表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/190

その19 武田菱 (6)

「北の魔物とはなんですか?」


屋敷に二人を通した御北おきたは薄暗い灯籠の下

感情の起伏を殺したような抑えた声で信繁に問うた




「龍にございます」


御北の問いに信繁の後ろに座した勘助が答えた

「今はまだ「伏して」おりますがいずれ武田とまみえる事になる「大いなる力」を持つ者です」


「龍。。。」


いくら

まつりごとに疎いと言え

北の地に居を構える「豪族」を知らないわけではない

御北は幾人か名前を思い浮かべた



「諏訪から向こうに座す者達の事ですか?」

「そういえます」


「協力して行く道はないのですか?」


母の言葉は質問というよりは

打開策を求めたものに近かった

終始目頭を押さえた姿に信繁は言葉を選びながら慎重に話した



「信濃における諏訪殿の存在は「特異」なものであります。。。そこが問題なのです」


「できるだけ」「嘘」を着かないように話を

本当の言葉にうまく嘘をのせる

母を裏切る背徳を薬味に


巧みに話を進めた


諏訪。。。

諏訪大明神を祀る歴史あるこの家は

信濃の真ん中に座すまさに「特異」な存在であった


現人神あらひとがみ」として大祝おおほうりをいただき武士というよりは神官の家


「諏訪の「力」。。。大祝の「力」が弱まっているのです」


母の力をよく知っている

その「信心深さ」が吉凶の占いの予見を高めている事も



「諏訪の力。。。。確かに弱っておりますな。。。」


御北は素直にそれを認めた

感じているのだ

その上で聞いた



「北の魔物は諏訪を狙っている。。。。という事ですか?」

「そう。。。とも言えます」


御北は深い溜息をついた

諏訪の力が弱まってしまった責任は武田にもあった

信虎は何度となく諏訪を攻めた

その結果

どちらの国も民を疲弊させた

戦の間に何度も続いた「飢饉」

それは甲斐のみならず「豊かな土地」と思われた諏訪さえも。。。襲った


今までなかった事だった

甲斐は山に囲まれた「過酷」な大地の元にあり

「飢饉」は大なり小なり毎年あった事だ


だが

諏訪は神仏の加護の元

「諏訪湖」を水源として頂き肥沃な地だった

にもかかわらず

飢えた。。。。



「神仏の力が衰えた」

と言えた



「神官の家である諏訪は「血」を流し過ぎました」


御北は小さく首をふった

「それは武田のせいでもありましょうや。。。」


気持ちが痛いほど伝わる

争いを避けたい母の気持ち。。。



「大祝の力の弱った諏訪では武田に迫る北の魔物を防ぐ事ができません。。」


信繁は言葉を止めなかった

目の前

沈痛な面持ちの母を責めるように続けた


「それどころかその「力」を食われ武田を滅ぼしかねないのです。。その前に諏訪を武田の「中」に入れて終わねばなりません」


「そのために諏訪を攻めるのですか。。。攻めなくとも「和」を保つことはできよう」

「出来ないでしょう。。」


御北の願うような返事に答えたのは信繁の後ろに座っていた山本勘助やまもとかんすけ」だった

年寄りの割りには響く良い声で続けた


「先ほど。。。信繁様が言われたとおり諏訪は「特異」な存在であります。。それは自らの家に「神」を持つという非常に「格式の高い」ものです。。。しかし力を弱めてしまった今ではその「名」にしがみつくばかりで「現す」事は出来ていません。。にもかかわらず気位だけは高く保とうとする諏訪の格式が「和」を成そうとはしていません」




御北にもわかる事だった

諏訪は古い伝統に則った格式の高い家だ

信虎の存在こそ「恐れ」てはいたが

晴信にはどうだろう?


