第6話 忘れ去られた海
1944年、グアム島付近。
駆逐艦、雷がサミュエル・D・ディーレイ少佐が搭乗するアメリカ潜水艦ハーダーの攻撃によって沈没しかけていた。
「うわぁあああああ!!!」
一人の乗組員が爆風で、雷から飛ばされ、放物線を描きながら海に落ちる。
その男は死に物狂いで漂流物に捕まり、そのまま海に流されて行った。
男は遠くから自分が乗っていた艦が遠くで沈没するのを漂流物に捕まりながら眺めていた。
「これまでか……!この辺りはフカが多いと聞く…フカに食われて死ぬかアメ公共の手で死ぬぐらいなら、自分の手で死んでやるッ!」
そう言って男はナイフを取り出して、自分の首に突き立てようとしたその時。
その行為を止めるように大きめの波が彼を襲った。
「わぶぅっ!?」
波に飲まれたものの、すぐに浮かび上がる。
するといつの間にか辺りが霧に包まれていた。
異様な雰囲気が漂う…そんな時、霧の中から突如大きな戦艦が男の隣を横切ろうとした。
その戦艦には見覚えがあった。
「雷…!?いや、馬鹿な…!?そんなハズは…!」
雷だった。
しかし、雷は確かに沈没したハズ。
するとその、雷から人の顔が覗かせる。
「工藤艦長…!?どうしてここに!?あなた…!」
牛乳瓶の黒淵眼鏡を掛けたかつての、雷の艦長、工藤俊作その人が男を見下ろしていた。
工藤俊作と思われる人物は頭を引っ込める。
「艦長!?お待ちを!」
男が手を伸ばして叫ぶと、雷に備えられていたと思われる梯子が降りてきた。
男は死に物狂いで梯子に捕まり、わずかな力を振り絞って上った。
「工藤艦長……うッ!?」
しかし甲板には工藤俊作の代わりに大勢の外人が居た、しかもいつの間にか霧が晴れており、よく艦を見てみれば、雷とは全然違う。
最新型と思われる見た事もない大きな砲台などが設置されていた。
しかも自分を待ってたかのように、この艦の乗組員達が大勢集まっていた。
「……!」
声も出なかった。
ただ男の目には絶望が広がっていた。
こうなったらと思い、男は手榴弾を取り出そうとするが、先程の波のせいで手榴弾どころか拳銃もナイフも全て無くして丸腰の状態であった。
ますます男は絶望する。
すると、その大柄の男を掻き分けて、この艦の艦長と思われる壮年の白人男性がこちらに近付く。
「……ネズミが俺達の戦艦に乗り込んで来たぞ、えぇ?ディーレイ少佐が爆った戦艦の生き残りか?」
その艦長と思われる人物は葉巻を吸いながらこちらを見下ろす。
もうおしまいだ。
男は家族の事、妻子の事が走馬灯のように駆け巡り始め、いよいよ自分は死ぬのかと覚悟した。
「中尉ッ!こいつは何に見えるッ!?」
艦長と思われる人物が隣に居た兵士に大声で問い始める。
「サーッ!自分は民間人に見えるでありますッ!」
その兵士は胸を張って大声で言った。
「え…!?」
男は驚愕した。
続けて艦長は表情も変えず再びその兵士に問う。
「民間人だとッ!?憎き日本軍の軍服を着てるではないかッ!民間人という根拠を言え!」
天に突き抜ける程の大きな声でその艦長が問うと、負けじとその兵士も大きな声で答える。
「サーッ!銃も手榴弾もナイフも装備しておりませんッ!この者は軍服を着た民間人でありますッ!」
「この節穴はこいつが民間人に見えると言うッ!お前らは何に見えるッ!?」
艦長は周りに居る兵士達に大きな声で問う、すると。
「「「サーッ!民間人に見えるでありますッ!」」」
声を揃えて大きな声で叫ぶ。
「……っ!?」
しかし艦長もその声に負けないぐらいの大きな声で再び問う。
「お前らはこいつが民間人に見えるというのかッ!?」
「「「サーッ!イエッサー!」」」
「イエス様やマリア様やママとパパの前でもこいつを民間人と言い張るかッ!?」
「「「サーッ!イエッサー!」」」
「お前らは売国奴かッ!?」
「ノーッ!サーッ!」
「ならば何だッ!?お前達は何者だッ!?」
「「「我らアメリカと世界に平和と国民を守る者ッ!アメリカ海軍、戦艦『ライトニング』の乗組員なりッ!」」」
「……」
この兵士達の激しい問答に男は呆気を取られた。
「アメリカ人じゃないのに助ける気かッ!?」
「「「サーッ!イエッサーッ!」」」
「こいつが敵兵士かもしれないなのに助けるのかッ!?」
「「「サーッ!イエッサーッ!」」」
「それがお前らのやり方かッ!?」
「「「サーッ!イエッサー!!!!」」」
張り裂けるような大きな声で兵士達が答えた。
すると艦長はハァと溜め息を吐く。
「全く、お前達はイカれてる、こんなご時勢なのによ。どいつもこいつも…コイツが民間人だと言い張るならとっとと毛布と水と食料を渡せ、このままハワイの病院に直行するぞ」
