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その17 花の嵐 (6)

栃尾の夕暮れ時は少ないながらの雪が舞い

まだ肌を刺す

冷たい風にが闇の幕を一緒に連れてきて星の見えない空に包まれる



まだまだ

寒い


それでももう何月かを越えれば

花が芽吹く季節がやってくる


私はそういう季節がとても好きだった

何者の力を借りる出なく蕩々と流れる川のように

ただその時が来るのに合わせ

美しく姿を変えていく山河が今は一番待ち遠しい


早く春風が吹き

曇った心の靄を吹き飛ばして欲しいとただ願うのみ。。。




日課の

禅を組みしずかな修練を終えた頃

部屋の前の縁側に侍女が座り待っている


この雪の季節



己の修練のために部屋にこもって「禅」を組んでいる間,外で待っていた彼女たちを

私なりに気遣い


「朝はよい」

と下がらせようとしたが

主君が起きているのに自分たちが寝ているわけにはいかないと言って

引かず

今は修行に付き合うよかのようにに控えている



「主君」。。。。



私はそういう「者」になった

なんだかわからないうちに


ただの禅僧であった私の生き方は変わってしまった

日々を戦う

長尾のために「越後」のために

終わらない諍いを終わらせるために武士になった

ただ

これだけは変わらない

静かに祈り禅を組む毎日





そんな今日は珍しく

侍女達の代わりに「秋山史郎」が来ていた

縁側の下に「申し上げます」とのごとくの姿に


「どうした?」


問いながらも

少しばかり嫌な予感

馬廻りが目の前にいるという事は。。。。不穏が動いているのか?「戦」なのか?と

心がざらつく


しばらくこの地では戦はなかったのに。。

だが史郎の言葉は険しくはなかった


揚北あがきたより使者が参っております」


戦で無かったことは良かった

だが

疲れる事に変わりなかった



「使者」


使者は大抵ココに来る前に「仰々しい」親書を送ってくる

実乃に言わすなら

「命が惜しい」かららしい

だから

先に「命の保証」を貰うために親書を送り「機嫌伺い」をするらしい


なんとも

煩わしいうえに「不誠実」を感じるだけで腹立たしい

直に私に会いに来て

その用向きを真摯に語ってくれた方が「清々しい」と思う

こそこそと身辺を改めるのは武士の所業とは考えたくもない


だが


一族を守る者にとっては必死の「手段」らしいので聞き入れていた




そんな使者達の通いが

栃尾に赴任してきて以来

年々多くなっていた


また

黒滝の一件以来「親書」としては山ほど届いてはいた

雪の季節であるため

実際にココに来た者はまだいなかったし

私の「返事」待ちというこれまた腹立たしい様子見をしている者も多かった


そういう手間を省いてココに来たのは「揚北」の者が初めてだった



屋敷の廊下を歩きながら

実乃に聞くところによれば「大物」らしい


前触れもなしに「当主」自らがやって来た


すばらしい事だ

当主が自ら赴くという態度は私には非常に好ましい

何か「義」を感じた心で襖を開いた



鳥坂城城主とっさかじょうじょうしゅ,中条藤資なかじょうふじすけにあります)」



駆け引きはキライだ

声を聞けばわかる

その男の声には緊張が無かった

男らしい太い声だが音を曲にのせるような軽やかな口調


いつも会いに来る使者たちは

何かしら「陰」を持っている

駆け引きをしにくるから

命と一族「血筋」と場合によってし「人質」。。。色々なしがらみを背負った駆け引きは私の心に「闇」を引っ張り出す

はき出され並ぶ

くだらない「言い訳」に私の心は沈み「黒い意識」の中に浸かっる

そんな私の顔を見ると大抵の使者は緊張した様子になる



膝を震わす者

汗を流す者

色々な形で「恐怖」を表す

その態度に

私は相手の曇った野心が見えて

失礼な「輩」と断じ声を荒げ答える


穏便な答えを待っている狡賢い顔を一喝する



だが目の前の

中条はそういう感じが全然なかった

伏せた姿から私はすぐに顔を見たくなった

「くるしゅうない面をあげられよ」


中条。。。。

揚北でも一目置かれる男は私の声に身じろぎせず背を正した

兄上と変わらぬぐらいの歳

顎髭と口ひげは今まで見たどの武将より小綺麗にまとめられている

少し目尻が垂れた感じだが

眼孔は活き活きとしている

そうだ

逃げる事なく私をよく見ている事に気がつく


少しの沈黙

中条が私の名にを見ているのか?。。。。

無言で目を合わせる


中条は照れくさそうに微笑んで口を開いた

それは今までにない心和ます「会談」の始まりになった


「美しい女城主様。。お名前をどうお呼びすればよろしいでしょうか?虎姫様?影トラ様?」


私は

表情こそ変えなかったが

瞬時にこの「駆け引き」意外の質問を方眉をピクリとあげた中条の前で真剣に考えてしまった


虎姫?

