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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第三部 【君と狂詩曲(ラプソディ)】
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◆97.それはきっと可視光線

 

「妃沙ァァーー!! 出来た、出来た!! 足りないとこ解った!! 今から完成させるから部室に来てくれ!!」


 生徒会長が息を切らし、少年のように瞳をキラキラさせて一年生の教室に走り込んで来たのは、文化祭も間近なある日の放課後のこと。

 その日、クラスの掃除当番であった妃沙はモップを手にしながらパチクリと目を瞬かせている。


「生徒会長、そんなに焦ってお迎え頂かなくても、掃除が終わったらすぐに部室に参りますのに」

「掃除を抜けられないって!? そんなの早く終わらせろよ! 何なら俺も手伝うし! とにかく俺は、この大発見を今直ぐお前と共有したいんだよ!」


 そう言って妃沙の手からモップを奪う悠夜(ひさや)に、少しだけムッとした表情を見せる妃沙。

 世紀の大発見……をしたかどうかは現状謎ではあるけれど、その成果を想い人に真っ先に報告したかったのだろう悠夜はムム、と唇を尖らせる。

 一緒に研究をしていた妃沙ならぱきっと、その報告を喜んでくれるだろうと思っていたから尚更だ。

 だが、そんな彼に対して妃沙が放った言葉はごく当たり前の言葉であった。


「良いですか、生徒会長。どんな役職を持っていたって学園内での権利や役割は平等なのです。

 わたくしは今日、この教室を掃除する役割を担っているのですわ。権力者の肝入りでそれを無くし、楽をしているんだなんて認識を抱かれたくないのです。

 終わったら即座に参りますから部室でお待ち下さいな。その成果についてはとても興味がありますから是非お聞きしたいですわ」


 凛とした妃沙の言葉を受け、一瞬だけウッ息を飲む悠夜。

 だが、彼女のそんな心根はとても好意的に受け止めていたし、それでこそ水無瀬 妃沙、という認識は強く持っていたのである。


「……確かにお前には真っ先に報告したかったけど、掃除を手伝うって申し出たのはそういう意味じゃない。

 何故だか昔から俺に掃除なんかさせちゃならないっていう空気が流れていてさ……だけど本当は、皆と一緒にやってみたかったんだ。俺だって生徒の一人だしさ……」


 子猫ちゃん、やり方を教えて? と、身近にいた女子生徒に声をかける悠夜。

 それは男子に()けよと思いつつも、まぁ無理だろ、と何処か納得している妃沙はそのやり取りに参加することなく黙々と掃除を続けている。

 そして悠夜に声を掛けられた女生徒はドモり、最初こそ生徒会長に掃除をさせることに恐縮していたのだけれど、妃沙と、彼女と常にベッタリな葵の一言によって覚醒したようである。



『コキ使ってやりな! 生徒会長が動くのに働かないワケにはいかないから仕事も捗るだろ!』



 妃沙の言葉は少しニュアンスが違っていたけれど、言っている言葉はまるっきり同じだったので統合させて頂く。

 とにかくそうして、生徒会長を取り込むことで掃除は捗ったし、悠夜も上機嫌であったので結果オーライであった。


「妃沙、アタシは部活に行くけど……おまえ、あんまり生徒会長に期待を持たせるなよ?」

「どういう意味だ、遥 葵! 俺は期待したいんだからあんまりチャチャ入れてくれるな!」


 なんだか険しい表情を見せる悠夜に対し、葵は余裕しゃくしゃくの表情でニヤリと笑い、部活動の道具やユニフォームが入ったエナメルを肩に背負う。


「妃沙、一番好きなのは……アタシだって言ってくれたよな?」


 そうして男前に微笑む葵に、妃沙はウルウルとその大きな碧眼に涙を浮かべ、キュ、と親友に抱き付いた。


「葵ィィーー!! 行かないで下さいましっ! なんだか最近少し、周囲が怖いのですわ……!」

「大丈夫、アタシがついてるから周囲に目を向けてみな? そこには結構楽しいこともあるモンだぜ。アタシも怖かったけど、今は妃沙と大輔、二人の愛を感じられて嬉しいよ」

「イヤですわァァーー!! やっぱり納得出来ませんわッ! 葵の一番はわたくしでないとォォーー!!」

「……大丈夫、アタシも妃沙が一番大事だよ。それにね、ここだけの話……」



 ──大輔よりずっとお前が大事、と囁いて、その白い頬にキスを落とす葵の姿は王妃を守護する近衛隊長そのもので。



 好きだ好きだ大好きだと告げ合って抱き合う美少女コンビの姿を目の当たりにして──有り得ない程にその存在感が空気になってしまっていた生徒会長ですら、携帯を手にして写真をバシバシ撮っていた。

