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#06 失望したために

『わたしは太陽に嫌われているの』


『本の中の世界は部屋の外の世界。わたしには関係ない』


『わたしは吸血鬼。ひとりぼっちの吸血鬼だから』


『でも、きみが教えてくれるならわたしは外の世界を見てみたい!』


『それがたとえ許されないことだとしても』



一年千都(ひととせちと)は名子役であった。

彗星の如く――と言うといつか消えるという不吉な印象を持ってしまう。が、千都はまさに彗星のようであった。

千都は寡作(かさく)であった謎多き作家、紫苑永遠(しおんとわ)の代表作を原作としたドラマ『真っ白な闇』で主演を演じ、一躍有名になった。

千都は当時小学三年生。わずか八歳であった。

突如現れた天才子役にマスコミは沸き、毎日のように千都のもとにはインタビュアーが訪れた。

昼夜を問わないインタビューの連続にも千都は疲れ一つ見せることもなく笑顔で応じていた。

無邪気に笑うその姿は普通の小学生と何一つ変わらないものだ。

こんなあどけない少女が一度役に入り込むと、とりつかれたように人が変わるのだ。

そのギャップに驚く者も少なくはなかった。


『真っ白な闇』の主人公――ノアは外の世界を知らない幼い少女。

暮らす家は一際目立つ広い洋館で、使用人を雇う程の裕福な家庭で少女は育つ。

少女は外の世界と一切の干渉を許されない地下室で不自由はないが、その代わりに多忙を極める両親からの直接的な愛情を受けることもない生活を送っていた。

――少女が九つになる年までは。

小さな限られた世界の中ではありながら、幸せであった日々は突然消え去ってしまった。

少女の両親が事故で亡くなってしまったのだ。

不幸とは連鎖するもので、ほどなく使用人の老婦も亡くなり少女は独りになってしまう。

そんな数奇であまりに不幸な運命を理解もしないまま受け入れて生きていく少女のもとに、街に住む少年――トワが姿を現す。

少年は孤独な少女と共に暮らし、外の世界を少女に教える――――

千都はこの孤独な少女、ノアという難しい役柄を見事に演じきった。

その演技力を買われ、その後もドラマへの出演オファーは殺到したが、千都が出演したドラマは『真っ白な闇』ただ一つであった。

バラエティー番組などには積極的に出演したが、ドラマに出演することはこれが最初にして最後であったのだ。

千都が何故、ドラマに出演しないのかという謎は芸能界の裏で密かに生じて語られてきた。

根も葉もない悪い噂も多く生まれ、千都はしばらくの間、表舞台から姿を消していった。

それが千都は中学生になると突然、アイドルに転身して芸能活動を再開したのだ。

その際に共に活動することになったパートナーが鳴瀬歌音(なるせかのん)春宮新菜(はるみやにいな)であった。

彼女たちは小学生からの友人であり、芸能界に憧れを抱いていた。

中学入学前に、雪代初乃(ゆきしろはつの)が社長を務める芸能事務所、ファーストスノープロの主催するオーディションのことを知り、二人揃って応募。見事に二人揃って合格を果たし、所属となる。

二人は所属一ヶ月という異例の早さでデビューを果たした。

数年前に子役として一線に立っていた一年千都をリーダーとするアイドルユニットのメンバーに抜擢され、『新千歌(しんせんか)』として活動を始めたのだ。

約三年ぶりとなる千都の復帰にマスコミは再び沸いた。

それに伴い、新千歌の人気も急上昇し、脚光を浴びることとなる。

歌音と新菜からすれば、当初は思ってもみないシンデレラストーリーに喜びと興奮が隠しきれなかった。

同い年だが芸能界の先輩である千都に二人は当初、距離を置いていたが、次第に友好的になっていった。

しかし、人々の注目の視線の大半が千都に向いていることが明確になってくると、彼女たちの心に一筋、二筋――と陰りが生じ始める。

浴びていた光は全て逆光で、自分たちは千都の引き立て役に過ぎなかった……と。

そう思い始めると彼女たちが千都に嫌悪感を抱くのにそう時間は要しなかった。

もともと、彼女たちと千都の間には見えずとも確かな溝があったのだ。

千都の方も彼女たちのことを決して良くは思っていなかったことも確かなことだ。

こうして新千歌というグループは、表面上では同い年の現役中学生三人組の仲良しアイドルを演じる裏で互いに互いを邪魔だと感じるまでになってしまった。

溝は目に見える深さにまで深くなったのだ。

もはやそれは溝ではなく亀裂なのかもしれないほどに深く、深く――――

それ以前に千都と彼女たちでは何もかもが、何かが根本的に違っていた。



九月四日土曜日、午後十二時前、IRUA(イルア)一塚店。

郊外とはいえ、土曜日ということもあって人でごった返している。

客の多くは二人組以上で仲良さげに喋りながらモール内をぶらついている。

周りの声や雑音に掻き消されかけのインフォメーションは間もなく一階のセンターステージで新千歌のライブが始まることを告げている。

それを聞くと割と多数の者がセンターステージの方へ移動を始めた。

さすが、芸能界の第一線で活躍している人気アイドルというだけはある。

大して興味もなかった者や、ライブの存在を知らなかった者たちも見事に引き寄せている。

地方でこそこそ活躍している地域密着型のご当地アイドルや、ネット界隈(かいわい)を拠点とする地下アイドルたちとは格が違う。

人ごみに流されながら、進堂揺(しんどうゆら)はほぼ成り行きという形でセンターステージの方へやってきた。

一緒に来ていた妹――(とばり)とこの人ごみの中ではぐれてしまい、捜している最中であった。

もともと新千歌のリーダー、一年千都に用があってここに来たわけで、ついでにライブも見ようという話になっていたのだ。もしかすれば帷もこの人ごみの中にいるかもしれないと、揺は淡い期待を抱く。

