その19 武田菱 (1)
ついに新章です!!!
新たな登場人物もゾクゾクなので
前の章の後書きに
今までの人物表を書きました!!
ココからしばらく「トラ」たち越後の話を離れ
ライバルとなる「武田」の話が続きます!!
これからもよろしくお願いします!!!
火星
「私は空の器です。。。」
細身だが長身
揺れる灯に薄く目を開き「禅」を組み
穏やかな表情ではあるが
研ぎ澄まされた「刃」を意識させる
意志強き眉
武士と呼ぶには静かで
どちらかと言えば修行僧のような態度でその男は言った
部屋の中にはもう一人の男が
白刃を片手に持ち
彼の後ろに立っていた
「わしに。。。。仕えられるか?」
部屋の中に揺れる声
何かを堪えているのか
抜き身を持ち
一見すれは「野党」が脅しをかけてたっているようにも見えるが
その男はがっしりとした立派な身体に不似合いなほど
声は優しく
人の心に染みいる
「諭すように」
温かい音
部屋の真ん中に座する男に聞いた
「私は。。。一人では何も出来ない存在なのです」
問いかけられた言葉に
座した彼は
空を掴むような返答を相対する男とは逆
冷たく低い声で返した
確かにまだ若く髭もたくわえない彼だが「元服」もおわり
十分に大人の男。。。
独りを不自由と言うのはおかしな事だ
「話し合う」というには
不思議な間合い
お互い向きあう事はなく
まるで「介錯」の間の中での会話が続く
「だが父上はオマエを選ぼうとしている」
刀を持った男は
泣いていた
「嫉妬ではない。。。わしは国を想って言うておる。。それは信じて欲しい」
「わかっております」
「わかってくれるのか?」
張りつめた間合いで
未だ背を向けたままの彼に男は聞いた
「兄上。。。私あなたにしか「仕え」られません」
男はそういうと
くるりと刀を構える男の側に向き直った
「兄上。。。私を「使って」ください。。。」
刀を構えた男の顔は困惑していた
それまでこれほどへりくだった態度を座る男は見せたことがなかったからだ
むしろ
父と共に「尊大」な態度を示し続け
自分を「罵倒」しなかったとはいえ蔑みつづけてきた
と
さえ思っていたからだ
「「弟」よ。。。オマエは父上の事を。。。」
言葉を遮るように
「父上は「神仏の器」でした」
兄は
弟の突然の発言を静かに聞いた
眉間にまだ年若い「弟」は皺を作りながら話を続けた
「人には時として「神仏」の力を多分に受け取る事のできる者が産まれます。。父上がそうでした」
彼らの父は
強き「虎」だ
混迷を極め始めた国を支え十四で家督を継ぎ
「戦」の世界に入っていった
まとまりのない豪族たちが数多も住み
たがいちがいな争いがおこっていたこの地をまとめ
自らの居を移し町を作り家臣を住まわせ人の住める町を作った
「そこまでが父上が御仏の加護の元「人」として出来た「限界」でした」
兄と呼ばれた男もうなずき答えた
「その後「人」を顧みなくなってしまわれた」
厳めしく嘆く顔から
涙を流し
心を痛めている姿を隠すことなく悲しそうに目をつむった
「父上を支えた「人知の器」が亡くなってしまったのが原因でした。。。」
「人知の器。。。。」
戦上手な父は
多くの家臣を抱え「隙のない」戦いで国をまとめた
それはただ「戦う」という方法ではなく
あらゆる手法を駆使し
多くの「英知」によって瞬く間に実践されていた
しかし
近年はそれらの家臣を「手打ち」にするなどし
自らの「力押し」のみの断行し
危うい「戦」を続け
国民を困窮させていた
「そもそも神仏の器は「人知の器」を支えるもの。。「人の上」に立ってはならない者です。。。父上が立っていられたのは「人知の「器」」である家臣が多くいたからです」
「何故?人の上に立てないのだ?」
不思議な事に聞こえた
彼には
神仏の力を用いれば国を統べる事は良いことに思えたからだ
なのに
「神仏」の力を過分得られる者が人を導けないとは?
