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12 - モグリ術師の相談所

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 ――相談がある。受けてもらえば、それだけで5万円は払う。もし、それを解決してもらえば最低でも10万は約束する。


 土曜の朝である。

 ふと起きたら携帯にそんなメールが届いていた。

 差出人名は「御堂真吾」、つまりはカイザー先輩だ。

 俺としてはメールの内容より、その額を凝視してしまった。

 寝起きの頭ながら、俺の意地汚い部分が皮算用を始める。

 5万あれば新しいリクルートスーツが買える。元の予算とあわせれば靴も含めてもうワンランク上の物が買えるだろう。

 それにもし10万が首尾よく手に入ればバイトの不足分を十分以上に埋められる。

「……」

 寝ぼけた頭のままに携帯のキーを手早く打つ。

 そして寝ぼけた頭が覚醒し、改めて手元を見れば「分かりました!」というメールを送り返した後だった。


 なんとも悲しい苦学生の性だった。




「すいません、先輩。遅れました」

 急いだつもりだったが、やはりあの後二度寝しかけたのがいけなかったと思う。

 とりあえず、まずは頭を下げて謝罪した。

「いや、急に呼び出したのは此方だ。気にすることは無い」

 そう言って苦笑する。

 実はあの後携帯に「新宿にあるカフェまで来て欲しい」とメールが飛んできていたのだが、先ほども言った様に二度寝し


かけたため行動するのが遅れてしまったのだ。

 と、先輩が対面の席を勧める。

「まぁ、座りたまえ。朝食は食べたかね?」

「いえ、まだですが」

 うむ、と先輩は大きく頷くとたまたま近くを通った店員にオーダーする。

「ちょっといいかね。ブラックコーヒーのホットを一つと、BLTサンドを1つ、それにミニサラダをお願いするよ。ああ、なるべく早めに頼むよ」

 なんとも上から目線な注文だが、嫌味に見えないところが先輩らしい。

 店員が復唱して厨房に入っていったのを見計らい、喋りだした。

「さて、話題に入るとしようか」

 トンッ、と先輩が机を指先で叩いた。

「まずは来てくれたことに感謝をしよう、奏夜」

「……はぁ」

 なんと反応をすればいいのだろうか?

 しかし、普段の先輩からしたら若干以上の歯切れの悪さを漂わせる。

「相談というのはだね……。知り合いの知り合い、……なんだ、その、つまりは俺の妹の友人の事でね」

「……はぁ」

「まぁ、あれだ――」

 やはり普段の先輩からは想像できないような歯切れの悪さで語り始めた。

 よく理解できないが、まずは続きに耳を傾けた。


 ……。

 分かり易くいってしまうなら、曰く夢見が悪い、との事である。

 もっと分かりやすく言うのなら睡眠時に必ず嫌な夢を見てしまう、しかも毎日。

「……」

 先輩の説明を聞き、思わず半眼になってしまった。

「……あの、先輩。…………まずは相談うんぬんの前に一ついいですか?」

「ん? 構わんよ。何かね?」

 ええ、と頷いてから素直な感想をプレゼントした。

「こういった事はカウンセラーや精神科の仕事であって俺のような半端もんのモグリ術師の仕事ではないんですが……」

「……」

 お互いの間に実に奇妙な沈黙が横たわった。




 さて、気を取り直してさくさくと話を進めよう。


 運ばれてきたBLTサンドを齧りつつ、先輩の話に耳を傾ける。

 事の始まりは凡そ、一月前程。

 ちょうど俺が研究室で旅行の誘いを受けた辺りだという。

 夜中、寝ている最中に呻き声が聞こえてきた、という事らしい。

 別に今までそんな呻き声を聞いた事も無ければ、幻聴なんてものとは一切縁が無かった健康優良児の少年。

 だが、その日を境に夜には必ず呻き声が聞こえてくるようになったとの事。

 部屋を変えても意味はなく、家を離れて知り合いのところに泊まりにいっても呻き声は相変わらず。

 そして、その声は日を追うごとにどんどんと大きくなってきているらしい。

 しかも大きくなるだけじゃなく、つい先日を境に呻きは遂におどろおどろしい声へと変わったらしい。

 曰く、「殺してやる」と。

 そして「殺してやる」との声が聞こえた次の日から、本当に夢の中で殺されるようになったらしい。痛みも苦しみも現実と変わらない感触と感覚で。

 そうして痛みと苦しみで飛び起きる日々が続き、遂には少年の足に手で握り締められたかのような痣が出来たとの事。

 ……。

 少年は酷く怯えて取り乱し、今では恐怖と悪夢、そして苦痛によって睡眠も満足にとれずに精神が崩壊してしまう寸前らしい。

 先輩が出向き、どうにか事情を聞いてみようとしたところ、酷く怯えていて喚き散らすだけ。禄に事情も聞けず、ヒステリックに「俺は悪くない」と叫んでいただけだったそうだ。