身動きのとりづらい中、揺がきょろきょろ辺りを見回していると、意外な人物を人ごみの外に見つけ、声をかけようとなんとか人ごみから這い出た。

「先生偶然ですね。一人で買い物ですか?」

そこにいたのは揺のクラスの担任教師――五島田雄大(ごとうだゆうだい)であった。

この人の多いなかで、平然と一人で立っているのは異様な光景である。

「進堂君も奇遇ですね。ちょっと用があって」

「あ、まさか強盗ですか? こんな人の多い日かつ時間帯にこんな広いショッピングモールでするなんてさてはやり手ですね?」

新学期早々に雄大についた不名誉なあだ名のことを思い出し、揺は小声で小学生のように雄大をからかう。

「そんなわけないでしょう」

そんな揺に雄大は呆れ顔で応えてみせる。

それと同時に昨日揺に感じた妙な恐怖感はどこかへ吹き飛んでいった。

「ここの警備システムはなかなか堅いですよ。なんか警備隊だけじゃなくて、地元警察も動いているらしいです」

「なんでそんなに詳しいんだ」

警備の実態など一般市民が知るよしもないはず。それなのにそれを事細かに知っているかのように得意気に話す揺の方がむしろ前科持ちなのではと雄大は疑いの目をかける。

「いや、強盗ってもっとセキュリティーの甘いコンビニとか民家でやるものだと思ってましたよー」

疑ってみると、揺が『僕ならそうします』と言っているように聞こえて仕方がない雄大。

「そういう君はここに何をしに来たんだ?」

「僕は妹と一緒にひせちーのライブを観に来たんです。まあ、その妹とはちょっとはぐれちゃったんですけど……」

「大変じゃないか! よりによって今日みたいな日に、妹さんに何かあったらどうするんだ」

ちょっといつもより人が多いだけで何故、そこまで慌てるのか揺には初めは分からなかった。が、その意図はすぐに分かった。

「……もしかして、事件のこと気にしてます?」

揺が眼の色を変えると、雄大はまたあの妙な恐怖感を感じる。

「そりゃまあ……気にするだろ」

ニュース沙汰になっている事件のことを気にするのは当たり前だというように雄大は話す。

しかし、民衆の態度はどうやら違うようだ。

命が狙われている千都の周りに、犯行現場となるであろうこの場所に、人々は自らやってきた。

事件のことを気にしていれば、わざわざ危険な目に遭おうとなんてしないはず。

何かない限り、こんなところへは足を運ばない。

つまり皆、事件のことなど気にしていないのだ。

自分には関係ないこと。そう思っているのだ。

「気にしていてここにいるってことは、あなたはただの話題性を求める野次馬の馬鹿――略して野次馬鹿か、僕と同じ目的があるってことでいいですか?」

年上を、しかも自分の担任教師を馬鹿呼ばわりすることもためらわない揺にはそれだけ雄大に対する自信があった。

「君の目的って?」

「真実を知ること……です」

「君の知りたい真実と果たして同じものなのかは分からないが、俺も真実を知りたいことは確かだ」

「あなたの知りたい真実っていうのは、例えば……犯人のこととかですか?」

「そう……だな」

何もかもを見透かしたように確信を突いてくる揺に一種の危機感を覚える雄大。

純粋なようで何を考えているのかさっぱり分からないその眼は、自称吸血鬼の謎の少女――ダズンの紅い目と同じような力を持っているようにも見えたのだ。

ただ、やはり揺の考えは雄大には見えてこない。

それもそのはずだ。

揺にその力があるはずがない。

揺は人間なのだから。

「ちなみに訊くけど進堂君、君は何を知っているんだ?」

「さあ。僕は――進堂揺はただの高校生ですから」

その瞬間、雄大は今まで話をしていた相手が揺ではない何かであったことに気がつき、背筋が凍った。

