03 - 夜は更けていく
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「……痛い」
赤くひりつく口元をさする。
「にははは、ゴメンゴメン」
そう言って悪びれなく笑うのは室長の萌花である。
「幾ら起こすためとはいえ、練りわさびを一本まとめて口に突っ込むのはどうかと……」
抗議するが、きっと反省はしていないのだろう。
というか、なぜ練りわさびなんてものを持っていたのだろうか?
「だからゴメンって、次はカラシにするからさ」
「そもそも、普通に起こすという選択肢はないのか?」
口笛を吹いて横を向かれた。
……。
……。
「まずは宿まで移動、その後は各自自由行動。調査は明日明後日にかけてだから、今日は一日めいっぱい遊ぶように、OK?」
「「「「「OK!」」」」」
萌花のノリに応じたのはカイザー先輩と後輩×4だった。
会計は町のマップの確認、俺は寝起きの頭でボンヤリしていた。
バカップルは既に自分達の世界。
……。
まぁ、それはともかく。
「んじゃぁ、まずは宿行くよ! 会計、プリーズ!」
「……一応大学生だよな?」
語学能力は大丈夫か? などと呆れ顔ながら、やはり面倒見のいい我らが会計は先頭にたって道を歩き出した。
とりあえず、俺は近場の本屋に繰り出すことにした。
告白しよう、俺はいわゆるアレだ、隠れオタというやつである。
流石に自分で作画したり作文したりとかディープな事はしていなが、それでもライトノベルとかはやりの同人ゲームとかに手を出す程度にはオタクである。
まぁ、家系が家系だけに、ファンタジーモノや学園異能バトルなんかには若干むず痒い感じがあるが、それでも好きなイラストレーターや作家なんて方達もいる。
そんな俺の楽しみが、本屋巡りである。
発売予定表は見ない。
何気なく本屋に繰り出しては、続巻が出てることに喜び、面白い新作を見つけることに楽しみを見出す、そんな行為を気に入っているから。
「今月はちょっとピンチだからなぁ」
財布の中身を思い浮かべてちょっと黄昏た気分になる。
この旅行がなければもうチョイと余裕というものもあったのだろうが、しょせんは「IF」の話である。
ともあれ、多少の余裕ならあるのも、また事実。
ならばやることは決まっている。
本屋に言って目ぼしいものを見繕ったら、そのままカフェや喫茶店に行くのだ。
生憎と俺は対人コミュニケーションがマイナス寄りな人間である。
故に、こういった一人で動くことに苦痛を感じていなかった。
「よう、幽霊」
「ん? 恭平か?」
見れば、宿に程近い喫茶店には先客が居た。
我らが頼れる会計様だ。目の前にはノートPC、それに付箋のついた大学ノート。
「皆と行かなかったのか?」
「ああ」
恭平が頷き、俺の問いに疲れたような、苦笑するような微妙な表情で返す。
「あいつらだけで行かせたよ。俺はこの後の予定を詰めていたところだ。一応、これでも一応は今回の旅行計画の立案者だからなぁ。まとめ役は藤村がいるとしても、調整役の人間も必要だろう」
なるほど。ご立派なものである。
「それに、俺もわいわいがやがやは、ちょっと、な」
今度は俺が苦笑した。
この男は出来るし、事務能力が極めて高い。
もうちょっと経験積めば政治家秘書とか出来そうである。
だが、本質的なところで俺に似ている。
大勢よりも一人、騒がしいよりも静かな。
ま、悲しいインテリの宿命だろう。
「奏夜はどこにいたんだ?」
「本屋」
恭平の問いに二つの単語を返した。
「なるほどなぁ、そういやこの前面白いラノベ見つけたから、また今度貸してやるよ」
「お、そいつは楽しみだな」
恭平の言葉に、嬉々として応じる。
ちなみにこの男、いわゆるディープなオタ様で御座います。
自分でサークル出して、そこそこ名前も売れているらしい。
俺がこの道に入ったのも実はこの男のせいだったり、おかげだったり……。
「そういや、この前かしたゲームあっただろう。あれ、今年の冬に新作出るぜ」
「まじか!」
「おう。スタッフの一人から直接流してもらった情報だ。信憑性は高いぜ」
「くそっ、この冬またバイト増やさなきゃならねぇじゃねえか、チクショウ」
思わず愚痴るものの、案外と不機嫌にはならない。
「金出すんなら、奏夜の分も確保するが?」
「頼んだ」
「OK、任された」
俺の二つ返事に、これまた恭平も笑って応じる。
と、俺のポケットの中で携帯が震えた。
――ん?
