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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
103/129

◆100.似た者同士

閑話と幕間を除く本編が100話となりました……!

お読み頂いている皆さま、いつも本当に有り難うございます!

活動報告も更新しましたので、お時間がございましたらそちらも覗いてやって下さいませ。

 

「……と、とりあえず餡子は別の機会にしよっか。おにぎりカフェだから今日はお米の味を楽しんで欲しいな。おにぎりは小さめにしておいたし、今、お茶を淹れるからごゆっくりね」


 少し引きつりながらも笑顔でそう告げる知玲。

 ちなみに言えば背後にいる銀平と「断れよォー!」「一人一回なんだからここで納得させるしかないだろう!?」なんて会話をしているのは、自称・ヒロインには聞こえていないようである。


「知玲せんぱぁーい! 和服、本当に似合ってますぅー! 萌菜、ドキドキしちゃう♪」


 キラキラとした瞳で胸を強調させながら顎の下辺りの両手で拳を握るあざとい仕草には、心に決めた銀平ですらクラリと眩暈がしそうな程の魅力に溢れているのだけれど。

 その最前線に立った知玲には『残念ながら……』という感想しか抱けないものであった。

 妃沙という、それこそ前世から恋焦がれる対象がいるということ、今ではすっかり男子の思考に支配されているとはいえ、元の性別は女であったことがそれを拒否しているのだろう。

 だが、不思議と彼女の仕草に『演技』は感じ取れず、本当に好かれているのではないかという錯覚さえ起こしそうなほどに、萌菜の言葉や表情はキラキラと輝いて見えたのである。


「ありがとう、河相さん。来てくれて嬉しいよ。執事の一人として(・・・・・・・・)君にも満足して欲しいから、何でも言ってね?」


 そう、知玲は釘を差したのだ、『自分は執事の一人であり、君は特別ではないのだ』と。

 それを聞けば……いや、聞く以前から彼は『出し物』の中の『接客担当』なだけで素の彼ではないことは誰でも解ろうものだし、知玲もまた、どんな相手に対しても平等な態度でいようと決めていたが故の言葉である。

 だが、萌菜という少女の視覚と聴覚は、発せられているものとは全く違った響きと景色が見聞き出来るようである。


「そんなァー♪ 設定通りの台詞なんて萌菜をドキドキさせてくれるだけだしィー♪ どうせなら『決められた』言葉より素敵な言葉をか・け・て♪」


 ツンツンツン、と知玲の頬を突き、楽しそうに微笑む萌菜の表情はとても扇情的で……知玲の胸腺には全く触れなかったけれど、女の子は須らく可愛いものだと誓っているサポーター役の銀平には効果はバツグンだ。

 ポッと頬を染め、慌てた様子で知玲の袖を引っ張ると少し離れた所に彼を連れ出す。


「……悪ィ、知玲。あの()、本当にヤバい……。なんかキラキラして見えるようになって来た……」


 呆然と、呟くようにそう語る銀平。

 莉仁から彼女の『能力(スキル)』がどんなものなのかは聞いて知ってはいたが、自分には心に決めた人がいるから大丈夫だと思っていたのだ。

 実際、今までに何度も萌菜を見かけたことはあるし、知玲の側にいることが多い彼は会話さえしたことがあった。

 その時は何とも思わなかったのだけれど、なんだか今日の萌菜は本当に可愛くてキラキラして……なんだか良い香りすらするようだ。

 萌菜自体は何も変わっていないので、それはきっと銀平の心の変化なのだろうけれど……そんな風に思えてしまう自分が、なんだか銀平は口惜しかった。


 高等部に入る前までは、咲絢(さあや)に相応しい男になろうと必死だったし、咲絢を喜ばせる言葉を見つけたくて練習と称して女の子たちに甘い言葉を囁いたりもした。

 女子達にはバレバレで、最後の方には「そんなの女の子は喜ばないよ。そういう時は……」なんて教えてくれる女子すらいたものだ。

 皆、銀平の純情は知っていたので、特に幼等部、初等部と時間を共にして来た彼女達にとっては銀平の恋の成就もまた願ってやまない恋の一つで、同志にも似た連帯感を抱いてきたのである。