進堂揺はただの高校生だ。

しかし、それとは別に何かが存在している。

目の前にいる人間には進堂揺という意識の他に誰かの意識が宿っている。

実態のつかめない何か――ただそれが何なのか分かる気がした。

それが何より恐ろしいことであった。

「人並みの知識とそれなりの好奇心しか、僕は持ち合わせていませんよ」

「俺には君が普通には見えない」

「僕もあなたのこと、普通の人には見えないんですけど」

揺が自分の何を指して普通ではないと感じているのか雄大には分からなかった。

「鳥津高校生物担当で僕ら一年四組の担任教師であると同時に、違う何かなんじゃないのかなって」

雄大には他人には隠している普通の教師ではない姿がいくつかあった。

そのうちの一つは、この何かである揺なら分かるであろうと雄大は踏んでいる。

「……何故そう思うんだ?」

「マコがあなたのことを気に入っているからですよ」

「渡貫さんが?」

予想外の解答だった。

渡貫真子は雄大にとっては自分のクラスの生徒の一人という認識に近かった。

私情が挟まって反射的にそれ以上の認識になることもあったが、あくまで彼女自身への認識は一人の生徒……その程度であった。

「はい。良い先生だって言ってましたよ。マコは昔から先生っていう種族の人間を嫌ってましたからびっくりしましたよ」

嫌われているという認識は確かになかった。

しかし好かれているという認識もない。

きっと彼女には好きとか嫌いとかという概念が無いものだと雄大は思っていた。

何があっても無表情で、嬉しそうな顔も悲しそうな顔も一切見せない真子にはそういう感情のようなものが無いものだと。

「渡貫さんはなんで教師が嫌いなんだ?」

「教師に限らず大人が嫌いなんです。それなのに先生のことは嫌いじゃないみたいなんですよね」

「大人が嫌い……か……」

真子が自分のことを気に入っているのは、単に自分が大人に見えないからなのではと雄大は考える。

かかっている呪いのようなもののせいで雄大の見た目は高校二年生の頃から少しも変わっていない。

その分、学校にいるときは白衣を着て、言動も大人らしくしようと努力していたがあまり効果がないのではと落胆している。

「もしかして……マコに何かしたんですか?」

真子を従わせるために裏で何か良くないことをしているのではと睨む揺。

「俺は特に何も」

「……まあそうでしょうね。先生、悪い人には見えないですし」

冗談ですよ、と楽しそうに笑う揺。

「そうか……?」

悪事を働く能もないと思われているのだと感じ、雄大はまたナメられたものだと少し不満げな表情をする。

「先生ってどこか惹かれるものがある気がするんですよね」

「え?」

「僕がそう思うだけですから。そんなに驚くことでもないですよ」

「いや、前にも誰かに言われた記憶があってな」

「偶然ですね。僕も誰かに言った覚えがあります」

揺はそのことに驚きもせずにただわざとらしく笑っている。

「それより渡貫さんは一体どういう子なんだ?」

「マコはすごくいい子ですよ。僕なんかのことを友達だと思ってくれていて。みんなから好かれていて、愛されていて。いつも笑顔の絶えない明るくて、一緒にいて心から楽しいと思えるような――」

真子の良いところを挙げればいくらでも出てきてきりがなかった。

どこをとっても良いところしかない。

長く一緒にいれば嫌なところや悪いところの一つや二つあってもいいはずだが、やはりない。

真子の全てが揺には良いところに見えてしまうのだ。

「それが僕の知っている渡貫真子という女の子です」

「え?」

まるで違う。何を言っているんだ。

雄大はそう思った。

笑顔の絶えない? それは一体どういうことなんだ……?

