第一話 蜂須賀雀、かく語りき
四月五日 午前六時三十分
わたしは自然と目を覚ました。どうやら目覚まし時計をセットし忘れたらしいけど、この時間に起きるのは習慣になっていたので、寝坊をすることなく起きることができた。
ベッドから下りて、カーテンを開ける。春の心地よい日差しがわたしに降り注いだ。部屋を明るく照らす。
「……うわ」
明るくなった部屋を見ると、あまりの惨劇にわたしは目を覆いたくなってしまった。ベッドや床にジグソーパズルが散乱していたのだ。
わたしは昨日、春休み中に作ったジグソーパズルを眺めたり額縁に入れたりしていたのだけど、その間に寝てしまっていたらしい。どうりで目覚まし時計をセットしていないわけだ。セットし忘れたというよりセットする前に寝てしまっていたのか。
その時にジグソーパズルを大胆にばら撒いてしまったようで、額縁にまだ入れていなかったジグソーパズルが崩壊していた。せっかく作ったのに、バラバラだった。無事なのは春休み中に作った物の半分くらいだろう。
これは、今日からまた作り直さないといけないみたいだ。
何となく髪を掻くと、パラパラと軽い音を立ててパズルのピースが落ちた。寝ている間に、ベッドに散乱していたピースが髪に絡まってしまった。ついでに頬に触れてみると、さらにピースが落ちた。うーん、顔にまで張り付いていたか。
この調子だと、何ピースか無くしているかもしれない。まあ、製作中にピースを無くすのはよくあることだし、わたしはしっかり完成させるためにパズルを作っているわけでもないので、別に気にしない。
とにかく、今日から学校があるわけなので、準備をしないといけない。一応真面目な生徒を演じているので、初日からの遅刻はいただけない。
「お姉ちゃん、起きた?」
突然、ノックも無く扉が開かれた。入ってきたのは二人いる妹の内のひとり、蜜だった。ツインテールに纏めた黒い髪と、大きな目が特徴的。
こいつは今年で中学二年生になる。
「起きてるよ。ところで蜜、花は?」
花というのがもうひとりの妹。花と蜜は双子なのだった。ま、双子といっても二卵性だから、そこまで似ているわけじゃない。そもそも一卵性だからといって似ることもないだろうし。
ああ、それとわたしには、上にひとりだけ兄がいる。現在の我が家は、兄の収入で成り立っている。
「花ちゃんは今起きたところだよー。低血圧だから起きるのに時間がかかってるんだよ」
「知ってた? 低血圧って寝起きの悪さと因果関係が無いんだって。だから早く起こしなさい」
全国の低血圧さんを敵に回しつつ、早く花を起こすよう蜜に急かした。
「あと兄さんは?」
「お兄ちゃんは今日から一ヶ月くらい海外だよ。昨日の夜に言ってたよね」
「そうだっけ?」
それは忘れていた。
「というか兄さんが出張すると、お手伝いさん以外の保護者が皆無になるんだけど」
親愛なる父と母は世界一周旅行中だからなー。って今思ったけど、兄さんに家の台所事情を押し付けて旅行する両親って、どれだけ無責任なんだろう。
「しかたないよー。パパとママは自由人だから、お兄ちゃんが働かないとお金無くなるもんね」
つまり現在我が家は、わたし蜜と花を除いて、お手伝いさんしかいない。強盗に入られたら間違いなく家中の金品を奪われかねないレベルの無用心さなのだ。
まあ強盗なんて来たら、たとえ兄さんや両親がいたところで家中の金品を奪われると思うけど。
「蜜も早く準備してね」
「はーい」
蜜は部屋から出ていく。わたしも着替えを再開して、準備を急ぐ。とはいえ、今日は始業式なのだから、荷物の方はそこまで多くない。
制服に着替え終わり、忘れ物が無いか確認する。忘れ物はなさそうだ。しかし何故か、ひとつ忘れている気がする。制服のポケットがいつもより軽い気がしてならない。
「……あ!」
机の上にひとつ忘れ物をしていた。
それはナイフだった。小振りな物だけど、急所さえ突ければ人を殺すこともできそうな鋭いバタフライナイフ。
