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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第一部 【正義の味方の為の練習曲(エチュード)】
10/129

◆10.マジかよ、先生!?

 

「づわっちぃぃいいーー!!??」


 悲鳴を上げたのはトンカツ……ではなく猿渡 豪就(ごうつく)

 衣のついていない肉に直接火を浴びせるなど、調理法として間違っている……という問題ではない。

 ちょっと触れた程度では、人間の身体はそう簡単に燃えはしない、例え脂ぎった身体であっても……と、そういう論理も今は少し違う。


「……フ、フフフ……。オニーチャン、ボクに触れたら火傷するよ?」


 ……という妃沙(きさ)の殺し文句も、この場では筋違いというものであった。


「ちょっと! 妃沙ちゃんっ! 検討違いな事を言ってる場合じゃないでしょ! 消火、消火ぁぁーー!!」


 朱音(あかね)が叫んで、着ていたスーツを脱いで鎮火に当たっている。

 ……ごめんなさい、朱音さん、と、あまりの衝撃に襲われそうになった為に我を失っていた妃沙はようやくその時の状況を見る余裕が出来たようだ。


 妃沙が放った炎は猿渡を掠め、その奥のカーテンに飛び火していた。

 消防法? 何それ美味しいの? という程に自身の趣味に特化して建てられたその家。

 その部屋のカーテンは紗織りのカーテンの上に天鵞絨(ビロード)のカーテンという燃えやすい素材が飾られており、妃沙の放った炎は、見事にそれらにクリーンヒットしたのだ。

 たちまち燃え上がる室内。


「キャアアーー!!?? 出でよ、水のカーテン!!」


 状況を察知した妃沙が咄嗟に呪文を唱える。

 すると、その豪奢なだけで何の機能も持たないカーテンに重なるようにして水で出来たカーテンが出現する。

 先程放った炎と違い、確実に消火せよという意識を以て放たれた水素材カーテンは、たちまち炎を飲み込み……と思いきや、炎の勢いは思いの外強かったようだ。

 今度は窓の脇に飾られていた絵画──油たっぷりの絵の具で描かれたそれに引火する。

 小さな少女の半裸を描いた法令スレスレのそれは、確かに有名画家の手によるものではあるのだけれど、額などという野暮なものを通さず直接愛でたい、という猿渡のアブない趣味がこの場合は悪い方向に作用したようだ。


「ギャアアアーー!!?? 貴重な絵画がぁぁーー!! 先生、先生! お願いしますっ!」


 唾を飛ばしながら猿渡の絶叫した。


「……フフ、妃沙ちゃん、君が膨大な魔力持ちだなんて事は承知の上だし、なんの対策も取らずにご招待する訳がないだろう?」


 脂汗を浮かべながら、今正に燃えている絵を気にしながらという状況であったので、猿渡のその説明は悪者めいた雰囲気は一切なかった。


(──先生!? まさか時代劇とかに登場する殺し屋とか何かか!?)


 ……と、場違いにも若干の期待を以て扉を注視する妃沙。彼女は前世で、時代劇をこよなく愛する古風な男であった。

 時代劇においては、このようなピンチの場で呼ばれる『先生』とは、頬に傷を負ったニヒルで痩せぎすの渋い男であり、

 チャキッと日本刀の鍔を鳴らして「吾輩に任せよ」と大きな事を言う割には三秒で主人公に討伐されてしまう存在であるのが『お約束』なのだが……



百目鬼(どうめき) ブラック、(まか)り越さん!」



 現れたのは『先生』と呼ぶにはあまりに肥えていたし、猿渡とタメを張る程のブサイクであったし……勿論、日本刀も装備していなかった。


(──百目鬼 ブラックってなんだよ!? 中二病かよ、コイツ!?)