「今のマコは本当のマコじゃない」


――私は抜け殻。


「違うんです。あれはマコじゃない」


――私に心なんてもう無いから。


「マコの姿をした別の誰かみたいなんです」


――私は普通の人間じゃない。


「あんな子、僕は知りません」

揺は冷たくそう言い放つ。

揺の頭の中では温度を感じないただの器官としての役割しか持たないような無機質な視線が消えずにいた。

それ程、真子は変わってしまった。

まるで別人のように変わり果てた。

あの日を境に真子は笑わなくなってしまった。

「本当のマコは、僕のよく知る渡貫真子はどこに行ったんでしょうか」

「…………」

その質問に雄大は答えられるはずがなかった。

そんなもの分かるはずないから。

答えが存在するかさえも分からないから。

「そういや、先生は一年前のあの事件のこと――知っているんですよね」

「え……ああ」

一年前に新米女性警官が射殺された事件はニュースでも大々的に取り上げられていたので、知らない者はおそらく存在しない。

ただ、現在に至るまで記憶に残っているか否かと言われれば話は別だが。

「まあ、自称サグを誰よりも知ってる五島田先生なら知っていて当然ですよね」

「そうだが、それが渡貫さんとどういう関係が……」

「マコがいるならきっとそこなんですよ」

「そこというのは……?」

「一年前の九月十七日、午後八時過ぎ。第二公園って言って分かりますかね。僕らの家の近所にある小さい公園なんですけど」

真子と揺は小学生時代はよく遊び、中学生になるとベンチに座ってたわいもない会話をした思い出の場所。

第二公園は揺の大好きな場所だった。

「マコはそこにいるんでしょうね」

真子の笑う姿を最後に見たのもあの場所だった。

「どういうことだ?」

「あの事件の被害者、新米女性警官っていうのは――マコのお姉さんなんですよ……」

雄大はしばらく言葉を失った。

様々な感情がこみ上げてきて、渦巻いて、訳が分からなくなった。

「マコはお姉さんが大好きでした。それはもう世界で一番愛してるってくらい。挨拶の次には必ずといっていい程お姉さんの話が入ってきてましたよ」

いつもとびきりの笑顔で楽しそうに話す真子を思い出すと思わず涙がこみ上げてくる。

「そのお姉さんが亡くなると、マコは全てを失ったみたいにあんな風になったんです……。お姉さんはマコの全てだったんです……」

揺は溢れそうになる涙を必死に堪えながら話す裏で、何故こんなことになってしまったんだという後悔とやるせない気持ちでいっぱいになり押しつぶされそうになっていた。

「そうだったのか……」

今の雄大に言えることはその程度の言葉だけであった。

「先生、時間って戻せるんですか?」

「現代の科学では不可能だと思う」

「……でしょうね。先生ならそういうと思いましたよ」

「そうか」

「そこは嘘でもちょっと希望を持たせて下さいよ。理系の人って柔軟じゃないんですよね」

真子もそうだと揺はふと思う。

未来が見えたらいいのにと呟くと、無理だとあっさりばっさり切られた。

未来が見えればこんなことには少なくともなっていなかっただろう。

「何も科学に頼れなんて言ってないです。タイムマシンを発明しろなんて言ってないです。ただ時間は巻き戻せるのかって訊いたんです」

「何と言い換えても俺は不可能だと思う。根拠のない希望で変な期待をさせるのは嫌だからな」

ああ、その方が助かる……と揺は思う。

時間が戻ったところできっと、何も変わらないだろう。

過去は変えられないものだ。

変えてはいけないものだ。

「でも、例えば魔法使いみたいな異形(いぎょう)の存在がいたとすれば不可能なんて無いと思いませんか?」

「君ってそういうファンタジーが好きなのか?」

「僕はそうでもないです。現実主義でもないですけど」

現実が嫌になると理想とか空想とかに逃げ込む。

揺は現代人に多い現実逃避主義人間だ。

「ファンタジーといえば、今日ここで吸血鬼信者の集会があるとか」

雄大はどきっとした。

昨日ダズンが言っていた、自分たちを殺しに来るという無謀かつ無駄なことを企んでいる――と、勝手に推測をしている集団。

何をするにしても迷惑なことには変わりない。

出来ることなら関わりたくはないと思っている雄大は、この話題を早く終わらせようと興味も関心もない体を装い、返答をする。

「そうか」

「主宰者はひせちーらしいです。殺されるって立場にありながら何がしたいんでしょうね」

「さあな」

「あれ、でも殺害予告より前に計画が発足していたんだっけ? どういうことなんだ……」

「さあ」

「で、吸血鬼って本当にいるんですか?」

「さあ……」

「意外ですね。先生ならきっぱりいないって言うと思ってたんですけど」

「そうか」

「ていうか先生、正直そんなことどうでもいいって思ってますよね?」

生返事を繰り返す雄大にそろそろ(いら)立ちをおぼえた揺はまた、いたずら半分に雄大の怖れる何かの眼をする。

「別にどうでもいいとは……」

「ま、いいんですけど。仮にいるとするなら犯人は吸血鬼かもしれませんね」

まさかダズンが犯人というのも考えられないし、他に吸血鬼がいるとも思えない。

雄大は自分が疑われているような気になり、そんなはずがないことは分かっていたがつい挑発的な態度をとってしまう。

「何故、そう思うんだ?」

「吸血鬼っていうのは、僕たちに自分が吸血鬼だと気付かれないように必要以上に人間とは干渉しないで生きてるんじゃないですか。それなのに騒がれると迷惑でしょうから」

そういうイメージなのかと主観的に納得する反面、普通に人間と同じように教壇に立つ自分はどうなのだろうと思い悩む雄大。

そう言われればダズンはどうなのだ。

彼女は人間らしく生活する必要も理由もないはずなのに普通の女子高生を演じている。