「御仏の心をそのまま実践できる者などこの世におりません。。信心は人の心を支える為のもの「優しく包み込むもの」であって「武力」などではありません」
たしかに
と
兄はつぶやいた
「ましてや人の世を治めようとする者は清濁併せ持たねばなりません。。。清いだけの力ではどうにもならないものです」
弟の話に懸命に注意を傾ける兄の前
彼は首をかしげ
持論ともおもわれる事を話した
「私は神仏の力を過分に受けた父上は「清い」と思います。。しかし。。清すぎれば魚も住めない状態になってしまいます。。。人の世はそれほど簡単な物ではありません。。清い立場に登ってしまった父上には国民は。。。。「汚物」に見えてしまったのやもしれません。。。」
兄は冷静だが「汚物」という発言は受け入れ難かったようで
「人は生きていれば汚れもする,それこそが生きる道ではないか」
と反論した
「そのとおりです」
兄の言葉を認めつつさらに続けた
「父上は自分の器の中身を神仏の力のみで満たしてしまわれました。。。それで人の生きる世を見ることが出来なくなってしまったのです」
思い当たることは少なくなかったのか
神祟り的な父の戦いは
常に足下に踏み砕かれた多くの人の死があった
「戦」は力攻め。。。後に残るのは無惨な「皆殺し」
「降伏」を入れることのない激しさ
兄はしばしの沈黙の後
聞いた
「では器とは?」
迷わず
自分の疑問を聞く兄に弟は答えた
「器とは「各々の力」の受け皿です。。。人の世を助けるための一滴をうける「器」です。。申したように神仏の力を人が過分に受け取れば「器」は保たず「崩壊」します御仏の力は「安く」はないのです」
器を神仏の力で満ち溢れさせてしまった
父は狂った
それは
神仏の力のみの「治世」というおよそ人の世
人の生き方を顧みない突拍子もない方向に走ってしまったからだ
「神仏の器」
そのものが頂いた力を「自分の力」のように使ってしまってはいけない
御仏達の「お考え」を
およそただの「人」である者が制御できるわけがない
神仏が「人の忠告」などに耳を傾けるか?
人の「願い」ならば聞き入れようものの
自分を諫言する者を許せるハズがない
力に飲まれた父は
自分を神仏と重ねた
多くの家臣の言葉を受け入れる事が出来なくなり
国の礎となる民を顧みなくなった
兄は悲しそうに言った
悲壮な決意を
「故に。。。国を守るためにも「追放」せねばならん」
「兄上にしかそれは出来ない事です」
毅然とした態度で弟は言った
静かな間が漂う中
少し歩を進め兄は真摯に問うた
「オマエはわしに従ってくれるのか?」
弟は
深く頭を下ろし伏して言った
「私は「神仏の器」です。。。。「人知の器」たる兄上に従いましょう」
兄は驚いた顔で持った刀を落とした
弟に近寄り
顔に手を伸ばししっかりと両の手で掴んだ
「わしが「人知の器」?」
弟は目をしっかりと見据え言った
「人の心を通わせそれをまとめ上げる力を持つ者。。兄上こそその「器」にございます!」
兄は弟の目の前に腰を降ろしその顔を額を弟に摺り合わせた
弟の目にも涙があった
「人を導く者は「人を知り」「人の営み知り」「人の心を愛する者」です。。私はそれに信心を与え導きましょう」
止まらぬ涙の目で弟の肩を抱いた
強く強く
抱きしめ声を震わせて答えた
「わしを支えてくれ。。わしはこの「甲斐」のために生きる」
「心得ました」
兄弟の強い決意によって
瓦解し始めていた家臣はまとまった
天正十年
甲斐武田家はそれまでの当主「武田信虎」を追放し
息子で嫡子「武田晴信」が家督を継ぐ
その弟「武田信繁」事 典厩信繁を「神仏の器」と配し
さらに二つの「器」を加え
戦国屈指の軍団になっていくのはココから始まる
その頃越後の「トラ」は林泉寺での修行の日々にまだあり
争乱とは遠い世界にいた