 妃沙の内心でのツッコミはこの際、もっともなものだと言える。

 緊迫した場面に余りにも不釣り合いなその男は、だがしかし、大きな魔力を持っているようであった。



「風で炎を散らしましょう、『暴風』!」

「悪化させないでよねっ! 『グラスウール』!」



 阿呆な呪文を唱え出した「先生」の呪文を慌てて打ち消す妃沙。

 尚、グラスウールとはガラス繊維でできた、綿状の素材である(Wikiより)。

 妃沙が何故そんな事を知っていたのかと言うと、前世で室内で大声を上げても緩和してくれる素材がないかを調べた事があったからだ。

 なお、何故前世の『彼』が室内で大声を出す羽目になったのかという事情は、彼の名誉の為に割愛させて頂く。

 前世は自分と一部の他人が認めるヤンキーなのだ。そして彼はヤンキーとは硬派であるべきという面倒臭い理念に捕らわれており、プライベートに関しては極力秘密のヴェールに隠しておきたい、繊細なお年頃であった。


 そんな前世での知識も披露しながら、妃沙そはそのまま幼女の半裸像は綺麗に燃やさせて頂いた後に、相変わらず鎮火とは間逆の呪文を唱える「先生」の呪文を打ち消し続ける。


(──ワザとやってんじゃねぇよな、コイツ!?)


 そう思わざるを得ない程、百目鬼 ブラックなる人物の魔法は事態を不適材不適所と言わざるを得ない魔法を繰り出して来るのだ。

 もし彼がこの家を燃やし尽くす為にやって来た刺客なのであれば相当な手練れと言うべきなのだろう。

 だが、こうも無秩序に炎を拡げては、自分の身も危険に晒されるだろうに、それすら考えられないのだとすれば、頭の中身はお察しである。


「朱音さん、消防と警察に電話! 終わったら逃げるよ!」


 妃沙の言葉に、朱音は黙って携帯を持ち出してサムズアップを返してくれる。

 そんな朱音の返答に安心した妃沙は、引き続き鎮火を試みていたのだが……


「より大きな芸術的な炎で包みこんで消しましょう、『打ち上げ……』」

「……言わせないよ!? 『水の壁!』 ……てか先生、ボクに喧嘩売ってるの……?」


 転生してからこの方、こんなに魔力を消費する事態に面していない妃沙が、多少の魔力切れを感じながら肩で息をしている。

 当たり前である。

『魔力』は生まれ付いて持ち得る才能ではあるけれど、その質量は成長と共に蓄積され、大きくなって行くものなのだ。

 前世では魔力というものに全く縁のなかった妃沙。その彼女の魔力量は、五歳児としては驚愕な程の質量ではあったけれど、ヘッポコとは言え、推定三十歳まで魔法を使い続けたブラックやらとでは比較にならない。

 ましてや彼は推定年齢三十歳にして未経験な真の『魔法使い』である。


「クックック。無茶な魔法の行使は身を滅ぼすことなかれ……この勝負、我の勝ちである……!」


 色々可笑しい論法だ。文法もメチャクチャである。

 だが、妃沙の体力も限界に近付きつつあり、ツッコむ元気も消えつつあった。

 そして、全ての元凶たる生姜焼きの素材……豚ちゃんは炎に塗れた部屋から脱出しようと、扉に向かってジリジリと移動していた。


(──アイツはこのまま逃がしちゃいけねェよなぁ……。チッ、先生の相手だけでも忙しいってのに!)


 そう理解した妃沙が、最後の力を振り絞り、脚力を増強する魔法を使って豚の前に素早く移動した。



「オニーチャン? 可愛い(ヒトジチ)を見捨てて一人だけ逃げるなんて冷たいじゃなぁい?

 ボク、とっても傷ついちゃった……。オニーチャンの愛情なんてこんなモノなんだね……良く解ったよ。もうバイバイしちゃうんだから!」



 そして、妃沙は、絶対触りたくはなかったのだけれど……魔力が残り少ない今となっては仕方ない、と覚悟を決め、その人差し指を猿渡の眉間に当てる。



『水無瀬 妃沙も守矢 朱音も今日この場所には来なかった。そして、守矢クリーニングには興味の「き」の字もないからね、オニーチャン!』



 妃沙が一番得意とする闇属性魔法、『洗脳』を猿渡の脳の奥底にまで叩きこむ。

 途端に猿渡が白目を剥いてバタリ、とその場に倒れてしまった。

 魔法の行使者も相当の魔力を消費するけれど、受ける側にもそれなりの負担があると見える。


 『洗脳』はその遣い方によってはとても便利で、時に悪事にも使えてしまいそうな効果を持つ魔法なのだが、眉間に触れないとダメだとか、相手が阿呆でなければダメだとか、色々制約のある残念魔法だ。