揺の考えが間違っているとも思えないが、それは一種の偏見なのではと雄大は考えた。

「それで一年千都を殺すというのか」

「まあ、吸血鬼のことなんて僕は知りませんけど」

他人事だと素っ気ない態度で話す揺。

「もし一年前の事件の犯人も吸血鬼なんだとしたら僕は許しませんけど。それこそ殺してやりたいくらい憎いです」

「吸血鬼を殺すなんて不可能だ」

「分かってますよ、冗談ですって。そんなにマジにならなくても。吸血鬼は不死身……それがファンタジー界の常識、定番の設定でしょ」

さっきまで吸血鬼には無関心だった雄大が突然、真剣な眼をしてそんなことを言うので、少し違和感のようなものを感じる揺。

そして、前にも吸血鬼の話をすると態度がおかしくなった人がいた記憶があると思い、揺は雄大をある確信を持った疑いの目で見る。

「吸血鬼なんてそもそも存在しないけどな」

「あれ、さっきは言葉を濁していたのに」

「普通に考えてそうだろ」

自分で自分のことを普通ではない存在だと言っていると思うと、雄大はため息が出た。

何故、自分で自分の存在を否定しなければならないのだろう、と。

「まあ、そうですよね」

「それに君は何故、そこまであの事件にこだわるんだ。君は直接的には関係ないだろ」

「確かにそうですね。僕には関係ないことかもしれないです。友達の家族が亡くなったことなんて他にもありましたし」

友人の祖母が病気で亡くなった、父親が事故で亡くなった――などという話はよく聞いた。クラスメイト本人が自殺して亡くなったなんてこともあった。

それでも揺は案外平気で、クラス中に暗い空気が漂っていてもいつも通りでいた。

なんで何も思わないの……と訊かれても別に何も感じていなかったわけではない。

人並みには可哀想だとか考えて同情していたし、悲しいとか辛いとか思っていた。

だが、口に出したり、泣いてみたりはしなかった。

そんなことをしたって何も変わらないし、意味がないと思っていたから。

それより先に、自分には関係がないと揺は思っていた。

「でも、あの件は僕も無関係じゃないんです。あの事件のせいでマコはいなくなった」

「それはよく分かった。でもそれは渡貫さんの問題であって、君がここまで悩むことではないだろ」

「僕はマコに、もとのマコに戻って欲しいんです。僕の知っているマコは過去に拘束されている。だから救い出してあげたいんです……!」

揺は必死に訴えかける。

まるで自分の命乞(いのちご)いをするように真剣に。

「何故そこまで……」

「マコのことが好きだからですよ」

何のためらいもない、嘘偽りのない綺麗な言葉であった。

揺は微笑んでいる。

ただ安らかに、だがどこか儚げに。

「大好きなマコのためなら僕は何だってするつもりです。殺しでも何でも」

揺の眼差しは真剣そのものであった。

人というのは愛する人のためならばここまでの決意をすることが出来るのかと雄大は感心した。

自分はそんなこと、考えたこともなかった。

今でもそんな決意、出来そうもない。

やはり恐怖はついて回る。

吸血鬼という人間の規格外の存在になっても怖いものは怖い。

人を殺すことも、自分が死ぬことも――。

「最近の学生っていうのはいろいろ考えているんだな。俺が高校生の時なんて自分のことだけで精一杯だったよ」

「普通はそんなものですよ。僕だって自分の為にやるだけですから」

「……そうか」

「先生、なんでこんなことになったと思いますか?」

「サグが存在したから……か」

「本当にそれだけでしょうか。先生はサグを犯人だと思っているんですか?」

「いや、それはないと思っている」

「珍しいですね。みんなサグのせいだって言うのに」

どの掲示板を見ても“犯人はサグに決まってる”とか“ついにサグがやらかした”とか“極悪人、サグについていた俺たちはどうすればいいのか分からない件”とかそんな書き込みばかりで揺はうんざりしていた。

誰もかれもいいようにサグを悪者扱いするだけしていって、自分は無関係だと装って平然としている。

ネット世界の住民は皆、無責任だ。

今でこそネット世界を取り締まる法律があるものの、まだそこは無法地帯に近い。

犯罪者なんて沢山いる。

何もサグだけではない。

それでも姿が見えないということをいいことに罪の意識を持たない者が多すぎる。

たまたまサグが現実に起きたあの事件と同時期に厄介な依頼を請けていたために犯人に仕立て上げられ、(ののし)られた。

それも誰かの策略だったのかもしれない。

罪を擦り付けてきたのかもしれない。

サグだけを悪く言う者、都合良く縁を切るサグライダー、無秩序なネット世界の住民――。

そういった者たちが揺は大嫌いであった。

だからそうではない雄大に揺は感心し、嬉しさまで感じて涙しそうなのだ。

「マコだってきっとサグのことを恨んでるだろうし、殺したいとまで思っているんじゃないでしょうか……」

「君はサグを殺したいのか?」

「いいえ。僕もサグが犯人だと思っていないし、サグのことは恨んでもいないですから」

「……珍しいな」

雄大もまた揺に感心し、何かを悟ったような微笑みを浮かべる。

「むしろ僕はサグを愛していたのかもしれない」

「え?」

「僕みたいな人間が他にもいるからサグは今日まで存在することが出来たんだと思いますよ。実際、誰かを救ったことはあったはずですし」

皆がサグを凶悪な殺人犯だと決め込み離れていく中、掲示板に残り、サグと交流する者も確かにいたのだ。

「僕は少なくともそうです。サグにはとても救われました」

「俺も救われた一人だ」

「……そうですか。やっぱり先生は普通じゃないんですね」

「どういう意味だ?」

「サグを救世主だと思っている人なんてまあ普通じゃないです。普通の人がサグのことを救世主だなんて絶対に思わないですから。ただのアカウント潰しに人生を左右されるなんてありえないですから」

