その18 神鳴 (1)
「夕方!!二の櫓のところで和歌を教えて!!」
春が近づいた雨上がりの日
手習いに来ていた
つやが思い立ったように私に言った
突然の事だったが
何かを知りたいとかやってみたいとか好奇心旺盛な
つやの申し出に簡単に「良し」と答えてしまった
ココ
何日か栃尾は湿った感じになっていた
中条藤資が帰路について以降は特に憂鬱な日々が続くようになっていた
よほど「大変」な出来事だったのだろう
程なくして
阿賀野川の豪族たちやら
いまだくすぶり続けていた多くの「郎党,残党」達からの親書が山のように届くようになった
そして
「栃尾詣」と言われるほど
どんな「天気」の中でもひっきりなしに人がやってくるようになった
毎日毎日の「参勤」。。。。。
今まで
顔色をうかがって手紙だけを送りつけていた者どもの
慌てた「行動」は。。。。
私にとってただの「諂い(へつらい)」にしか見えず苦々しかった
表情にすぐ「闇」が降りてしまう私を
実乃は
「今は「越後」のために。。。。」
と
何かというとなだめた。。。。
そんな毎日に
いつもつやは明るさを持ってきてくれる
だから
その申し出に素直に従う事にした
飯もほどほどにして部屋の灯籠を落とし
竹筒二つに酒を入れ
墨壺と懐紙を持って静かに外に抜け出した
日中
立禅(弓)のために外に出ることはあったが
この刻に出るのはひさしぶり
見あげた空には昼間に比べると多めの雲
まだ夕日をキレイに拝むのは難しそうだし風も冷たい
山肌に残されていた雪は山陰に少し残してほとんどが大地に消えていた
長い冬は終わった
そこかしこに新しい「緑」の子供たちが顔を出し始めている気配
まだ
感じるしかないのだが
そんな心地よい日暮れ
「芽」
中条藤資の奥方様
あの話は心に残るいい話だった
そんな事も思い出しながら
城人の使う
通用口を通り抜け足早に櫓に向かった
二の櫓は
最近になって修繕を始めたところで
やたろー達「大男衆」が先日から資材を運び込んでいる場所だ
前にあった櫓が風でなぎ倒されてしまい
そのまま堀切まで落っこちてしまった
物見櫓だった二の場所に
城屋敷と同じように角部屋を作って強固に作り直す事にしたのだ
この冬
雪もさることながら春日山にいた時以上の強い風に
城のあちこちが修復が必要になっていた
戸板がよく大風の空を舞っていたのを城人の男衆たちが追っかけ廻していたのはついこないだの事だ
歩く道すがら
「大変」だった事も思い出した
もう少し温かくなって
私の手が空いたら手伝おう。。。。
やはり
風が強い。。
でもって寒い。。。
二の櫓に着いた私はつやを探していた
普通なら
飛びかかってくるだろうつやの姿がまだ見えない
?
「つや!」
持ち込まれた
木材の間を抜け
なぎ倒された櫓の垣のところまで進んで
もう一度振り返り名前を呼んだが出てこない。。。
反対側に足を進めたが姿はなかったので
資材に腰掛けようとした時微かな声が聞こえた
「。。。トラ。。。様。。」
私を呼んでる。。。
まさか
落ちた?!慌てて堀切りを覗き込んだが底さえ見えない
名前も呼んでみたが返事もない
でも声は聞こえた
どこだ?
腰を降ろしかけた場所にもどって下を見た
人?
つやじゃない
「トラ!!」
聞き慣れた声
懐かしい声
「ジン?」
驚いた
堀切の手前の曲輪で名前を呼んでいたのはジンだった
ジンも驚いた様子で私達は二人揃って声も出さずにただお互いを見たが
咳払いをして
「何して。。るんですか。。。」
何?
またもぎくしゃくした言葉運びのジンに笑いそうになりながら答えた
「何だよそのしゃべり方!!気持ち悪いぞ!!」
私の返答に口を曲げて
「いやだってさぁ。。」
「普通に話せよ!!」
キョロキョロと周りを見回してジンは改まって言った
「何してんの?こんな時間に?」
よほどあの「段蔵」ってのに叩かれたのか?言葉使いで?
私は答えた
「つやに呼ばれたのさ。。ココで和歌の勉強をしょうって」
「つや?つや?!」
ジンは何かに気がついたように
「じゃあの女童は。。。。こっちにこいって引っ張られて」
私は今度は笑ってしまった
ジンは自分をココに引っ張った女の子が誰か気がつけなかったようだ
「つやだよ気がつかなかった?怒ってただろ」
面目なさげに頭を叩いたジンは頷いた
つやめ。。。。
私をジンと合わせたかったのか?
私は下を見ながらしゃがみ込んで言った
「上がってこいよ」
「はぁ」
またも変な返事
曲輪から私を見るジンは傾斜の土塀を指さしながら言った
「ココをあがれって?」
私はこくこくと頷くと言った
「鍛えてきたんだろ?それとも私が降りるか?」
「上がるよ!!」
きっと
私の表情がいけなかったのだろう
小馬鹿にした顔になっていたに違いない
ムキになって返答をかえされた
なんでかな。。。。ジンと話をするとついおちゃらけてしまう
昔は禅問答か
お堅い話が多かった仲なのに
今は昔以上に「子供」じみている
そしてそれはジンもなのかもしれない
返答したやいなや
普請中の斜面を登り始めた
「がんばれ!褒美は酒だ!!」
と竹筒を上げて呼んだ
力強く手をのばしのしのしとジンは塀を登ってくる
さすがに鍛えているなと思う
「ジン!!禅は欠かさず組んでるか?」
資材を引っ張り出し腰掛けを作りながら私は聞いた
荒い息をあげながら
「当たり前だろ!!」
吠えるように答えるジン
「塀を登るのも修行だな!早くこい!!」
「うるせー!!」
すっかり昔どおりの会話だ
もどって下を見た
かなり急な塀だったが
後少しで手の届くところまで来ている
と感心した時
「ヤバイ!!ココ崩れかかってる!!」
目の前手寸でのところでジンはあせって叫んだ
と同時に少し足を滑らした
「オイ!!」
私は手を伸ばしてジンを掴もうとした
ジンはそうとう踏ん張っているのか顔が真っ赤だ
「ゆっくり!!」
身を乗り出す
さすがにココから落っこちたら怪我するだろう
「ジン!!手!手!!伸ばせ!!」
すれすれで彷徨う手と手
「しっかりしろ!!」
「んなこと言ったって!!」
足場を自分で踏み固めながらもう一度手を伸ばす
私もさらに身体を出して
手を掴んだ
「掴んだ!!上がれ!!。。。。」
ガクン
と
身体が落ちる
というか。。。重い!!
そういえば。。。ジンは私よりデカイ
お互い顔を見合わせた
その時には私の身体は滑り落ちていた
「馬鹿。。。。」
ジンの力無い罵倒が耳に入った
が
言い返す前に二人して土塀を真っ逆さまに落ちていった
それも運悪く堀切りの側にむかって。。。。
果てしない闇の谷に。。。。
下の曲輪から事の次第をこっそり見てほくそ笑んでいた
つやは一瞬で消えた二人の姿に呆然と立ちつくしていた