1話
どうぞ、よろしくお願いします。
高梨裕太は、端から見れば普通な男子高校生だ。
生まれてこのかた16年。事件という事件に出会わず安寧とした日常をただ過ごし、今現在普通の高校1年生として何も無い日々を謳歌していた。
容姿は中性的だが決してイケメンではない。身長も平凡。成績は善くも悪くもない。運動は訳あって周りから運動神経皆無と思われているが、やれば出来る。友達はそれなりに、彼女は過去に一人出来た事があるが、それ以降恋の予感は音沙汰無しだ。部活はモテたいと言う不純の理由半分、何か成し遂げたいという理由半分で軽音楽部に入っているが、やっぱり飽きたのか今では立派な幽霊部員である。
前述を見るだけでは、やはり普通の人間とは大差がないだろう。善くも悪くも完全に普通で何の個性も無いただの高校生だ。
だが、彼には決定的に違う部分が一つだけあった。
彼の両親。父親は普通の日本人だが、母親は天使。つまり、人間と天使のハーフと言う事になる。
随分と中2臭いが、事実なので仕様がない。
母親は天界の神様の愛人の天使だったのだが、父親を偶然発見して一目惚れ、そのまま地上から天界に拉致って裕太をつくった。彼の容姿、つまり中性的な顔つきにはこの母親の血が色濃く反映されているからこそだ。生まれたばかりのときは母親と同じく髪の毛が銀色に輝いていたらしいのだが、成長するにつれて黒くなっていった。
当然母親の正規の愛人である神様は怒り狂い、裕太と父親を天界から追放したのだった。
それから裕太は16年間、普通に生きている。彼は生まれこそ異常だが、育ちは生粋の日本人だ。平穏万歳、平和大事。そういう訳で、今まで普通に生きてきたのだ。
だが、そんな普通な日常は、得てして簡単に崩れやすい物であるという事を、裕太は知る由もしなかった。
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「…なんだ、ここ」
裕太は、余りの出来事にただ瞼を瞬かせる事しか出来なかった。
裕太の目には、壮大な神殿が映っていた。どこかヨーロッパの古代の城の雰囲気を彷彿とさせる造りをしている。日本では到底有り得ない光景が裕太の目に飛び込んできていた。
裕太の隣では、先ほどまで談笑していた筈の男女4人組がすやすやと寝息を立てていた。その事にも裕太は目を疑った。
待て、待て待て待て待て…!
裕太は必死に頭を冷やす。そして、先ほどまでの出来事を頭の中で必死に反芻した。
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裕太はその日、いつも通りの日常を送っていた…筈だった。いつも通り学校へ登校して、いつも通り勉強して、いつも通り弁当食べていつも通り友達と馬鹿やって…そして、そんな普通な一日が幕を下ろす直前、夕方の事だった。
「けいく〜ん。私の話も聞いてってばぁ」
「ちょっと麗華!ケイは今私と話してるんだからっ!」
「も、モテモテなんだね…別に私は気にしてないんだけどさ…」
教室から靴箱に向かう途中の階段で、クラスメート達と鉢合わせになってしまった事に裕太は密かに悪態をついた。階段を同じ方向へ向かう男子一人、女子3人の集まりについて名前を聞いた事が無いと言う人は多分学校内ではいないだろう。そんな有名人が裕太の背後で談笑していた。
「いやいや、俺は麗華の物でも榛菜の物でもねえからな!?あ、い、いてっ。おい、琴音!痛、痛いって!蹴るなよ!」
女子3人に挟まれて元気よくツッコミを入れるのは、今や学校で知らない人などいない、時の人である所の柏崎ケイだ。容姿端麗で性格もかなり良く、学校の美人達を片っ端から落として回っているフラグメイカーである。それが天然なのか作戦なのかは裕太には分からないが、彼はかなりの鈍感やろうである。所謂鈍感系主人公というやつだった。
