その16 使者 (2)
春日山には招かれざる客が「使者」として訪れていた
長尾政景を目の前にした晴景の顔はいつにもまして優れない様子だった
激しかった
雪の日々は遠のいたが
山の上に座するこの「城」の周りは変わらず白く「冷たい」世界にあった
影トラが「黒滝」の仕置きに出陣した日からまだ一月たらず
結果は
おおかたの諸将が予想したとおり
「謀反」は本物
という
己の自尊心を大いに抉るものになってしまった
「一族皆殺し」
を押したのは上杉定実公事「実」だった
晴景は最後まで「対話」を進めたのだが
証拠の出揃った今その「我」を通すのは「不利益」と読んだ「実」の言葉を聞き入れた
曰く。。。。
「上杉守護にとって許し難き「謀反」であると判断した」
とすれば良いと
優しき守護代の意見を踏みにじった「断行」とすれば晴景の威厳も損なわれまい
という事だったが
「宴」での
影トラとの出来事を目の当たりにしてしまっている諸将にそんな事が。。。
どこまで「言い訳」としてなりたつのか。。。
「戦」事の判断を未だに「上杉」に押しきられている方が
よほど。。。情けがなかった
。。。。
くだらない「事」だ
そんな事に頭を悩ます事自体が憂鬱の元になり
身体を弱らせている
そんな風に自分を貶めていた時に
男は登城してきた
雪を理由にココまでくる事を「断り」今まで「祝賀」にも参加した事のなかったこの男の登城に「影」を感じずにはいられなかった
そもそも
晴景は政景が苦手だった
というかこの上田長男の一族が苦手だった
「長尾宗家」という本家筋をもつ政景は為景の次の「守護代」は自分の父だと信じていた
ところがその願いは「遺言」によってかなわず
息子の晴景が職を継いだ時の怒りようはまだ子供だったにもかかわらず「恐ろしかった」と認識できた
暴れる宗家に
当時十三歳だった「綾姫」を嫁にだし「親族」となるという「融和策」で難を凌いだ
しかし
だからと言って
「臣従」した訳ではなかった
「綾」をことのほか気に入った政景がそれ以来「波風」を立てる事こそなかったが
春日山に「挨拶」に来る事はいっさいなかった
つまり
晴景に頭を下げる事はしなかったのだ
今
その男が目の前に座っている
「お久しぶりですな。。。政景殿。。」
何を口に出して良いかさえも慎重に成らざる得ない「緊張」の面持ちの晴景に政景は
不敵な笑みをこぼして言った
晴景より十五才ほど年下のこの男の目は「野心」で輝いている
「目覚ましい活躍ですな。。。影トラ殿」
フフ
政景の言葉に晴景は自嘲気味に笑った
やはり
その事を言いに来たか。。。。
面目を潰された「弱い守護代」に「嫌味」を言いに
「ああっ。。。あれはよく働いている」
波を自分から起こしたくなかったこの男に「弱い」と断じられたくなかった
火桶に目を流しながら
「当たり障りのない」返答をした
「嫌味」は聞き流せばいい。。。。
時折激しく降る吹雪く音の中
政景は白い息を深く吐き出すように返した
「しかし気に入りませんな。。」
「気に入らない?」
意外と言うか。。。
引っかかる物の言い方に晴景はつい即答してしまったが
政景はその返答を待っていたように答えた
「影トラ殿。。。守護代様の苦労を介さぬ働き方。。。感心出来ないのですよ」
意外だ
晴景の面目を潰し大活躍をする「影トラ」を気に入らないと
むしろ
気に入っても良いぐらいのハズなのに?
?
そんな事を「おべっか」を言いに来た?
晴景はけして彼の目を見ようとはしなかった
意外すぎる言葉の内容を知るまで安易に受け入れるわけにいかない
目をみたら
高笑いをされそうで火桶のへりを撫でながら
間を持たせるように白い溜息を一つ
「武功は主君を輝かすもの。。。己を輝かすものではござらんでしょうに」
なんと?
