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06 - 神威召喚

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 白い霧と鬼、そして黄金の炎。


 まるで悪夢と神秘の幻想を足して煮詰めたものを見ている感じだった。


 それが後に語る、川上高志という青年の感想だった。






 チリッ、そんな軽い音が聞こえた気がした。

 だが次の瞬間、結界に信じられないほどの圧が掛かったのだ。

「……ッッッ!」

 一瞬で朦朧としていた意識が覚醒する。

 即座に視線を巡らせた。

 そこに鬼の姿はない。だが、俺たちを探すように霧がうねっていたのだ。

 ――む?

 霧の動きにいまひとつ奇妙な違和感を感じるが、それどころではない。

 今はまだ見つかっていないかもしれないが、それでもこのままではジリ貧でしかないのだから。

「やるしかない、か」

 出来る、出来ないの問題ではない。

 やって死中に活を得るか、やらずにただ死んでいくかの二択しかない。

 腹を括る。

「先輩、川上、ちょっと聞いて欲しい事が――」

 未だ起きている二人に声を掛けた。


「俺は今から外に出て、この結界の壊しに行こうと思います」

 ちなみに結界というのは、俺たちを閉じ込めている白い霧のことだ。

「……出来るのか? お前は難しいといっていた気がするが」

 流石は先輩、俺の言葉を覚えていたようだ。

 だが。

「どちらにせよ、やらなければ死にます」

 俺の簡潔なまでの答えに、黙り込んだ。

「どちらにしろ、俺たちはこの結界に取り込まれた時点で積んでいたんです。なら、後はそれをどれだけひっくり返せるか、それだけです」

「「……」」

 二人して無言。

「だから、せめてこの中で唯一こういった事態に知識がある俺が行くべきなんです。……僅かでも希望を掴む為に」

 俺はこんなにも熱血だったか? と喋りながら内心疑問に思う。

「この隠蔽結界は残していきますし、簡易的ですが防御結界も掛けておきます。俺が生きている限りこの結界は持続します」

 だが、同時に俺の中では既に答えを見つけていた。

「もし、この結界が消えたなら、それは俺が既に死んだということ、その時は申し訳ないですけど、諦めてください」

 俺はこの生活が、この人たちが嫌いじゃなかったんだなぁ、と。

「奏夜、お前は……」

 先輩が黙り込む。

「桔梗先輩、助けを待つというのは駄目なんですか?」

 希望に縋る、そんな感情を込めてソムリエ君が聞いてくる。

 だが、それ無理だろう、と返した。

「もとより、この地で神隠しにあって戻ってきたという人は調べた限りゼロだ。つまりは神隠しにあった時点で、既に助けを待つなんて悠長なことは言ってられない」

 俺の言葉に黙り込んでしまう。

 黙ってしまった二人を見ながら覚悟の言葉を続ける。

「……行動はちょっとでも早いほうがいい。俺は行きます」

 立ち上がる。

 だが、この行動には、絶対に成功させるという確信が持てなかった。

 だから小さくいう。

「もし、死んだら――」

 すいません、と。

 だがその言葉をカイザー先輩の言葉で遮られた。


「奏夜、生きて戻って来いよ」




 白い霧の中を疾走する。

 俺の両の眼には霧の中を蠢く影が見えた。

 鬼の影ではない。

 霧の中で魔力が複雑に蠢いているのだ。まるで狂乱する風のように。

 先ほどの違和感が、チリチリと俺の第六巻を焦がす。

「……」

 常人には、いや手だれの術者でも見えないような魔力の蠢きを視界に捉えながら、走る。

 目指すは俺達を襲った例の鬼。

 閉鎖型牢獄系の結界の常として、特殊な例を除きその殆どが、内部に術者ないし結界の基点となるものが存在する。

 故に、まずはあの鬼の撃破が最優先。

 時間はあまりない。

 こうしている間にも、俺の魔力は刻一刻と消耗を続けている。

 流石に古い術者の家系なだけあって、俺が保有する魔力の量は一般の術者から見ても膨大なものだ。だが、苦手な結界の維持と来れば余り悠長に考えてもいられない。

 どこだ?