 それほどまでに二人の美少女の睦み合いは麗しかったのである。


「……なァ、あの二人、いつもこんなん?」

「今日は大人しいくらいですよ! いつもはもっと濃厚な睦みを披露してくれるので、我々文芸部としては感謝しかないんです!」


 問い掛けられた少女は、グフフ、と乙女にあるまじき笑みを披露する。そして文芸部員らしき彼女はクイッと眼鏡の位置を直し、そのまま原稿用紙にペンを走らせた。

 見れば、美術部員、演劇部の脚本担当、何故だか華道部や書道部と思しき少女達が彼女らのやりとりに注目しており、思い思いに筆を走らせていた。


「……妃沙、お前ってなんだか凄いんだな」

「何がですの? わたくしこそ一般的な高校生ですわよ?」


 この認識が水無瀬 妃沙かァーー! と、思わず膝を付いて嘆く悠夜。

 なお、知玲や銀平と言った初等部から付き合いのある先輩たちや同級生達はほぼ慣れっこだったのでノーカウント、妃沙の中身を理解しつつある莉仁も同様だ。

 そして同級生は、外部から来た生徒達ですら慣れてしまう程にイチャついていたので誰も何も言わない状態である。ツッコむだけ労力の無駄であると、この短い期間で学んだらしい。優秀なことである。

 だが、初めて妃沙と葵の百合ップルぶりを目にした悠夜がショックを受ける程、妃沙と葵の睦み合いは衝撃的であった。


「……まぁ、一筋縄じゃいかない女の子をオトすのは燃えるよな……」

「生徒会長、それは病気ですから一度病院に行って精神鑑定を受けて来て下さいまし」


 大真面目にそう返す妃沙の表情は酷く真面目なものだ。

 彼女にしてみたら、()の自分に言い寄る()というのが理解不能生物であるので──あくまで個人の見解であり、そういった性質の人々のことは好意的に受け止めているのだけれど──黙っていた。

 だが悠夜が珍しく大人しくしている妃沙を見逃す筈もなく、葵を送り出して以降、何処かしょぼん、としている妃沙の肩を優しく取っていったのである。



「部室に行こう、妃沙。最後の詰めにはお前の力が必要なんだよ」



 自分が必要とされているということを直接的に伝えてくれる言葉にも妃沙が喜ばないはずもない。

 ましてや悠夜が語っていた研究内容の成功事例についてはとても興味を惹かれていたので尚更である。


「承知しましたわ、久能先輩! 偶然の産物とは言え、掃除を手伝って頂き本当に有り難うございました。

 おかげで捗りましたし、わたくしも部活動に割く時間を増やす事ができましたわ!」


 参りましょう、と、悠夜の腕を取り、にこやかに微笑みながら教室を去る妃沙の隣で、悠夜もまた幸せそうな表情を見せている。

 そうして二人は教室を後にし、魔法研究部の部室へと向かったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「要するに悠夜の研究の集大成はボタンに魔力を込めるんじゃなくて、これを押すことで自然現象を引き起こすことにあるんだね?」



 悠夜の研究の集大成である『天空水晶』を目の前にして、この学園の生徒会・副会長である東條 知玲がしたり顔で頷いている。

 そしてその横では水無瀬 妃沙がフムフムと顎を人差し指と親指で掴み頷いていた。



「……妃沙、この研究には知玲の助力は得たくないって言わなかったか、俺?」

「そうですわね! 『気』の魔力には頼りたくないのだと仰ってましたけれど、三人寄れば文殊の知恵と申しますし、アドバイスを頂けるかなと思ってお願いしたのですわ!」

「そーゆー意味じゃねェェーー!!」


 キョトン、とする妃沙と絶叫する悠夜。毎度お馴染みの光景である。


「悠夜、僕は妃沙のコレは慣れてるから平気だけどさ……キツいなら妃沙は無理だよ。日常からこんなだし、深い意味はないし、僕に協力要請してきた事だって、妃沙理論の中では至極当然の部類に入るくらいだよ」