「なんか隠していそうな雰囲気ではあるんだよなぁ……」

 あんた何処かで尋問術でも学んだんですか!? と口に出そうになったツッコミをどうにか呑み込む。

 どうせロクな答えが返ってこないだろうから。

「ただ、先ほどのちょっと言ったけど、痣が出来ていたりと超常的な感じがするもんでとりあえずは奏夜に相談してみようかと思ってね」

「……なる」

 まぁ、そういうことなら納得できない話でもない。

 聞いた感じだと確かにそっちの世界の話のような気がする。

 ただ。

「それなら俺ではなく、正式に依頼を受け付けている一族や機関に相談したほうが良かったのでは?」

 と、言ってみる。

 この前の一件を通して超常現象の存在を知った先輩だ。既にこういった事態を現実の物として依頼を請け負う組織なり機関なりを調べているはずだ。

 だが。

「うん。……まぁ、それも考えたんだがね」

 先輩が顔を顰めて言う。

「そういった所だと、相談するだけでそこそこな額を取られてしまうからね。あくまで知り合いの事で相談、とは気軽に持ち込めないんだよ」

「…………ああ、なるほど」

 納得できなくも無い。

 というか、我が一族がまさにそれだ。

 相談するだけで解決もしないのに報酬を要求したりする。

 それを断わったら今度は業界に「報酬を払わなかった」と吹聴するのだ。

 本当に腐っている。

 全てがそう、というわけでもないだろうが、そのようなとこが多いのもまた事実。

 いや、弁護士や行政書士だって相談すれば相談料をとるのだからあながち間違ってはいないのかもしれない。

 ともあれ、先輩が俺に話を持ってきたのは、おそらく例の廃村での一件を間近で目撃したからだろう。

 後輩で融通が利く。そして現実として超常の業を使えるのを見ている。

 確かに俺が先輩の立場なら、迷わず俺に相談するだろう。

 そう考えると、10万という数字もあながち高くはない。というか激安だ。

 まぁ、あくまで他所への相談料と比べると、だが。

 ……なんとも世知辛い話である。

「嫌になってしまうね」

「ええ、全くです」

 啜ったコーヒーは思わず現実と同じような酷い苦味だった。




 とりあえず先輩には呪符を渡しておいた。


 清めた上質な和紙に霊墨で神字を刻み、そのまま魔力と術を込めることによって呪符は完成する。

 なんでこんなものを持ち込んでいたのかは秘密である。ちょっとした別の目的のためだったのだが、今は内緒だ。

 でもって、込めた術は結界系の物。

 ――【祓魔結界・白陽(びゃくよう)】。

 一定空間に魔払いの結界を構築・展開し、内に存在する魔の封滅と外からの防御を同時にこなす結界だ。

 結界が苦手な俺が作ったものだからあんまり強力な物でもないのだが、それでもやっぱり正真正銘の結界である。一般人が買おうとしたらきっと目玉が飛び出るだろう。

 ともあれ、それを渡しながら説明する。

「もし聞いた通りの事態が発生しているなら、これでちったぁマシになると思います」

 ただ、と付け加える。

「過信はしないで下さい。もし本当にやばいモノならこんなものは気休め程度にもなりはしません」

 俺が今回たてた推測は単純。

 恐らくその少年は何者かによって呪いの類を受けているのではないだろうか、との事。


 だがもし本当に呪いの類を受けているならこれほど厄介な事は無い。

 呪いというのは基本的に打ち消したり、無効化する手段が無いに等しいのだ。

 基本的に、というか呪いに対する大原則として、呪いを受けた場合にとる手段は三つ。

 一つ目が、呪いをかけた術者本人に解除してもらう。

 二つ目が【呪い返し】を行い、呪いそのものを跳ね返す。

 三つ目が、呪いを強引に解呪するか、だ。


 二つ目は一見簡単なように見えるが、そうではない。

 呪いというのは無差別感染系のモノを除き、対象に括られて発動する。故に、それを送り返すというのはいわば殺意をもって飛んできた銃弾をテニスのラケットで打ち返すようなものである。成功率が極めて低いし、何より【呪い返し】を行う術者の技量が、呪いをかけたモノより遥かに上でなければならない。それ以外にも最大にして最悪の欠点があるのだが、ここでは割愛する。

