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その21 覇道 (6)

「晴信。。。」

「竜宝。。。」

「信繁。。。」

「孫六。。。」



「禰禰。。。」



夏の終わりを感じさせる涼しさが入り込む

そよぐ風の薫りも心なしか夏を惜しんで寂しい

薄く靄のかかった庭を見ながら

御北は小さな声で

武田の子供達の名を順番に呼んで言った


どの子もみなこの手で抱いた


数え上げれば十人以上

自らの腹から出でた息子達以外にも多くの男の子。。。女の子がいた。。




どの子も可愛かった


自分が望んだ「婚儀」ではなく

奪われるように実家から切り離され

武田の「室」に入った

愛する事などわからぬまま「夫」を得て。。。。



それでも

産まれた子供はみな愛しかった


みな

この手のなかで可愛らしい寝顔

寝息をたてて眠っていた日々があった


その御北の腕の中に禰禰の愛児「寅王丸」がいる

小さな手

小さな足

無事に産まれてきた男の子は無邪気に御北の頬に手をのばし微笑んでいる


「これこそ幸せ。。。。でもこれが。。。」


御北は寅王丸の柔らかな頬に涙を落とした




「男の子は。。。。戦わねばなりませんか。。。。」


涙の頬を寅王丸の手が触れる

その手を慈しみ自分の手と重ねた。。。

ちいさな輝きはまばたきを繰り返し喜ぶ


これほどまでに酷い仕打ちを残していった夫,信虎


愛するわが子たちは未だ「父」の呪縛からとかれず

「戦」に「迷っている」


導き出す答えは。。。。あまりにも辛すぎる試練


信繁はその先にある「大禍」を知り「武田」のために父の禍根共々「試練」を乗り越えようとしている

同じく

「人」を愛してやまない「晴信」も「覚悟」の分かれ道に来ている。。。


己一代で「家」は成り立たない

そんな事もわからなかったのか?夫よ。。。

そんな仕打ちの中にあっても

なお

「素直」に育ってくれた子供たちに「感謝」するのみ。。。


家を立て

揺らいでしまった人心を取り戻し

武田のために戦わねばならん


これは今の武田にとって最優先事項



だから



だから



禰禰の生きた道を踏みにじって良い。。。といいうわけではない


「悲しいことよ。。。」


はしゃぐ寅王丸の顔に日差しが注ぐ

幼いこの子の「行く末」


それでも。。。。




信繁は長い祈りを不動明王に捧げ終えた

目をあけ

襟を正し

真っ直ぐな姿勢で御北の住む屋敷に向かった


目を反らさず

自分の仕事をする



禰禰は。。。。もう立つこともままならない状態になっていた

食事を取らず

少しの水でその日を暮らしている

縁側に御北が世話する寅王丸の姿を目で追う事が唯一の助け


その存在を「今」奪おうとしている


だが

退けない

自分の決断に迷いを持たぬように一心に願っては来たが

歩くことでまたも揺らぐ


「ダメだ。。。やらねば成らん」


自分がやらなかったら誰が。。。

勘助との会話でわかった事

それはまだ「人知の器」である兄に「覚悟」が出来ていないこと

「国」という大きな「器」を保つためには



「踏まねばならぬ花もある」という事



それが出来ないならどの国にも劣る事になる


でも

当主として兄を押した自分

そうなる事を望んだのも自分

ならば

まず己が「器」である事を冷徹に実行しなくてはいけない。。。実行し「覚悟」を示さねばならない



「兄上。。。」


御北の屋敷に入る門をくぐったところに晴信が立っていた

「信繁」


顔はやはり悲しみを表している腫れ上がった目に涙の後を見ることさえ出来る

非道とも思われるこの「策」を

止めに来たのだろう


「兄上。。。これは武田のためです。。どうかお通しください」


冷酷にとられるのでは。。

思うほど信繁の声を低く冷たく使い

軽い会釈をすまし晴信を避け前に進もうとした

その

肩を掴まれた


「信繁。。。」


「兄上これは必要な。。」

「わかっておる」


肩を掴んだ手は力強く信繁の顔を晴信の目の前にもっていった

「わかっておるから。。。ココに来た」

見開かれた目には。。。やはり「涙」があった


しかし

評定場で嗚咽した時に見た「顔」とはあきらかに違っていた