ちなみに語尾をちょっと伸ばしてほんのりとした喋り方をするのはケイの先輩、所在麗華。次にその麗華に文句を言うのがケイの幼馴染みでありクラスメートの白木榛菜、そしてその二人に挟まれるケイに嫉妬の視線をくれているのが他の組の同級生で部活友達である竜泉琴音である。
「それともぉ、榛菜はけいくんを取られてめちゃくちゃ怒っちゃうくらいけいくんの事がすきなのかなぁ?」
「は、は、はあ!?べ、別にケイの事なんてど、どどどどうとも思ってないわよ!ただ、その…」
「あら、そうなのぉ?じゃあけいくんの事をどうとも思っていない子なんて置いていって、二人だけでお話ししましょう?」
「な、何ですって!?」
何時もの風景なのだろう、口喧嘩を始める二人を慣れた様子で眺めるケイと琴音だが、ケイは呆れた表情で見ているものの、琴音はチャンスと言わんばかりに目を光らせた。
「おいおい…またかよ」
「あ、あのっ…ケイちゃん!二人とも喧嘩始めちゃったし…ふ、二人でもう帰ろ…?」
「あ、ちょ、ちょっと琴音!抜け駆けは許さないんだから!」
「そうよぉ!」
「…ちっ」
「今舌打ちしたわね!?」
そんなやり取りにケイは苦笑いを浮かべ、仲が良いなぁ、と一言呟いた。
「お前らなぁ。いっつもそんな感じでいるから、折角人気なのに彼氏も出来ないんじゃないのか?」
「「「…」」」
「…え?な、何だよ…?」
裕太が見るに、あれは鈍感ではなくもう別の領域に到達しているのではないかと推測する。乙女三人の目は本気なのに、ケイはけらけらと笑うのみだ。何時か月夜に包丁で刺されてしまえと呪詛を心の中で吐いた裕太は正常な男子生徒として当然の反応であっただろう。
「こんの…馬鹿ケイ…!」
「また、この子は…」
「ケイちゃん…そんなのあんまりだよ」
「え?三人ともなにブツブツ呟いてんdって痛っ!?痛い痛いって!」
そんなやり取りを背後に感じつつ、早くこの状況から脱出を試みる裕太。当たり前だ。彼女無しの自分の背後で青春される。裕太にとっては拷問に等しい苦行であった。
「うるさいうるさい!ケイの馬鹿!そんなんだからいっつも私は…っ!」
「ちょ、なに言ってんだよ!俺なんか変な事言ったかよ!」
現在進行形で鈍感キャラ発言をかましてんだよ、とそんなやり取りを聞いていた裕太は呆れた。そう言う経験を一回しかしていない(そもそも、試しに付き合ってみてすぐに別れたあっさりとした恋愛だったのだが)裕太であっても彼女達がただ一人ケイに心を奪われているのは一目瞭然だ。だと言うのに本人に理解されないなんて、何て哀れなのだろうか。
「だ、だから蹴るな!蹴るなって!ここ階段で…って、おあっ!?」
その時、裕太は確かに嫌な予感を感じた。
「どわああああああああ?!」
「「「きゃあああああああああ!?」」」
ゆっくりと振り返る。何故か何もかもがスローモーション再生の様にゆっくりぬるぬると動いている。その中、太陽を背に4人の男女が体勢を崩して宙を舞っているのを、裕太は確かに見た。
(…まじかよ)
裕太より上に居た4人が階段から転げ落ちてきている。だから、その下にいる裕太も巻き込まれるのは必然だろう。
腐っても天使とのハーフである裕太ならば、4人にかすりもせず避ける事が出来る。だが。
(おいおい、このまま行くと落下死するぞ!)
そう、事態はかなり切迫していた。落ちる角度から言うと、麗華と琴音が頭から地面に激突、死んでしまう見立てだった。ただ、裕太が下でクッションになれば少しはマシな結果になるだろう。
裕太が避けてはクッションが無くなり二人は死ぬ。だが裕太が避けなければ、重力上増しの高校生4人分の体重を引き受ける裕太もただでは済まないだろう。
だが、だからといって見捨てるなんて事は出来ない。すぐに迷いを振り払い、裕太は4人を待ち受ける。
「来いっ!」
喝を入れて身体中に力を入れる。相変わらずスローモーションで落ちてくる青年と美少女達だが、今やその顔は焦りと恐怖の表情で染まっている。いくら容姿が優れているからと言ってそんな女子の表情なんて見たくなかったな、と裕太は思った。ケイは問題外だった。
(4人との激突まで後0.5秒って所か…!)