 そして三つのなかで一番危険なのが即ち三つ目、強引に解呪する、である。

 先ほどの例からすると、飛来した弾丸を白刃取りするような物だ。失敗したら即死。うまくいっても手や腕に大怪我を負う。つまりは正規の手段で解除しない以上、強引な解呪は肉体や魂に大きな負担をかけるという事だ。そしてそれは呪いが強力であればあるほど負担も倍々的に大きくなっていく。故に、強引に解呪した結果植物状態になったとか、寿命が大きく削れたなどの本末転倒的な重度の障害を遺すのは、割と有名な話だ。というか、下手をすれば即死の可能性もある。

 それほどまでに呪いというのは忌わしい。故に、呪詛の業は禁忌。

 現実で使えば、何らかの形で責任を取らされ事必至だろう。


 先輩に呪符を三枚ほど渡す。

 正確には呪符の一種で、《結界符》というモノになるのだが、まぁ、呪符でいいだろう。

 遣り繰り節約を繰り返し、どうにか確保した魔力をすっからかんにしてしまったが、懐に転がり込んだ五万を思えば悪い気分ではない。

 尤も今の気分はとうていいい気分とは言えないのが残念だが。

「部屋の東と西に対極になるように貼るか置くかをしてください。一枚は保険です、本人の枕元に置くかして下さい」

 先輩に使い方を説明しつつ、同時に注意点も説明する。

「もしこの結界を張った結果、何も起きなくなればそれで大丈夫です。しかし、この結界が一瞬で、それこそ一晩で破られるようなら、その時はどこかに依頼を出してください。俺の手の出せる範疇を明らかに超えている可能性があります」

「分かった」

 俺の真剣な声音に、事の重大さを理解したのか神妙に頷く。

「まぁ、俺も呪いの事は専門外なんでなんとも言えないんですけど……、呪いを受けたという事は呪われるだけの理由があるという事です。本人にちょっと聞いてみてください。もし正真正銘の呪いなら呪いを掛けた本人に解いてもらうのが一番無難ですから」

「……」

 人を呪わば穴二つ、という言葉が存在する。

 呪いは確かに極めて効果が高く強力な業でもある反面、術者に求める代償もけして小さくは無い。

 故に、俺としては呪いを掛けられるだけの理由なんてものは在って欲しくないのだけれど……。

「……分かった、それも此方で上手く聞いてみよう」

「ええ」

 先輩の頷きに応じ、一応の助言をする。

「もし何処に依頼を出す事になったなら東北の《北条》家をあたってみるように言って下さい。《北条》は代々家系的に呪詛祈祷を得意とする一族です。多少高くつくかもしれませんが、下手なとこに依頼を出すよりは確実なはずです」

「覚えておこう」

 先輩は謝意を示すと、携帯電話でどこかに連絡を取り始めた。


 やれやれ、とアンニュイな気分に浸る。

 そのままBLTサンドとミニサラダを胃の中に納め、苦味の強いコーヒーで咽を潤す。

 と、先輩が携帯を仕舞う。

 連絡がついたのだろうか?

「奏夜、俺はちょっと行くとこがあるから、ここで別れるが構わないね?」

 特に用事もないので頷く。

 すると。

「OK では勘定は任せる。これは報酬と勘定の分だ。釣りは自由にしてくれ」

 そう言うと先輩は机の上に、なんと一万円札を6枚置いたではないか。

 思わず目を丸くするが。

「気にするな、席をもうけた者(ホスト)が奢るのは当然だろう」

 フッ、と爽やかな笑顔でウインクをする。

 先輩の背中に光るいぶし銀風味の兄貴オーラが余りにも眩しい。

 俺の微妙な戦慄とは裏腹に先輩はあらためて別れを告げると足早に去っていく。

 あの無駄な格好の良さはいった何処から出てくるのだろうか?



 嬉しいながらもなんだか男として敗北感を味わった俺だった。

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