その18 神鳴 (4)
私は。。。。
決して「夜」に踊る「物の怪」という者達を恐れているわけではない
ただ
御仏を信じ
そのお心を身近に感じようと努める者が
半面同じように見えぬ存在である「物の怪」を否定すると言うことがあるのはおかしい
と
ある種の「矛盾」ではないか?とぐらいに思ってもいた
夜の世には
夜を生きる「仏」がいて「鬼」がいて
当然人の「呪い」や「生き霊」などもいると。。。。当たり前なのだ
信心の一部と同じぐらいな「真実」だ
だからそういう者を恐れる事はない
ただ
神仏と同じように「脅威」の存在と見て「畏れ」を抱き身震いする事はあった
が。。。。
これは違う
この震えは違う
変な感じだ。。。
目眩がして息が上がる
左手の
数珠に添えた右手までもが震えている
「ハハハ!!昔から怖がってたものな!!」
ジンは声を出して笑い
そんな様子を意に介さず大声でふざけて見せた
空は緞帳
黒く広げられた「闇」
遠雷が響く
からかわれた事に大きく反抗の言葉がでてこない
雷の夜は「狐火」。。。
氏神様の慟哭に起こされるさまよえる魂たちの葬列。。。
「怖い。。。。」
私は座り込んで身震いしている
でも
望んでそうしているわけじゃない
さっきまで
必死になって思い出そうとしていた「過去」に。。。
身体が引きずられていく感じ
何故だ。。。。
何故。。。。
こんな時に?
あの「声」が聞こえる
いつも
私を「戦」へと切り替える「声」が
雨と風と雷の音に合わせドンドンと近づいてくる
私は耳を塞いだ
身体を丸め首を振り
いまにも
私の全てを覆ってしまおうとしている「闇」を振り払おうと
手を振った
これは。。
兄上との問答のときに
「トラ?どうした?」
「わ。。。わからん!!」
勘ぐられたくない
だけど
今の私の態度はよけいにおかしく見えるにちがいない
ジンは持ち歩いていた作務衣を絞りながら言った
「寒いんだろ?」
ちがうんだ!!
寒いのではない
むしろ熱い
頭をかすめる「あの声」に
心で逆らい目をきつく結んだ
こないでくれ!!なんでこんな時に。。。
「闇」の声が話しかける
「怖いだろ?」
頭の中に鳴り響く
「怖いのだろう?」
「恐れてなどいない!!」
目を閉じて
自分の胸にむかって殴るように言いつける
「戦」でない限り私はいいなりにはならない
「うそつき」
子供の声
初めて「闇」の声は明確な音を聞かせた
幼い。。。男の子の声。。。
声。。。。
「トラは一人になるのが怖いのでしょ?」
微かに浮かび上がる影は続ける
「でもダメ。。。。」
小さな背丈の姿が。。。
「ジンもいなくなるよ」
見覚えのある影
手を伸ばす
「でもダメ。。。絶対にダメ。。。」
影は背中を見せて去っていこうとする。。
クスクスと小さな笑いと
ともに
最後の言葉を残す
「ずっとずっと「撲」のために一人でいるの」
待って。。。。。
目を開いた「神鳴」が見えた
闇に落ちる。。。。
落ちてゆく。。。。
「何故?」
声にださない言葉
身体を押さえながらジンに近づく
「怖い。。。。」
私はすすり泣くような声で言った
私の様子がおかしい事にジンは顔に緊張を走らせた
「これ羽織れ。。。少しはしのげる」
手を広げ絞ったばかりの作務衣を被せようとした
その間を私はすり抜ける
真っ直ぐ
ジンの
裸の胸に身体を擦りつけた
「トラ!?」
驚いて私の肩をつかみ引きはがす
暗い窪地
私の息の音が微かに聞こえる
「なっ。。。なんで?なんで泣いてるの?」
私は泣いている
顔にいっぱいの涙
私は「失って」しまう。。。
ジンの首に手を回し引っ張る
その手を掴んで距離をとるジン
おどろいている?