 小さく呟きながらも視界を巡らす。

 そして、見つけた影。

「そこか!」

 印を組む。

「火行をもって陰陽五行の理を示す! ――【炎華宝珠】」

 俺の右手にバスケットボール大の火の玉が現れた。


「らぁあっ!」

 右手を古い、火球をぶん投げる。

 俺の術者としての属性は、四大元素で言うところの『火』と『土』の二重属性。五行思想でいうならもっと複雑なのだが、それは割愛する。

 そして五行の術が苦手と言っても、己の属性に準ずるものであるのなら程度のものは使える。まぁ、高位のものはそれでも使えないのだが。

 ともあれ、今まさに火行の術を行使したのだ。

 ドォンッ!

 鈍い爆音が当たりに響き渡り、同時に鬼の上半身に色鮮やかな紅蓮の華が咲いた。


 駆ける。

「土行をもって陰陽五行の理を示す! ――【剛石玉槍】」

 手の中に地面から浮き上がった石粒や土砂が集まり、圧縮と練成を繰り返し、数瞬後には立派な石の槍が出来ていた。

 だが、ここで止まらない。

 格上の相手には、一瞬足りとも相手のターンにしてはならない。

「火行をもって土行を擁す! ――五行相生、【炎舞・業炎槍】」

 灰色だった石槍の穂先が灼熱色に染まり、同時に紅の炎を発し始めた。


 土行による武器の精製と、火行による攻撃力の底上げ。

 俺が持てる攻撃系の術では最大のものだ。

 五行の術は苦手だが、己の属性の恩恵を十二分以上に使い実現したそれは確かに、武装というのに相応しい威容と威力を誇っていた。

「フッ!」

 鋭い呼気と共に槍を突き出す。

 ゴウッ!

 鬼も火球の一撃から立ち直っておらず、咄嗟にその腕で槍を掃おうとしたのだが、槍の穂先が掠った瞬間に、吹き上がった炎が腕を焼いたのだ。

 耳障りな咆哮が辺りに響き渡るが、それでも止まらない。

 槍術に忠実に、ひたすら槍を繰り出していく。

 ただ繰り出される刃、そしてそれが掠るたびに炎が迸り焼いていく。

 穿ち、穿ち、穿ち、ただひたすらに穿ち続ける。

 鬼とて並ではないのか、見れば焼けた腕が少しずつ再生して言っている。

 ――一瞬でも止めたら、終わりだ。

 心に覚悟を纏い、己の腕に力を込めた。


 ……。

「シッ!」

 鋭く槍を突き出す。そして紅の華が咲く。

 幾度紅の花が咲いたか分からない。

 だが、鬼の両腕は真っ黒へと変わり、反対に槍の穂先は最早輝いていた。

 だが、一瞬以上の拮抗は長く続く。

 鬼が頑丈なのか、それとも俺の槍捌きがいけなかったのか、おそらくは両方だろう。

 しかし、俺の五行の術が苦手という言に嘘はない。

 この槍はあと少しで括られたその理を失い、ただの石くれへと戻るだろう。

 ――仕方がない。

 右眼に命令を送る。

 起きよ! と。

 次の瞬間、猛烈な勢いで俺の右眼は体内の魔力を貪りだした。


「――【時巡・東天弐式】!」

 周囲の速度が二分の一程度へと減速する。

 そして。

「おおおおおおおおおおおおおッ!」

 気合一声!

 槍を繰り出す、速度を今まで以上にする。

 瞳術時巡による倍速化とあわせたそれは、最早一つの嵐であっただろう。

 一瞬で均衡は崩され、鬼の腕が炭となって砕け、その体を刃が穿ち始める。

 だが、止まらない。止めるつもりもない。

 繰り出される嵐の如き刃の群れは、鬼の体を削り続け、ついには。

「おらぁああああッ!!」

 ズンッ!

