その21 覇道 (3)
「迷いが見えますな。。。」
諸角が席をはずした後
勘助は夜も更け静かになった部屋のすみで「禅」を組む信繁に話しかけた
「迷い。。。だと?」
不意の言葉に信繁は少し意識したのか
ピクリく肩を揺らしたが
そのまま目を開かずに
灯籠を挟み書物の山の向こう側にいる勘助につぶやくような静かな声で返事した
信繁の目が閉じられたままである事は解っているハズ
それでも
勘助は中指と薬指を無くした右手で
己の額
眉間をさすってみせながら言った
「いくら。。。禅を組んでもその「迷い」は消えたりはしませんぞ」
そう言うとあの「巧み」な声を使い
挑戦的な態度で話し始めた
「何故。。。頼重殿の切腹をご自分の口からお屋方様(晴信)に言わないのですか?」
信繁は目を開き
勘助を睨んだ
その事はさきほど諸角に代理として進言させる。。と。。理由とともにココで話したばかりだった
「わたしのような若輩が兄上に言えば「わかりきった」世の習いを押し付けるようにみえて気を悪くなさるだろう。。。その点は諸角のような長老のほうが」
「そのような言い訳を聞きたいのではありません」
主従。。。
武田に仕える立場の勘助は
まるでそんな立ち位置を無視して信繁を見下していた
あぐらをやめ痛めた足を投げ出し
信繁の顔を遮る書籍の山を蹴飛ばし崩した
「昼間の禰禰様との一件。。。殴られてさし上げる事で自分を「戒められる」。。。とでもお思いでしたか?」
突然の口上
図星だった
信繁は殴打される事でこれからも自分が下していくであろう
禰禰への「仕打ち」の罰を受けた。。。そういう気持ちになっていた
両手で襟を正し。。。しかし
的確に心中を言い当てられ
返す言葉が浮かばなかった
灯籠の向こう側にいる勘助の目は「知略」を使って何かを話そうとしていた
「無様な事でしたな。。。「涙」などとは」
明らかな罵倒
しかし止まることなく続ける
「信繁様。。。どんな「遠回り」をしても貴方は絶対に「戦」をせずにはいられない。。「戦え」と。。。聞こえておりませんか?」
目を見張った信繁は不敵な勘助に詰め寄った
勘助は耳に手をあて
聞き耳のまねをしてみせた
「聞こえるのか?。。。あの声が。。。」
「いいえ。。。しかし信虎様も「声」が聞こえると言っておられましたし」
信繁は驚いた
あの「声」を父も聞いていた。。
あの頭に響く声。。。
あれは?
「あの声はなんだ。。。「戦え」「戦え」と。。。」
詰め寄った信繁の顔は今までにない不安の表情
手で額を抑え繰り返した
「誰の声なんだ?何故「戦え」と繰り返す?」
勘助は眉間に指をとめ
そのまま
その一点を人差し指でさしながら答えた
「神仏の声です」
驚愕
切れ長の目を信繁は丸く見開き愕然としながら聞き返した
「神仏が戦えと。。。。だと?」
信じられない返事だった
御仏が「戦え」と「器」である自分を促しているなどとは
考えがたかった
「器」は神仏よりの加護を受け取り
「戦」を有利に進める先見を持つ者。。。。
とだけ思っていたのだ
逆に
自分の残酷な仕打ち
禰禰の事や
頼重との事でにも響く
あの「戦え」という声に「闇」に自分は「惑わされて」いる
これが自分の中に流れる「父」の血なのだと「恐れて」さえいた
勘助はそんな心中を察したか
いや
苦痛の表情をつねに絶やさない信繁の悩みに気がつき隠していた「わだかまり」を露わにした
戦略家である彼は
巧みにその内訳を信繁に語る
「お父上もその「声」に従って「戦」をされました。。。貴方はご自分でも気がついていたではないですか。。神仏の世は「清く」この乱れた人の世を大変に嫌っております。。それを「浄化」するために「戦え」と促される。。。そのための「力」を与える。。と」
首を振って聞いた
「ならば。。。父上は。。」
「間違っておられたわけではないのです」
父,信虎は「戦」を政の中心に置いていた
それによって
甲斐の国民を疲弊させていた
それが間違ってなかった。。。。。。
