に手を当てて悶えている。


(せい)くん、(せい)くん……! これ、萌菜が直接聞きたかった言葉だけど、ヤバいね、遠巻きに見てるとゲームの世界そのまんまで破壊力ハンパないね……!」

「萌菜、次の台詞とは何だ? 俺が予行練習してやろうか?」


 え、と大男を見上げるもう一人の美少女に、ニヒルな笑顔を浮かべて筋骨隆々な漢が「……教えてくれ、萌菜。どんな言葉を言われたい?」と囁く。

 当然のことながら、その光景は妃沙達の知る所ではないのだが、主人公達よりもよっぽどラブコメちっくな雰囲気を纏う、出歯亀カップルがそこにいたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「まずはのんびり散歩でもしようぜ。初デートだし、俺も妃沙もまだ充分にお互いの事を知らないだろ? 人付き合いの基本は対話だからな」



 手を繋いだ二人が歩いているのはキラキラと太陽の光を弾く海が目に眩しい海岸通りの散歩道。

 色々やりたいことがあるから、と、午前中の比較的早い時間に待ち合わせをしていた為に、海面に降り注ぐのはまだまだ朝日と言っても良い柔らかな光だ。

 春に高等部に入学してから──本当はそれ以前にも一度出会っているけれど、妃沙の記憶は曖昧のようである──何かと関わる事が多く、文化祭では共同で研究をした為に『会話』は多かったような気もするけれど、

 なるほど、確かに互いの事を知る『対話』はほとんどしてねーな、と妃沙は思い至る。

 生徒会長であるとか、クサい台詞を臆面もなく言える特技があるとか、意外と熱くて面倒見の良い所があるなんて事は知っている気がするけれど。

 そしてまた、周囲にいる、妃沙にとって『弟分』である人物たち──充や大輔、そして莉仁もここに含まれる程の広範囲だ──の中でも、際立った気風の良さと圧倒的なオーラはとても好ましく思っている。

 なお、この『弟分』の中には知玲は含まれていない。妃沙にとっては唯一の(・・・)幼馴染で、中身の性別が異なるという秘密を共有する人物なのだから当たり前なのだが、

 何となくそれら気付いているらしい莉仁あたりは、そこに含まれる『特別』な意味は見ないことにしているようである。



「きっと、悠夜先輩はわたくしなどよりずっと、人との対話がお上手なのでしょうね。心の機微を悟り、欲しい言葉を捧げ、その上でご自分を理解してもらう。

 ……わたくしは少々、そういった事が苦手なのですわ。まだ心を寄せた相手としか上手く会話が出来ない気がするのです」



 妃沙のそんな呟きに、最初こそ驚いた表情を見せた悠夜だが、次の瞬間にはプハッと吹き出して満開の笑顔を見せる。

 そして妃沙もまた、突然にシリアスじみた本音を呟いてしまったことに気付いてポッと頬を染めてそっぽを向いてごまかそうとしているようだ。

 だが、妃沙のそんな小さな告白は悠夜にとっては可愛いとか嬉しいだとかいうプラスの要素こそあれ、マイナスな要素など何処にも存在しない。

 むしろ、彼女がそんな本音を漏らしてくれたのは自分だからなのだろうと、調子に乗ってしまう程である。


「過大なる評価を頂き光栄だぜ、子猫ちゃん(キトゥン)

 ……けど俺だって、好きな女の前では張り切って格好良い自分を演じてる節はあるから、そんなに美化しないでくれよ。俺は……そんなに器用じゃねぇし」


 自嘲気味に笑いながらそんな事を言う悠夜の顔を、隣に立つ妃沙は斜め下から見上げている。

 彼女の知る『久能(くのう) 悠夜(ひさや)』と言えば、裕福な家庭に生まれ、恵まれた容姿と才能を持ち、自信たっぷりに人と接する事が当たり前な人物であったので、弱音めいた言葉が意外だったのである。

 だが、悠夜はそんな妃沙の視線を何処か心地良く受け止めていた。

 ……今やっと、彼女に真実の自分を晒す事が出来る。それは、そうしなければ彼女の心を得られないに違いないという確信めいた予感と……大いなる恐怖を齎すものであった。

 受け入れられなかったらどうしよう、という不安を感じるのは初めてなのだ……今までは、合わないなら離れてくれて良いぜ、という態度だったから。

 悠夜にとって初めての『本気の恋』は、ひどく臆病な気持ちを抱くものなのだと実感すること然りだ。

 だが、その想い人はと言えば。



「イヤですわ、悠夜先輩。貴方が不器用だと仰ったら世界が崩壊してしまうではないですか。貴方のような方は威風堂々としている義務がありましてよ?

 恐怖でも義務でも責任でもなく……ただ純粋に『尊敬』の感情を引き起こされるというのはある意味才能だと思いますわ。わたくしも尊敬しておりましてよ、『生徒会長』?」



 悪戯っぽく微笑みながらそう告げる、悠夜の想い人。

 だが、自分が欲しいのはそういう感情じゃねぇんだよなぁ、と、悠夜はフ、と溜め息を吐く。

 今まで、散々浮名を流して来た彼だけれど、本気で恋をした彼女だけは、どうしても今までのようにいかないし……だからこそ楽しくて、好きで好きで仕方がないのだろうと自らの気持ちを決着付けた。

 ……ならば、取るべき道は一つだけだ、とも。



「そういう殺し文句が使えるだけで充分だぜ、妃沙。お前の言葉は俺を羊にも狼にもするな……なぁ、俺のお姫様(スウィーティー)?」



 その、甘いことば。

 たまたま観光に来ていた周囲の人々も、出歯亀をしていた萌菜&大男(せいくん)のカップルもヒュッと息を飲んで注目している。

 だが、一番デレて欲しかった相手は案の定の反応であった。



「わたくし、甘いものは苦手ですのでその呼び名は止めて頂けると嬉しいですわ」



 バッサリと、切れ味の良い日本刀が悠夜の心臓を袈裟がけに斬り払う。


「……妃沙、おまえ、鈍感とか情緒が足りないとか言われてるだろ!?」

「あら、良くご存知ですわね。特に知玲様からは幼い頃から言われ続けておりますし、理事長も度々そんなことを仰いますわね」


 チャラッとそんなことを告白された所で、知玲や莉仁が妃沙に対して深いアプローチをして来ている証明にしかならない。

 なので、悠夜は少しだけ焦り……だが、こと恋愛においては彼らより経験豊富なはずだと、自分の経験値を最大限に発揮する作戦を取ろうと試みる。



「……教えてやろうか? 恋愛のイロハ」

「いりませんわね」

「ノォォォォォーーーー!!!!」



 やたらと発音の良い絶望の声と。



「キャーー!! 悠夜先輩、カッコかわいいーー!!」



 ……どうやらまだ出歯亀しているらしい萌菜の絶叫がその場に響き渡り。



「「ハァ……」」



 奇しくも妃沙と大男(せいくん)が同じ反応を示していたのであった。


◆今日の龍之介さん◆


龍「なーなー! その甘ったるい台詞ってストックとかあるワケ!?」

悠「甘ったるいとは失敬な。子ウサギちゃん(マ・ラパン)?」

龍「ほほう。次の候補もくれ!」

悠「……いや別に構わねぇけど、何で?」

龍(瞳をキラキラさせて)「今後の参考の為だ!」

悠「……教えたら駄目な気がするから止めとくわ……」(悠夜は怯えている!)

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