 その為、妃沙も実際に使うのはこれが初めてである。


 魔法使いが希少であるこの世界では、基本的に魔力を持つものは火・水・風・土・光・闇という六種類の魔法を使う素質はあるのだけれど、得意属性と苦手属性は生まれつき決まっているようで、妃沙の場合は「火と風と闇」という得意属性を認定されていた。

 そしてその逆の水・地・光といった属性については初歩的なものしか使えないということが解っている。

 魔法使いの得意属性については、最大で三、多くて二、大概は一つとされており、それだけでも妃沙のチートぶりは推して測るべしなのだが……。

 知玲(ちあき)に至っては前代未聞の四属性「水・風・光」と、世界でも数人しか使い手がいないという「気」の属性を持っていた。

「気」についてはあまりにその属性を持つ者の例が少なく、未だ研究未発達であるので、どのような効果を齎すのかは解っていないのだけれど、どうやら冷気、熱気などの『気体』を操れるほか、極めれば『闘気』を駆使して、相手に飛ばしたりすることが出来るようになるらしい。

 まるで何処ぞの戦闘民族のようだと、妃沙はいつか知玲が漫画でしか見たことのない技を「波ァァーー!!」と叫びながら放ってくれるのを密かに楽しみにしている。



(──って、今は魔法の何とやらに思いを馳せている場合じゃ、ねーよなっと!)



 自分にそう言い聞かせ、最後の気力を振り絞り「炎ちゃん、みんな消えてねー!」と叫んでこの世に生まれ出た炎達にまた会おうね、と鎮火を命じる。



「……朱音さん、ゴメン、魔力……使い過ぎちゃった……もう歩けないから……佑士さんのとこ……連れて行って……」



 そう呟いて倒れ込む妃沙。

 そんな彼女の様子に慌てて駆け寄って来た朱音の腕が、優しく妃沙を抱き込んだ。



「……ありがと、妃沙ちゃん」



 朱音のそんな優しい声を聞いたのを最後に、妃沙は意識を失った。



 ───◇──◆──◆──◇───



「……ん……」



 妃沙が意識を取り戻した時、そこは彼女にとり見慣れぬ場所であった。

 普段生活している水無瀬の屋敷とはまるで違う、低い天井に使い古された家具。

 けれどそこは、前世で暮らしていたマンションの一室を思わせる、心地の良い生活感を感じさせる場所だった。


「……あ! お姉ちゃん、気が付いた!? ママ、ママぁーー!! ゆうじーー!!」


 側に座って彼女を見守っていたと思しき小さな少女の声が聞こえ、途端にバタン、と扉が開かれる。


「妃沙ちゃん! 良かったぁ……!」


 飛び込んで来た女性──朱音が絶叫し、そのまま力強く妃沙を抱き締めるので、妃沙は思わず「ぐぇっ」と可愛くない声を漏らす。


(──朱音さん、アンタも力加減ってヤツを弁えた方が良いぜ!?)


 抱き潰されてしまうのではないかという恐怖に慄きながら、妃沙がそっと抱き締めてくれている朱音の腕をポンポン、と優しく叩く。

 魔力切れで気を失うという失態を犯した自分を、少々恥ずかしく思いながら。


「うぉぉーーーー!!!! 良かったッス、姐さん……!」


 開け放たれた扉の向こうでは佑士もその強面に似合わぬ涙を大量に流しながら号泣している。どうやら女性ばかりの室内に入り込むのは遠慮しているようだ。

 おそらくここは彼らの住まいなのであろうに、客の妃沙にまで気を遣う彼は、存外気の小さい男なのかもしれない。


「……まぁ、気絶したわたくしをそのまま水無瀬の家に連れて行く訳にはいきませんものねぇ……。朱音様、佑士様、お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」