手を伸ばす
ジンの頬に這わす
「トラ?オマエ?」
何かに気がついたジンは
冷静に手を返そうとする
離そうとする手を押し返し身体を息が聞こえる胸元まで入れた
「早く抱きしめろ!オマエは私の「物」だろ?ずっとそばにいるのだろ?」
怒りが
心に留まらせていた言葉を溢れ返させた
どうして私が「一人」でいなければならないのだ?
どうして誰も
私の苦しみに気がついてくれないのだ?
影が連れて行ってしまう
かの日
私の知らない姿の男。。。。父上は背中を向けて消えていってしまった
あの日
変わらぬ面の女。。。。母上は何も言わず
何も教えず
ただ「御仏」に尽くせと言い私の手を。。。。放して雨の中に消えていった
師よ。。。
師よ。。。
どおして城に行く事を止めてくださらなかったのですか
「御仏の示すままに」と
あなたも私から離れていってしまった
兄上。。。。姉上。。。。
どうして。。。
どうして
私は独りでいなければならないのですか?
なんのためにココにいるのですか?
何故私の心には影がいるのですか?
御仏よ。。。。。
あの影は。。。貴方なのですか?
とまらない涙
どうして。。。。
ジン
オマエも私の前から消えていってしまうのか?
約束を破るのか?
心に火が走った
あまりにも。。。。理不尽だ!!!
「約束。。。。約束を守れ!!」
ジン。。。オマエは「ずっと一緒にいる」と私に誓ったハズ。。。
なのに
その手をほかの誰かに。。。
首を揺らし顎下からジンの顔を睨んだ
「嘘なのか?」
私の声は怒りを十分に帯びていた
驚きを隠せない様子のジンに今度こそがっしりと両の手を首に回した
「不義なのか?」
近づける唇から
顔をそらして
「待て!!トラ!!ちょっと!!」
私はそのままジンを蹴倒をそうと
足をかけて手を引いた
突然の攻撃に対処の方法さえうかばなかったのか
ジンはそのまま頭から仰向けに倒れた
私の手をもったまま
勢いそのままジンの大きな体の上に私は乗っかかるように落ちた
「トラ!!どうした?!!」
私は泣いている
泣きながら大声で笑って叫ぶ
「約束を守れ!!不義を働くな!!!」
「何言ってるんだ!!」
ジンは私をなんとかどかせようと身体を反らせる
私はその身体にどっかりと
馬乗りになり
両肩を押さえ
顔を近づけた
「おせんと一緒になって何処に行く?」
ジンの顔が強張った
触れようとしなかった「話題」に矢を刺すかのように私は問うた
わだかまり。。。
ジンだけには。。。
私のこの苦しみを理解してほしかった
だから。。。
だから。。。
近くにいて。。。
息がふれるぐらいに顔を下ろす
大粒の涙が彼の頬に落ちてゆく
顔を曇らせながらも私から目を反らさず見つめるジン
。。。。ジンもいなくなるよ。。。。。
ジンが。。。。
「落ち着けよ。。。。」
鼓動が密着した身体に伝わる
一寸もないほどの顔と顔の間でジンは私を見ながら
もう一度
まるで子供に言い聞かすように
「落ち着くんだ。。。。トラ」
肩を押さえつけている私の手をとって
優しい目は
頷きながら答えた
「どこにも行かない。。。。オマエの近くにいる。。。。」
私の手をとった
その手が
かつてココを
栃尾を出て行ったジンに渡した数珠にふれた
リーン
鈴の音
終わりの音
私はそのまま力を全ての四肢が緩み
ジンの上に身体を落とした
「闇」は私から遠ざかった
「すまない。。。。」
力無く
すぐそばにあるジンの顔を見ないで言った
「闇」にそそのかされ
自分勝手な主張をしてしまった。。。
なんて
恥ずかしい事を。。。
顔など会わせられるわけがない
そんな私を気遣ったのか
肩を撫でるように
からだを落ち着かせるように
ジンは努めて明るく。。。でも十分に思いを込めて静かに言った
「いいよ。。。。。。オレはわかってるから。。トラの事。。。わかってるから。。」
温かい大きな胸に顔をつけ
泣き続けた
何度も髪を撫でるジンの手の中で
後は
しずかになった雨音だけが続いた