四月二十二日 妖精さんが現れました。
長らく停滞してしまい申し訳ございませんでした!
ーーー僕がこのバイトに来て大体一週間が経った頃……それは突然の事だった。
「ふざけんなよっ!?この店は獣臭いだけでなく、衛生面もしっかりしていないのかぁつ!?ああっ!!」
ガッシャーンと、コップが割れ紅茶の飛び散る音が静かな店内に木霊する。
怒声の上がった方へ視線を向けると、赤と黄色のトサカ頭、わざと破ってるのよくわからない革ジャン、顔の所々にピアスというヤンキー風のわかりやすい人がコップを薙ぎ払った体制で叫んでいた。
………そして床には粉々になったマグカップと、青い染みが……あれは確か……バタフライピーだっけ?
ーーー効能は確か、ブルーベリーと同じで、目に良かった筈だけど……つーかなかなか洒落たモノ飲んでるなぁ………
じゃなくて、あれを片付けるのは一体誰だと思っているのか。
「おい!店長を呼んでこいよォ!……早く!!」
わかりやす人だなぁ……僕、バイト始めてから一週間くらいしか経ってないんだぞ?
せいぜい新入りの僕は、こんな面倒ごとの対策マニュアルなんてものは持ってないので、さっさと何処かへ退散するとしよう。
「おい…そこの一人浮いてるオンナ!お前だ……お前!!さっさと店長呼んでこいっ!!」
なんか浮いてる女の人とは僕の少し後に入った音羽猫音さんの事だろう。
彼女のことは後々話すが、とにかく大事なことは……浮いている奴とは僕のことじゃないだろうと言うということだ。元々好きじゃないのだ。こんな場所で嫌々働いているのにもし、馴染んでないとか言われたら軽く泣ける。
例え嫌な場所でも、馴染んでないと言われると割と傷つくものだ。
「この紅茶にゴワゴワした黒い毛が入ってたんだよぉ…どうしてくれるんだぁ?ああっ!?もちろんお前が責任をもって弁償してくれるんだよなぁ!!」
わかりやすい恫喝で彼女を怯ませようとするが彼女は無表情を崩さない。そんな顔でよく接客業が務まるなぁ……と何度か思ったくらいだ。
「ーーーへへっ…店長が来ないなら俺が大人の接客というものをしてやるよ……」
先程から会話のキャッチボールが出来ておらず、一方通行に喋り倒すヤンキー風のにいちゃん。社会に出てもそんなゴリ押しが通用する筈もない。きっと、立場が上の人には逆らえないとかそんな人物なのだろう。
と言うか、こんな公の場で下ネタを言わないでほしい。お客さんが普段から少なくてよかった。マジで。
……あ、後でゴリラを殴らなきゃ☆
「ちょっと待てエエェェェイィ!!」
ガッシャーン!と、うさぎ…店長のハーレー・ラビットソンさんがいきなり奇声を発しながら、高そうなスタンドグラスを蹴り破ってやって来た。
ーーーお客さんが少なくてよかった。マジで。
「お客様!申し訳ありませんでしたぁ!」
と、思っていたらいきなり土下座を繰り出した。見事な3回転宙捻りジャンピング土下座だ。おそらく前にやった僕の倍は凄いだろう………。
何が凄いって?床を額で叩き割っている所だよ。日々ワックスをかけては磨き、かけては磨きを繰り返し、あんなにも愛着を持っていた自分の店の床を、頭突き…… 土下座をしてクレーターを作りやがった。
まあ、前に「うふふ…ハァ…ハァ……このこの〜♡」とか言いながら床を舐めまわしていたので壊れてよかったと思う。それを見て吐いたという話は蛇足か。
「うおおっ!!なんだこのウサギは!?」
「私が店長のハーレー・ラビットソンと言います!どうぞお見知り置きをっ!!」
ヤンキーが目に見えてタジタジだ。そりゃそうだ、いきなりウサギがスタンドグラスを蹴り破って来たかと思えば3回転宙捻り土下座でクレーターを作ったのだから。いきなりハーレー・ラビットソンとか言われたら軽〜くちびると思う。
………だって、普通は着ぐるみだと思うから。
ーーー本物だと、思う訳がない。きっと、ホールスタッフのパンダやゴリラも着ぐるみだと思っていたのだろう。それが、たった今無慈悲にも覆されたのだが。あんな、誰も着れないような小さな着ぐるみなんてある訳がないし。
「お客様の言い分はごもっともです!どうか!どうかご寛大な御処置をっ!!」