晴信は「戦」を恐れているとまで思われている


今の状態ならば平気で

下るのならば「武田」が頭を下げよと。。。。言いかねない

しかし

それでは先代を追い払ってしまったばかりの「武田」の地位は地に堕ちてしてしまう

ひいては

新当主である晴信が諸国から見下されてしまう



家臣達に言われるままの

「危うい」当主。。。。。


「父」を追放して「国主」の座に着いた事で

「悪逆非道」などと非難を浴びている晴信の采配の中

諏訪に平伏するなどありえない

そんな事が他国にこれ以上広まってしまっては甲斐が立ちゆかなくなってしまう


「争いたくはない」


そうはおもえど

格式にへばりつき甲斐を見下す「脆き神の力」の諏訪をそのままにしておくことはできない

物憂げに思案する母をみながら

信繁は言った


「来るべき災厄に武田には備えがあります。。。四つの「器」を持つ事ができました。。その器が大祝を越え。。また満たす事が出来ます」



「孫六の事ですね。。」


御北の目は涙に潤んでいた

まだ十を少し越したばかりの末の息子も「器」を持っていた


天陽てんようの器。。。にございますな。。。」


自らを「羅刹の器」と称した勘助はうれしそうにおどけて聞いた


「羅刹と名乗るおぬしは。。本当の名は「陰陽いんようの器」であろう。。。」

その軽々しい態度に

御北は勘助を睨みながら答えた



ゆるんだ勘助の口を手で制止した信繁は言った


「武田は四つ目菱の家紋のごとく四つの「器」を持ち。。北の大禍に対処できる唯一の存在です。。。家の名にしがみつきいたずらに「神」の力を放置している諏訪を併合せねばなりません。。危うきを見捨てておくわけにはまいりません。。たとえ拒まれ「戦」になっても「神仏」の力を北の闇に奪われるような事があってはなりません」



「話し合う時間はないのですか?」

「ありません。。。そうしているうちに。。」



間髪入れず

この苦痛の会話を終わらそうとした信繁の前で御北は崩れた

横に崩れ

嗚咽を抑える事はできたが

涙を止める事ができなにかった

辛すぎたのだ


その姿に信繁は言葉を止めた



顔を着物の袖で覆った母の姿に顔を背けた

その涙で「嘘」見抜かれ咎められた気持ちでいっぱいになった




しかし



「諏訪を攻めるのは。。。武田のためです。。兄上を助け武田を守るためです。。ご理解を。。して。。」


信繁の目にも涙があった

耐えられなかった

愛する母に泣かれる事は程度覚悟してきたとはいえ

目の前で見るのはやはり辛かった


声をうまく伝えられないほど震えていた



「それほどに北の魔物に備えねばなりませんか?」


信繁は自らの目からこぼれそうな涙を隠すために頭を下げて言った

「はい。。。」



その言葉に御北も覚悟を決めた

「神仏の器」である息子は弱った神の息吹を聞き取りココにそれを告げにきた

諏訪が弱れば

加護を失えば


必然的に

信濃に住む豪族達はそこを皮切りに「甲斐」を攻めるだろう


甲斐の新当主はついに諏訪との同盟さえ御する事が出来なかったと。。。

ここぞとばかりに


その前に

その「力」を取り込み「蓄えさせる」事ができるとする最後の機会なのかもしれない



顔を隠したまま御北は涙声で聞いた


「ではせめて禰禰ねねの事だけは。。。。良くしてやっておくれ。。」

「肝に銘じて。。。。」



信繁は深く伏した姿勢のまま母に誓った


「母はココで「北の大禍」にそなえ祈りつづけましょう」


御北のその言葉を聞き

屋敷を後にした







「涙まで流せるとはなかなかに芸達者でございますな」


自分の屋敷に足早に進む信繁の背に足を引きずって付き従う勘助は飄々と言った


足を止めた信繁は振り返っていった

「無礼を言うな!芸で涙など流せるものか!!」

唇を噛んだその姿に

勘助は意外?というような顔で驚いたが一歩引いて頭を下げた


「失礼しました。。。」


信繁は自分の中の「義」と「不義」のせめぎの中にいた

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>歴史部門>「カイビョウヲトラ」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。 人気サイトランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