不可解な「戯れ言」を?
たぬきめ。。。
影トラと自分との間を煽りに来たのか?
火をつきながら政景の言葉にほくそ笑んだ
「剛」の男の謀は
少しだが見え隠れし始めている
昔ならば
そんな言葉に「乗って」しまう事もあったかもしれないが「会話」に重きをおき手腕を働かせた晴景には政景の「策」はあまりにも粗末な芝居だった
が
ただ聞くぐらいは良いか。。。
話の腰を折っては収まりがつかないだろうと
「そうよな。。守護代家を輝かすものとしての自覚がほしいものよな。。」
と
次の言葉をだしやすいよおに
逆に「煽った」
若造め。。。。と
およそ「祝賀」の騒ぎの事は耳に挟んでの口上だろう
「晴景殿がいままでしてきた「会話」による治世を己の「力」のみで示そうなど愚の骨頂。。「力」だけを振りかざす支配はいずれ「長尾」を疲弊させる事でしょう」
火桶を見ていた晴景は吹き出しそうになった
かつては
その「力」を振りかざし「守護代」の地位を狙った一族の男が「ねい言」吐く
若さ故にみなぎる「力」は「愚策」を懸案しようとしているのか?
やはり「武」の者は謀にはすぐれないと直感した
おおかたの予想はすでに見えていた
病弱になってしまった「守護代」を諸将に争いを起こすことなく穏便に交代させる方法
まずは
自分が唯一味方だと思わせる事
そして
当面の「脅威」になった「影トラ」を「強く平伏」させることを手伝う。。。などと言うだろう
影トラの力は本物だ
それは認めよう
「戦」ではあれを使いこなせるような体勢を作れれば良い
それ以外にも
「女」なのだから使い道はいくらでもある
問題はその後の事だろう
政景が治世を手伝う見返りは「己」を守護代にするという簡単な答えだ
守護代家の綾を妻に貰った彼が「親族」として「本家」として
「守護代」になるのはたやすい
それを芝居しにきたのか?
まったくだ
無骨者の企みは晴景にはバレバレだった
続く「台詞」で確信に至った
「わしも治世の良き助け手になりたいとおもいココに参内いたしたのです」
笑いを抑えた
よほど自分の姿は「哀れ」に見えているのだろう
たしかに
未だに亡き父の嫁「虎御前」に頭を抑えられ
今度はその子「影トラ」に言葉と態度で負かされそうになった身だ
だが
謀ならまだまだ
一枚も二枚も誰よりも上にいく自信はあった
要は
それを実行するための「力」を持ち合わせていなかっただけだ
自信に満ちた笑みから
その無駄に大きな身体から政景の企みは隠すことができないほど漂い出ている事に気がつけずにいる
「力」にはなりそうだ。。。。
晴景は守護代の「地位」になんら未練はなかったが
自分を「ないがしろ」にした者たちを許す気にはなれなかった
だから
よい機会が訪れたと思った
嘘でも謀でも良かった
「長尾宗家」の力を手に入れ「影トラ」を地べたに頭を擦りつけさせるほど「平伏」させたかった
二度と再び「虎御前」にないがしろになどされたくもない
そうする事で満足にこの職を辞したいとまで思っていた
「わしは狐がいいな」
細い自分の身体を鑑みてつぶやいた
この化か仕合いが「狐と狸」の会話と理解したうえで
笑わず
表情を抑えて政景に言った
「まことに嬉しい言葉です」
そういうと軽く会釈した
使ってやろう
お互いが「食いつ食われつ」でも
零落した守護「上杉」にまでかばわれながら生きるのはもう「イヤダ」
野心は「心」にまだ残っている
今は政景と手を組むのも悪くはない
二人は酒を酌み交わした
そしてこれが「長尾」を二つに割る戦いに発展していく事になる
「影トラ」「晴景」それぞれに訪れた「使者」によって
「越後」の運命は大きく動き出した