 事情を察した妃沙がベッドの上で頭を下げた。


「ちょっと、止めて、妃沙ちゃん! 悪いのはこちらの方なんだから頭なんて下げないで!?」


 慌てて朱音が妃沙を止めている。

 そんな妃沙の様子を見ていた小さな少女がキャハハと可憐な笑い声を上げた。


心和(コヨリ)、お人形さんの髪の毛を結うのじょーずなんだよ! おねーちゃんの髪も、心和が結ったの!」

「……ああ、ごめんなさいね、妃沙ちゃん。汗で髪の毛が張り付いていたから、心和のやりたいようにさせていたんだけれど……その髪型も似合っているわよ」


 楽しそうな母子。そうして朱音が差し出してくれた妃沙の髪は、おさげに結ばれていた。


(──うぉぉーー!! 美少女のおさげ姿の破壊力、ハンパねェ!)


 その姿が自分であるということも忘れ、妃沙は思わず鏡の中の少女の姿に見入ってしまった。

 金髪をおさげに結び、寝起きの気だるさを伴ったその少女の姿は、中の人──龍之介をしてドキドキしてしまうような圧倒的可愛らしさを誇っていた。

 龍之介の理想の女性像とは、謙虚で儚く、男性の三歩後ろで影を踏まないように歩くような古風な女性であり──そんな古風すぎる理想像を持っていた為に前世では彼女の一人も出来なかったのである。


「……今回は本当にありがと。どさくさに紛れて、念書に猿渡の拇印も押してやったわ。これで……この店を取られることもない。

 この街の再開発には、商店街一同反対だったのよ。だからこの念書は、この街から猿渡建築興業が手を引くっていう内容に変えさせて貰った上で捺印させたから街の人達も安心するでしょ」

「……ちょっ!? 髄分大きな話に発展しましたわね!?」


 流石の妃沙も驚かざるを得なかった。

 自分の誘拐は、この小さなクリーニング店を護る為の個人的な闘いだと思っていただけに……街ぐるみの攻防戦に自分が参戦してしまった事に開いた口が塞がらない。


「問題は根本から解決しなきゃ意味ないじゃない! 毒食らわば皿まで、ってね!」


 アハハ、と気風良く笑う朱音。その姿には好感すら覚える程であったが、今、こうして自分が目覚め、これから帰宅しようという段になり、気掛かりな事があった。


「とりあえず、貴方達の問題が解決したのは良かったですわ。結局、あの猿渡の自滅という所には胸のすく気分すらしますわね。

 ……けれど朱音様、これから水無瀬の家に連れて行って頂くに当たり、わたくしの『婚約者様』の氷の視線を受ける事は覚悟して下さいましね?」


 今回の事は当然、知玲(ちあき)も察しており、随分と自分を心配していることだろう。窓を見れば時刻はもう既に夜に差しかかろうという時間なのだ、こんな時間まで妃沙が戻らない事など一度もなかったのだ。

 そして、前世より強く自分を心配してくれているだろう彼は、子どもとは言えぬ程の圧力を、彼女達に向けるに違いない。

 もちろん自分もその誤解を解く為に全力で尽力しようとは思っているけれど……前世よりとても心配性になってしまった『婚約者様』は『犯人』に対してビビる程の圧力を掛けてしまうに違いない。

 彼が向けるであろう態度に恐怖を覚え、ハァ、と、思わず溜息を吐いた。


(──ちょっと、戻るの怖ェかも……)


 知玲と交わした約束を色々破ってしまった自覚のある妃沙は、その怒りがどの程度であるのかまるで想像も出来ず、一人、ベッドの上でブルリと肩を震わすのであった。


◆今日の龍之介さん◆


『……フ、フフフ……。オジサマ、わたくしに触れたら火傷しますわよ?』


「……ってそっちに『変換』すんなって言ってんだろ!!!!」




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