 だから彼も自分の気持ちに自信があったし、高等部に入り、実際に咲絢と話すことが出来るようになってからは想いは強くなる一方だ。

 親が決めた婚約、なんていう契約に縛られたものじゃなくて、咲絢には自ら自分を選んで欲しいと、今まで以上に努力も続けて来たつもりなのに。


「……最近、あまりに咲絢の反応がないことに少しだけ自信を失っててさ……。どうすればもっと俺を見て貰えるんだろう、もしかしたら咲絢には他に気になる人がいるのかもしれないなんて不安を抱くこともあったし……」


 だから、そんな心の隙間にあの能力(スキル)が入り込んで来たのかもしれないと、口惜しそうに下を向いて唇を噛み、拳をギュッと握る銀平。

 そんな彼の葛藤は、知玲にはとても良く理解出来た。

 自分には妃沙しかいない、だから萌菜の能力(スキル)に危険を感じる事はないけれど、もし、妃沙の心が他を向いてしまったら、その時自分はどうするのだろうという不安は常にある。


「……解るよ、銀平。どんな努力も一人で出来るけど、恋愛だけは相手がいなきゃ出来ないし、その相手の心は自分の努力でどうにかなるものじゃないもんな。

 そんな表情(かお)するなよ、お前の想いが弱まった訳じゃないし、心の隙間に彼女が入り込もうとしてる訳でもない。きっと……彼女は純粋に僕を好いていてくれるから、その気持ちが伝播しただけだ。

 それはとても嬉しいことなんだけどな……。でも、僕はどんな人と関わっても妃沙の事が好きだって気持ちを強くすることしかないみたいだよ。それもまた……困ったものだよな」


 僕は一人で大丈夫だからお前は少し離れてろ、と言い置いて知玲が萌菜の接客に戻る。

 一人残された銀平は、その時知玲が見せた大人びた表情に何も言う事が出来ずに固まっていた。



「お待たせしました、お嬢様。おにぎりとお茶のお味は如何ですか?」

「キャア♪ 知玲先輩、本当に素敵です!」


 ありがとう、と微笑みながら、知玲はさりげなく自分の腕に回された萌菜の手を引き剥がしている。

 そしてまた、問い掛けに対する返答が可笑しいことにも気付いていたのだけれど、まぁ満足してくれているのだろうと自分を納得させることにした。


「このおにぎりはね、妃沙が考案したんだよ。僕も試食したけど本当に美味しいよね」


 そう言って優しく微笑む知玲に、萌菜が纏う雰囲気があっと言う間に変化する。

 ぷくっと可愛らしく頬を膨らませると、ぷい、とそっぽを向いて言った。


「もう、知玲先輩ったら! 萌菜といるのに妃沙ちゃんの話はやめてよぉー! せっかく一緒にいられるのにぃ! 初めてなんだよ、二人っきりなんて!」


 その言葉には知玲ですら思わずウッと息を飲んでしまったくらいだ。

 こんなに素直に嫉妬をして、自分の事を好きだと態度に表わしてくれる女子とは関わったことがなかったから。

 もしかしたら、彼女の持つ『能力(スキル)』というのは、その容姿を最大限に生かした、このような言葉や態度なのかもしれないな、と冷静に分析をする知玲。

 もちろん恋に落ちるなんてことは決してないけれど、せっかくの機会だ、知玲としても彼女に確かめてみたいことがあったのを思い出した。


「そう言えば、僕、スカイツリーって行ったことがないんだよね。河相さんは行った事ある?」


 その、問いに。


「萌菜も行った事なぁーい♪ 知玲先輩、今度二人で行きましょうよー! ってアレ? この世界で言うスカイツリーって何処の何だろう? 知玲先輩、知ってますかぁ?」


 その反応に、彼女が『転生者』であるという確信を得た知玲。

 そして「さぁ? この世界とか何とか、僕には解らないな」と適当に受け流し、時間を理由に萌菜との接客を終えたのである。

 彼女が確かに転生者であるというなら、今後についての作戦も変わって来るなと一人、物思いに耽りながら。



 ───◇──◆──◆──◇───



 一方の妃沙は、長江とほのぼのとした対話を繰り広げていた。


「長江先輩、悪魔の出汁茶漬けはいかがでしょうか?」

「うむ、美味いな」

「良かったですわ! 本当に美味しそうに召し上がって下さるので、提供した側もとても嬉しいですわ! うどんを召し上がって頂いた後のつけ汁にこのおにぎりを入れて召し上がって頂くのも良いかと思ったのですけれど……」