 パスタはトマトガーリックにモッツァレラとルッコラが最高だしおにぎりは塩に限るねーなんて言いながら妃沙の頬を突く知玲。

 そしてまた、知玲様はカルボナーラがお好きですし錦糸卵の酢飯おにぎりもお好きですわよね、なんて嬉しそうに返す妃沙の表情を見ながら、一人臍を噛む悠夜。

 彼にとって部活動で大いなる発見をすることは妃沙の関心を得る一手だと思っていたのに、それを経てもなお立ち塞がる恋敵(ライバル)の存在に、少しだけ心が折れそうになってしまう。

 こと恋愛に関しては自信家で、それを裏付ける程にモテていた故に、人の心の機微もあまり深く追求することがなかった悠夜。

 海外生活が長いことも多少は影響しているだろうけれど……見た目の年齢と性別に、中身との酷い乖離がある知玲や妃沙では勝負にならないのは当然である。


 だが悠夜は、生徒会長というこの学園の頂点に立っているのに、理事長はともかく副会長が妃沙争奪レースの上位にいることに疑問も感じていたのである。


「知玲お前、ずっと妃沙ちゃん一筋なんだろ? その情熱は確かにすげぇし尊敬に値するが、もしかしたら経験値に関しては俺の方が上手かもしれねぇな」

「別にテクニックなんか求めてないから関係ないな。僕には妃沙だけだし、作戦なんか立ててる余裕はないよ。真っ直ぐに……ただ真っ直ぐにぶつかることしか出来なくても、それが僕の精一杯だ」


 フ、と苦笑めいた表情を浮かべてそう語る知玲に、悠夜は本気度の高さを思い知る。

 普段の東條 知玲という男は余裕しゃくしゃくで何事も上手くやってのけ、人当たりが良くていつも微笑んでいるくせにたまに見せる寂しそうな表情にはその気のない悠夜ですらドキッとしてしまう程なのだ。

 その上剣道の腕前は全国レベルで、凛とした佇まいには定評があり、男女分け隔てなく接する為に生徒からの信頼も厚い、とても頼りになる副会長なのである。

 その彼が今年入学して来た女生徒に想いを寄せているという話はすぐに話題になり、直接対面したその想い人はなるほど、悠夜すら夢中にさせてしまう程に魅力的な少女であった。

 これなら知玲が夢中になるのも解るなと思っていた所だし、だからと言ってすっかり妃沙に心を持って行かれてしまった今、身を引く気はまるでない悠夜なのだ。

 ……だが。


「……ところで知玲、その彼女は今、天空水晶を弄り倒してキャッキャしてるただのガキと化しているのだが、あれも通常営業なのか?」

「……残念ながら」


 ハァー、と、東珱(とうえい)随一と言われる学園の生徒会長と副会長という役職にあり、無敵の美貌を誇る二人の男子が残念な物を見るように視線を送る先──



「まぁー! 今度は竜巻が発生しましてよ! ここに電流を放出させれば雷も見られますかしら……それ! キャー! 成功、成功ですわ久能先輩!! 今度はここに迫力ある音を追加したいものですわー!」



 金髪碧眼の美少女が、高校生らしさとやらを全力で投げ出して水晶のような道具に魔力を注ぎ込み、学術知識と魔力の無駄使いをしながらキャッキャと戯れている様は……残念、といか言い様がなかった。

 さすがの悠夜もその様には少しだけオイオイ、と思ってしまったのだけれど。


「妃沙、それなら今度はオーロラに挑戦してみようよ。プラズマ粒子と酸素原子、窒素分子の衝突が発生原因らしいからさ、僕の気で酸素とそれらを増やしてやって、君が風の魔力を送れば……ほら、少しだけど見えたでしょう?」

「キャー! オーロラの発生まで再現出来るなんて、本当に素晴らしいですわね! わたくしね、死ぬまでに一度はこの目で実物のオーロラを見てみたいと思っているのですわ!」

「フフ、僕も見てみたいな。それなら今度、一緒に北の果てにでも行く?」

「行きます行きます! 南だろうと北だろうと世界の最果てだろうと! オーロラが見られるのなら何処まででも!!!!」


 一方の恋敵(ライバル)が全力で妃沙の萌えに寄り添う様に驚いたのである。

 だが、ヤツらが楽しそうに語る原因となっている天空水晶が自分の研究結果であるという事実に、ややあって気付いたようであった。


「ちょっと待てよ、お前ら!? 人の研究を出汁にして楽しそうにイチャついてんじゃねーよ!!」


 そう言って二人の間に割って入り、天空水晶の完成に至るまでに必要な妃沙の助けを語り出す悠夜。

 だが、真面目な表情で話を聞いていた妃沙が放った言葉は、恋する生徒会長に対して少々残酷なものであった。



「……それならば、なおさら知玲様にご協力頂いた方が良いのではありませんか? 生徒会長がわたくしを買って下さるのは有り難いですけれど、わたくしはごく一般的な、少し魔力があるだけの女子生徒ですし……」



