四月十四日 アニマル喫茶始めました!
今日はこれと、もう一話投稿して終わりです。
「こんにちはー……………」
チリンチリン、とベルが鳴る。耳障りのいい、綺麗な音色だ。
「あら、いらっしゃい、卯月君♡」
ーーーメスゴリラがメイド服を着て、フロア内の清掃をしていた。耳が穢れ、目が腐った気がした。これからは3秒毎に5のダメージを喰らうだろう。
「ぐふっ」
ほら、喰らった。残りHPは150。後五十秒も生きれるね!………協会でも行くか。
ーーーでまあ、協会とかダメージについては置いといてメスゴリラの現在の服装はというと……黒を基調とした丈の短いワンピースの様な服に、白いフリフリが所々に付いている…………筈が全部ゴワゴワしてた。想像しにくいかと思うが、よくあるコスプレタイプのメイド服だ。
ーーーいや、違う。本来フリフリしている部分が全部ゴワゴワしてる。想像しただけで胸焼けしそうな格好だった。てか、吐きそうだ。
頭上にはワンポイントアイテムのカチューシャ。…………カチューシャ?うん。あれ、カチューシャでいいや。
取り敢えず、僕は一切の迷いも無く、躊躇も無く、躊躇いも無く、今までの僕にさよならグッバイをして………扉をそっと……閉めた。
「ちょっと待ってくだいまし、ご主人様ぁっ!!」
誰がご主人様か。
メスゴリラ……叶さんが馬鹿みたいな怪力で扉を開いてきた。この店…【兎の古巣亭】は店の方に開く開き戸で、当然……ドアノブを持っていた唯の男子高校生の僕はその怪力になす術も無く引っ張られる。
「ーーーああああああぁぁぁああっっ!!」
ドンガラガッシャーン。漫画みたいな音を立て体重55キロの僕が店のカップなどを潰していく。
因みに言うと空中を飛ぶなんて初めての経験だった。ーーーやだ!初めてを奪われてしまった!感想?シラネ。
「あああああああ!!ガラスがぁっ!ガラスが背中にィッ!!!」
取り敢えず血が出ているのはなんと無くわかった。後、肩でも外れたのかな?すっごい、痛い。泣きそう。エグエグ。
「だ…大丈夫?包帯あるから…見せて。」
声を掛けてくれたのは世界一恐ろしい草食動物と噂の、カバの西内さんだ。西内さんはとても料理上手でこの店のコック長を務めている。
前に、面接に来た時食べさせてもらった肉料理はそれはもう絶品だった。
リポーターでもなければ食通でもないので上手くは言えないが、白子のようなコリコリとした歯応えに、その中にあるフニャっとした二面性。表面は軽く炙っており、光の反射を受けテカテカと輝いていた。
極め付けはソースだ。ベースにマンゴーを使っているらしく、まろやかでいてそれとなく甘い香りがしていた絶品もの。また、脇役の人参やジャガイモも適度に熱が通っていて、これもソースにあっていた。
まあ?後で牛の睾丸って聞いて全部吐こうとして、無理矢理口に戻され呼吸不全になって地味に死にかけたけど。
そんな事より面接だ。あの後どうなったかというと………
☆
洋風な店の中……オレンジ色の、暖かいランプが天井から吊るされ、室内に穏やかな雰囲気が漂っている。
七色の、ガラスの天使が暖かな光に祝福され、終末のラッパを吹き、悪魔と共に踊り狂う。
BGMはレトロで、落ち着いた曲だ。まるでオルゴールが目の前にあるような……そんな錯覚さえ覚える。飲食店なので、勿論埃は舞っていない。言っては失礼だが、動物ばかりなのに清潔感溢れる部屋だ。
だがしかし、良い点を見つければ、自ずと悪い点も出てくる。と、いうかこの店は悪い点を隠す気があるのか、はたまた無いのか………。
例えばだが、彼方……カウンター横の柱に、時計が掛けられている。これが単品だとその道の素人でも分かる程の精巧な作りなのだが………その横で彫りの深い猫?熊?狢?取り敢えず何かよく分からない動物がこっちを睨んでいて、大抵の人はそっちに目が行くか目を反らす。
ーーーその動物の作りがリアルなので余計にだ。
恐らくだが、お高いんでしょう?と、言いたくなるような一品なんだ。彫りが深く、今にも動き出しそうな……そんな猫?まあ、猫でいいや。猫の木彫りなんだ。
しかも、猫の木彫りだけではない。まるでワンダーランドに迷い込んだアリスの気持ちが痛い程分かるくらい、アンティーク調のトランプ、時計、兎………そんなものが所狭しと並べられている。
………そう考えたらあれがチェシャ猫に見えてきたぞ?
まあ、内面の印象は正直言って良いとは言えないかな?
