その15 穢血 (1)
「性的描写」に付属するものがあります
苦手な方ご注意ください
「力を示せ。。。。」
陽はあけ
めぐり
黒滝城の周辺は落ち着きを見せ始めていた
夜ごとの野党らしいかげや「物取り」が
焼け落ちた家屋をあさり「乱取り」まがいな事をしていたが
寒さのせいもあって
警戒にあたいするような騒ぎはおこらなかった
「強き守護代。。。。」
帰路につく馬の上で私はぼんやりとその言葉を繰り返していた
身体は熱を持っていて
手足が「弛緩」してしまったようだ
「落城」の日から3日。。。眠れなかった
怖い
とか
寂しいとかそういうものでなくただ「熱い」
おかしい
いままで「戦」の後にこんなふうになった事はなかった
どちらかといえば
終わればすぐに
泥のように眠ってしまったり
馬にへばりつくほど疲れ切ってしまって
それを周りにみせまいと顔をしかめている事が多かったのだが。。。
「殺戮」
あの喧噪は耳にずっと残っているからか?
それが夜に微かに聞こえる気がして眠れなかったのか?
悲鳴
哀願
悲しく恐ろしい「最後の声」たち
首を横に何度か振った
自分の手で下した事だ
城下に住んでいた
町人にさえ手を掛けた。。。
家々の火をかけ炙り出し混乱のうちに焼き殺し,斬り殺し,なぶり殺しにした
「撫で殺し」
それは
二度と「長尾守護代家」に逆らう者がでないための「戦の習い」ともいえる
あんな思いは「城」を持つ武将なら
誰もしたくはないだろう
それを示せと
「上杉定実」公は手紙を送ってきた
それ「強き守護代」の「力を示せ」という事なのだろうか?
結局
兄の言葉通りになってしまった
「ココにくるまでに秀忠の首が無くなるわ。。」
無くなりはしない
首は残り。。。城は「滅びた」
「首桶」
に入れられた秀忠「首級」は春日山に届けるためすでに馬を走らせてある
あの
首を見て
兄はなんと答えるだろう。。。またお叱りを受けるか?
「恐怖」を残す仕事をした私にかかる「怨念」はどんなものなのだろう。。
考えるのも「恐ろしい」事だろう
それでもいつものように「しなだれて」しまう事はなく
「熱い」身体のおかげでか
戦場の高ぶりのおかげでか
ぼんやりしながらも目を開けていられた
曇り空を見回した
黒滝につくまで執拗に足止めつづけ
ふり続けた「雪」は今はどこにも降っていない
どうして降って欲しい時にはだんまりなんだろう。。。
まるで責められているような気持ちになった
あらかたの「骸」は供養した
荼毘に伏す。。。
そんな良い物ではなかったがとにかく
死した身体をひたすら炎にくべさせた
山中に残ってしまった「者達」は仕方ない
だからこそ
せめて「雪」が降って欲しかった
降って欲しい
あの
夥しい血の「城」を覆い隠して欲しい
倒され
屠られた者たちのうち捨てられた「身体」を包み隠して欲しい
帰路に入ってから
一度も振り返る事はなかった
早く栃尾に帰りたい
こんな「恐ろしい」場所にいたくない
変な感じに気持ちが焦っていた
それが
あの「秀忠」の言葉を思い出させ
悪い考えを堂々巡りさせている
「力を示せ。。。。強き守護代。。。「あなたなら。。あなたならできる。。」」
わかりたくない。。。
わかりたくなんか
早く帰ろう
眠りたい。。。
眠ってしまおう。。。
何もかもを放り出して
良くない思いを巡らす
「闇」を消してしまいたい
ズキン。。。。
ズキン。。。。
何?
今まで私の思慮を「黒い意識」に導いていた痛みとは違う
出陣の時
黒滝城を攻めた前日から続いた「痛み」が急に拡大した
「おのれ。。。」
頭に声が響く
何?
何?
景色が揺れ
目の前に靄がおりる
私は横の実乃を見た
「どうされましたか?」
実乃も私の顔に異変が出ている事に気がついた
息が。。
荒くなる
喉が渇く
「酒。。。」
実乃から顔を背けながら猪口をクイとやる仕草を見せた
目がシパシパする
「祝勝は帰ってからですよ」
肩をすくめ呆れたように
平常に答える実乃
「戦」の後に私が具合を悪くするのは少なくない事だったから慣れた返事をした
後ろから槍を担いだ柿崎が大声で
「良いではないか!!大仕事が終わったのだから!!」
と
響く
その大声が身体全体に響く
歩く道を歪ませるような激痛
痛い
痛い。。。。酒でも飲まないと腹が千切れてしまいそうだ
私に何かがおこっている?
「あっ。。。。。。」
身体の芯に,背中から腹の下に向けて「ズクン」と落ちるような痛み
馬の首にしがみつくように伏した
実乃が肩を揺する
「どうしました?」
馬の上で眠ってしまう事は今までも何度かあった
ましてや今回は夜間行軍の徹底殲滅戦
疲労は極度の状態にあったが
対照的に身体はずっと「熱く」起きていた
これが「戦」に赴く者の「心持ち」と。。。。。
違う
下腹部が熱い
何かが身体から抜ける
「ハァ。。。」
これは?
私は恐る恐る具足の裾板をあげ馬の鞍を見た
「血」。。。。。。。
戦慄する
何?
何で
私が?血を流してる?
手で確かめる
下腹部から血が出ている
「くちおしやぁぁ。。。」
また声が響く
頭の中で「呪い」の言葉を響かせる
急に景色が回り薄暗い渦の中に放り込まれる
実乃が横で何か話かけている
何も聞こえない
口だけが動いている白黒で緩やかな時を刻む闇の中に私はいる
私は声にならない言葉を連呼した
「血。。。血。。。。」
動いて?
身体が重い
いつ
いったい。。。いつ「怪我」をした
違うのか
身体から出ている
自然出ている
熱い何かが一緒に出てしまっている
ボンと身体を押された。。。
ふらつく
強い風のように何度も何度も身体を突く
「おのれぇ」
「おのれぇ」
「くちおしいぃぃ」
聞くも恐ろしい声は
不思議だ
どこかできいた事のある声にも聞こえる
自分で
腹をなんどか叩いた
あきらかにおかしくなってしまっている
目がまわる
息があがる
これは
「御仏」に背いた罰
眠らぬ心で起き続けた今日は「禅」を組まなかった
「殺生与奪」を自分の欲しいままにしてしまった罰がココにくだった
回る景色をとめるために頭を抑えた
「許さんぞぉ」
闇の声が「悲鳴」あげて上り詰める
そのまま頭の中で弾けて消えた
雪は降らぬともまだ風の冷たい空の下
汗ぐっしょりの私
実乃がびっくりした様子で顔をのぞく
柿崎も不思議そうにしている
「どうしました?」
実乃の声がやっと聞こえた
渦を巻いていた「闇」は消え行軍しているままの風景にもどっている
足をつたう「血」
「現世」の雪に赤い花が咲く
「あああ。。。あああ。。。」
涙が
顔を押さえ嗚咽する
「どうしたのですか?」
手を引かれた
見返す手は「骨」だった
消えたはずの
闇の渦からとびでた「骸骨」が笑う
笑う
歯をかたかたと揺らし私の手を引いて問うた
「どうした。。。影トラ。。。」
手が見える
「ああああああああああああ!!!!」
叫んだ
と
同時に馬を走らせた
ムチを打ち速度をあげた
私は「死ぬ」
私は「死ぬ」
死んでしまう。。。。。