 わざとやっているのではないか、と勘繰ってしまうくらい可愛い表情でコテン、と首を傾げ、悠夜を見上げる仕草には思わず理性が飛びそうになる程だ。

 実際、妃沙、と呟いて手を伸ばしたその先には……もう彼女の姿なくて、何処に消えたのかと視線を巡らせば彼女はもう知玲の腕の中にいる。


「そうだよね、妃沙。僕の『気』の魔力を有効活用したら、きっと文化祭はおろか、この国、ひいては世界に発表出来るようなものに出来るかもしれないしねぇ!

 悠夜、僕は部活も引退したし受験勉強も順調だから、文化祭中はこれに集中出来るから一緒に頑張ろうね?」

「まぁ、素敵! 久能先輩、素晴らしい発表を致しましょうね!」


 ねー、と見つめ合って微笑み合う幼馴染の二人に、悠夜は頭を抱えて蹲ることしか出来ない。

 妃沙と二人で造り上げて打ち上げをして、彼女に自分を意識させる作戦であったのに、恋敵(ライバル)の乱入、そして妃沙自身の恋愛偏差値の低さというか、あまりに無意識である所に頭がクラクラする程だ。

 ……だが、ここで流されてはここまで頑張って研究を続け、ようやく発表出来る程までに仕上げた自分の努力が無駄になってしまうと思った悠夜は、当初の約束を妃沙に思い出させる。



「……解った。けど妃沙、約束は約束だからな! 一日デート券! 莉仁も知玲も尾行禁止で俺と二人! この条件は絶対に飲んで貰うからな!」

「当たり前ですわ! この水無瀬 妃沙、一度交わした約束を違えるような人間ではありませんのよ!!」



 アーーという知玲の絶望の声が室内に響き渡り、それを聞いた悠夜もようやく本来の俺様気質を取り戻してニヤリと微笑む。

 知玲としては、自分が参加することで、そのデートとやらを『打ち上げ』と称して二人に同行する気満々だったのだ。

 だが悠夜とて生徒会長を任せられる程の頭脳と、数々の修羅場をくぐりぬけて来た人物なのだ、どんなに時間(とき)を重ねても妃沙しか見ていない知玲とは、経験値はまるで違っていたのである。


「よし。その確認が出来たなら当面は納得してやるよ。

 俺としても、この道具をより良いものにしたい気持ちはすごくあるから、生徒や来賓の度肝を抜く出来に仕上げてやろうぜ!」


 そう語る悠夜の表情はとても爽やかだ。

 ハメられたなぁ、とは思いながらも、確かに悠夜が人知れず続けて来た研究の集大成である『天空水晶』の出来は素晴らしいし、知玲としてもブラッシュアップした姿を見てみたい。

 そして妃沙もそれは同様どころか、やる気に火がついて燃え滾っている状態であったので、両手に拳を握り「頑張りますわ!」と語るその瞳のキラキラしさに、知玲も悠夜も眩暈がしそうな程だ。


「よし、それじゃ、原理と足りない部分の確認、最終的に何処まで持って行けば成功なのかという目標設定をするぞ。俺としては……」


 そう言って黒板に何事かを書き連ねながら理想を語る悠夜の姿は、生徒会長としても、一人の男としても、そして恋する男子としても眩しいくらいの光を放つものであった。



「久能先輩、ちょっと光の魔法が漏れ出ているようですのでお控え下さいまし!」



 ……不可視であった筈のその光を、想い人が確かに感じ取ってくれたのだとほくそ笑む悠夜と。



「イヤ魔法なんか使ってないからね!? 妃沙、そろそろ思った事をそのまま口にする癖は直そうか!?」



 ……慌ててそんなツッコミを入れる知玲の姿に、悠夜は一人、おもしれーな、と、何処か二人の関係を肯定してしまっていることに気付いてはいなかったのである。


◆今日の龍之介さん◆


龍「原理とかも興味あるけど、何も考えないで純粋に見てみたいんだよなぁー、オーロラ!」

知「寒いのは大丈夫?」

龍「見てたら寒さも忘れんだろ」

知「フフ、そうかもね」


悠「ってこらァァーー!! イチャついてんじゃねェェーー!!」

龍&知「????」


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