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その21 覇道 (2)

「鬼!!父上は鬼です!!」




禰禰の絶叫が未だに耳から離れない。。。

躑躅ヶ崎の屋敷に戻り

具足をはずし縁側にて身体を休めていた信繁は

諏訪頼重すわよりしげ一行を甲斐に移送するための任についていた時の事を思い出していた



諏訪殿降伏から一日


またたくまの「侵略」は武田の無傷での勝利につながり

武田家新当主の「手腕」大きく世に響かせた

いや

今からさらにその噂は流されてゆく事だろう


「戦」終了後すぐに

晴信はるのぶは高遠の諸将たちと「諏訪領」の分割について談義に入り

武田の家臣たちも事後処理を迅速に行っていた



信繁も

諏訪家一行を移送を受け持った






禰禰と寅王丸を躑躅ヶ崎の屋敷方面に送り

重臣の諸角はそのまま「諏訪頼重すわよりしげ」を東光寺とうこうじに幽閉。。。。


という別れ道になって

それはおきた

これほどまでに強く結び合っていたのかその事を改めて思い知らされた

禰禰ねね」が輿こしから飛び出すという大騒ぎが起こしたのだ



「いやです!!頼重様をどこにつれていくのですか!!」


輿の小窓を小さく開け

過ぎゆく諏訪の地を名残惜しげに覗いていた禰禰の前から

頼重の馬が自分たちとは別の方角に向かいだしたのを素早く察し飛び出してしまったのだ


信繁は禰禰の乗っていた輿の後ろに馬を歩かせていたので

咄嗟の出来事に驚き

馬から落とされそうになった


女の甲高い声に馬のほうが驚き危うく駆けだして禰禰を跳ねそうになったのを必死で抑え

馬廻りを呼びつけ

事態を収拾させようと焦ってしまった


その間

夫の名を呼びながら躑躅ヶ崎に向かう列の間を縫って着物を引きずり走る禰禰をお付きの侍女たちが慌てて追いかける

その声に驚いた馬が右往左往して隊列は停止状態になり騒然とした


「慌ただしくするでない!!」


馬から下りた信繁は

女たちを叱りつけた

戦勝の武田が「つまらぬ事」で騒ぐのは良くない

ましてや女子供の行動に騒ぎを起こすような事は「恥」だ


隣に馬を並べていた使い番に馬を預けると信繁は禰禰を追いかけた



走る早さにも驚くばかり

いったい。。。

どこにそんな「力」があったのか?

周りの侍女たちもさぞ驚いた事だろう

上原の城でも「屏風びょうぶ」に隠れて外などほとんど出たことのないハズの禰禰


それが

こんな屋外で飛び出ていってしまうなど



しかし

所詮は女の足

そのうえ身を覆う豪奢な着物に小さな身体では

馬に乗って連れて行かれた頼重に追いつくことは出来なく



途中の道にペタリとへたり込む姿に

誰よりも早く追いついた

信繁が声をかけた


「輿に戻りましょう。。。頼重殿は」



その落ち着いた言葉が終わる前に

振り返った禰禰から

右頬に「おうぎ」が叩きつけられた


「「父上」の嘘つき!!!」


女の手で

叩かれた程度の事に痛みがあったわけではないが

真正面を面と向かった禰禰の瞳が自分の向こう側「父」の面影に向かって激高している事に驚き

咄嗟に顔を押さえた隠した


その隠された顔に向かって禰禰は止まらず何度も扇を叩きつけた

叫びながら

泣きながら



「頼重様と私は離れてはならないと「父上」が言われたのに!!!私から離さないで!!とらないで!!」


あきらかに

混乱している事はわかったが。。。連呼される「名」に信繁はの声は弱い反抗しか出来なかった

何度も叩かれながら

繰り返し名前を言った


「待って。。。私は「信繁」です。。次郎です。。」



隠した顔をあげ

手をあげ振り下ろされる扇を受け止めた

落ち着く事を促し

静かな声で

「父」とは違う優しい声でもう一度ゆっくりと言った



「信繁です」



いっぱいの涙

瞳を揺らし溢れて流れ落ちる

首を大きく振り

叫ぶ



「「父上」。。。。ひどい。。ひどい。。」



受け止められた扇から手を放し信繁の顔に小さな手をきつく結んでぶつけた

何度もぶつけた


「嫁に行けと言われた時。。。さみしくて何度も泣いたけど。。私が諏訪と武田の架け橋になる。。。大切な役目を果たして欲しいと「父上」は言われたから。。。なのに。。なんで私から頼重様をとるの。。。好いてくださって。。。なのに。。。こんな。。」


