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その17 花の嵐 (9)

つやは今朝も

城の台所で薪運びの仕事を手伝っていた


夏の暑い時期は結構にしんどい仕事だが冬のこの時期は快適だった


思い出せば

幼き日(といってもつやはまだ九歳だが)

ボロのあばら屋状態だった寺社に住み着いて

寝る間に雪や風が切り込むように吹き込み

身体を凍えさせ明日まで「生きて」いられる?

なんて心配な日々を送ってきた


城の台所はかまどが二つもあり

そこに薪を篭で持ってくるという重労働だけど

凍える事はない

つやにとって城での仕事は楽しくてしかたない事だった


数日前から

多英が風邪をこじらして

寝込んでいるので変わって配膳もこなしていたが

ようやく一段落ついて食事をとり始めたところだった


目の前に座る

浮かれている様子の「おせん」には最初から気がついていた

いつもなら

すました顔でテキパキと仕事をしていくおせんは

ココ数日「柔らかな」雰囲気を醸し出していた


ただ

つやはそれが少し「イヤ」だった


おせんは「見合い」をした

この話は数日前

春日山から来た使者と共にもたらされた


それ事態はつやにとっても珍しい事ではなかったのだが。。。


許嫁になって

陣江の「嫁」に行く事になった。。。。


という

中身の話には。。。少々戸惑っていた


「どうしたの早く頂きなさい」

箸を持ったまま考えこんでしまっていた

つやを

おせんがいつもの調子で「所作」の一環として叱った


「箸を上げたまま考え事をしてはいけません」


城の仕事を本格的に手伝うようになってからは

より

おせんがこういった部分を

多英共々つやにもきつく教えていた

そう

キツイ口調でだ

でも今日「も」ちがう


まるで子供を諭すように柔らかくしゃべる

別の人みたい。。。。



多英がいないと二人きりの部屋だった


「せんちゃん嫁に行くの?」


突然の

つやの質問に目を丸くしたおせんはすぐにその頬を染めたが

手本通り

箸を膳に置くと

改まって言った


「そうね。。私も,もう十六ですから。。」


伏し目がちにいうその姿に

つやは不満顔になった

その話の事では

台所で

あれほど「会う」事をイヤだと声を荒げていたのに

最近はうって変わったように「浮ついて」いる。。。。


「初めて会ったんでしょ。。。。ホントに好きなの?」


おせんは少し面食らったが

つやは言葉を選ぶという事はまだ知らない子供だ

思いあわてず返事した


「ご縁というものがあるでしょ。。。父上の選んだお方だし。。」

「やたろーみたいに大男じゃないから?」


投げるよな即答

今度のつやの言葉にすぐに返事がでなかった

聞かれていた事に気がついた


「つや。。。立ち聞きは良くないですよ」

いかにも大人な返答で釘を刺そうとしたのを遮って

つや続けた


「陣江さんはせんちゃんの事「好き」って言ったの?」


おせんはたじろいでしまった

なんでそんな事を?聞くの?と

それに

何?

つやは怒っている感じ?


「ねぇ!!ホントに好きなの?どうして陣江さんが好きなの?」


間髪を開けず

あきらかに

怒っている声で詰め寄ってきた


「どうしたの?」


おせんのほうは驚いて少し身体をひいた

つやはいつも「元気印」の子だが

怒ったりする事はめったにない子だ



詰め寄られ

返答に困っていたおせんを見ながらつやはもう一度聞いた


「ホントに好きなの?」

おせんは困った

「好き」という言葉を簡単に出すことはためらった

というより

まだ気恥ずかしかった




まさか自分が「一目惚れ」してしまったなどと言えなかった




「まだ。。。これから良く知り合ってゆく人ですからね。。」

と心を隠し冷静に切り返しをした

「わからないんだ」

つやは怒った顔のまま即答した

おせんはそれでも努めて静かに返した


「わからないから「知り合って」いくのよ。。」



。。。。。



「納得いかない。。」


つやはむくれたまま箸を降ろした

おせんはつやが「婚儀」に反対している事に気がついた

と同時に

ひょっとして

嫁に行ってしまう自分の事を「寂しい」と思ってこんなに駄々をこねているのかと思い

微笑ましくなって


「つや。。私は嫁に行っても。。」


気持ちを新たに話始めた言葉をつやは首を振って拒否した




「陣江さんは「おトラ様」が好きなんだよ!!どうしてせんちゃんの婿になるの?せんちゃんは好きでもないのに嫁になるの?!」




「お。。。おトラ様。。。?」


その言葉は深く胸に刺さったかの様子

おせんの目はつやを見ているが

何がおこったのかわからないという面持ちで言葉は詰まったままで


「昔からそうなんだから。。。」


つやも少し声の質を和らげ

茫然自失になっているおせんから身体をひいて小さく言った


おせんは

目の前の膳を見ながら声を震わした


「おトラ様。。。おトラ様は。。。。主君よ。。。家臣を婿になど。。。」





「これ!」


二人の喧噪を叱ったのは直江の妻だった



二人はいつ襖を開かれたのかさえ気がつかないほど詰問に熱を上げていたのだ

叱りを受けたにも関わらず

震える状況から抜け出せないおせんをよそに

つやは飯をかき込むと立ち上がって

ぺこりと会釈して足早に出て行ってしまった





午後

仕事を納めたおせんは

表屋敷から離れた二の曲輪の陣江達が寝泊まりしている屋敷に上がっていた



春が近づいてきたせいか

雪の一日という日はなくなったが溶けない雪は氷の板になり足下を悪くしていた

その小道を陣江は作務衣で掃除をしていたところだった


「すいません。。。こんなカッコで。。」


部屋着が「作務衣」なのは寺の名残だった


「いいえ。。」

「落ち着かなくて。。。」


春日山から陣江たちがココについて数日

その間「トラ」に会えたのはたった一回だった

最初の日のあの「気まずい」雰囲気で顔を背けたジンの前をトラもまた気まずそうに部屋を出て行った


あの日だけだった

落ち着かない気持ちが,やらなくてもイイ野良仕事まがいな掃除に走らせていた


段蔵は表屋敷に上がったきりココには帰ってこないし。。

おせんがココに通う事に反対する者もいない状態。。

色んな意味で陣江は気持ちの焦りを隠せなくなってきていた


「あの。。。」

「はい」


留め置かれた屋敷の居間で「雪見」をしながら寄り添うような近さにいるおせんは

静かでゆったりとした声で

陣江の目を見つめて返事をした


「いつ。。影トラ様にお目通り適いますか。。。ねぇ。。。」


トラを「トラ」と呼ぶのは禁句だ

主君なのだから

ぎくしゃくした言葉を並べながら聞いた


おせんは

うつむきつつしばらくあけた後に答えた


「「影トラ様」はお忙しい方です家臣になどめったにお会いになりませんわ」


その声は冷たく割り切った響きがあった


陣江にはそれに気がつくだけの余裕はなかった

顔をあげ名残惜しそうに表屋敷の方角を見ようとした

その時おせんの手はいつになく強い力で陣江の手をとった


「そんな事より。。。陣江様の事。。もっと知りとうございます」


と身体を近づけた

柔らかく小さな手

少しの風で陣江の身体に触れる黒い髪

細い肩

驚きに目を丸くした陣江の胸にためらうことなく顔を寄せた



「陣江様。。。良き夫婦めおとになりましょう。。。」



潤んだ瞳は本気の「炎」を燃やしていた事に陣江は気がつくことはできなかった

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