凛々しく結んだ口元

燃える心を映し出す目

その声に震えや躊躇はなくなっていた


「すまなかった。。。わしの「覚悟」が足りなかった」



「兄上。。。。」


肩から伝わる兄の「想い」

同じように

今日のために「祈って」きたのだろう


「信繁は。。わしは「人」が好きじゃ。。だれもが笑って暮らせる「甲斐」を作りたいと思うておる。。だが今はそんな「やわな」心ではいかんのだな。。」


信繁は首を振った

もう流すまいと決めたハズの涙が頬をつたう

優しい兄は苦しみながらも決意をしてココにきた


痛む「心」

兄の

その「心」を守らねば



「違います。。兄上の人を思う「心」を確かなものにするためにも。。。この「試練」をこえ「覚悟」をみなに示さねばならんのです」


信繁は晴信の肩を掴み返した


「兄上が。。。人を想う「心」は宝にございます。。そのお心を私がお助けします!!ですか。。ら。。。今は。。」



言葉が途切れる


「信繁!!」


晴信の大きな体が信繁を抱きしめた

お互い止まらぬ涙の中にいる


「今は。。。前に向かおうぞ!!オマエの示した「覚悟」にわしも心を決めた!!」


大きな声だった

静寂の屋敷に住まう御北にも兄弟の決意は聞こえたハズ

「オマエはわしに従うと言うてくれた。。それに報いるほどの当主になる。。かならず。。この試練を越え父上を越え。。。甲斐を導く者になる」


信繁はただ頷いた

自分の気持ちは十分に通じた事を確信した


「今一度。。。わしに従ってくれるか」


兄弟という「絆」を越える儀式

信繁は凛とした顔で答えた


「はい。。。「お屋方様」」








「どうしても。。。連れて行きますか。。。」


兄弟二人

母,御北の前に静かに座した時

「寅王丸」の事を母は先だって口に出した


御北の腕の中には「寅王丸」そして「禰禰」がいた

禰禰を左肩に寄り添わせ

右手の中に寅王丸を抱いたままの姿の母に


晴信は腫れ上がった目のまま頭を下げた後


「はい。。諏訪殿のご遺言にもありますように「寅王丸」が諏訪惣領家すわそうりょうけ正統後継者大祝おおほうりである事。。。。示さねばなりません」


「重ねてご理解を頂きとうございます」


晴信の言葉に続き信繁も伏して続けた


礼を連ねた二人は顔をあげ少し驚いた

少しづつ高くなっていく日差しの下

部屋の中に届く光に照らされた御北の顔には悲しみはなかった




武田の「器」を産みし母の顔には「覚悟」があった




「器であるお二人が来たのですから避けて通る道はないのでしょう。。。」


声は柔らかく

すでに心を失ってしまった禰禰の顔をよせ慈しみながら続けた


「忘れないでおくれ。。禰禰と言う「花」を踏み。その涙を大きな「器」もつあなた達は救わなかったことを。。その覚悟で進んで下さい」


晴信は涙をこぼした

禰禰の目はもはや誰も見ようとはしていなかった

心をなくし

ただ穏やかな顔は


まるで死に行く最後の人の姿


「忘れません。。。忘れません。。。」


畳にこぼれ滲んでいく涙

ボロボロと溢れる

それを拭わず晴信は誓うように言った


後ろに座した信繁は禰禰の姿を一心に見つめた

言葉で返すでなく「心」に焼き付けるために



「その「器」で甲斐の民を救って下さい。。。」



御北は手を伸ばした

寅王丸を晴信に向かって差し出した

晴信は丁重に子を受け取り立ち上がった


「参ります!」


その決意の後ろ姿を見送った


二人が出て

静寂を戻した部屋のなか

御北は自分に寄りかかったままの禰禰を抱きしめた


「母がずっと抱きしめてあげます。。。ずっと。。ずっと。寅王丸も。。禰禰も。。」


頬をあわせ

ただ優しく抱きしめた





真っ直ぐに評定場に向かう

武田の兄弟


「覚悟」を待っていた家臣たちがひれ伏す道を真っ直ぐに進んでゆく


主殿しゅでんには誰の指示でもなく

朝の一番からすでに譜代の家臣団が待っていた


みな決断を待っていた

その間を堂々とした態度で進み

寅王丸を抱いたまま上座に晴信はすわるなり「号令」を発した



「これより諏訪家正統後継者「寅王丸」を御旗に高遠を征伐する!!」


その

揺るぎない声に一同は伏した

それに

誰も意義をとなえようのない決意の顔を見せた