ガンガン頭を打ち付けクレーターがどんどん深く広がってゆく。つーかウルセェ。
「………だったらその寛大な処置とやらを見せてもらおうか……」
動揺から一転、ニヤニヤしながら土下座ウサギを見下げるヤンキー。一体どんな事をしてくれるのか…そんな期待の篭った様な濁った目をしていた。
てか、順応はえーな、おい。
「……でしたらあちらの休憩室でどうぞ」
土下座を解いたウサギが休憩室を指差す。んん?というかあの部屋ってアレがある……
ホールの方を見るとたった一人のお客さん……常連の田中さんが期待のこもった目をしいた。
ーーー目があった。
ーーー田中さん(65)ーー近所の万屋。昔色々やっていて今は結構な金持ち。この店にお金を落としに来てくれている。怒ったら怖い人ーーが、親指を立てサムズアップしてした。
ーーーへし折りたい。
……もう、この店はダメだ。一週間でそれが分かるお店。ストレスいっぱいの素敵な職場へようこそ!
ん………店長がこっちに来た?
「卯月くん…君も来てくれ」
「嫌です」
なんか誘われたけど即答した。だって本気で嫌だもん。
「給料上げるよ?」
「時給820円で満足しています」
これ以上面倒ごとに巻き込まないでください。
「……俺の前世は【燃える氷の竜殺し……この大いなる力は我が暗黒なる漆黒なる滅黒なる……」
「分かりました850円で手を打ちましょう」
へっ!店長が困ってるんだぜ?助けるに決まってんじゃねーか!
…………なんで、僕の部屋のベッドの下のゲーム機のパッケージの中の説明書に挟んである【俺のDestiny〜OnTheMyウェイ←(分からなかった)〜『今日も僕らは生きて行く』の11ページ目に描いてある【俺の前世〜11代目:竜殺し】の内容を知っているのだろうか…………
☆
休憩室の少し豪華なソファーにヤンキーが座っている。その目は少し怯えている……何故だろうか?
「……なあこの檻は何なんだ?なんで休憩室に檻が置いてあるんだ?……ちょっと…おいそこのにーちゃん、教えてくれ」
ヤンキーが目の前の檻について説明を求めてきた。そんなもんちょっと考えたらわかる事だろうに…
というかなんで僕に説明を求めて来るんだ?横にはコモドドラゴンに、ゴリラに、パンダに、ウサギだぜ?一体何が不満なんだろう……
「おい…にーちゃん聞こえてるだろ?教えてくれよぉ」
ヤンキーが心細そうにこちらを見ている。仲間にして欲しそうな目ではないので放っておく事にした。
「おい!聞こえてんだろっ!?返事しろやぁっ!!」
「……あなたの目には何が映ってるんですか?……ああこれ?これはうち……『兎の古巣』の妖精さんですよ。」
「…………は?」
そう、僕は妖精さんだ。何故か妖精さん役を頼まれた。だから喋っちゃいけない。妖精さんは基本、自分から喋らないのだ。
これで時給30円UPなら安いものだと思う……例え、触覚が生え、手触りの良い緑色の胸元がかなり開いたヒラッヒラのワンピースみたいな服を着たくらいで………着た、くらい……で………上がるのな、ら……思い……たひ……。
ーーーいっつあふぇありー。あいあむあふぇありー。
………恐らく僕は今日、何かを失う。
「大体…こんはアニマルだらけのところに一人、人間がぽつんといるわけないでしょう………設定的に」
「確かにっ!?」
正論を言われ相手さんもタジタジだ。そりゃそうだろう……僕もなんでこんなアニマル共に囲まれているのか知らないのだから。
つーかさっき人間の女の子いたろ。あ、あれ純度百パーの人間じゃねーわ。
「……じゃあそこのパンダでいい…教えてくれ」
コモドドラゴンとゴリラを無視していきなりパンダに行ったか………ヤンキーにしては妥当な判断だと思う。
「おイ、テメぇワタクしのこト見えてンノか?見えテッからっテ、あんマ調子乗っテルとブコロスゾアルヨ?」
なんかパンダがエセ中国人の真似をしてきた。いつの間にかいつも着ているバーテンダーのような服ではなく、中国四千年の歴史とかが一切感じられないドン○で買ってきたであろうチャイナ服を着ていた。
そう、あの足が見えるやつ。
スリッド入っている意味あんのかっ!?もさもさしか覗いてないぞっ!!