「良く出来た出汁だし、うどんも美味いかもしれないが、今回はおにぎりカフェ、なのだろう?」

「出汁だし……イヤですわ、長江先輩、シャレですの?」

「いや、そんなつもりは毛頭ないが」


 笑いを噛み殺す妃沙の前で、大真面目な表情のまま首を傾げる長江には確かに何の意図もないようだ。

 意外にも話し易い彼に何処か親しみを抱いてしまう程に、長江 誠十郎という男は質実剛健で多くを語らず、昔から憧れていた時代劇の主人公を地で行く姿に感銘を抱かずにはいられない。

 そしてまた、人の問いに真っ向から真面目に返答をしてくれる態度はとても好ましいものだと、妃沙は認識せざるを得なかった。


 萌菜の隣にいる時の彼は、どちらかと言うと強面で近付きがたい雰囲気なので、彼が一人になった後の接客は自分しかいないだろう、と思っていた妃沙。

 何しろ、前世では嫌というほど強面を見て来た彼女だ──主に鏡や敵対者で。

 顔が怖い、身体が大きいからと言ってその心根が必ずしも怖いものではないという事を体感しているので、その大真面目な態度も相まって、むしろ長江には好意的な感情すら抱いている。

 古風な立ち居振る舞いがこの上なく様になっている上に、現代(いま)を生きる忍者の末裔だというのだ、妃沙が興味を抱かない筈もなかった。

 そして、少しだけ心を砕いたからこそ、以前から気になったことをつい尋ねてしまった。



「長江先輩、わたくし、少しだけ不思議に思っていたのです。貴方ほどの方が、何故柔の道すら捨てて一人の女性に心を砕いておられるのか……」



 その問いに、長江は珍しく──本当に珍しく微笑んだ。

 その男っぷりに、妃沙ですらポッと頬を染めてしまった程だ。

 そしてそのまま放たれた言葉。



「……運命だからな。何を置いても俺は萌菜を護る。あいつを護ることが俺の役割で……たぶん、生まれた意味もそこにあるからな」



(──ウォォーー!! 長江先輩、かっけェェーー!!」



 胸を押さえ、思わず悶える妃沙を、萌菜を見つめるのとは違う優しい瞳で長江が見つめている。

 彼の中でも、妃沙という存在は少しだけ特別なものであるらしい。

 寡黙だし、表情を表に出す事も少ないのでそれがどんな感情であるのかは窺い知る事は出来なかったけれど……もしかしたら彼自身も気付いていない気持ちなのかもしれなかった。


