その17 花の嵐 (3)
ジンは。。。。
ただどうにも整理のつかない気持ちに浮かない表情を隠すことが出来なくなっていた
春日山を出立し
枇杷島で「宇佐見」と段蔵が会見していた時は
そのままもう一度直江の元にもどって
話を。。
いや
なんで「嫁」なのか?
について問いつめに走ってしまおうかと思ったほどだった
直江には
自分の気持ちはわかってもらっていると思っていた
寄り添うだけでもイイ
近くにいて
トラを助けたい
「戦」にいくら強くても。。。きっと今でもトラは泣きながら戦っているに違いない
自分が
少しでも助けになってあげたい
好きな「女」
なのに。。。。
道すがらは枇杷島を出てからは小雪混じりではあったが
荒れる事なく進んだ
寒風は止まなかったが
不遜になってしまっている表情を見られないように雪笠を目深にかぶって
決意していた
栃尾に着いたら。。。
「おせん」様との「婚儀」の話は「無かった事」としてしまおう
黙っていればイイ
段蔵にもその事をわかってもらおう
と
「おい!!栃尾に着いたらその「顔」はやめろよ」
下を向き
一心に「婚儀」の事を避けるために考えを巡らしていたジンの頭を裏からのぞき見したかのように段蔵が声をかけた
馬を並べ続けていった
「眉間にしわをよせていたんじゃ「おせん」様に失礼だぞ!」
馬上の鞍に片足をあげ
睨むように見ている
「段蔵その事なんだけど。。。」
「なんだけど?」
笠に積もった雪をはらいながら感心のない返事を返されたが
ココでは
段蔵に胸の内を打ち明け
協力してもらうほかない
「婚儀の事はまだ決まったわけじゃない。。。栃尾ではだまっておいてくれないか。。」
そもそも
栃尾に今回向かうのは「こんな事」のためじゃないハズだ
後になって理解したのだが
緊迫し始めている状況を
その雲行きを春日山と栃尾の間を「直江」につなぐための隠れ蓑としての「婚儀」の話だ
きっと。。。。じゃなきゃ
宇佐見様にまでつなぎをつけたりしないハズたし
あくまで個人的想像の域だったが
ジンには婚儀の事しか知らされていなかった
「直江様だって本気じゃないハズだろ。。」
段蔵は馬を近づけてジンの口を遮った
「そのへんにしとけ。。」
声は低く「怒」がこもった音
目をしっかりと見ながら
周りを一瞬見回しもう一度ジンに顔をもどして
「嘘で自分の愛娘をくれるか?直江様にとって唯一の室(正室)との間にあるおせん様を?。。。馬鹿も休み休み言え」
「でも。。」
下がらず意見をしようとしたジンの胸ぐらを片手で掴んだ
「何がそんなに不満なんだ?直江様の家に「婿」に入るのは不満か?」
不満。。。。
不満だ。。。。
武士ならば出世とという道が大きく開けたと喜びもひとしおだろう
それに
春日山で会った「おせん」はまだ美人という年まではいってないが
若く可愛らしい表情の「女の子」だったし
中身もしっかりした感じを覚えている
血筋も長尾家譜代「直江家」という血統証付きだ
直江様に従う多くの若武者からすれば「羨望」の「花嫁」だ
どこにも
不満をあげる所がない。。。
だけど。。。
ジンにとって出世なんかどうだって良いことだった
ただ
ただ
トラに仕えたい
そのために「戦場」でトラを守るために武士になった
「僧籍」ではできなかった事を実現するために
トラの。。。近くに。。。
曇った表情のジンをさらにひっぱりあげるように寄せて段蔵は言った
「直江様はオマエを高く買ってらっしゃる。。だから「おせん」様を「嫁」にオマエを「婿」貰いたいと言った。。。わかるな。。。オマエの主君は直江様だ」
念を押すような言葉に逆らおうと手を振り切ろうとしたが
段蔵は続けた
「影トラ様に懸想(恋)してるからイヤだっていうんじゃねーだろうな」
ジンは喉まででかかった言葉を詰まらせた
言いたかった事は「それ」ではなかったが
心にあった「言葉」を
見透かされてる。。。
段蔵の態度は毅然としていた
知っている。。。気づいている。。。。??
ジンの顔を「軽蔑」のまなざしで流すように見ながら
段蔵は呆れた態度を示しながら言う
「だいたいオマエ。。。元僧侶だったのに「還俗」(坊主が世俗に戻る事)した途端に「女」を選り好みか?」
「ちがう!!」
そういう事じゃない!!
怒りが立ち上った
自分の心にやましい部分があるのでは?と指摘された
違う
トラの
近くにいたい
それだけだ!!
嘘じゃない。。。。
怒りの表情を隠すことの出来なくなったジンに段蔵はもう一度顔を擦りつけんばかりに近寄って言った
「直江様からだ。。良く聞け。。「影トラ様の「心」を支えよ」と」
わかっていることを。。。
それだ
それが大事な事なんだ
だが
続く言葉でジンは心の臓を斬られた
「身体を支えろとはいってねーからな」
二の句を失った
段蔵にそんなふうに言われる筋合いはなかった
身体を。。。
でも。。。
そんな事を考えた事がなかったか?
この執着心の元はなんだ?
いやいや
ないとはいえない
与板で「女」を抱いてしまった。。。トラは。。。「女」だ。。。。
でも
矛盾に言葉をなくす
こんな事。。。
トラ。。。。。。。
こんな事なら武士を辞めて。。。
辞めて。。。どうしたらいい
段蔵の顔を見られない
顔を合わせられない苦痛で首を振りながら手をはね除けた
喉がすり切れんばかりに痛む
武士を辞めて
辞めたらどこにも行けない
そうじゃなくても天室光育の所を勝手に抜け出して今に至る自分
もし辞めてしまったら
二度とトラに会えないかもしれない
苦悶を浮かべるジンを尻目に
段蔵は吐き捨てるように
それでいてしっかりと「心」に釘を刺した
「ジン。。。そこんとこ間違うなよ。。」
返事はできなかった。。。。
ただうなだれた
栃尾の城下に着いたのは
それから二日後の事だった
早朝の張りつめた空気の中を静かに進む中
北の路地から出てきた同じような集団が
ジンたちの少し前を歩いているのが見えた
栃尾城の大手門を目指しているところから
地方の豪族なのかもしれない
腰に大小を持ち身なりもそれほど悪くない
「先客かな?」
段蔵はつぶやいた
黒滝の一件以来
中郡での覇権は「長尾」が勝ったと言い切れた
そうなれば
このように「栃尾参り」ともいえる臣従を表明する豪族も増える
「一緒に入れてもらおう」
段蔵の指示で
大手門に並ぶ二つの「使者」は入城の許可を待つことになった
ジンは
雪笠を払いながら
憂鬱な気持ちがいっぱいになっていた
会える。。。
会えるのに。。。
混乱していた
自分は邪なのか?
そんな思いを巡らしていた。。。。が,目は急に覚めた
いつの間にか「緊張」が走っている
ジンは自分が出遅れたことを段蔵の視線で気がついた
向かいの一群と睨み合っている
段蔵は雪笠を降ろし
向かい側の前に立つ「使者」に一礼をすると
一人,歩きだした
相手も何かに気がついた様子で一人前にでた
「揚北衆。。。。中条藤資殿。。とお見受けしますか?」
二つの集団は身構えた
段蔵の口からでた名前に緊張が冷たい空気をさらに冷やし張りつめる
あり得ない最悪の鉢合わせ
門前は静かな殺気に包まれた