それで人を救ったとしても所詮はネットの世界、虚構の世界のことなのだ。

現実では何も変わっていない。変わっては、いけない。

「僕はちょっと勘違いしていましたよ」

「え?」

「先生はあくまで受け手だと思っていました。サグの受け手、ただのサグライダーだって」

揺ははっきりと分かるくらいに表情を変え、何かの眼を雄大に向ける。

雄大はそのつかみどころのない瞳とどこからか湧き出る得体の知れない恐怖感に息を呑んだ。

「まさか、あなたがサグの本体だなんて思わないですよね」

「え……?」

「あなたがサグの一人、ウダウダさんですよね」

「何故、それを……」

雄大は驚きのあまり、変な汗が全身から吹き出て身体が硬直した。

一方の揺は安心したように優しく微笑んでいる。

「やっぱりウダウダさんなんだ。だって、サグが救えたのは自分自身だけですから。サグとして、それがたとえ虚構の世界だとしても居場所を作ることが出来た。そうでしょ?」

「そう……かもしれない。でもそれを、そんなことを何故君が……?」

「僕がそうだから。あそこに居場所が出来たから今の僕がいる。進堂揺が存在している」

「それはつまり……君が……」

雄大はその時初めて目の前の少年が誰なのかはっきり分かった。

「はじめまして、ウダウダさん。僕がもう一人のサグ、名無しです。――ホンモノの」


「あ! 兄者発見です!!」

沈黙が続いた揺と雄大の間に流れる重い空気を浄化するように優しく甘い声が漂う。

声のする方を見ると幼い少女がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

揺の妹――(とばり)であった。

「トバリ、どこ行ってたんだよ」

「それはトバリのセリフです! 心配したんですから……」

「なんで俺がトバリに心配されなきゃいけないんだよ」

「進堂君の妹さん?」

「はい。妹の帷です。トバリ、俺の担任の五島田先生だ」

帷は雄大に小さく頭を下げた。

雄大はほっとした表情をしている。

「無事で良かったよ」

帷はきょとんとしてみせる。

「何かの事件に巻き込まれていなくて良かった」

「先生は心配しすぎですよ。トバリは関係ないじゃないですか」

「一年千都とトバリさんは同い年だろ? 全く関係ないわけではないじゃないか」

「…………っ!」

帷は感動ともとれるような、とても嬉しそうな顔で雄大を見つめる。

「ど、どうしたの……?」

目が合うと、そんな表情をしている帷に戸惑いを隠せない雄大。

「あ、えっと、あの……」

帷は慌てて俯きもじもじして聞き取れない程の声で何かを言おうとしている。

「トバリ、どうしたんだ?」

「この人、トバリのこと中学生って分かってくれているです! 嬉しすぎます!」

帷は揺の耳元でそう囁いた。

揺は納得したように、なるほどと帷に微笑む。

「先生に中学生って認識されて嬉しいらしいです」

「そういうことか。進堂君の履歴書に家族構成が書いてあったからな。妹は中学二年生と小学一年生の二人。だからトバリさんは中学生だって分かったんだ」

ここで普通なら、なんだと落胆するところだが帷はそうではなく、むしろより一層喜びを露わにしている。

「小学生だと思われていないのが相当嬉しいんだと思います」

「さすがに中学二年生の人を小学一年生とは間違えないだろ」

「……よく間違えられます……」

帷は小さな声で恥ずかしそうに呟く。

「そ、そうなのか…………」

思わず苦笑いしてしまう雄大。

確かに最近の小学生は発育が良い子が多いな……とふと考えてみる。

帷は幼い顔立ちであるから間違えられるのも納得いくようないかないような……。

「でも、先生も若く見えますよね。初め見たときは、白衣着てなかったら学生だと思いましたよ」

「まあな……」

雄大の見た目は高校二年生の春のまま何も変わっていない。

だから学生に間違えられるのも無理はないのだ。


「何やってるんだ?」

いつどこから現れたのか、雄大の背後から女性の声が聞こえてきた。

若いようで少し年を重ねた深みも持ち合わせたような――そんな声であった。

「お前、今日は学校じゃなかったのか?」

その声の主はダズンであった。

「もう終わった。というより、私がいなくても文芸部の会議は成立していたから抜けてきた」

「……何やってんだよ」

雄大は呆れたように頭を掻く。

「先生の妹さんですか?」

「え、違うけど。なんでそう見えるんだ?」

「だって先生と彼女、同じ目してますから。二人揃って寝不足ですか? 凄い充血してますけど」

雄大の眼もダズンのものと同じくらいに紅くなっているのだ。

「そんなに紅いか?」

そんなつもりがなかった雄大はダズンに自分の眼をよく見せた。

「……紅いな」

「……ていうか、それ本当に寝不足だからなんですか? 瞳孔まで紅くなっているように見えるんですけど」

寝不足なだけでそこまで紅くなるものなのかと揺は不思議そうに雄大の眼を見る。

「どうなんだろうな。別に寝不足ではないからな……」

「こんな眼見たらマコは震えて逃げ出すかな」

「渡貫さんはそういうタイプには見えないが……」

「いやいや、先生はマコのこと全然知らないからそう思うんですよ」

「そうか……」

雄大は悔しいわけでもなんでもないのに、何故か胸がもやもやするような気がした。

「マコは幽霊とかゾンビとか、そういう人間じゃない化け物が大の苦手なんです」

「意外だな……」

自分が吸血鬼であると知ったらどんな顔をするのか、雄大は想像出来ないでいた。

「でも強がりで、お化け屋敷とか行ったら先導してくれるんですけど、ずっと僕の袖口を握ったままで……」

揺は平気であったが、真子はいつもの調子で護ってあげると揺の手を引き、お化け屋敷の暗い道を一歩ずつ歩んでいく。

真子は怖くても叫んでは自分が怖がりだと気付かれてしまうと、必死に堪えて、震えながら涙目になって袖口をぎゅっと握りしめていた。

そんな真子の顔を見て、揺は可愛いなと思いながら微笑んでいると、笑わないで! と怒られることもよくあった。

「あの時のマコは可愛かったなぁ……。いつも可愛いですけど」

「本当に渡貫さんのことが好きなんだな」

「はい、大好きです」

揺は相変わらず何のためらいもなく、堂々とそんな恥ずかしいことを口にする。

「そうだ。文化祭のクラスの出し物、お化け屋敷にしませんか?」

「いいな。来週の話し合いの時に候補に出そうか。でも、渡貫さんが反対するんじゃ……」

「別にマコを怖がらせるのが目的じゃないですから。仮に反対するとしても自分からは絶対しませんよ。本当に強がりですから。幽霊なんていないとか言ってきます、きっと。その辺は今も昔も変わってないんです」