その名は私にとっては「母上」の若かりし日の名だ

でも


私も「トラ」だ。。。

そう言えば

侍女達やおせん。。多英や,つやは私の事を

「おトラ様」と呼ぶ。。。


うん。。

それは女達が私を呼ぶときの名前だ。。。けど。。。やっぱり私も「トラ」だ。。。


あやうく一人で思案の淵に落ち込みそうだったが間があくのもかっこが悪い

実乃に聞いてみた

「どっちがいいかな?」

「影トラ様です」


実乃は呆れた顔で返した

私に意見を返して実乃にもこの妙な「掛け合い」のような質問には驚いていたようだった


そりゃそうだ


そんな質問を平然としてのけた者はいなかったのだ

恐れず

私を見る彼に答えた


「影トラでよい」



印象は

おかしな「男」だ


そんな洒脱な会話がおよそ「臣従」に来た使者からでるとは。。

しかし。

なかなかだ

少しの会見の間に

中条は「揚北衆」を代表して頭を深く伏した



笑いそうな会見ではあったが

それが

表向きか?

はたまた裏かはまだ計りかねた



手管が変わったというだけでは?

「笑いながらの謀」。。。。


計りかねる

怯えた顔よりわかりにくい「真実」を深く知りたくもなった

割り切れた陰の正体を


退出の際に私は中条に言った


「今夜はココに泊まられればよろしい屋敷で酒宴でもいたそうと思うがいかがか?」


自分から宴に呼んでみた

中条の返事は明快で怯むことのない言葉として返ってきた

「よろこんで」






「見えぬ男でしたな」

表屋敷の渡り

台所前の喧噪の間をぬって

実乃はいつもの重い口調で私に言った


「そうだな」

懐疑の言葉とは裏腹に私は初めて「面と向かった」中条の真意を知りたくなっていた


会見で動じなかった男は初めてで

その上で

見え隠れする影が「陰鬱」な感じにぼやけたものでない事を感じさせていた

むしろ

鮮明な「使命」を持っている?


それを知るのも私の勤めだ


「酒でも飲んで気を許せば何か語るだろう。。割り切れる男のようだ」

「そのような。。試されるのですか?」


実乃は慎重な面持ちだが


大物「揚北衆」でも名のある男の来城の「意味」は確かめたかったに違いない

「宴」については反対はしなかった



素直に

「臣従」しにきたわけではない。。。。きっと


何かを「計って」いる。。。

策謀。。知謀

疲れる事だ。。。

私はかぶりをふってやれやれという仕草をしてみせながら

顔をしかめた

飲まなきゃやってられない

卑屈に笑った




「おトラ様!」


歪んだ笑みの私を見つけた,つやの声が耳に入った


屋敷の台所に向かうため篭にたくさんの薪を入れて運んでいた

すでに顔が煤けている

袖で顔を拭いながらまん丸な目を向けて私に言った


「陣江さん戻ってきたの?」

「なんでさ?」


突然出た名前におもわずの即答をしてしまった


春日山ではついに会う事も出来なかったし

帰りは黒滝の事で忘れてた

こっちにもどって来る時は。。。「月の障り」で。。。思い浮かびもしなかった名前だ


つやは

俯いて上目遣いで困ったように答えた

「さっきせんちゃんが母様と話してたの。。。陣江さんが」


私は顔をあげ

実乃の方を向いた

実乃はなんだか気まずそうな表情


「そうなの?」

咳払いをして

「はい。。。加当陣江も直江様の使者として」


急に心は晴れた

なんと!!

禅問答の相手が帰ってきた!!

朝の禅は良い結果も運んできてくれた!


謀の闇で疲れていた私は旧友の帰参に

実乃や

つやの

続く言葉など耳に入らなかった


「どこだ!!会うぞ!!」


そういって屋敷の渡りを走っていった

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