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13 - 暗い記憶

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 お疲れ様でした!


 狭いロッカールームに即席同僚の声が響き渡る。

 短期の清就職説明会も本格的に始まったため、定期性のバイトを幾つかやめ合間を見て短期の日雇いバイトで稼ぐようにしているのだ。

 でもって。

「先輩、この後ラーメンでも食いに行きましょうよ!」

 と言ったのは横で着替え終わった川上高青年、即ちソムリエ君だった。


 曰く、ちょっとばかりまとまった金額が必要になったため、との事。

 でもって俺にバイトの紹介を頼んできた為に、上司に掛け合って空いていたバイト枠にねじ込んだのだ。

 今晩はデパートの床のワックス掛け。二人して本職の人について周っての雑用仕事。

 そしてようやく先ほど予定していた区画のワックス掛けが終わったのである。

 上着のボタンを留め終えると、コートを羽織る。

 何だかんだで最近は冷えてきているのだ。

「この近くのラーメン屋、それも深夜営業になるとチェーン店になりますかね?」

「まぁ、深夜営業の時点でそうだろうな」

 後輩の言に返しながら、作業中に来ていたツナギを畳んで使用済みのビニール袋に放り込む。ついでに軍手も。

「あ、駅からも近いみたいですよ」

 見ればスマートフォンを弄って近場のラーメン店を検索していた。

「味噌ラーメンが有名らしいっすよ、どうしますか?」

「別に反対意見もないな、いいんじゃないか?」

 俺も味噌ラーメンは嫌いではない。

 というか、今更別のラーメン店を探すのもなんかめんどくさい気がする。

「よしっ! じゃあ行きましょう、先輩」

「へいへい」

 ハイテンションな奴、と苦笑する。

 二人並んで「「お疲れ様でしたー!」」と挨拶するとバイト先を後にした。




 ソムリエ君は味噌ラーメン大を基本に、炙りチャーシューと味玉のトッピング。

 俺はシンプルに味噌ラーメン単品だ。

 お互いに目の前の麺にありついて暫く、後輩が声を掛けてきた。

「先輩、明日って暇っすか?」

「お? 明日? 日曜日の事?」

 はい、と頷く後輩。

 ズコーッ、ズコーッ、とラーメンを啜りながら考ええる。

 まぁ、日曜日なら特に用事はない。

 次の月曜からは忙しくなるのだが、その前の日曜日であれば特に問題はないだろう。

「いいんじゃないか?」

 予定を整理して、空いてる事を告げる。

 すると後輩はうんうんと頷く。

 そして。

「じゃあ先輩! 日曜日に合コンに行きませんか!?」


 飲んでいたスープを噴出した。




 ゲホッ、ゲホッ!!

 大きく咽ながらも、付近で机の上を拭く。

 そのままグラスの水をあおり、咽に引っ掛かっているスープを胃に流し込んだ。

「……ェホッ! ゲホッ! ……なんだお前、いきなり」

 若干咳が止まらないが、とりあえずは頭に浮かんだ疑問を投げる。

 というか、話の流れが理解できん。

 なぜいきなりそんな場所の話になった?

 思わず咳き込みながらも半眼で問う。

「いやぁ~。実はその日に合コンがあるんですが頭数が欲しいんすよ~」

「……」

 多分無意識だと思うが、視線に冷たい何かが混ざったような気がした。

 ………………無意識、…………だよな?


 曰く、その日はどうしても頭数が欲しく、誘おうにも事が事なだけに気軽に誘える知り合いもいない。しかし、先輩の場合あまり現実の女性に興味がなさそうだが、見てくれは悪くはないかもしれないし、中身さえばれなければうんぬんかんぬん。

 とりあえず箸で、ソムリエ君の右手の甲をぶっ刺しておいた。

 イタァ! と喚く後輩を他所にため息をつく。

 誰が好き好んで合コンなどに行かなきゃならんのか?

 あんなものは金と時間と体力の無駄以外の何物でもない。

 あんなのに行くくらいならネットでゲームのチートツールを探したほうが100倍有意義というものだ。

 というか、人生にチートツールはないのだろうか?

 具体的に言うのなら金運×10倍とか。絶対成功とか。

 はぁ、とため息をつきつつスープの表面に浮いた油を箸で弄る。

 ……あほらしっ。

 人生に楽は無い。

 誰の言葉か忘れたが、いい言葉である。

 再三に渡ってため息をつくと、断わりの言葉を口にしようとした。

 だが、それより早く後輩が譲歩してきた。

「俺が全部奢ります!」

「……」

 一瞬悩んでしまう。

 お世辞にも俺は裕福とは言いがたい。

 休日の飯だって今は節約したい時分である。

 ともすれば、奢り発言は中々に無視できない。

 一瞬考え込んだ俺を見て攻め時だと判断したのだろう。

「なら今度学食で昼も奢ります! 三日分!」

 後輩は宣言した。


 チンッ! 俺の目に¥マークが浮かんだ――気がした――。

 ついでに俺の中で狸がケケケと笑いながら皮算用を始めた――気がした――。

「…………」

 フッと苦笑を浮かべる。

「しょうがねぇなぁ、今回だけだぞ」

 べ、別に奢りに惹かれたわけじゃないんだからねっ!