「まあ、正論だな。幽霊とかそういう類いのものは信じたくはない」

そう言う雄大を見てダズンは呆れた表情をする。

まだ自分の存在を認めていないのか――と。

「……ていうか、彼女は先生の何なんですか? 妹さんじゃないんでしょ?」

「えーっと、いとこの家の居候? みたいなところだ」

それに間違いはないし、それ以外に説明しようがなかった。

命の恩人の関係者などという抽象的な説明をしたところで納得してもらえないことは目に見えていた。

そもそもそれが事実なのかも雄大には分からないでいる。

「失礼な。それでは私がリオに厄介になってるみたいじゃないか」

ダズンはその説明には不服があるようで、むすっとしている。

「だからそう言ってるだろうが」

「ふん。お前の私に対する意識はその程度なのか」

「それ以外に何があるんだよ」

「だから……その……、運命共同体……とか?」

運命共同体と聞くと、変に誤解した進堂兄妹は感銘し、同じように目を輝かせる。

「それって一生一緒ってことですか?」

「一生というか、永遠に一緒かもしれん……」

「す、すごくロマンチックです……!」

一生では足りない程、永く一緒にいたいと捉えた帷はそんな熱いカップル(と勝手に思い込んでいる雄大とダズン)を見て頬を赤く染めている。

「彼女、高校生みたいですけど歳の差ですか?」

「は、はあ?」

「その制服、イチジョでしょ? 赤ネクタイは確か……一年生だったはず。……って俺と同い年じゃないですか!」

雄大が自分と同い年の女子と付き合っている(と勝手に思い込んでいる)となると揺は驚きが隠せずにいた。

因みにダズンは里桜と同い年という体なので二年生だ。

ダズンの着ている制服のような服も、雄大が彼女と出会ったときからずっと着ているものだ。

一女の制服そっくりなのは偶然なのである。

「人を見た目で判断するな。私は高校二年生だ」

「それ、どっちでもあんまり変わりませんよ」

雄大と帷はいやいやと、首を横に振っている。

彼らにとって一歳でも若く見られることはかなり傷付くことらしい。

逆に一歳でも年上に見られればそれだけ嬉しいらしい。

「あ、まだ名前を教えていなかったな。私は久遠寺ダズンだ」

「ハーフのお嬢様ですか!?」

その質問は高校に入学したときから何十回訊かれたことかとダズンは呆れて溜め息をつく。

「違う。ハーフでもないしお嬢様でもない」

と、断言するものの、ダズンもそれが正しいのか分かっていない。

自分が何者なのか分からないのだ。

「でもダズンさん、フランス人形みたいに可愛いですよね」

確かにダズンは日本人離れした色白さで整った顔立ちをしている。

さらさらの赤茶色のツインテールにした髪を赤いリボンで結んだその髪型も併せて、ダズンは美少女に分類されるのだろう。

「うん確かに。マコにはない可愛さがありますね」

「褒められても別に嬉しくないし、何もないぞ」

ダズンは赤くなってそっぽを向いた。

「そのテンプレみたいなツンデレも相まって可愛さが倍増してますよ」

「もとが零だから倍になっても増えずに零だけどな」

ダズンは自虐的に笑ってみせる。

「トバリ、その髪型、真似したいんですけど、どうやってそんなにキレイにまとめられるんですか?」

「どうやってって言われてもな……。いつもやってるから自然に出来るんだよ」

「慣れってやつですね! 帰ったらやってみます!」

「トバリちゃん可愛いから私と違って似合うと思うよ」

「トバリなんて全然ですよ……。お友達もいないですし……」

帷は悲しげに俯く。

「それなら私がトバリちゃんの友達になろう」

「えっ、良いんですか……?」

帷は目を輝かせてぱっと顔をあげた。

「良くないわけないだろ」

「じゃあじゃあ! 一緒にプリクラ撮ってくれますか?」

「え、別にいいけど」

「やったです! お友達とプリクラを撮るのが夢だったんです!」

見たことないくらいの満面の笑みで嬉しそうにはしゃぐ帷を見て、揺も良かったと微笑んでいる。

「トバリ、チトちゃんのはどうするんだよ」

「もちろん行きますよ。チトちゃんともお友達になりたいですから!」

「チトっていうのは、今日ここで吸血鬼信者の会的なものを開くっていうあの一年千都か?」

「はい! ダズンさんもあとで一緒にどうですか?」

「私は構わないが、お前はどうする?」

「なんで俺に訊くんだよ。俺もライブの二部が終わるまではここにいるつもりだが」

「そうか。じゃあ、三時前になったらここに戻ってくることにしよう。トバリちゃん、行こうか」

「はいっ!」

帷とダズンは仲良くにこにこしながらその場を去った。

「いやー、女子ってすぐ仲良くなりますよねー」

そんな二人の仲むつまじい様子を見て揺はとても感心している。

「そうだな。一般的に女性の方がコミュニケーション能力が高いと言われているからな」

「そうなんですか。でもトバリがあんなに喋ってるの初めて見ましたよ。やっぱり先生と、あと彼女にも何か人の心を動かすようなものがあるんでしょうね」

「俺にそんな力があったらもっと良い教師になってるよ」

「先生は良い教師だと思いますよ。割と評判も良好みたいですし、実は女子の間ではファンクラブまであるとか」

揺はこそこそとそう囁く。

「なんだそれ。何故、俺も知らないことを転入してきたばかりの君が知っているんだ」

「いや、僕の周りに女子が寄ってきてね。その時に聞いたんですよ」

「君こそ人を惹きつける力があるんじゃないのか?」

「ただの珍しいもの見たさですよ」

「まあ確かに高校で転校生っていうのは珍しいな」

「先生は僕が転入して来るって聞いたとき、どう思いました?」

「そうだな……。本当に転校生っているんだなって思ったな」

かつて自分も転校を考えていた雄大は、転校を決意した揺がどんな理由でもとの高校を辞めて鳥津に転入志願してきたのかとても興味があった。是非とも知りたかった。

この機会にそれを訊いてみることにした。

「君は何故、転校を決めたんだ? 転入志願の理由は今の高校に通学し続けることが不可能になったためと書いてあったが……」

「普通なら書いてある通りと解釈しませんか? わざわざそんなことを訊くなんて、やっぱりあなたは普通じゃない」

鋭く尖った言葉の刃が雄大の心に突き刺さる。

さらに〝普通〟という言葉が刃に返しを与えているようでずっと胸がずきずきと痛んだ。

「まあ、僕が転入を志願した理由はそうじゃないことは事実です。別に前の高校も悪いところじゃありませんでしたよ。それなりに普通の公立高校で、それなりの生活を送ってました」