 鬼のその胸へと突き立った。

「フンッ!」

 続けざま柄を握り締め、槍を捻るとさらに魔力を込める。

 槍の穂先が鬼の体内で真紅に輝き。


 ズバァンッ!


 爆炎と共に鬼の上半身が消し飛んだ。




 ……ゼェ、ゼェ。

 荒い息をつき、膝を枯れ葉のつもる大地に落とす。

 手の中で猛っていた石槍は既にもとの土くれにもどっている。

 体内の魔力の損耗が予想以上に激しい。

 苦手な五行の術と瞳術の併用、その上遠隔地で二種の結界の維持。

 この道を離れて久しいながらも、よくやったものである。

 思わず全身の力を抜いて、大きく息をついた。

 これで少しは事態が好転することを願いたい。

 いや、目の前の鬼が結界を張っていたかどうかも実のところ分からない、だがそれでもこの地で暴虐をふるっていた鬼をしとめたのだ、少しはましになるだろうと思う。

 大きく息を吸い、吐く行為を繰り返しどうにか体内の疲れを癒そうとする。

 荒い息は止まらないが、極度の緊張から開放されたのだろう少しずつこわばっていた体が弛んでくるのが分かる。

 やれやれ、と思わず閉じていた目を億劫そうに開く。

 そして。

「……馬鹿な」

 思わず、目の前の光景に絶句した。

 そして次の瞬間、猛烈な衝撃が俺の体を貫いた。


 咄嗟に両の腕を交差して防御の体制をとる。

 だが、ゴキンッという嫌な音がして両腕があらぬほうへと曲がった。

 走る激痛。

 しかし、それ以上に目の前の光景に悪夢をみた。

 まるでゆっくり時をまき戻すかのように体が元の形を取り戻していく鬼。

 もはやそれは再生や修復の域を超えている。

 完全に上半身が消滅したのだ、なのに復活しようとしている。

 余りの光景に痛みを忘れ呆然とする。

 蘇生。そんな言葉が頭の中に思い浮かぶ。

 そして、僅か数秒後には既にその体は完全な形を取り戻していた。


 再び鬼の口から湧き上がる咆哮。それは嘲笑にも聞こえた。

 そして鬼が大きく足をふるうと、俺を蹴り飛ばした。

 ドンッ。

 地面と殆ど水平に飛び、近くにあった家屋に叩きつけられる。

 一瞬の意識の空白は、俺が死にかけた証だろうか。

 口から零れる血が止まらない。

 歪む視界の中に映るのは枯れ葉のカーペットに覆われた大地と、弄ぶかのような嗜虐心に満ちた表情で歩み寄る鬼、そして散らばった俺の荷物だった。

 そういえば、とどこか奇妙に冷静な思考の片隅で考える。

 ――荷物を背負ったまんまだったなぁ。と。

 邪魔になるだけだし、皆のところにおいてきても良かったのにと思う。

 散らばる手帳にデジカメ、筆箱にペットボトル。


 そして、石のレリーフ。


「……………………?」

 危機感を訴える自分とは裏腹に、奇妙なまでの冷静さが黙考を続ける。

 ああ、そういえば家を出るさいに机の上のものを片っ端から放り込んだんだっけ、と。

 おそらく、その際に石のレリーフまで入れてしまったのだろう。

 はは、どうしようもないな自分。

 思わずこんな状況だというのに、苦笑いを浮かべてしまった。


 鬼が咆哮をする。

 流石にこれ以上はきつい。

 というか、恐らく内臓が傷ついているのだろう、息が出来ない。

 骨も何処かしらヒビが入っていたりと無事なところも少ないだろう。

 まったく体に力が入らない。

 終わりか、と思う。

 だが、同時に俺はまだ生きたいと、そう思う自分もいた。

 生きたいという足掻きは、己の心を満たし、やがて己の行動をも無意識に動かす。

「……ゲホッ」

 大きく血の塊を吐くと、か細いながらも呼吸が再開する。

 どうやって目の前の状況を打破する?