わたしはそれを手にとって、刃を折りたたんでからポケットにしまった。
「……あー、そろそろ殺したいな」
こうして、ジグソーパズルの散乱というアクシデントこそあったものの、わたしこと蜂須賀雀の一日がスタートした。
いきなり説明だけど、わたしの通う高校は名前を水仙坂学院という。名前から何となく想像がつくかもしれないけど、ぶっちゃけるとお嬢様の通う高校である。わたしは今年度から水仙坂学院の三年生なのだ。
わたしは遅刻することなく学院に到着し、張り紙を見てクラス分けを確認する。どうも一組らしいので三年一組の教室に移動。さらにそこで黒板に書かれた席順を見て、自分の席についたという次第だった。
ここから三十分ほど、始業式まで時間がある。それまでわたしは暇なのだった。
周りを見ると、既に教室に入っていたクラスメイトがざわざわと世間話に興じていた。わたしはああいう世間話には、あまり馴染めない。
「おはよ、雀」
「あ、清美」
わたしの目の前に現れたのは、犬瓦清美だった。こいつは一年生の時からのクラスメイトで、友達と言ってもいいかもしれない。
清美はウェーブのかかった髪をしきりに弄りながら、わたしに話しかけてくる。癖毛なのを清美は気にしているのだけど、生憎わたしには清美の髪のどこら辺が癖毛なのかよく分からなかった。
「どう? 今日のあたし」
「ばっちりだぜー」
「おい!」
棒読みで答えたら脳天にチョップを受けた。軽く痛い。
「勘違いしないでよ。今のは棒読みで相手を褒めるっていう、わたしが最近はまってる表現方法なんだって」
「あれ? あんた昨日はメールでケセランパセランにはまってるって言ってなかった?」
「ぎくっ」
しまった。滅多なこと言うもんじゃないなあ。
「ところで清美と同じクラスだとは知らなかったよ。ちょっと驚き」
「あたしも三年連続であんたと同じクラスだったのは驚きだったけど、あんた、あたしがここに来るまで同じクラスだって知らなかったの?」
「うん」
人が多すぎて、自分のクラスを確認するので精一杯だった。それに『犬瓦』と『蜂須賀』だと名簿番号的に遠くなるから、クラス分けの表だと確認が面倒なのだ。
「まあ、クラス替えしたからってそこまで代わり映えがするわけじゃないし」
なのでわたしは、自分のクラスさえ確認できればそれで良かった。
「あ、そういえば孔雀さんも同じクラスなんだって!」
突然、狂ったようなテンションの高さで清美が言う。わたしは少し面食らう羽目になってしまった。
「孔雀さん? 誰それ」
何せわたしは、孔雀さんという珍妙な名前の女子を知らないのだから。清美のテンションが上がる理由も分からない。名前からして、目立ちたがり屋っぽいなあとは思うけど。
「雀は知らないの? 生徒会長の鳩時計孔雀さんのこと」
「生徒会長? ……ああ」
やっと思い出した。あの強烈な生徒会長さんか。
「あの鳩なのか孔雀なのかはっきりしろよっていう名前の会長さんか。名前だけは珍しすぎて覚えてたよ」
「それを言うとあんたは蜂か雀かはっきりしろよって言われちゃうよ」
それもそうだけど。でも鳩時計って摩訶不思議な名前だ。一応、わたしの名前は戦国武将と同じだから説明がつくとして、孔雀の苗字は冗談としか思えない。
「えーっと、あとは有名な人で言うと誰がクラスメイト?」
学院における有名人をわたしは詳しく知らない。生徒会長ですら名前を微かに覚えていたくらいだ。こういうのに詳しいのは、清美の方だ。
「あとは精々、鴎ちゃんくらいだよ」
「あ、鴎も同じクラスなんだ」
鴎とは同じ部活に所属している仲だ。今までは同じクラスになったことが無いんだけど、今年度は同じクラスらしい。
「それでさ、雀」
清美が声を落して、顔をわたしに寄せる。どうやら、あまり他人には聞かれたくない話らしい。
「最近どう? あれは」
あれ、とは。つまりわたしのあれのことか。
「最低。そろそろ誰か殺さないと、我慢が限界になりそう」
わたしの言葉に、清美は少しだけ顔をしかめた。