ただ

小さな手をぶつける

信繁はもはや抵抗はしなかった

その言葉聞き

禰禰のするままに打たれ続けた



やっとで追いついた侍女たちは

信繁の顔を殴打し続ける禰禰の姿に慌てて手を抑えた

抑えられた手をなんとかほどこうと身体を動かし


声高く泣き叫ぶ


信繁には

痛いほどに心は伝わっていた

輿入れの時,幼かった禰禰にとって隣の国とはいえ知らぬ地に赴くのはどんな恐ろしさだった事か

それをさも「大任」であるかのように言い伏せ



禰禰の身体を利用した「父」



その事をどうして説明などできる

犠牲者である禰禰にさらに「鞭打つ」処遇しか与えられない自分に。。

せめて

殴られ続ける事ぐらいしかしてやれない


これほどまで好き会った二人を引き離す

父にしろ信繁にしろ

こうする事は決まっていた

とはいえ

その「任」を受けることで

この悲劇を目の当たりにすることは。。。。


ただ泣き,道に伏せる禰禰

やっとみつけた「幸せ」を奪い取られるなど。。。。考えた事もなかったのだろう


目を背けそうになった信繁に


涙でいっぱいの顔は真っ直ぐな目で叫んだ



「鬼!!!「父上」は鬼です!!!私を頼重様のところに帰して!!!」


悲鳴

その声に信繁は抑えていた涙をこぼし頭を下げた

「許してください。。。。」








「頼重殿には「切腹」して頂く」


躑躅ヶ崎の屋敷から板垣の屋敷の一角に間借りをしている勘助の元に

諸角と訪れた信繁は

はっきりと二人に明言した


諸角はただ頷き

勘助は興味なさそうに聞いた


「生かしておく意味はありませんからな。。」


諸角は禍根を断つという事に慣れていた

信繁はその事を兄,晴信に進言する事を諸角に任せるとした

年若い自分の発言が「器」の力に対する「危機」を煽るのはよくないと判断したからだ



「しかし。。。禰禰様を思うと心が痛みますなぁ。。」



昼の一見は諸角の耳にも入っていた

それほどに「頼重」と固く結ばれていた禰禰の事を思うに

さすがに

年を経て「戦」の後処理に

慣れてはいるとはいえ痛みを感ぜずにはいられなかったのだろう

白髪のまじった頭を手でさすりながら

溜息とともに言葉はこぼした



勘助は動じない態度できいた


「寅王丸様はどうなりますか?」



頼重事態にすでに「神仏」の力は無い

その「力」を受け継いだ寅王丸がいるのだから

故に

頼重には存在の「価値」がない

もし「価値」があると言うのならば

この「戦」の責任をとり諸国への「見せしめ」として死んでもらう事だけだ


だが。。。大祝の「力の器」になった「寅王丸」はどうしたらいいのか?

良い考えはうかばなかった

沈黙の信繁に


「できれば寅王丸様は殺さぬほうが良いです」


勘助は次の「戦」のために残す事を示した

顔は嬉々としている

すでに脳裏にある次なる「戦」に心を躍らせている様子だ


「次の「戦」のために役に立ちます。。。」


「戦」にしか興味のない勘助の下品な口に見向きもせず

窓のない部屋の天井を見つめながら信繁は言った



「名前は変えねばならん。。。「寅」は鬼門だ」



諸角は意外そうな顔で答えた

「名前まで奪われてしまうのですか?」

さすがに愛児の名前までも奪ってしまう事は諸角の思案にはなかった

だが

信繁の目に映る「大禍」の姿は「父,信虎」にも見えたのだ

そもそもの「原因」を作った父

自分の思うように「人」さえ物として扱った父



あの「父」の名にもあった「トラ」



それをなんの「因果」か冠してしまった「寅王丸」は。。ただでさえ小さいとはいえ危険な「大器」

昼間

禰禰に「父」と間違われ殴打された時。。。。これほどに根深く武田を支配してきた父の威光に憎悪した

父の「策」であった子供は死ぬことなく実り

皮肉なことに「トラ」の字までを頂いいてしまった

厳密には

字こそ別ではあったが。。。まるで実子のような響き。。。。それは。。。絶対に「良くない

兆し」になる。。。




「禍根を残してはいけない。。。この試練を越えて「新しい武田」を諸国に示さねばならん」


強い意志を発す

口ぶりは自分に言い聞かすように

諸角の顔は暗かった


同じぐらい「戦勝」だというのに沈痛な思いの中に信繁もいた

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