 ……。

 ……。

 ……。

 悲しきは貧乏人の性。

 いくら俺の好悪があろうと金の力には抗えない。

 所詮は木っ端学生の分際、社会の荒波に揉まれるだけの身の上。

「では、先輩! 明日の午後4時に新宿西口の交番の辺りで待ち合わせましょう」

「あいあい。了解」

 ……。

 まぁ、どうせ数合わせだから問題ないだろう。

 うんと頷くと、それよりも今月の懐事情に思いを馳せる。

 昼飯が3回分浮いたという事は、浮いた分を休日に――。


「ありがとう御座います! こんど同学年の男子を紹介しますから!」


 ……。

 ソムリエ少年の朗らかな声。

 俺はフッと笑う。

 先ほどの苦笑と一転、実に優しそう笑みを浮かべた。

 そして。


 ブシュッ!


「目がああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 おおう、大佐じゃ。




 □□□□□□




「「「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」」」

 日曜の午後5時。

 新宿にある飲み屋の一室で合コンが幕を開けた。


「布山真紀です。大学二年生で趣味は映画鑑賞と旅行、休日とかは友達と渋谷でよく買い物に行きます」

 無駄に化粧がギラギラした女が自己紹介をする。

 ワンピースにカーディガン。

 なんというか気合の入った格好である。

 よく見れば周りの男女諸共中々に気合の入った格好をしている。

 女は少々濃い化粧は勿論の事、ズボンの奴は一人もおらず全員がスカート、男もどこぞの雑誌に載っていそうな装いをしている。

 思わず、無表情ながらも「場違いな場所に来ちまった」と内心で呻く。

 だが、自己紹介はどんどん進んでいく。

「塩原公俊、大学四年生。趣味はドライビング。休日とかはよく車で遠くに行ってたりするかな。最近はよく箱根とかに行ってるよ」

 髪をくすんだ金色に染めた、見るからにチャラい男が自己紹介をした。

 次の次で俺の番である。

 はぁ、とため息をつきそうになり、なんとか堪える。

 と、ついに俺の番が回って来た。

「桔梗奏夜。大学三年生だ。趣味は――」

 バイトと貯金と倹約、なんていったら流石にキング・オブ・空気読まないになる。

「――ゲームと映画鑑賞。休日は――」

 休日はよく寝ています、というのも完全な駄目人間宣言だ。

「――音楽鑑賞をしたり図書館に行ったりしてます」

 当たり障り無いように、それだけ言う。

 間違ってはいない、……はず。

 ただ、場所と状況からしたら若干のミスマッチだったらしく、すぐさま他人の紹介とその喧騒に掻き消された。




 フゥ。

 外の喫煙所でタバコをふかす。

 口から吐き出された白煙が不夜城の光に融けていく。

 なんというかあの雰囲気は苦手だ。

 思わず内心で呻いた。


 開始早々に男女の歓談が始まったのだが。

 どうにもあのキャッキャした雰囲気が苦手で、早々に会場を抜けてきたのだ。

 確かに気合が入っていただけに見目麗しい女子達だったが、なんというか「違うなー」などと感じてしまったのだ。

 俺とて高校時代に恋愛経験もあるし、一目ぼれした女性だっていた。

 だけど、こういった風に男女の仲を求めて集まって、ていうのは何だか肌に合わない気がする。

 パキュッ。

 自販機で買ってきた缶コーヒーのタブを開ける。

 と、話しかけてきた声が一つ。

『中で話さないんですか?』

 と、カルラだった。


「いや、ちょっとああいう雰囲気は苦手でね。まぁ、いずれは彼女も欲しいけど、今はいいかな。リアルも忙しいし」

 若干ネット用語が零れたのはいきなりの不意打ちだったからだろうか。

『……』

「そ、それにこういうのってさ、何だか違うように思うんだよね。やっぱり出会いも大切だけど、出会うまでの過程っていうのかな、そういうのも――」

 ――うんぬん。

 混乱しているなぁ、と我ながら思ったものである。

 しかし、次のカルラの言葉で全てが止まった。

『怖いのですか?』

「……」

 何が? と問うぐらいの余裕はあっても良かったかもしれない。

『先ほど中にいた時も、今こういった話をしている時も、奏夜の心の中には影がありました。拒絶とも違う、諦観とも違う、僅かな希望を抱えた恐怖』

「……」

 自分では自覚し得なかったそれを今カルラに突きつけられる。

『そしてその感情を生み出しているのは貴方の過去の記憶。奏夜が過去に味わった憤怒と悲哀、そして絶望を抱えた記憶……』

「……」

 俺はいまどのような顔をしているのだろうか?

『……』

「……」

 怒ったような顔をしているのだろうか?

 それとも泣きそうな顔でもしているのだろうか? 

 ただ苦しい沈黙だけが俺の答えだった。

『……』

「……」

 もう癒えた、そう思っていたのだが。

 いざ、突きつけられてみれば未だ心の傷は醜く血を流していた。

『……過去と向き合うのは今なお辛いのですね』

 カルラが悲しそうな声で言う。

 どうにか反応しようと言葉を搾り出す。

 だが、搾り出した声は蚊の鳴くように小さく、そして声を出せた事に奇跡を感じた。

「………………………………………………まぁ、な」


 ごめんなさい、と謝ってくるカルラに、構わないよ、と応じる。

 いずれは向き合わなければならない問題だ。

 だが、まだ無理だった。

 それだけだ。

 深呼吸を繰り返して、中にたまった陰鬱な感情を晴らしていく。

「カルラ、もうすぐ試作一号が出来るよ」

『そうですか!? それは楽しみです』

 ふふっ、と一転楽しげな感情が伝わってきた。

 その感情の波で俺の心もどこか温かくなってくる。

「あと少しだけ待ってくれ」

『はいっ!』

 そう言ったカルラの表情。



 俺の中に見えたカルラの顔は楽しげに綻んでいた。



 俺はその笑顔に、少しだけ救われた。

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