訝しげながらも携帯を開くと、我らがお気楽室長から一通。
曰く、お酒買って帰るから今夜は飲むよ! お代は割り勘ね! との事。
目の前の恭平を見れば、同じように此方を見ていた。
表情が微妙に虚ろである。
「……藤村から? ……今夜は飲み会だと?」
「……まさにその通り」
僅か以上の沈黙。
やがて、恭平がポツリと呟く。
「………………………………………………そうか」
「………………………………………………ああ」
俺もまたそれにポツリと応じた。
ちなみに、我らオタ勢、意外にお酒が苦手な人種であった。
◆◆◆【藤村 萌花】◆◆◆
とりあえず、酔い潰しました。
あ、言っておくけど「酔いつぶれた」じゃないよ、「酔い潰した」だからね。
などと、誰に説明しているのか知らないが、言っておく。
でもって、視線を床に向けてみれば、床に付してピクリとも動かない会計と幽霊、ついでにソムリエ君。
カイザー先輩は小さなグラスに日本酒を手酌しながら渋い雰囲気を漂わせていた。
曰く、これこそが日本の心だよ、なのだそうだ。
ちなみに我が研究室の女性人は皆、お酒に強い。
男共は情けないわぁ、などと声を上げて笑っているのは二年の美樹だ。
とりあえず、小さく「先輩だからね」と注意しておいたが気分は同感であった。
……。
後、バカップル二人は早々に部屋に消えた。
まぁ、やることやってんじゃないの?
……。
「ああ! もう重いわね!」
潰れて動かなくなった男3人を部屋に投げ込んでおく。
普通は逆じゃない? とか、ここは男が酔った女を食べるとこじゃないの、などと思うが、現実は小説より奇なものである。
動かなくなった男×2に若干以上の不満を持ったのもまた事実だが、直ぐにそれも苦笑交じりのため息へと変わる。
奏夜は女性不信、恭平はディスプレイの向こう側に彼女が居る。
いろいろと違うが、共に現実の女性に対して興味が薄いというのは共通している。
今はやりの草食系男子というヤツだろうか? 若干ニュアンスが違うような気もするが。
などと思考がわき道に流れてしまったのもしょうがないだろう。
ちなみに先ほど数字に含めなかった一人、今回の面子で一番危険そうなソムリエ君は真っ先に潰したのは言うまでもなかった。
と、携帯にメールが震えた。この振動はEメールだろう。
開けば予想通り、美樹からのメールだった。
内容は、先輩達とソムリエはカイザーさんが面倒を見てくれるらしいから、飲み直そうよ、というものだった。
それに、了解、と返信をすると女子勢の部屋に向かって歩き出した。
「同じ学科の男の子に告白されまして……」
なんて言ったのは黒髪セミロングの後輩、小夜だ。
大人しそうな小動物系の顔に、墨のような艶のある黒の髪。
そのまま図書委員とかにしたら似合いそうな娘だ。
事実、同学年の男子達の中で人気が高い。
「……返事はまだ待ってもらってるんですけど」
恐らくは断わるのだろう。だが、踏ん切りがつかないのかもしれない。
でもって、それに反応したのは美樹だった。
「ええ、いいじゃない。陸上の小松先輩って言ったらちょー有名じゃん! 顔だって良いし、性格だって悪くないって話。それに実家は医者っていう話だし、乗れば逆玉じゃない。どうせ気に入らなかったらフレばいいんだから」
……。
なんとも生々しいが、女だけだとこういう話に流れてしまうのは仕方がないのだろう。世の男が考えるような夢や希望などからは方向性が180度程反対であった。
「でも、それは流石に先輩に悪いと思うけど……。」
「いーのよ。男なんてどうせ女を選ぶときなんて顔しか見ないんだから、うちらだっていろいろと取捨選択する権利ぐらいある!」
美樹がアルコール濃度の高い息を吐く。
「――男は金、ひいては年収。それ以外に必要もなければ、興味もない」
こういう女性が、将来の夢は「専業主婦!」なんて叫ぶんだろうか?
などと益体もない事を考えてしまった。
「美樹ちゃん、それはちょっと言い過ぎじゃ……」
小夜が流石に、ちょっと嗜めようとするが、美樹は止まらない。
「男なんて女が選ばなければ一生童貞だし、結婚なんて出来はしないんだからいーのよ。選んであげるんだから逆に感謝して欲しいくらいよ」
というか、世の男が聞いたら怒り狂うことを平然とのたまった。
「「……」」
ゲラゲラと笑う美樹を尻目に、小夜と二人で顔を見合わせ、なんとも言いがたいため息をついてしまった。
美樹も悪い子じゃないが、世の中の雑誌やメディアに踊らされすぎな気もする。
確かに今の世の中少しは女性に有利に出来ているかもしれないが、だからと言ってそれを根拠に上から目線というのもどうかと思う。
何だかんだで晩婚化が進み、少子化も進んでいる世の中だ。
若いときはそれでも通じるかもしれないが、先に言って苦労するのは自分だということに気付いたほうが良いのではないか……。
昨今では「結婚したくない」、という男も増えてきているし、事実結婚できないという女性も、多くはないが存在するのだ。
「美樹、あんたちょっと酔いすぎ、今日はもう寝なさい」
やれやれと、ため息混じりにそう言うと暴れる美樹を抱えて寝床に移動した。
一方その頃、そんな世の話題とは無縁な男女二人がベッドの上で絡み合っていたりもするのが、それは知るところでもなく、実に幸せな雰囲気をかもし出していた。
ちなみに男×3は今夜の記憶など綺麗さっぱりとデリートされていた。
深酔いの力はかくも偉大なものである。
ちなみに、ただ一人、唯一の最上級生だけは満足げに酒と旅行の夜を楽しんでいた。
今日も今日とて、夜は更けていく。
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書いていたら美樹が予想以上に嫌な女になってしまった……。