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05 - 鬼と変人

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 鬼が口を開けて啼く。一瞬世界が震えた気がした。


 鬼は無造作に近づくと握り締めた拳を振り上げる。

 だれもが反応しない。いや、逆だ。余りの非現実的な光景にだれしもが反応できなかったのだ。

 そして。

 ゴウッ!

 空気を削るような勢いで拳の鉄槌が振り下ろされた。

 我らが会計の頭上に。


「――【時巡・東天四式】!」

 俺の右眼に紫水晶のように薄紫色の光を帯びる。

 同時に、俺にしか見えない紫色に輝く光の輪が俺を包み込み、周囲の景色がスローモーションになった。

 いや、その表現は正確ではないだろう。

 正確に言うのなら、瞳術【時巡】の効果により俺の固有時間が四倍速になった。結果、俺にとって世界が4分の1速のスローモーションのように見えた、だ。

 ダンッ。

 荷物を放り出すと、大地を蹴って走り出す。

 そのまま会計の襟首を引っつかむと、鬼の拳の軌道上から引きずり出した。


 一瞬のタイムラグがあり、術の効果が切れる。

 即座に世界は元の時間の流れを取り戻す。

 ドゴンッ。

 轟音を立てて鬼の拳が大地にめり込んだ。

 鬼の顔に怪訝そうな感情が浮かび上がる。

 確実に殺したと思ったらかわされたのだがから、疑問にも思うだろう。

 そして、助けた恭平以外の三人は俺の突然の非人間じみた速度に驚くような顔をしていた。

 俺は鬼から視線を外さないまま後ずさる。

 手の中の恭平は動かないが、鼓動はある。死んではいない。

 恐らくは四倍速の俺に引っ張られて脳震盪でも起こしたのかもしれない。

 だが。

「くそっ!」

 鬼が獲物を取られて激怒したのかもしれない。

 大きく咆哮すると此方に向かって突進してきた。


 仕方ない。

 そう内心で覚悟を決めると、恭平を地面に放り出そうとする。

 しかし、俺の眼前に割り込む影があった。

 それは。

「――ッッ! 先輩!!?」

 そう。我らが研究室の唯一の四年生にして、変人の皇帝と呼ばれている先輩だった。

「ちょっと後に下がっていたまえ」

「いや! 先輩、相手は化け物です! 一般人――」

 じゃあ、手も足もでません! と叫ぶつもり、だった。

 ……。

 ……。

 次の光景を目にするまでは。

 ……。

 ヒュッ。ズンッ。

 鈍い音が響き、突進してきた鬼が地面に叩きつけられた。

「…………………………………………………………ゑ」


 萌花、ソムリエ君が目を点にする。

 そして、それ以上に俺は目の前の光景に絶句した。

 術者でもないただの一般人が鬼種を投げ飛ばした? え? ゑ? E?

 余りの光景に今度こそ、俺の思考が凍結した。

 魔力に干渉できるのは魔力のみ。これ術師にとって世界共通の認識。

 魔力をまとった物質に干渉するには魔力を用いなければならない。故に、魔力をまとった豆腐を斬ろうとしても、魔力を持たないチェーンソーでは傷一つ付けられないという意味。

 だが……。

「なに、ちょっとばかし投げ飛ばしただけさ」

 先輩が、ちょっと立ちション行ってきますね、という軽いノリで応じた。

 え? え? 未だ疑問符が俺の脳内で乱舞をやめない。

 もう何がなにやら。先ほどの俺の覚悟もどこえやら、だ。

 だが鬼も流石にダメージらしいダメージがないのか、跳ねるように立ち上がると先輩に襲い掛かる。

 しかし。

 スッ、ヒュッ、ズンッ!!

 再度鬼が投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。


 最初の音は先輩が僅かに動いた音、次の音は鬼が宙を舞った音、最後の音は鬼が地面に叩きつけられた音である。

 だが、ようやっと状況を理解してきた。

 ……なるほど。

 確かに魔力ある物質に魔力を持たない物質が干渉することが出来ない。

 故に、先輩では鬼の肌を斬る事も、抉る事も、削る事も出来ない。だが、逆に言えばそれだけ。掴んだり触ったりすることは十分に可能。

 そして、殴って攻撃することは出来なくとも、掴んで誘導することは可能。

「……」

 言うは易し、行うは難し。

 ぶっちゃけ、不可能か可能かで論ずれば間違いなく可能。

 だが、その難易度はとんでもなく高く、一般人には『絶対』に不可能な超技である。

「あ、あの、せ、先輩? そ、それはいったい……」

「うむ。高校生の時にね、一時期武術にはまっていたことがあってね、ちょっとコネを使ってロシアの退役軍人の下に弟子入りしたんだ。いわゆる軍隊格闘術、システマという奴さ!」

「……」

 語られた。だが、なんだろうか、この理不尽感。

 目の前には鬼種が居て、絶対に命に関わる状態のはずなのに……。

「よっと」

 先輩の軽い掛け声。

 そして。

 ズンッ!