昨日までの迷いを絶ちきった「当主」の顔は輝き

しっかりと前を見据えていた


「策。。。ありましてございます」


一番の下座に座った勘助の声は踊った

そして続けた


「これより十年の戦の「策」出来ております!!迷うことなく「覇道」を進みましょうぞ!!」




一五四二年


甲斐武田は諏訪侵攻を皮切りに「信濃制圧」の戦を「武田大膳大夫晴信たけだたいぜんだいふはるのぶ」の命により開始する


一五四三年


諏訪頼重正室「禰禰」はついに心を取り戻すことなくこの世を去る

愛児「寅王丸」は御北の元に留め置かれる事になる



勘助の献策により十年の「戦」を続け信濃全域をほほ手中に収めた果てに

「北の大禍」と称された「長尾影トラ」と激突する事になるなど,この時は考え及ばぬ事であった


武田編。。。。


長くて短かった「武田編」一部終了しましたぁ〜〜〜


後書きからコンニチワ〜〜ヒボシです

とにかく「難産」だった「武田編」

何故ココまで難産だったかと。。。言いますと


もともとは

「カイビョウヲトラ」が武田との合戦までを書く予定がなかったからです

だから

武田の設定が漠然としか決まってなかった事が一番の問題でした

しかし

色々とメッセージをくださる方

応援してくださる方

みなさま

「武田との絡み楽しみにしてます」

言ってくださるのでがんばってみよう!!!と!がんばってみました


また後日修正とかしてても許してください。。。。(涙)


ところで次回からはまた「トラ」たちがもどってきます!!

今度はトラが「試練」の中に入って行きます

その試練を越えた向こうに「武田」はいます


武田編人物評


武田信繁(武田典厩信繁たけだてんきゅうのぶしげ)(晴信の弟)

「カイビョウヲトラ」におけるもう一人の主人公の。。。予定(爆死)

トラと似たような部分が多々ある彼はトラと出会う事によって「転機」を迎える

ちなみに典厩てんきゅうは役職名だけどいずれ家臣たちからも典厩様とよばれるようになります

父親,信虎にそっくりの怖い顔をしているけど

心根はやさしく責任感もめっちゃ強い

信仰心を高め「御仏」の先見をもって武田を導く「器」として兄を支える


武田晴信(後の武田信玄)

おかーさまの御北に似た美男(藁)

人間大好きでめっちゃくちゃ涙もろい

「涙もろい選手権」とかあったらトラとイイ勝負

ただ,人間が好きというだけでは「国」を治める事は出来ない事に気がつき

人の持つ「清濁」を併せ入れる大いなる「器」となるべく

苦渋の選択の果て「覚悟」を決めて進む事になる


御北様

もはや前の人物評で書き尽くした感はありますが

武田家の「グランドマザー」

弛まぬ信仰心により高き「育み」の「器」を持つ

母性の固まりのような方

子供はみんな大好き

側室の悩みから家中の揉め事などにも相談役として大活躍

心優しきおかーさま

「虎御前」とはあまりに対照的すぎる「母親」


禰禰ねね

。。。。。

ごめんなさい

結局史実どおりの死しかなかった悲しき禰禰

もっと明るい未来があってもよかったのに。。。そう思うと悲しくて仕方ない


諏訪頼重すわよりしげ

禰禰の旦那

愛した妻と寅王丸の事を最後まで心配しながら死んだ

彼の側室との間にあった娘は晴信の元,側室として入り「諏訪再興」の夢を託す事になる

愛妻家だった彼は。。。本当に戦嫌いだったのかもしれない

静かな人生でもよかったハズの二人の末路にただただ悲しい。。。


山本勘助ヤンソン.カーティケイヤ

まだ

謎がのこったままの山本勘助

仕官した年齢は史実どおりの五十才

とにかく「戦」マニア

「戦」が三度の飯より大好き信繁としょっちゅう一緒にいて悪い事を考えている(藁)


寅王丸とらおうまる

諏訪惣領家正統後継者にして大祝。。。。

であるが今は乳飲み子

父母を思い出に残す事なく死別という悲運のプリンス

しかし彼の存在がこの後

信繁にとっての転機に一役買うことになる。。。それは



とりあえずこんな感じで!!(笑)

ヒボシも

これからもがんばっていこうと思います!!


長くなりましたがよろしくお願いします!!




それではまた後書きでお会いしましょ〜〜〜

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