 俺の両腕は折れていて使い物にならない。

 内臓も傷つき、骨にもヒビが入っているだろう。

 今までのように立って戦うことは? ――無理だ。

 五行の術? 結界術? 呪詛祈祷?

 無理だ。

 唯一自分の得意といえるのは?

 式神の使役、召喚術?

 ハハッ。

 無理に決まっている。そんなもの。

「……カフッ」

 大きく息を吸い込んだ際に、咽の奥から血が飛び散る。

 終わり? これで?

 ……。

 ……イヤだ。

 俺は生きたい。

 まだ、生きていたい!

 そして体を苦痛によじらせ、再度目に入るレリーフ。

 神器ともとれ、祭具ともとれる、神秘の代物。

 俺にとっては無用の長物だったはずのもの。

 だが、気付いた。

 そう、気付いてしまった。

 この現状をどうにかできるかもしれない乾坤一擲の大博打を。


「………………。……くそ、嗤えてならねぇ」


 なんと言う皮肉だろうか。

 手違いで持ってきてしまった石のレリーフ、そして己の数少ない特技である召喚術。

 この二つが俺の命の危機と、生への執念で一つに繋がってしまったのだから。

「土行……をもって……陰陽五行の……理を示……す! ――【砂渦葬送】」

 ザンッ。

 鈍い音を立てて、鬼が砂の渦に巻き込まれる。

 今のは足元の大地を流砂に変えて相手を地面の下に生き埋めにする術だ。

 だが、鬼相手にはただの時間稼ぎにしかならいだろう。

 しかし、これでいい。

「ご先祖……様、頼む……から……嘘……は……言わない……でくれよ……」

 両眼の浄眼を最大顕現させる。

 今までは燐光の如く、瞳の奥でちらついていた光がまるで夜の月のように輝き始めた。




 口元から血が迸るが、それを無視して叫ぶ。

 己の命と魔力の全てを込めて。

「――我は桔梗の末、祖には太祖桔梗角信、(まなこ)には神々の名を」

 魂からいずる意味と言葉を口にする。

 力ある言葉は世界をかき乱し、理をかき乱す。

「――伏して願い、奉る!」

 願い、そして己の欲するところを求める。

 訴えは力ある言葉を纏い、世界の外へと響いていく。

「――我、この身を礎となし、この魂を寄る辺となし、この声を路となす」

 我が身を楔となし、我が魂を器となし、我が声にて呼びかける。

 この世界の外側に。

「――繰り返す言霊は理を変じ、理は神へと通ず」

 渦巻く膨大な魔力は世界の理を一時的に捻じ曲げ、打ち消していく。

 もし、ここが異界の中でなければあたり一帯に巨大な異変が起きていただろう。

「――されば、我が身は命を変じ、理外は扉を築く」

 だが、幸か不幸か此処は異界。条理の外に近しい世界。

 世界が歪み、理が歪み、あるはずのない路が、扉が、世界の外側へと繋がる。

「――制約と契約を此処に」

 制約と契約。目の前の石のレリーフが黄金の光を宿す。

 神器とも祭器ともつかないそれは、込められた想念を具現化する。

「――汝、星々の記憶、神代の時代より滴り、扉をくぐれ」

 路を築き、扉を築き、その鍵を開け、招く。

 繋がった世界、黄金の光は道標と成りて輝く。

「――逆天の彼方より、此処に! 来たれ、守護の神性!」

 求は神性。願うも神性。

 かつて石のレリーフを手に入れた際に、予想したその正体。



 叫ぶ、この召喚術の名前を。

 神代に残された、人が生み出した究極の奇跡を。

 召喚術の極致。

「――【神威召喚】!」

 神々の直接召喚による、顕現。



 名を叫ぶ。


 望んだ名を。


 人々の守り手。


 契約の結び手。


 召喚されし神性。


 名を。



「来い! 迦楼羅王!」


ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


ようやくの戦闘シーン、上手く書けたかな?

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