 鬼の口から怒りのうめきが迸った。


 まぁ、一瞬思考は凍りついたが、これはこれで嬉しい誤算ではある。

 ……多分。

 そして、ともかく今は逃げることが先決。

 いくら先輩が戦えるといっても、決定打になる攻撃を持っていないのもまた事実。

 それに鬼には人間と違って疲労というモノが存在するかどうかも怪しい。

 俺も一応は基本的な術なら一通り使える。あくまで基本的な術のみだが。

 だが、それでも身を隠して潜む程度なら可能だろう。

 そう判断した。

「先輩、次はおもいっきし地面に叩きつけてください。その後は此方で動きを封じます」

「よかろう」

 今まで違い今度は先輩が滑る様な動きで鬼と間合いを詰める。

 そして、鬼の攻撃を紙一重でかわし、その勢いを利用して投げた。

 見る者が見れば戦慄しただろう。

 それこそ、相手の動きを読み、利用し、自らの力とする、合気の完成形。

 天賦の才を持つ者が修練の果てに上り詰める頂き。人が見て、見果てぬ武神の業。

 ズドンッ。

 轟音が響き、鬼が地面にめり込んだ。

 いまっ!

「――【時巡・南天封環】」

 鬼の周囲を紫の光が輪の形となって包み、鬼の動きが完全に止まった。

 先ほどの固有時間加速とは真逆、固有時間の完全停止。

「今のうちに!」

 余りの光景に未だ硬直している萌花とソムリエ君を叱咤して走りだした。




 ……。


「――陰陽を紡ぎ、四方の門に隔たり在れ、祖は届かぬ宴の夢跡に在り」

 魔力を練り上げ術式を組む、同時に手で印を結びながら術式に魔力を徹していく。

 魔力は術式の中で圧縮・変換・命令の入力を無数に繰り返され、やがて世界に一つの形となって解放される。

「――未だ常世より姿を隠し、夢跡にて咲き続けよ、汝は万の夜を超えてなお枯れぬ、夢幻の桜也」

 地面に光の軌跡がはしり、正方形を形作る。

 それを感覚で観ながら、最後の印を結び、呪文を締める。

「【隠行結界・朧桜】!」

 一瞬、蜃気楼が俺達を包むように空気が揺れた。


 俺が構築したのは簡単な隠蔽の結界である。

 少なくとこ内部でよほどの騒ぎを起こさなければこれで当分は時間を稼げるはずで。

 ふう、と疲れたようにため息をつく。

 元々、結界系は苦手な部類だし、今回は準備もなければ触媒もなかった。

 純粋に自分の魔力と技術のみで成したのだ。

 成功しただけ我ながらたいしたものである。

 そしてそれを見て、未だ起き上がらぬ恭平以外の三人が驚いた顔をしていた。


「奏夜、君は占い師の家系と聞いていたが?」

「……まぁ、間違ってはいませんけど」

 なんともいえない感慨と共に応じる。

「……正確には陰陽師、ですが」

「ほう、陰陽師というとあれか、ペンタグラムにドーマン、セーマンという奴か!?」

「イメージとしてなら、まぁ、そんな感じで間違ってはいないかと」

 まぁ、そんな俺だがまさか、実家と縁を切って家出同然に飛び出してきた、などとはいえない。

「なるほど、な」

 と、カイザー先輩は得心が行ったかのように頷いた。

 今回起った怪異より俺の使った術の方がはるかに興味を引かれるのだろう。

 あいかわらずにずれた人である。

 しかし、今度は萌花からの質問が飛んできた。

「奏夜、これはいったい何がおこったの?」

「……」

 カイザー先輩と違って、萌花は流石に今回の事にはいろいろと聞きたいのだろう。

 だが、俺は思わず眼を逸らしてしまった。


 推測になるが、という前置きをつけてから今回のことについて語ることにした。

「恐らく、先ほどの鬼が神隠しの原因なんじゃないかと……」

 それに、と続ける。

「俺達を包んだあの白い霧。多分先輩も言ってたと思うが、近くにあんな量の霧を発生させる程の水源はない。いち術師としての見地から言わせてもらえば、あの霧自体が一種の結界なんだよ。そして今俺達は結界に囚われている状態だ。結界の種類は閉鎖型牢獄系」

 閉鎖型というのは結界そのものが一つの空間として閉じているタイプの事、そして牢獄系というのは何者かを結界の中に閉じ込める種類のものを指す。

 それを身振り手振りで説明しながら続ける。

「多分脱出は不可能。で、中で彷徨っているうちに鬼に食われるか殺される。これがこのK村で起きた神隠しの正体だと思う。なぜ結界や鬼が存在するのかは、もう少し調査が必要だけどな」

 俺の説明を聞き、萌花とソムリエ君が青ざめる。

「ただ、無傷で帰ってきたって言う人もいる。恐らく、神隠しには何らかの発動条件があるんだと思う。これも調査が必要だと思うけど……」

「奏夜。君は今俺達を隠すように結界を張ったが、君の技術でこの霧を破れないのか?」

 カイザー先輩の問い。今度こそ明確に眼を逸らしてしまった。

「申し訳ないです。俺の力では、これほどの結界は……。もうこの結界は既に結界というより異界の域。少なくとも俺では……」




 ……。


 恭平はまだ起きず、萌花も精神的な疲労がたたって横になったまま寝息を立ててしまった。

 起きているのはソムリエ君とカイザー先輩、そして俺だ。

 俺も寝てしまいたいが、俺が意識を途切れさせたら結界が解ける。

 いくらカイザー先輩がいても、それだけは駄目だ。

「……ふぅ」

 ため息をつくと座り込む。

 俺はこれからのことを考えなければならない。

 だが考えれば考えるほど重くなる。

 俺は五行の術が苦手、結界系が苦手。占術系が苦手、呪詛祈祷系が苦手、若干以上に適正があったのは式神の使役、即ち召喚系の術だけだった。

 ……。

 あれ、だめじぇね?

 ……。

 おいっきり欝になりかけた。

 式の召喚でこの状況をどうにかできるか? いや、多分無理。というか無理。



 自分で出した答えであるのに、何故か首をつりたくなった。

 

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