そう言って艦長は艦の中へと入って行った。
後から聞くとこの『ライトニング』という艦は『表』には存在しない艦だとされている。
アメリカの機密組織で国際問題スレスレの任務を行ったり、国籍不明戦艦として敵を動揺させる組織の艦であるという。
終戦後、男が助けてもらった艦『ライトニング』はどうなったかは知らない。
その後も活動をしていたのだろうか、それとも引退したのかも知れない。
現在。
海の上の小さなボートの上で双眼鏡で辺りを見渡す榊原とチョコレイトケイキ。
香港の大規模マフィア組織三合会と海上取引する為に、ボートを探していた。
ずっと辺りを見渡していると、急に辺りが暗くなる。
双眼鏡を外して見上げると『404』と番号を振られた大きなイージス艦が榊原達の前を横切っていた。
そのイージス艦からヒョコリと白い制服を着た、その戦艦の船員と思われる人物が顔を覗かせた。
「おやぁ?どこかで見た顔だと思ったら榊原二佐じゃないか?」
男は榊原のボートを見下ろしながら言う。
榊原はその男を見るなり舌打ちをした。
「テメェ…」
「知り合いですかー?」
チョコレイトケイキが榊原にいつも通りの呑気な声で尋ねると、榊原は嫌そうな顔をしながら答える。
「海上自衛隊の本山三朗ってヤツだ…このイージス艦『しんきろう』の艦長だ…おい!海上警備か訓練か知らないがとっとと失せろ馬鹿!勝手な行動してると始末書書くハメになるぞおい!」
「寂しい事言うんじゃねぇよ、せっかく久し振りにあったってのによ~…それと、始末書書く事にやぁならねぇ、コイツは俺のイージス艦だしぃ?俺達は『404』…単独行動も指揮も全て俺に任せれている秘密艦だぁ!」
本山はケタケタと笑いながら言った。
「分かったからとっとと帰れよ!」
「そういう訳には行かないなぁ?お前、こんな真夜中に何やってんだよ?」
「関係ないだろ!」
榊原が適当にあしらおうとするが全く離れようとしない。
「帰ってほしかったら、俺が異界に行って、この『しんきろう』で魔王軍を壊滅させた話しを信じろよ」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい、そんな嘘を信じろだと?俺が第一空挺部隊がジュラ紀にタイムスリップして肉食恐竜を数匹殺った話しの方がまだ信憑性がある」
鼻で笑って榊原が言うと本山もムキになる。
「タイムスリップの方がありえないし!」
「異世界に行く方がありえねぇよ!」
「まぁまぁ、二人共ファンタジーが好きだという事は良く分かりましたから―――」
「「ファンタジーじゃねぇ!」」
場を納めようとチョコレイトケイキは言ったつもりだが、かなり真剣に言われたので面を喰らった。
やいやいと言い争ってると、ようやく本山が乗る『しんきろう』は勝手に動き始め、遠くに消えて行った。
「クソッ…嫌な顔にあったな…」
そんな事言っていると、数分後中国人と思われる数人の人物がボートに乗ってこちらに向って来た。
「よし、来たな。俺が榊原崇文だ、ブツを見せてもらおうか」
榊原がその中国人に言うが、何やら口をモゴモゴしていたがすぐに口を開き、カタコトな日本語で話しかける。
「それが~途中で落としてしまってネ…流れて行ってしまったヨ」
その言葉を聞くと榊原は愕然した。
「おいおいおい!それじゃあ取引はどうなるんだよ!?どこに流れたんだ!?」
「あっちの方に流れて行ったヨ、あの~お金~」
「ふざけんなっ!すぐに取りに行ってから渡す!そこで待ってろ馬鹿!」
そう叫んで榊原は大急ぎでボートを動かし、『ブツ』が流れたと言われる方向に向った。
すると突然スコールに襲われる。
「うわぁっ!?何だこの大雨!?」
「うわー、凄い雨ですねー」
相変わらずチョコレイトケイキはのんきな声で言う。
強烈な豪雨のせいでボートの中に雨が入り込んできて波も荒れに荒れ始めた。
「あっ!あれは「しんきろう」!」
危険を察した榊原は先程離れたイージス艦の『しんきろう』の近くにあった梯子に近寄って飛び乗った。
チョコレイトケイキもひょいと続いて梯子に飛び移り、乗り込む。
榊原達が乗っていたボートは大きな波に飲まれていった。
「お邪魔しまーす」
すると合羽を着た警備していた隊員が二人を見てギョッとした。
「ちょっ!?アンタら何を当たり前のように乗り込んでんの!?」
「うるせぇっ!やばかったんだよ!」
豪雨の音に負けじと大声で榊原が言った。
すると、今度は「しんきろう」よりも巨大な波が襲い掛かった。
「うわぁああ!?」
「しんきろう」と榊原達はそのまま波に飲まれてしまった…。