両手を上げて4人を待ち受ける裕太。出来る事は限られる。ただ、角度を変えて安全に落ちる事は出来るだろう。それでも重症は間違いないが。
そして、裕太と4人組がどんどんと近づき、距離が詰まっていき、ついにぶつかる…と判断した裕太が目を瞑った瞬間だった。
突如、裕太と4人組の中心で、真っ黒い光りが溢れ出した。
(…は?)
真っ黒い光りは瞬く間に裕太達を巻き込むと、すぐに収縮して消える。
誰もいなくなった階段で、5つのバックだけが音を立てて地面へと激突した。
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「…そうだった。そうだよな」
そこまで思い出した。だが、それ以降の記憶がどうしても無い。どうやら裕太と4人は何らかの攻撃を浴びて気絶、ここまで連れてこられたらしい。
(一体どんな目的でこんな事を…そもそもここはどこだ?あの攻撃?も変な感じがしたし…もしかして、母さんの愛人の神様がついに我慢出来なくなって俺を…!?いやいや、そうだったら一般人を巻き込むなんて事しないだろ。それに16年間ほったらかしにしといて今更って感じだし)
「う…こ、こは?」
「あれぇ?私は…」
「ん…?」
「ふぁ…」
きょろきょろしながら思考にふけっていた裕太だったが、同じ境遇に置かれた4人が同時に目を覚ましたので中断する。
「ここ…神殿か?」
「何が何やら分からないわぁ…」
「うー…頭痛い」
「…」
立ち上がって辺りを見回すケイに麗華。榛菜と琴音だけは座り込んだまま唖然としている。
「あ、えっと…」
「お待ちしておりましたわ、勇者様方!」
とりあえず声を掛けて状況をまとめなければ話は始まらない。そう判断した裕太は早速4人に話しかけようとしたのだが、神殿の入口から勢いよく飛び込んできた少女の声に掻き消された。
「ゆ、勇者様?」
ケイが驚いてその少女を見やった。少女−ドレスを着て、長く癖の無い金髪をストレートに腰まで伸ばした可憐な容姿をしているーは笑顔でケイに近づいて、抱きついた。
「ええ、勇者様です。あなた方は、私達が呼んだ、勇者様なのです!」
「え、あ、お、おう…?」
本当に嬉しそうなあどけない笑顔の少女はとても綺麗で、一男子であるケイは目を見開いてその少女に見惚れている。
それを見て直ぐに我を取り戻した琴音が、すぐに二人の間に入る。
「ちょ、ちょっと!あ、貴女誰なんですか!初対面の癖に馴れ馴れしい…!」
餌を守る猫の様に髪の毛を逆立てる琴音。それに便乗するかの様に少女の前に立ちはだかる榛菜の目は、いきなり自分の好きな男に大胆な少女に対する怒りが燃えていた。
「ねえ、貴女。今のこの状況について何か知っている様子ね。何か教えてくれないかしら」
きっと睨む榛菜の視線に、少女はびくっと肩を揺らした。
「そう…ですよね。申し訳ありません。こっちだけで盛り上がってしまって、失礼にも程がありました…」
すぐにしゅん、と表情を暗くする少女に、ケイはすぐに助け舟を出した。
「お、おいおい。榛菜、落ち着けよ。えっと…俺たち、階段から落ちたと思ったらここにいて、何が何やら分からないんだ。良かったら何か教えてくれないか?」
出来るだけ優しく少女に問いかけるケイに、少女は涙目のまま、綺麗に微笑んだ。それに、今度はケイだけでなく他の3人もノックアウトされ、その微笑みにみとれる。
裕太はそれを見ても何ともなかった。ただ、『綺麗だな』と感じただけだ。それも当たり前で、追放後もちょくちょく隠れて遊びに行っていた天界では、この程度の容姿の持ち主など腐る程いたからだ。
だから、すぐに気付いた。この少女の裏の顔に。
この少女は何かを隠している。それも、質の悪い何かを。何の証拠も無いが、裕太はそう確信していた。
少女は微笑みを崩さず、涙の粒をたおやかな指で掬い、そしてーーー
「私の名は、ミシェル・フィリー・ミスリード。ここ、聖ミスリード王国の姫です。今、私の王国は…いえ、世界は未曽有の危機に蝕まれています…どうか、どうか勇者様のお力で、この世界を救ってください!」
そう、宣ったのだった。
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裕太とケイ、榛菜、琴音、麗華が通されたのは、先ほどの神殿とは違い、豪華で絢爛めいた装飾が施された玉座の間だった。裕太達が最初にいた神殿はどうやら一つの巨大な城の敷地内にあったらしい。