「お父上は「神仏」の声を聞きそれを実行された。。。「神仏」の意志に従う。。清浄なる地を求めるという意味では決して間違ってしまわれた訳ではなかったのです」
たしかに。。。そうだ
常世の争いの無い場所から見れば
この荒んだ「乱世」を仏は決して許さないだろう
信繁は額をおさえながら目を閉じ考え
答えた
「だが。。。「戦え」と言う言葉を鵜呑みにして「策」を奉じる事はできない。。。それが」
「それが。。お父上のようになってしまう?とでも?」
即答した勘助は
呆れたように欠伸をした
「何のためにわしがおるのですか?」
欠けた指の手を信繁に向け
「あなたの望む「戦」を負けず続ける「戦」をわしが奉ずる。。。違いますか?貴方は「神仏の器」。。。その意志にしたがって「戦」を望む者。。避けて通る道などない」
信繁の目には涙があった
自分の道
自分に課された「器」の真実に気がついた
「そのためのオマエなのだな。。。」
勘助は歯抜けた口を歪ませ笑った
「やっとご理解頂けたようですな。。。」
信繁が迷いを持ったまま「戦」に赴けば神仏の声は「曇る」
それは「次の戦」を失う危険性があった。。。
ともすればの「死」と
だから
勘助は嘘は付かなかった
あの評定場で家臣団を呆けさせた「羅刹」の「謀」を現し
信繁に真実を見つめろ
認めろと話した
「あなたが「神仏」から受けた声「世の乱れを正せ」という意志を頂き,先見の目を開く「戦」を円滑に。。国民に「良い物」として行うのが私の勤め,ただ戦うのではない「良い」「戦」を」
そして
大仰に手をかざし大きく円を作って見せた
「貴方の強い「神仏」の力に私が知謀を走らせましょう「負けぬ戦」を続けさらに強い「人」を作る仕事を「人知の器」お屋方様が受け持ち。。。いずれこの円の中に「孫六」様という「天陽の器」を頂き武田を「北条」にも「今川」にも負けぬ国に。。。廃れた都を捨て。かつての「奥州藤原」を越える大国を作りましょうぞ」
大手をふったその言葉に信繁はやっとで顔をあげ
涙を払った
勘助の言葉に騙されるわけではない
目頭を押さえつつ理解した
「そのために私の戦に迷いがあってはいけないと言う事だな」
勘助は自分の説得がうまく言った事に満足し
崩した足を元に戻し
書籍を集めながら
「そうです。。。冷徹に「戦」を発言して頂きたい。。それが武田繁栄の近道になります。。。行き過ぎたる事などありません。。お父上の時のように「独り」で始める訳ではないのですから。。ご自分を戒める必要などないのです。。。是非楽しき「戦」の日々を送らせて頂きたい」
最後に本音を付け加え
「神仏の声に従えばよいのです」
と
静かに笑った
信繁は顔をあげ
きつく目を閉じた
「器」に従い戦い続ければいい
その美しいまでの「神仏」の願いを勘助が負けぬ「戦」で続けささせる
決して「迷って」しまう事はない
自らがそう言ったように武田は四つの「器」を持ちその「力」で突き進む
独りではない
「迷う」必要はない
翌日
主殿,評定の間で信繁は並ぶ家臣たちの前ではっきりと断言した
「諏訪頼重殿には速やかに切腹していただきましょう」
その冷徹な発言に
横に並んだ諸角は信繁が別の人になってしまったように思えた
そのぐらい
研ぎ澄まされた横顔だった
世の習いを進んで進言した信繁を晴信は少し辛そうな表情で見た
その顔色で
信繁は自分の冷徹な「器」の意味をさらに確信した
「人知の器」である兄は
やはり「戦」を好んではいないのだ
だが今の世においてそんな当主では国の存亡に関わってしまう
人が「好き」な兄は「戦」においては「まだ」当主としては足らないのだ
だが
国民にとっては「良き人」だ
人の心を掴む良き当主だ
だからこそ
「戦」を望む神仏の声を実践していく側が必要になる
そして
それを人に「良く」伝える者もいる
極端であったとしても
「強い国」を作るためには
まず
先に出て「非情」である事にも強くならなければならない
自分の役目に
これが「覇道」へとつながる第一歩だと心に確信した