で、店の奥ーーー表入り口から入って、二席横を右に曲がった所ーーーにある休憩室で兎と向き合う男子高校生が一人。
僕なのだが……すっごいシュールな絵面だ。
「えっと、鈴宮卯月君で合ってるかな?あと、どうしてビニール袋をもってるの?それとね、面接なんだからこっちを………目を見て」
「すみません。幼い頃のトラウマで小さい、もしくは大きいもふもふを見たり触れたりすると吐きそうになるんで………うぷっ」
そう、僕は過去にとある出来事のせいでもふもふを触ることも見ることも出来なくなった。
「さっき叶くん……ああ、ゴリラね。は、直視してたけど、大丈夫なの?」
「あれはゴワゴワなんで」
「ああ…そう」
兎……店長さんが何やら残念そうに俯く。
「それよりも大丈夫なんですか?」
「ん?大丈夫とは?」
「………いえあのぉ〜直ぐそこの檻からずっと凝視されてるんですが?」
この店の休憩室はあまり獣臭く無く、これまた失礼になってしまうが、人から見えない場所という事で多少荒れているのを予想したが、どちらかというと考えを裏切る様な清潔感が漂う印象だった。
……そう、檻がなければ。
「ハァッ!ハァッ!わだしオォ……ワダシヲメズゴリラニジデエェェェッッッ!!!」
ーーーガッシャン!ガッシャン!ガッシャン!
「すみません…気が滅入るので、部屋を変えて話しません?」
本当、このメスゴリラ、声は可愛いのに……今は喘ぎ声と薬常習者の狂気が入り混じった音だった。
狂気な人と一緒にいると自分まで狂気的になる。よくある話だ……有名どころで言えば介護していた人が鬱病になったりとかそう言う話かな。
ーーーというか助けてェッ!
「でね、卯月君。君のバイト申請なんだけど………」
あ、無視の方向でいくのか。
ーーー突如、照明が落ちる。
ブレーカーが落ちたのかな?と、思ったが、何故か窓の外まで夜のように暗くなっているので演出だと割り切った。
すぐさま光が………スポットライトが僕らの頭上で回りだす。
ドルルルルルル……デンッ!!
「えっ…と、見事受理されました。おめでとうございます」
まあ、この店に面接に来る人なんてほぼ、と言っていいほど来ないのだと思う。他人の目から見たらかなり不慣れだ。恐らくだけど、店長にとって僕は初めての合格者なのだろう。
ーーーまあ、客として来る分には楽しそうだけど。
「すみません、あの、まだこの店へ来て1時間と経ってませんけど………宜しければ採用理由を教えて下さい」
僕がこの店へ来てやったことといえばパンダにツッコミを入れ、メスゴリラに追いかけられ、店の前でリバースしちゃったくらいだ。
「ああ…実はね、うちって定員が二人空いてたんだよ。それとねパンダの人ね。上野って言うんだけどね?あのツッコミは100年に1人の逸材だ!って言って聞かなくて………」
「はぁ……あ、あのよく分からないところで感動していたパンダか」
何か、無理やりバイトをやらせてる様にも聞こえる。僕だったらこんな動物嫌いな奴を、こんな店には置かないけどな。
「それとね、これが一番大事なんだけど………」
「はい?」
大事なこと?
動物を嫌わない、とか?……いや、だったらいくら定員が割れているとはいえ……僕が採用されることはない。
……だったら……なんだろうか?
「フフッ……それはね、『僕らを人間として扱い、怖がらず、恐れず、対等に接する心情さ」
「? ………そんなものがプライドって言うんですか?」
「うん、そうだよ。プライドとは自尊心であり、自負心であり、誇りなんだ。それを損なうって事は自身の人間性を壊すことと同義なんだ。ましてや、自分と姿の違う化け物と、じゃれ合う、なんてね?」
「………僕は肌の色一つでとやかく言いませんよ?」
「………気付いてないみたいだけど、それって凄い才能なんだよ?色が違うのはまだいいとして………外見が違うなんて異形のモノ達………それを見ても、君は恐れも怯えもせずに、ツッコミを入れた。これは異常であり、僕らからすれば嬉しい……それこそ至上の悦びなんだ」
「………そうなんですね、正直……僕はまだ詳しい事はわかりまんし、どうして動物が喋れるんだ?とか、今は聞く気はありません。それに、無理に聞こうとも思いません。ですが、ご期待に沿えるよう、尽力致しますよ」
「うん、よろしくね」
……まったく、調子が狂う。年上の貫禄ってやつだろうか?
「ん?僕は7歳だよ?」
「マジか!!」
いや、兎としては寧ろ高齢か……。
「まあ、困ったことや分からないことがあったら僕や他のスタッフに聞いてよ。助けになるからさ」
「例えスタッフを見て吐いても?」
「例えスタッフを見て吐いてもさ」
その目には確かな信念と決意とクリッとした愛らしウボロロロロロロ……
「大丈夫っ!?」
「え………ええ……大丈夫です。そうですよね、リハビリだと思ってやれば…」
一抹の不安は残るが多分大丈夫だろう。今だって吐いても許してくれたし。………許してくれたよな……?
「じゃあ、早速で悪いけど……挨拶回りに行ってくれるかな?」
「え、早速で………ウプッ」
マジか、メスゴリラみたいにならないだろうな?
「まあまあ、これで面接試験はチャラってことで」
「もともとなかったんじゃ……?」
「いいから、早く行く」
「あれ……?なんか怒ってません?あ、やっぱり床の事……」
「行け」
「………はい」
こうして僕は無事面接に受かったものの挨拶回りという壁に立ち向かわなくてはならなくなった。
………やっぱ、怒ってるじゃん!