殺人鬼。
わたしは六年前、そう呼ばれた。確かに世間一般では、十三人も殺した人物を呼ぶのに『殺人鬼』の名称は相応しいのだろう。
ちなみに十三人とは一度に殺した人数ではない。わたしが三年がかりで殺害した人数だ。だからわたしとしては、三年で十三人ごとき、そこまで大騒ぎにするなという気持ちが大きい。
殺したくなったから殺した。それのどこが悪い。わたしは人を殺さないと生きていけない。
わたしは十三人を殺したことが警察にばれて、一度捕まっている。すぐに精神鑑定にかけられて精神異常だと判断されたから事件そのものは無罪という形になっているし、そもそも当時十二歳のわたしは捕まらないのだけど。それでも世間からの非難が激しかったことは覚えている。
純粋に、うるさいと思った。
警察に捕まった時に家族とは離別していて、現在は蜂須賀家に養子として引き取られているのが、今のわたしの現状。こうして現在は、まっとうに社会で生活しているというわけだった。
しかしやっぱり、精神科医が言うところの『殺意』ってやつはわたしの中から消えていない。わたしは三ヵ月か四ヵ月にひとりを殺さないと、殺意を抑えることができない。
うん。カミングアウトしてしまうと、わたしは偶に人を殺している。そしてそれを知っているのは、友達の犬瓦清美だけ。
それが今のわたし、蜂須賀雀なのだった。
「――それで、今年のオレ達の活動は……っておい、雀、聞いてる?」
「サー・イエッサー」
「聞いてないだろ!」
始業式終了後、わたしは部室にいた。時間は午前十一時くらいといったところだろう。そろそろお腹が空く時間だ。
ちなみに部室というのが案外広い。正方形の机が置いてあって、その周りにはパイプ椅子が並べられている。パイプ椅子の数は七脚。去年の部員の数だけ、置いてある。
「勿論聞いてるよ、鴎。今日のお昼ご飯の話だよね?」
「やっぱ聞いてなかったなこの野郎!」
わたしの目の前にいるのがクラスメイトにして同じ部活に所属する海鴎。一人称が『オレ』って時点で予想がついていると思うけど、こいつ男勝りです。アリーナ王女なみです。
お城の壁、壊せるんじゃない?
「いいか雀! オレは今、我が『都市伝説研究部』における今年の活動を話そうとしていたんだ!」
「そういえば今年から、鴎が部長なんだっけ」
こいつに任せて大丈夫なのかな。わたしが副部長だから、何かあったら連帯責任なんだけど。
「それとさ、今年の活動云々は後でしょ。まずは新入部員の勧誘からだよね」
「お、おお。そうだった」
鴎は大事なことを忘れていたらしい。
この学院では、まず四月から五月の中旬くらいまで新入部員の勧誘が行われる。仮入部の期間もその間で、つまりわたしたちはその間に、新入部員を確保しなければならないのだ。この学院の規定により、部員が五人以下となった部活は廃部になると定められている。
わたしが副部長を務める『都市伝説研究部』は現在、わたしと鴎を除いて二人の二年生部員を抱えている。最低でもあと一人、一年生部員を確保する必要があるのだ。
「鳩時計会長、たぶん容赦ねえだろうなー。確かに雀の言うとおり、まずは新入部員の確保が先決だったぜ」
しかしそれが難しい。昨年はふたりの新入部員を確保するのに時間ギリギリまでかかってしまったのだから。ひとりだけとはいえ、早めに確保しておきたいところだ。
「そういやオレ達って、鳩時計会長と同じクラスだったよな」
「そうだね。わたしも孔雀と同じクラスになるのは初めてかな」
まったく面識が無いわけではない。わたしの素行が悪いせいで、何度か厄介になったことがあるのだ。孔雀は元々風紀委員で、二年の終わりに生徒会長に立候補したという経歴を持つ。
この学院ではどこぞのラノベよろしく、生徒会と風紀委員会が対立しているということはない。完全に風紀委員会は生徒会の下部組織だ。
生徒会と風紀委員会の対立って、要するに内閣と法務省が対立しているようなものだからね。まず対立しているって状況が本来はおかしいのだ。