「萌菜とは違うが、お前も本当に感情が豊かで見ていて飽きないな。何故だろう……その行動には男めいたものを感じる事があるくらいだ」


 そう言葉を掛けられてハッと彼に視線を向ける妃沙。

 だがまぁ、見た目に引き摺られる人が多いせいであまり目立ってはいないけれど、妃沙の行動原理は龍之介のままなのでそれは当たり前のことである。

 特に、困っている人がいるから助けるだとか、懐に入れた人間はどこまでも信じるだとかいう部分については前世より強く行動に表わしている為に男らしいことこの上ない。

 だって前世ではそれを行動に出してしまったら迷惑をかける事が多かったから控えていただけで、その気持ちはずっと強く持ち続けていたのだ。

 今、臆面もなくそれを表に出せる容姿にあり、思う存分自分の思うままに行動した結果である。

 だが、知玲と前世だとか本来の性別だとかはあまり知られないようにしようと約束をしている身であるので、少しだけギクッとしてしまう。

 ちなみに、素の言葉が聞こえているらしい莉仁にはすっかりバレている節があるのだが、改めて言って来ないので無視(シカト)を決め込んでいる妃沙であった。


「長江の一族は、運命の主人と出会った時、本能で解るのだそうだ。そしてその一生を主人の守護に当てるのが運命なのだと言い聞かされて育って来た。

 そんな前時代的な話など信じていなかったのだけどな……萌菜と目が合った瞬間に、ああ、そうか、と納得してしまった俺がいる。全く……血は争えないとは良く言ったものだ」


 珍しく饒舌な長江。

 萌菜という庇護対象と少し離れれば、こうして自分のことを語ったり普通に食事をしたりする一般生徒なのだと認識を改める妃沙。

 そして……知玲や莉仁などの周囲にいる人物とは違った感情を、この男には抱かずにはいられないようだ。

 葵に感じているのとは違う……けれど確かにそれは『友愛』と言ってしまっても過言ではない気持ち。

 元ヤンで誤解を受けることしかなかった前世を持つ妃沙だからこその感情なのである。

 だが、当の長江は、本当に珍しく語り続けており……この会話だけで一年分の台詞を使ってしまったのではないかと思う程の台詞量であった。


「俺は人の容姿など気にしない。だから萌菜に惹かれたのも……たぶん容姿は関係がない。例えあいつが男でも、俺は護ると誓っただろう。

 上手くは言えないが……魂、とでも言うべきか。何処か不器用で危うくて……助けを求めているように見えたんだ、あの時の萌菜は……」


 ワイワイと騒がしい教室の中で語られる、酷く真面目でシリアスなその言葉。

 けれど妃沙は、そんな中だからこそ長江が本音を語れているのだと理解していた。

 一対一で顔を突き合わせて本音を語るのは……強面の人間には夢だ。

 だから龍之介も、いつも本音を隠して生きて来た。唯一、幼馴染の夕季……今も側にいてくれる知玲だけは、そんな自分の本心に気付いていてくれたように思う。


 けれどこんな喧騒の中でなら、もしかしたら相手にも自分の本心が聞こえていないかもしれないと思うから。


 本当は語りたかった言葉を、そっと空気に載せる。

 そしてその対面で受け取る人物は、心の中にそっとしまい込むものだという作法も、妃沙は良く知っていた。


 聞いて欲しい訳ではないから。

 ただ、言いたいだけだから……膿を剥ぎたいだけだから。

 そんな魂の叫びは、妃沙にも酷く覚えのある感覚だったのである。



「……何故だろうな、お前の周囲にいる男達とはちっとも理解(わか)り合えないだろうと思うのに、性別の違うお前とは、同じ気持ちを共有出来るのではないかと勘違いしてしまいそうだ。

 だから……出来ればお前とは敵対したくないと思っている。だが、もし萌菜の思考がそちらに向いてしまったら……俺はきっと萌菜の願いを叶えようと動いてしまうだろう」



 何処か遠くを見るようにしながら、寂しそうに呟く長江。

 その気持ちは、妃沙にも何となく解るような気がするのだ。彼女もまた、自分の周囲の大切な人に心を砕き、その希望や望みはどんなことをしても叶えてやりたいと思ってしまう性質の持ち主だから。


「お気持ちは解りますわ。この人と決めた相手が一番大切なのは誰しも同じ。わたくしも、長江先輩のそのお気持ちを否定しようなどとはまるで考えておりません。

 けれどわたくしも……出来れば敵対はしたくありませんわね。長江先輩は心から尊敬すべき方だと解りましたしね」


 ……そう、長江はきっと、前世における自分と同類だ。

 そして少しだけ、前世での自分よりも自分の心に素直で、好きだという感情を隠そうとしない、情熱家でもある。

 それは時に危険なものではあるのだけれど……妃沙には何だか、とても眩しく見えたのだ。


「周囲の人々にも出来るだけそう思って頂けるよう、働きかけて参りますわ。ですから長江先輩、どうぞ河相さんが暴走しそうなその時、一緒になって動かないで下さいましね」

「……ああ。俺も萌菜の思考をそちらに向けないように注意して行こう。そして……自分の心とも闘って、きっと勝利してみせよう」


 頼みましたわ、と、妃沙が右手を差し出せば。

 こちらこそ頼む、と、長江でキュッとその手を握る。



 ──前世でその強面を誤解されまくって生きて来た現世の美少女と、今現在、その強面を誤解されまくっている一人の『(おとこ)』が手を取り合う。

 恐らくその同盟は、今現在、妃沙の周囲にいる人間の誰にも理解出来ない悲哀と……そして強い決意が込められたもので。



 妃沙はこの時、親友たり得る人物と心を通わせることに成功したのだと……何処か確信にも似た感覚を抱いていたのである。

◆今日の龍之介さん◆


龍「おいてめぇら! 100話だってよ。めでてェな!」

知「……まぁ、だいぶ君には振り回されているよねぇ……」

莉「これから俺のターン満載だな!」

悠「いや、俺のターンだろ!」

葵「いやいや、アタシだろ!?」

一同「!!??」


龍「あー、コホン。そんなワケで今後とも俺らを夜露死苦!」

知「……いや、普通に言おうよ、龍之介。今後ともよろしくお願い致します!」

一同、深々とお辞儀(作者含む)


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