「じゃあ何故……」

「ここに来なければならない理由があったからですよ」

「それは一体……」

「ある人から極秘の連絡があったんです。『キミの愛するあの子が危険だ。鳥津にはあの子を狙う脅威がいる』って。だから僕は鳥津に来た。マコを護るために」

揺は今までとは違った真っ直ぐで強い眼をしている。

その眼を見ると雄大は、自分の愚かさや小ささを思い知った。

人生を賭けてまで愛する人を護る――そんな思いが自分にもあれば良かったのにと後悔の意もあったが、それほどの愛を支える自信がなかった。

彼の愛はあまりに大きすぎる。

それを平気で携える揺が恐ろしく思えた。


時間は午後一時になる頃でライブの一部が終了したようだ。



『吸血鬼は一人でいないといけないの』


『人間を襲って傷つけてしまうから』


『だから、人間の暮らす太陽の下にわたしは行けない』


『ここから出てはいけないってお父さんとお母さんに言われたの』


『それがたった一つ、わたしが両親から教わったこと』



センターステージ舞台裏。

一時間のステージを終えた新千歌の三人は、皆揃って疲れを露わにしている。

一時間に渡って、歌って踊ってトークまで繰り広げていたのだ。疲れるのも無理はない。

ステージに立っている間、そんなことは一切感じさせない笑顔のままであった三人のプロ意識はなかなかのものだ。

「三人ともお疲れさま。二部まであと一時間弱あるからしっかり休んでおいて」

初乃は三人に一人ずつ「お疲れさま」と声をかけながら水とタオルを手渡す。

「いやー、やっぱりずっとにこにこしたままってキツいねー。まあ、それが出来てのアイドルだけど」

「疲れてない疲れてないって演技しなきゃいけないし、アイドルも立派な役者だよね」

歌音と新菜がメイク直しをしてもらいながら話すのを千都は横目で不満そうな顔をして聞いている。

「……そんな簡単に役者が出来るわけないじゃん」

ぼそっと呟かれたその言葉は歌音と新菜の耳に見事に入っており、二人は千都を睨みつけた。

「何よ、ちょっと昔に子役やってたくらいで役者気取っちゃって」

「って言っても出たドラマは『真っ白な闇』だけじゃん。ホントは演技なんて出来ないんじゃないの?」

「…………っ」

その言葉に苛つきを覚えたのか、千都は二人を思い切り睨みつけたあと目を逸らし水を口にする。

「まあまあ。そんな苛々しないで、ストレスは美容の大敵だよ? つまりはアイドルの敵じゃん!」

そんなぴりぴりした空気をなだめるように脳天気な声は舞台裏の控え室に響く。

「あんた、新米のくせに偉そうに」

声の主――建城朔弥(たてぎさくや)は自分よりかなり年下の少女にそんなことを言われ、素直に落ち込んでいる。

「あたし、別に苛々なんてしてません。建城さんもマネージャーするならちゃんとしてください」

「僕の目的はチトにゃんを護ること……だから!」

「身辺警護だけがマネージャーの仕事ではないわ。ほら、仕事はまだ沢山あるのよ。出来ないなら、今すぐ辞めてもらうわ」

「はい……厳しいな……」

刺々しい言葉が四方から飛んできては朔弥のメンタルを徐々に削ぎ落としていく。

早くも折れようとする朔弥の心。

「頑張って下さいねー」

それをつなぎ止めているのは千都の応援である。

それが心のこもったものであろうがなかろうが……。

「チト、話があるのだけど」

初乃は重々しい声で千都にそういう。

「……なんですか?」

「昨日言ってた〝最後〟って……どういう意味?」

「このステージを最後に……辞めたいんです」

そう言うと、その場にいた千都以外の四人は皆、千都の方を見た。

その眼差しは皆、違っているようだ。

困惑、歓喜、悲哀、不安――

その意味も理由も。

「どういう……こと……?」

「明日以降、今ある状況の何かが変わるってことです」

「全然意味が分からないのだけど」

「あたしは今のこの状態に失望したんです。だから終わらせたい」

初乃には依然として千都の言っている意味が分からないでいた。

「あたしは今日限りでアイドルを辞めます」



『吸血鬼は誰に護られると思う?』


『吸血鬼は誰に愛されると思う?』


『わたしは誰に愛されるの?』


『きみは誰を愛するの?』


『愛する人が化け物だったら、化け物になってしまったら――きみはその人を愛し続けることが出来る?』


ぼくにはそれが、出来なかったらしい。

彼女を愛していた。真っ白い真っ白い彼女を。

とても美しい雪のような肌と霧雨のように細く柔らかい髪の彼女は、ぼくの目の前で消えた。

初めて照らされた太陽に微笑む笑顔のまま。何も知らないまま。

すべてはぼくのせいだ。

ぼくのせいで彼女はいなくなった。

それなのに彼女はぼくの前に再び現れた。

知らない眼をして。

ぼくは彼女を受け入れられなかった。

信じたくなかった。

目の前にいる真っ白い真っ白い少女が、僕の愛した彼女であると認めるのが怖かった。

冷たい視線が突き刺さる。

まるで僕を責めているようだ。

全部きみのせい――って。

もう嫌だ……!

いつまでもきみのことが忘れられないから、きみが見えてしまうんだ。

ぼくがこの世界からいなくなれば、きみは笑うだろうか。

そんな冷たい眼をしなくなるだろうか。

そんなことばかり考えてしまうんだ。

きみはもう、どこにもいないのに。

ぼくはもうすべて嫌になったんだ。

生きる意味が分からなくなった。

この世界が存在する意味が分からなくなったんだ。

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