「はあ、鳩時計会長と同じクラスとか、息が詰まりそうだ。どうせ会長が、学級長やるんだろ?」
「いや、さすがにそれはない……」
基本的に忙しいだろう、あの人。たぶん学級長は、清美がやると思うよ。
そういえばわたしと清美が仲良くなった最初のきっかけも、あいつが学級長だったからなんだよね。
「孔雀が前は風紀委員長やってたんだっけ? 今年は誰がやるの?」
「オレは知らないな。ていうか風紀委員なんて嫌われ役をやる気持ちがオレには分からない」
「きっと鴎には分からないだろうね」
鴎は風紀を乱す側の人間だ。孔雀とはまるで逆のタイプと言ってもいい。
「あ、そうだ雀。最近、変な事件が起きてるって知ってるか?」
「急に話が変わったね。何?」
急な話題転換ではあるけど、おそらく鴎が最初に言おうとしていた活動の内容なのだろう。そうなれば聞かないわけにはいかない。
「最近って言っても、三月の中旬から起こった事件らしいんだ。連続通り魔殺人だよ。電光石火の早業で、通りすがりの人を殺しちまうって恐ろしい事件でさ」
「へえ」
それは知らなかった。わたしの情報網には引っかからなかったな。
「しかも恐ろしいのが、その通り魔の使う凶器なんだよなあ」
「凶器?」
「そう、凶器。剣玉とかおはじきとかシャーペンとか、なんつーか凶器とはとても思えねえ物を凶器として使ってるらしいんだ」
凶器とは、確かに思えない物だ。そうなると、警察も犯人の足取りを追うのに苦労しているだろう。包丁やナイフが凶器なら犯人の特定は容易なのだけど、そういうどこにでも売っている物が凶器となると、その線から犯人を洗い出すのが難しくなる。
さらに通り魔というのもポイントだ。普通の殺人と違い通り魔は、鴎の言ったように通りすがりの出会い頭に行われる。動機といえば『殺したかったから』くらい。動機の線から犯人と特定するのも難しいだろう。
「それで現在、六人くらい殺されてるらしいぜ。怖いよなー。近辺にそんな殺人鬼がいると思うとよ」
「そうだねー」
知らぬが仏、なんだろうなあ。こういうの。
鴎はわたしが殺人鬼だということを知らない。
「そんな危ない事件なら、雀の妹ちゃんが知ってると思ったんだけどな」
「そうだね。聞いてみる」
花は中学校で情報屋みたいなことをしているのだ。当然、知っているだろう。逆に蜜は何もしらないと思う。
「きょーみないからー」とか言ってそう。
「まったく、何が楽しくて人なんて殺すんだろうな。オレには考えられないぜ」
「わたしにも、そういう感情は分からないな」
この台詞は、特に嘘をついているわけではない。わたしは人を殺すけど、他の人殺しさんの気持ちはよく分からない。
人を殺す理由なんて、人それぞれ。ただし、わたしはわたし以外の殺人鬼を、容認していないだけだ。
昼食を適当に済まして、下校することにした。早く家に帰ってジグソーパズルの再構築をしたかったし、花に鴎の言う通り魔事件の概要を聞きたかったのだ。
花の持つ情報如何によっては、わたしの動きが変わってくる。
「ただいまー」
「あ、お帰り姉ちゃん」
家に帰ると、もうひとりの妹、花が出迎えてくれた。茶髪の上にリボンをしていて、何というか蜜以上に外見が女の子してるが、こいつは蜜以上にアグレッシブなので取り扱いには注意だ。
情報屋なんてやっている時点で、それは充分に分かる。
「蜜は?」
「まだ学校なんじゃない? あと、お手伝いさんは夕食の買出しするって」
「そう」
お手伝いさんもいなかったのか。それには気づかなかった。神出鬼没で影の薄いお手伝いさんだから、気づかなくてもしょうがないのかも。
「いやー参っちゃうよ。今日からやっと学校が始まったっていうのに、もう既に情報の取引をしてくれってうるさくて」
「情報の取引って……。何かあったの?」
「うん。王子様のせいでね」
王子様? 何だろう。ちょっと殺したくなるワードだな。
「王子様って呼ばれるような人が、あんたの学校にいるわけ?」