かなり奥行きや高さがあるその一番奥の玉座に座っている初老の男を前に、裕太と4人組はいた。
「勇者殿よ…他所の世界の問題に巻き込んでしまった事、まずは詫びよう。だが、我々もなりふり構っていられるような状況ではない…どうか、この世界を、勇者の力で救ってはくれないだろうか」
詫びてねえじゃねえか、と心の中でツッコミを入れつつ、裕太はそいつー焦げ茶の髪の毛と同色のあご髭、装飾品でごてごての王冠を被っているーを見た。名はミクス・フィリー・ミスリードというらしい。聖ミスリード王国の頂点、つまり王であるミクスは、優しげな表情を浮かべている。
ダンディーな声でそう言うミクスに、ケイは首を傾げた。
「他所の世界?なりふり構ってられない?一体なにを言ってるんだ?」
「うむ。最もな質問だ。側近」
「はっ…まずはこの世界の事から説明させていただきます」
それから長々と説明を受けた裕太は、頭の中で情報を整理した。
まず、今裕太が立っているこの世界の事から。
この世界は、名を『アナザー』と言う。広大な海と一つの大地『ジアース』、その周りにぽつぽつとある小さな島々で構成されていて、それぞれの地域をそれぞれの種族が支配しているらしい。
その種族の中でも最も代表的な種族が、『人間族』、『獣人族』、『精霊族、そして『魔族』。ちなみに今裕太達がいる聖ミスリード王国は人間族が支配している。
人間族が住む地域、つまり聖ミスリード王国、そして獣人族が住まう地域、『獣人帝国ガブラシア』が大陸を二つに分断する様に存在している。精霊族などの妖精、エルフなどは孤島などで独特な文化を築いている。最南端の大きな島『グランドハーツ』を支配するのが魔族だ。
お互い仲が良いとは到底言えなかったが、それでも大きな戦争も無かった。それなりに輸入や輸出もし合ってきたし、技術の交換も行ってきた。
とある問題が発生したのは今より200年前の事だ。
魔族の突然変異体である『魔王』が誕生していたのを、人間族が確認した。
この世界にはずっと昔から言い伝えられてきた伝説が存在した。『女神ミカロスの大予言』と呼ばれているその伝説では、こうある。
『魔族より生まれし一雫は、その後大きな流れとなりて世界を破壊する魔王と化さん』
伝説の通りに行くと、その少年はいずれ世界を滅ぼす危険な存在となりかねない。『魔王』はすぐに封印された。遥か北、海の真ん中の島に存在する巨大な洞窟の奥深くに、当時出来る最強の結界を用いて、人間族から生まれた姫であり、結界の巫女である『クルセア』を人柱とし封印したのだ。
だが、それでも『魔王』の力は押さえきれず、世界は新たな脅威に包まれた。それが『魔物』の存在だ。
魔物は人が特に大好物だ。森を、川を、海を、空を蝕み、そして人を食らう。
それでも、人間族や魔族には『才能』が、獣人族には強靭な肉体と爪が、精霊族には『魔法』があった。『魔物』は瞬く間に狩られ、その150年後、つまり今から50年程前、ついにその姿を消した。
だが、それでも気を抜く訳には行かなかった。『魔王』は未だ死んでいない。ただ封印されただけなのだ。人間族、獣人族、精霊族、魔族は『魔王』に関する事態に限り結託する事を約束し合った。
そして、今。
ついに封印は『魔王』の力を押さえきれずに崩壊寸前となってしまい、世界には再び『魔物』が溢れ出した。何とか封印を強化しようとするが、封印から瘴気が溢れ出て近づく事さえできない。
確かに聞こえてくる崩壊の音。
だが、伝説にはこうもあった。
『異世界より現る者が4人。彼らは世界に光りを振りまき、世界を救う英雄となるだろう』
そう、その内容こそーーーー
「…『勇者召還』」
ケイがそう呟く。
「はい。ミクス王は古より伝わりし魔法で、勇者様をこの世界に迎える事になさったのです」
「うむ。そういう訳だ。我々も引くに引けん状況に陥っている…どうか、勇者殿の力で、この世界を救ってくれないか」
そう言うミクス。ケイはその言葉を受け、榛菜、麗華、琴音と頷き合い、そして最後に裕太に視線をやり、力強く頷いた。
「はいっ!俺たちに任せてください!」
目に正義の炎が燃え盛っているケイの言葉に、ミクスの隣にいたミシェルは笑顔でケイを見て、ケイはそれに気付いてまた強く頷いた。
そんな系のテンションに反して、裕太は半ば予想していたその言葉にげんなりした。
(おいおい…俺は今まで平穏に生きてきたんだぞ?ただでさえ天使のハーフってことで色々と大変な目にあってきたのに、今更別の問題に巻き込んでんじゃねえよ!)