「……っ!!」
あちらも何かを言いたいのだろう……必死に顔を真っ赤にして我慢している。何故だろうか?少し共感してきた……
つーかなんでこいつも妖精さんやってるんだろうか?僕、いらなくない?
「分かっタフェアリカ?人間」
確認を求める様にヤンキーの顔を覗き込む。
ーーーというかフェアリカ?………語尾にフェアリーってつけりゃ妖精になるとでも?
「わ…わかりましたぁっ!!」
「うム…分かっタラいいアルフェアヨ」
アルフェアヨ……なんか変なのついなぁ?
「……ふむ、ではまずこちらから自己紹介をさせて頂きたく思います」
「いや、いらねーよ!早く帰らせてくれ!!」
ヤンキーが必死に懇願する。多分寛大な処置とやらもすっかり忘れているだろう。
つーかお詫びに自己紹介なんか要らないのに…何考えてるんだ?
「いえいえ…そんなこと仰らずに…では右側から…翔君からお願いします」
「コモドドラゴンの翔です」
「何故この面子がありながらのコモドドラゴン…」
ヤンキーが項垂れている!………友達になれそうだ。
「この度はお客様に大変なご迷惑をおかけした事を謝罪させていた……ハァ…ハァ…ます」
「……大丈夫?なんか発情期入ってない?」
コモドドラゴンは目に見えて息を荒くしている。別に空調がおかしいわけではない。僕の体質……動物を魅了する効果だ。この効果はメスに効きやすい傾向にある。つまりこのコモドドラゴンはめすだ。大事な事だからもう一度言う……雌だ。♀なんだよ………っ!
「では次は私ですね。私は叶と申します。以前南米の方でジャイアントゴリラのシルバーバックの妻をやっておりまし………フッー!フッー!」
「………はっ?え?なに?なんて?」
マジかよ叶兎さんバツイチだったのか…
……バツイチが男子高校生に発情するなよ。
「ブヒひひひっ!!卯月きゅうんっ!!コッヂへぇ、ゴッチべぇ来でええぇぇぇっ!!」
「マヨにぃ〜ズうぅぅぅぅっっ!!マヨにぃ〜ズうぅぅぅぅっっ!!」
ガッシャン!ガッシャン!ガッシャン!
取り敢えずコモドドラゴンと、ゴリラを檻に入れ話が再開した。
「すみません…もういいので帰らせてください…
」
「アッ?まだマダ謝罪はおわてナイね。もっト自分家みたイニくつろゲばいいフェア」
ヤンキーがもう泣きそうだ。そろそろ帰らしてやってもいいと思う。
「いえいえ……ここでお客様を帰らしてしまったとなると我が店の評判は地に落ちるでしょう」
そりゃ地を這うような評判だからな。すぐ地に落ちるだろう。
ーーー学校でも、誰もこの店の存在を知らなかった。
「……ですからぁ…お客様ぁ?呉々も店の評価を下げるような事はしないでいただきたい」
いきなり打って変わって怒気の孕んだ声で相手を重圧する。その目は心なしか燃えているようにも見えぼろろろろろろ……
「ヒ……ヒイイイィィィィッッ!!」
ガッシャーン。スタンドグラスを割ってヤンキーは逃げていった。
何?スタンドグラス割るのが今流行ってんの?
「ふう…あれくらいすればもう来ないだろう…」
「ええ…あの毛も結局あの人が入れたものでしたしね」
え、そうなの?やっぱり衛生面はしっかりしてたんだなぁ…
「だって叶さん調理場じゃないもんなぁ…」
「西兎地さん毛、ないですからね」
違ったようだ。
こうしてとある事件は解決した……かに思えたがヤンキーが仲間を引き連れやって来やがった。まあ、ゴリラが全て薙ぎ払ったのはかまた、別のお話。