「いやいや、あたしの学校じゃないよ。花園高校だよ」
花園高校とは、わたしの通う水仙坂学院の西側に位置する高校で、昔は水仙坂と合わせて二大女子高なんて言われていたらしい。といっても、五年前だか六年前だかに共学になり、今では名門の共学校なのだとか。花園高校の共学化が、水仙坂学院を一層のお嬢様学校にしたという、歴史的な背景もあるのだった。
そんな感じで持ちつ持たれつな花園高校なので、わたしは名前くらいは知っているというくらいの認知度で、花園高校を知っていた。
「花園高校の三年生らしいんだけどね。さすがのあたしもノーマークでさあ。今から情報を集めないといけないから大変なんだよね」
「あんたがノーマークってのも珍しい。急に王子様なんて呼ばれるようになったわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうなんだけど、どうしてか今まであたしの情報網にはかからなかったんだよね。王子様が花園高校の生徒会長をやるようになって、やっと尻尾を出したって具合で」
「生徒会長かあ」
孔雀なら、何か知っているかもしれないな。
あ、いや、わたしにとって本題は王子様なんかじゃないのだ。通り魔事件なのだ。
「そういえば花。あんた、ここ最近噂になってる通り魔事件について、何か知らない?」
「通り魔事件?」
花は首をかしげた。少し天井を向いて、それからわたしに向き直る。
「うんにゃ。知ってる知ってる。変な凶器を使う通り魔殺人のことでしょ」
「それについて、あんたはどこまで知ってるの?」
こいつの情報網は、けっこう侮れない。場合によっては、警察以上に有力な情報を掴んでいる可能性がある。逆を言うと、こいつがどこまで知っているかで、通り魔がどれくらい捕まりやすいかが分かると言ってもいい。
「そうだねー。どうも聞いた話によると、事件は水仙坂学院の周囲で起きてるらしいよ。警察はそういうこともあって、水仙坂学院に通う生徒を怪しんでるらしい」
警察は、もうそこまで掴んでいるのか。三月中旬に起きた事件とはいえ、少し警察の動きが早い気がする。
「あとは……そうそう、通り魔殺人の被害者の特徴かな? 模倣犯を防ぐために、あえて警察が隠してる情報なんだけどね」
「特徴?」
連続事件において、警察は模倣犯と実際の犯人を区別しやすいように、事件に関する決定的な特徴を隠すことがある。今回もそのように、決定的な情報を隠しているようだ。
「うん。知ってた? 通り魔が襲う人って、全員女性なんだよ。しかも小学生から中学生くらいの、か弱い女の子」
「つまり、犯人は自分より弱い人を狙ってるってこと?」
「そうなるね。水仙坂学院の生徒が怪しいってなると、犯人も当然女性だから、自分の殺しやすい人を選ぶのは自然な流れだと思うよ」
それは、そうだろうけど…………。
「ありがとう。助かったよ」
わたしは花にお礼を言って、自分の部屋に引き上げる。部屋に着くなり鞄を投げ捨てて、床に散乱したパズルのピースを踏んでさらに散らかすのも構わず、壁に掛けられた一枚のパズルの元まで歩く。
そのパズルはトリックアートのパズルで、グルグルと延々と階段が続く絵だった。誰が何の目的でこの絵を描いたのかは分からないけど、描いた人はたぶん病的に精神がおかしい人なんだろう。この絵には、そう思わせる何かがあった。
ま、わたしも他の人から見たら、似たようなものかもしれない。
パズルを手にとって、壁から取り外す。そして額縁の裏側に貼り付けてあった手帳を取り出して、開く。
「さて、そろそろわたしも、本格的に動かないとまずいかな?」
手帳の中にはびっしりと、単語が書かれている。『風船』『絵筆』『携帯電話』『ポケットティッシュ』など、それだけなら平和的な単語が無造作に並べられている。
次のページを開く。そこには『剣玉』『おはじき』『シャーペン』と書かれていて、横線が引かれていた。
既に使用済み、と言わんばかりに。