だが、ケイの思い切った返事に裕太は少なからず好印象を抱いたのは事実だった。裕太は黙っていることにする。
「そうか、やってくれるのか!」
「はい!私達、そんな話を聞いて放っておくなんて出来ないわ!」
「わ、私も…!」
「ふふっ…そうねぇ。私も放っては置けないわぁ」
ずいっと後に続く美少女ズ。えっと、俺はどうすれば?と裕太は一瞬迷うが、とりあえず一歩前に出ておいた。
「そうかそうか!そうと決まれば、国を挙げてそなたらを歓迎せねばなるまい!」
満面の笑みでそう言うミクスだが、ふと何かに気付いたかの様に側近に耳打ちをする。
「待て、伝説によると、勇者は4人の筈では…?」
「ですねぇ…とすると、あの者は…?」
「…?」
どうやら自分の事を言っているのだと気付いて、裕太は首を傾げた。そんな裕太にミクスは問う。
「そこの者。名は?」
「は?俺?俺は高梨裕太…だけど」
「…そなたも、他の世界から来たのか?」
「まあ…巻き込まれた感じだったけど」
巻き込まれた、の言葉に、眉をぴくりと動かすミクス。
裕太はあ、これは面倒な事になりそうだな、と予感した。
伝説、『女神ミカロスの大予言』。どうやらこれはこの世界においては重要なものらしい。所謂国教と言うやつで、多分この世界ではこれが一番普及している宗教の様なものなのだと考えられた。
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「いってえな、おい!」
だから、裕太はこの状況も正直予想していた。
城の入口、つまり城門の前で、裕太は突き飛ばされ尻餅をつきながら鎧を纏った兵士を睨んだ。
「黙れ。勇者は4人でなければならない。貴様は邪魔なのだ」
「ふざけんな!テメエで呼んどいて、それは無いだろ!」
「そうそうに消え去れ。勇者が5人も呼ばれたという事実は無くさねばならない」
「…っ!こんな何も知らない土地に、一人で放るって言うのかよ!」
「…確かに、同情はしている」
兵士は懐から握りこぶし強の袋を取り出すと、裕太にそれを放った。
「それで1週間は生きていけるだろう。早く隠せ」
「…」
裕太が中身を確認すると、中には沢山の貨幣があった。
つまり、これがこの兵士が出来る最大の施しなのだろう。裕太は袋を見つめて、次に周りを見回した。
城から出ると、そこは既に街だった。城門の前なのでだだっ広い空間になっているが、人もそれなりにいて、少なくない視線が裕太と兵士に注がれていた。
「…感謝する」
そういって、その袋を学生服のポケットに無理矢理ねじ込む。
多分、王ミクスは『裕太を追放しろ』としか命令しなかった筈だ。だとしたら、これは兵士の独断だったのだ。その好意を、仇で返す訳には行かない。裕太は咄嗟にそう考えた。
「…消え去れ、少年」
その一言を最後に、兵士は踵を返して城内へと戻っていった。
ぽつんと一人で放り出された裕太は、しばらく呆然とした後、我に返って呟く。
「…あーあ、これからどうしようかなー」
勇者召還とやらに巻き込まれ、異世界に来る。そしてそのまま追放され、一人で生きていかざるを得ない状況になっている。こうして文字にすると随分とけったいな状況に晒されている裕太であったが、それでも心の中はそれほどどんよりとしている訳ではなかった。
(つまりこれって、自由って事だよな?学校にも縛られず、社会にも縛られず、しかも勇者とかそんな重責もない…ふむ。なるほど。なるほどなるほど…)
一人納得しながら、その場を離れる裕太であった。